旅の術師と黒天鴉・その3
「失礼。そろそろ出番かの?」
「老ネルガか。久しいな。ようやくクラスSの認定を受けるつもりになったのか? お前がいいならオレはいつでもサインをしてやるぞ?」
「申し訳ありませんな陛下。ワシはフィールドワークが性に合っているもので。さて、シュラルバインよ。ワシを呼んだ理由は……まぁ、流れからしてデュラン君のことだろうが……」
「ええ、まぁ。あとは幻想種について確認したいことがありましたので。単刀直入にいきましょう。ネルガ、今後、我が国で幻想種が現れた場合―――」
「ムリじゃな」
シュラルバインの質問を遮るようなネルガの返答。
それこそまるで当然のように、ごく自然な否定。
そして周囲の者たちもその意味を誤解してはいない。
「現場にいた人間としても、老ネルガと同意見です。あるいは、あの幻想狩りと呼ばれた……声の質感からして青年でしょうが、彼が純粋な能力以外を頼りに戦っていたのなら可能性はゼロではないでしょうが」
「いやぁ、どうだろうね~。私とかもさ、アッチコッチの迷宮で……まぁ、帝王種なんかとも戦ったことあるけど……幻想種、アレはダメだって。エーテルウェポンを頼りないって思ったのは初めてだよ」
「しかし、デュラン・ダールは1度、封印に成功している。そこにはネルガもいたと聞いているが……実際に見ていてどう―――いや、質問が違うな。討伐不可と、貴様は何故そう判断した?」
「これはワシの憶測でしかありませんがな。おそらく、デュラン君は幻想種との戦いにある程度の慣れがあるのでは、と」
「デュラン・ダールもまた、先日帝都に現れた幻想狩りの仲間であると?」
「いいえ陛下。そういう意味ではなく……あぁ、聞いた話では幻想種は仮面の青年を見てすぐさまに幻想狩りと呼んだとか」
「それについてはオレたちが報告したとおりです。まるでお互いに知己であるかのような振る舞いでした」
「うむ。しかしデュラン君を見た幻想種にはそのような仕草は一切なかった。仮面の男は一目で幻想狩りと呼ばれるなにかがあり、デュラン君にはそれがなかった……と、判断できますな」
「ならば、何故?」
「世界を旅して術式の研究をしているとのことでしたからな。なれば各地の、それこそ公式には未発見のダンジョンすらも巡っているはず。それを確信させるほど、我が国を含めた各国が垂涎ものの知識、そして精霊と会話できることについても―――」
「「精霊ッ!?」」
「……そういえば報告しとらんかったなぁ」
「はぁ……ネルガ、なぜそんな重要なことを報告しなかったのですか? ボケるにはまだ少々早いでしょうに」
「かっかっか! すまんすまん!」
幻想種に関する話題を1度区切り、精霊についての説明が始まる。
その内容は簡単には信じられるようなものではない……と、以前の彼らであればそう判断しただろう。
だが、すでに伝説は空想ではなく真実だという実例を知っている。
「……聞けば聞くほどその男を迎えることができなかったのが悔やまれるな。しかし、それなら納得できる。探求の旅の途中、幻想種に類する存在との戦いを経験しているのなら」
「ワシらはそのように判断を、あぁ、プロミネーズ東区の者たちのことですがな、そのように判断した次第ですな。それゆえのマーブル・ミスティックでしょう」
「国家予算で研究していたものが、すでに個人で再現されていたとはな。間抜けなことこの上ないが、説得材料としては申し分ない。興味本位で幻想種を探そうとする術師に関しては自重させられるだろう」
「陛下! 先ほど魔導院に探索を命じたばかりですぞ!」
「ガルバリー、奴らにそれができると思うのか?」
「ごもっとも! ガッハッハッ!」
「デュラン・ダールについては誠意を見せるしかないな。各地のギルドに協力を頼む。そのほうが警戒されないだろう。再び我がルジャナを訪れてくれるかはわからないが、仮面の幻想狩りと接触を試みるよりは現実的だ」
「仮面の男。他国のギルドからもいくらか情報が入ってきていましたが、高い戦闘力を有するということぐらいで、その他は一切謎……でしたね」
「各地の“草”の報告も似たようなモノだよ。フィンブルムに潜ませていた部下どもの報告によれば、民衆にはなかなか気を遣う連中のようですが」
「ふむ。それで……難しい顔をしている参謀長は何を考えている? 遠慮はいらん。貴様の意見を聞かせてみろ」
「ハッ。それでは……」
皇帝の許可を得たひとりの男が一歩前に出る。
「仮に、各地に現れた仮面の者たちが同じ幻想狩りであった場合、いくつかの可能性が推測できます。その中でも我が国にとって最も危険な可能性は……4国同盟が、幻想種に関するなにかを所持している可能性があることです」
「「―――ッ!?」」
「続けろ、参謀長」
彼がそのように判断したのは、それぞれの仮面たちの行動にある。
まずはルジャナについて。
国内で初めて確認された幻想種は、1度は魔導院で研究が行われようとしていたが、それは失敗に終わった。
そして封印が解けた幻想種との戦いが発生したのだが……。
「その時の幻想狩りの態度は“概ね友好的”と判断できます。おそらくは民衆を守るため、ハンターや兵士たちとも協力……と、申してよろしいのかわかりませんが、ともかく幻想種の討伐に力を貸してくれました」
「そのあとのオレたちの“茶番劇”にも付き合ってくれたからな。追いかけ回している最中も敵対の気配はなかった」
次に、ブルム帝国について。
第二皇子ゼフィランサスの居城にまで侵入したものの、やはり民衆や兵士に被害らしい被害はなかった。
代わりに、かはわからないが帝国三剣士は手酷くやられているのだが。
「その時の幻想狩りの行動は“好奇心”であります。なにやらブルムの国内を、ゼフィランサス領を探っていたようなものの、戦闘のきっかけは獅子の仮面が好戦的であった故の……私には理解できませんが、戦士のサガというものなのでしょう」
「部下の報告では仮面は己の敗けとして逃げたそうです。実際には一方的に、あのカラザワ殿が遊ばれたとのこと」
問題は、フィンブルムについて。
王族貴族のお抱えであるクラスSクランが完全敗北を喫した。
表向きは普段と変わらない様子ではあるものの、被害にあった一部の……良識あるハンターたちに言わせれば悪質な、ゴールドナイツのハンターたちはいまだに恐怖に脅えている。
「報せを受けたときは義憤による行動とも取れましたが、幻想狩りという要素が加わると話が変わってきます。フィンブルム王国に対して彼らが事を起こす理由があったとしたのなら……」
仮に幻想種と敵対関係にある幻想狩りが、フィンブルム王国に対して敵対行為に及ぶ理由があったとしたのなら。
こうなるとギルドへの態度も意味が変わって見える。
少なくとも名目上はハンターたちの頂点であるクラスSランク1を叩きのめしておきながら、ギルドを貶める意図はなかったと頭を下げた。
ギルドや民衆への敵対意思はないと。
ならば、国家や貴族に対しては?
「残念ながらグローインドについては詳しい状況がわからないので、私からは特に何かとは申せませんが……銀剣の乙女と交戦したということですので、友好的であったとは考えにくいかと」
「判断を下すには情報が少ない上に偏っている。が、可能性を考える程度ならば充分か。他の2国にも幻想狩りが現れ、かつ国家に対してなんらかの武力行為をおっ始めたなら……かなり、怪しいと見えるな」
アンタレウスが額に手を当てる。
4国同盟との諍いは小康状態である。
もちろん皇帝はそれを手放しに喜んでなどいなかったが、さすがに幻想種が関わっている可能性などは想定していなかったからだ。
先日の記憶が甦る。
幻想種の桁違いの妖気。
あれに類する、もしくは近いものを軍事利用されたら。
(せめてもの救いは幻想狩りが味方である可能性か。災い転じて。魔導院の失敗はまさに不幸中の幸いだな)
幻想種が残した傷跡は深く、交戦した者たちだけではなく民衆にも恐怖を刻んだ。
再び幻想種の魔導水晶が手に入ったとして、幻想種の力をそのまま利用しようとしても反発は大きいだろう。
結果論ではあるが、ルジャナ帝国は幻想種とは相容れない立場となった。
(幻想狩りは最後に残った魔導水晶……宝玉と呟いていたらしいが、それはオレたちに残していった。あの状態まで持っていければ許容範囲ということなのだろうが)
伝説級の戦いを終わらせた一撃が頭をよぎる。
薄暗い青い空を貫いた漆黒の一撃。
あれこそが、幻想狩りたちが保有するというエーテルウェポンのオリジナルなのだろう。
欲を出して幻想の力を求めれば、あれが自分に向けられる。
いや。
自分ひとりで済むならば代償としては安いくらいだろう。
皇帝は象徴でしかなく絶対的な存在などではない、というのが皇族たるバルジャナリア一族の考え方であるからだ。
だが国に対して向けられるのは絶対に避けなければならない。
あの一撃が帝都を貫けばルジャナ帝国が終わる。
そして国家の終わりは、そこに住んでいた民衆たちへ大きな混乱をもたらすだろう。
それだけは避けなければならない。
(幻と言われていた魔獣も、幻と言われていた武具も、どちらも実在したか。やれやれ……伝説を自分の目で確かめることができたのは結構なことだが、しかしその代金としては恐ろしいほどの高額となったな。だが……悪くない)
幸運。
これから訪れるであろう歴史的な事変。
それの主演のひとりに自分が組み込まれてしまったという事実。
皇帝として。
伝説を相手に。
国民を護るための戦いが始まる。
こんな楽しいことは、後にも先にも2度と出会えないだろう。
アンタレウスが玉座から立ち上がる。
それを見て家臣一同が背筋を伸ばす。
ネルガやハンターたち外部の人間でさえも反射的に姿勢を正す。
そうしなければならない、という強要ではなく。
そうしたいと思わせる、頼もしくも楽しげな覇気を纏っているが故に。
「座して待つのは趣味じゃない。皆、力を借りるぞ」
「「ハッ!!」」
「とりあえず魔導院の瓦礫の撤去だな。オヤジもそうだが、ジイさんもギックリ腰は重体になりかねん」
「元気なのは結構なのですが、いい加減落ち着いて欲しいですなぁ!」
作業着に着替えた皇帝の後ろを作業着に着替えた近衛兵が並んで進む。
国家の大事から近所の公園の草むしりまで。
どんなときも、ルジャナ帝国の皇帝は座して待つことはない。
次回からまた別の土地へ。
ほのぼの・・・させたいですねぇ。