【斬鉄】の。
デュランが立ち去った後。
さらに一人、二人と店を堪能した客たちが会計を済ませて出ていく。
そんな中、ボルバンは米酒とおでんを追加しつつゆるりと過ごしていた。
やがて、ボルバンの他に客の姿はいなくなる。
店員もまた、店主を除いて帰路についた。
すでに夕食の時間は過ぎ、店先の暖簾は片付けられた。
しかし。
「……お邪魔します」
新たな客である。
耳もとが特徴的な水人族の若い女。
ローブ系統の装備から、術式を操る術師だろう。
「らっしゃい。何を?」
「麦酒と……大根とごぼう巻き。つくね串はまだありますか?」
「へい。ただいま」
麦酒を大樽から手持ち樽に注ぎ、注文のおでんタネを手際よく盛り付けてカウンターへ。
「ありがとうございます。では……」
大根を箸で崩してひとかけら。
続けて麦酒。
ほう、と一息ついて。
「……それで、先ほどのハンターはどのような人物なのでしょうか?」
「ハンターじゃねえよ。登録してねぇからな」
「そうなのですか? あれほどの魔導水晶を納品するくらいですから、てっきり上位クラスのハンターかと」
「へッ。ハンターギルドがこんなに口の軽い連中だとは思わなかったぜ。術式協会にペラペラと喋りやがったのはどいつだ?」
「さぁ……私は何も。しかし困りました。ハンターであれば是非ともお願いしたいことがあったのですが」
ごぼう巻きを一口。
そして麦酒。
明らかにボルバンに用事があってこの店に来たのだろうが、それはそれとしておでんの味は気に入っているらしい。
自然な笑顔でウンウンと頷きながら味わっている。
「……まぁ、デュランな。今日一緒に、少しだけ共闘しただけだが……アイツは。うん、かなり強いな」
「そんなにですか?」
「おう。ガチでやりあったら俺の勝ち目はゼロだな」
「……まさか」
「自分が勝てない相手を一発で見抜けないようじゃ、ハンターは長生きできないんだぜ? もっとも、普通はそんな芸当はいらんけどよ」
「なるほど。さすがはクラスA・ランク3【斬鉄】のボルバン。仰有ることが並みのハンターとは違いますね」
「“元”を忘れるなよ。今はクラスBのただのボルバンだ」
沈黙。
それぞれが注文した品を口に運ぶ。
黙ってはいるが二人ともおでんの味は美味いらしい。
口元が幸せそうである。
「……ごちそうさまでした。ご主人、今日はモチ巾着は売り切れてしまったのですか? 珍しいですね」
「いえ、今日は穀物屋の方で不手際があったそうで。いつも届けてくれる若いのが頭を下げに来ましてねぇ」
「そう。では次は期待しておきましょう。それでは【斬鉄】さま、ごきげんよう」
「………一応、言っておくがよ」
「なんでしょう?」
「あの男と交渉するなら、言葉は選べよ。実利主義の術師とは価値観が違うぜ?迂闊に逆鱗に触れないよう、せいぜい気を付けな」
「……御忠告、ありがたく」
………。
「なんだか大変そうですねぇ」
「まぁな。だが……退屈しなくて済みそうなのはいいことだ、ぜ」