旅の術師と黒天鴉・その1
ひとりの旅の術師が街を去った後。
ハンターギルドの一室にて。
「早速だが本題といこうかね。デュランの坊やをスパイだと判断した証拠を出しな」
その一言に反応したのはふたりの少年、バルドークとギルザ。
一緒に呼ばれたパーティーメンバーは訳がわからず、といった様子である。
「お前たちふたりがあの貴族にそう吹き込んだんだろう? この街のハンターとして、パーティー名まで出してしっかり情報料まで受け取ったそうじゃないか」
「「なッ!?」」
「「………。」」
「どうしたんだい? ほら、早く出しな。そう確信するなにかがあったんだろう?」
「……だからだよ。アイツがフィンブルムの人間だからだよッ! 戦争やってる国から来た怪しいヤツだからだよッ! 充分過ぎる証拠だろッ!!」
「ほー。で、他には?」
「特には。ですが、むしろ俺たちから聞きたいくらいですね。なぜそんなに簡単によそ者を信用できるのですか? 未知の術式や常識外の行動をしていたんです、怪しいとは思わなかったんですか?」
「ふむ、なるほど。言ってることはわからなくもないね」
「それに、後ろめたいことがなければ堂々としていればよかったはず。ですがアイツは暴力をふるい、そして逃走しました。自分で工作員だと認めたようなものです」
「どのみちよ、あの貴族のオッサンは皇帝の代わりだったんだろ? あのヤロウが犯罪者になったことには変わりねぇだろうが」
ふたりは堂々と言葉を返す。
それを受けるギルドマスターや補佐役は普段の様子と変わらず。
ただ、後ろに並んでいたメンバーだけが動揺していた。
「……まぁ、デュランの坊やが出ていっちまった以上、真実は確認しようがないからね。アタシの役目は、ギルドとしてはもう干渉する必要もないかねぇ」
ギルドマスターのそのひと言に、バルドークとギルザは無言のまま、しかし表情は満足そうであった。
……。
…。
自分たちの正当性が認められたと判断したふたりは、ギルドのフロアを軽い足取りで歩いていた。
そんな彼らである、自分たちにどういった視線が向けられているかなど気づくはずもなかった。
「やれやれ。これでようやく日常が戻ってくるな」
「ホントだぜ。あー、なんだか一段落したと思うと、ドッと疲れちまったなぁ~。おい、俺らぁ宿に戻ってるからさ、適当に依頼、選んどいてくれ」
……。
「……で、どうするワケ? いいかげんさ、アタシうんざりなんだけど?」
「さすがに、今回はひどすぎる。しかもパーティーの名前を出したっていうじゃないか。このままじゃ……」
「わたしたちも、一緒に扱われちゃうよね……さすがに、ちょっと、ねぇ……」
「そうだな。毎回毎回、バルドークがトラブル起こすたびに頭を下げるのにも飽きてきたところだ」
「ギルザくんもねぇ~、前はもっと礼儀正しかったんだけどね~」
「僕はパーティーを抜けさせてもらいますけどね。僕のお祖父ちゃん、王国兵だったんですよ。グローインドの。ふたりのどっちかに知られたら大変でしょうし」
「私もかなぁ。こんなことならアーリィが抜けたときに一緒に出ていけばよかったかな」
「アールヴューレか。アイツ、デュランさんのこと尊敬してたからな。今回の一件でますます嫌われるだろうね」
「んで、どうするワケ?」
「そう、だな……そうだ。次のクラスCの昇級試験で区切りにしないか? 万が一、態度が改まればそれでよし。そうでなければ合否に関わらず……で」
ハンターギルドにあって、それは日常の光景。
クラスやランクの上昇とともに変化する人間性。
それを知るベテランたちは、彼らの……リーダーを見棄てるかどうかの相談を批判することはない。
もちろん、当事者に伝えるようなこともしない。
メンバーの忠告にすら耳を傾けない、そんな人間に助言するほどお人好しではないからだ。
デュラン・ダールの存在はたしかにイレギュラーだった。
それは誰もが認めるところではある。
だがそれは、バルドークとギルザ、ふたりの横柄な態度を許す理由にはならない。
ちなみにギルドの職員たちにはまったく気にした様子はない。
ハンターたちを補佐するのがギルドの仕事とはいえ、依頼者からの苦情が絶えないようなハンターを庇護し続けるほど暇ではない。
黙々と、持ち込まれた上質な素材の仕分けに従事している。
「なかなか個性的な方でしたね。ギルドとしては……まぁ、プラスでしたかな。機会が巡るなら、また訪ねて欲しいものです」
職員が用意している再登録の届出が使用されるかどうかは―――。




