執事は期待する
翌日───心中穏やかではなかったが、なんとか表面上はいつものように振る舞った。
ネイアは時々とんでもない嘘を吐く事がある……今回もその類であって欲しかった。
リンの姿を見た私が真っ先に思ったのは、そんな現実逃避な事だった。
(今度、服を買いに行こう……。)
普段は綺麗な服より動きやすい服装を好むリンが、明らかに着飾っている。
平民が着る足首までの、薄い青のワンピース。白い刺繍やレースが施されたそれは、リンの清楚な魅力をより引き立てていて人形のように愛らしい。
決して適当に選んだものではなく、この日の為に選んだものだとわかる。
対して自分の格好は白いシャツに黒いチュニックというラフなもの。清潔で見苦しくなければ服装などシンプルで良いと思う私が、デートで着るような服を持っている訳がない。
この恰好でリンの隣に並ぶのかと思うと、過去の自分に後悔しかない。
買いに行くにも店はもう閉まっていたし、割と長身な私は誰かに借りる事も出来ない。つくづくネイアを恨めしく思ってしまう。
馬車に乗り込んだものの、リンは緊張しているらしく無言。
対する私も態度を決めかねていた。
本当に、どうするのが正解なのか───。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
私が『瞳のお嬢様』に抱いていた独占欲や執着は今や、深くリンを知ることでそのまま強い恋情へと変わっている。
だがリンはどうだ?
瞳を見れば私に好意を寄せてくれているのはわかる。だがそれは恋情なのか、リン曰く【恩人】への好意なのかはわからない。
十中八九、後者だろうが。
リンが呪われていた時は彼女の為にその身を攫うことも計画したが、今の彼女は自由の身。旦那様が彼女の選んだ相手を婚姻相手にする事を認めている以上、攫う必要はなくなった。
……同時に、彼女が私のものになる可能性は限りなく低くなっただろう。
私の顔はネイア曰く女性受けがいいらしい。そしてリン以外の女性に特に興味はなかったが、旦那様に言われているので紳士らしく優しく振る舞うようにもしている。
だが本当の私は情が薄く冷血な人間だという自覚もある。
かつてお嬢様を利用しようとしたメイドを徹底的に追い詰め潰したことなどもあるし、それを知っているメイドは黄色い声を影であげていようと恋仲になろうとは絶対にしてこない。
───そんな人間をリンが伴侶に選ぶか?
限りない絶望しかないが、それでも執事として生涯リンの傍に居続ける事だけは譲れない。
リンを一番に理解できるのは私でありたい。
その想いでリンの傍に居続けてきたが………。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「いえ、セオとデートしたいです!今日は宜しくお願いします!!」
リンがあまりに驚くから、まさかデートに行きたいと言った事自体が嘘なのでは、と疑った私に、リンが力一杯否定してくる。
私とのデートは、ちゃんとリンの意思だった。
それだけの事で安堵と同時に、これまで感じたこともない喜びが胸を占める。
恋愛で浮かれる人間を見ては理解できなかったが…一応、私も血の通った人間だったらしい。
───そうだ。まだ言っていなかった。
「そのワンピースですが、リンの雰囲気に合っていて、とても可愛いと…思います。」
顔に熱が集まって熱いし、面と向かって告げるには経験が足りなすぎて、顔を逸らした上に手で隠してしまったが。リンに伝える事が出来た。
真っ赤になった顔を両手で覆うリン。
デートの誘いに、この反応。
こんな私にまさか、と思ったが……、少しだけ期待してもいいのだろうか。