元マリオネットはデートをする。
「……ネイア?これは一体何事?」
翌日のこと。昼も近い時間になってようやく現れた侍女にジト目を向けた。
今日、私は朝からいきなり何時間も強制的に着せ替え人形と化していた。
周りには10人程のメイドさんが実に楽しそうにそれぞれ服一式を手にしてる。他にもその場にいないメイドさんの名前が書かれたメモと共に、何着かテーブルに置かれている。
何故か令嬢が着る普段着ドレスじゃなくて、街の人が着るような簡単なワンピースとかばかりだったけど、あれ、全部着たんだよ?
ホントに何事!?
「はいお嬢様。本日は昼からセオドアと街でデートの予定ですので、デート服をご用意させていただきました。」
「──────え。」
「本日、お嬢様はセオドアとデートの予定です。」
でぇと?
……デートっ!!?
「なんっ!?え、一足飛びに、なんっで、どうしてっ、そうなったのーっ!!??」
「ご安心ください。昨夜には既にセオドアにも準備するよう伝えておきましたから!」
「私にもせめて昨日に伝えとこう!?」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ど、どうしよう。
「では、行きましょうか?」
「そ、そうねっ」
困ったように微笑むセオ。挙動不審にすぎる私。
いやもうホント勘弁してください。
前には馬車。
横にはセオ。
後ろにはネイア&メイドさんズ。
逃・げ・ら・れ・な・い☆
あわわわわ、どうしたらいいの!これどうしたらいいの!?
目ん玉グルグルさせる私をセオが優雅に馬車までエスコートしてくれて、いつの間にか馬車が出発してしまっていた……。
「あ、あの。今日は、その、執事服じゃないんだね?」
沈黙があまりに重苦しくて、根性で口を開いた。
でも無理やりひねり出した話題じゃない。今日セオに会ってから、ずっと気になってたことだ。
今日のセオはいつもの黒の執事服じゃなく、白いシャツに黒いチュニック、ズボンという暑い時期だからか簡単な格好をしていた。でも背が高いから何を着てもスラっと格好良く見えるし、彼の浅黒い肌と白いシャツの対比が眩しい程よく似合うっ!
首元もいつもとちがって少し開いてるから、角度によっては男らしい鎖骨が覗いて───って、どこ見てるんだ私は!変態か!!
セルフつっこみする私の心中など知りもしないセオは、ちょっと困ったように眉を下げる。なんだか目元が赤くなってるような気がするのは、願望が見せる幻?
「今日は休日でしたので。それに───デートに行きたいと、リンがおっしゃっていると昨夜、伺いましたので。執事服を着ていけばガッカリさせるやもしれませんから。」
「…………っ!! …………!?」
セオの言葉に一気に顔に熱が集まり、そして次の瞬間には驚愕した。
デートに行きたいなんて言ってませんよネイアさん!?いや、行きたいか行きたくないかで聞かれたら、激しくいきたいですけども!?
「……。もしかして、リンの希望ではありませんでしたか?」
「いえ、セオとデートしたいです!今日は宜しくお願いします!!」
勘のいいセオは私の反応から何か感じ取ったようなので、慌てて首を左右に振る。ここで違うと言ったら「じゃあなし」と馬車をUターンさせられそうだ。
必死の否定にセオも少し安堵した顔をしてる。そうだよね、休日返上で付き合わされてるのに、実は行きたくないとか言われたら困るもんね。
……休日返上。パワハラだよね、これ……。ごめんなさい…。
「その、リン。」
「あ、はい。」
呼びかけられて項垂れてた頭をあげたら、右手で口元を隠したセオが私の顔から眼を逸らすようにしながら言った。
「そのワンピースですが、リンの雰囲気に合っていて、とても可愛いと…思います。」
ぶわわわっ
音を立ててさっき以上に顔に血液が昇るのを自覚した。
「~~~~……ありがとう、ございます。」
真っ赤になった顔を両手で覆って、必死になってお礼の言葉を返す。
気のせいじゃない、やっぱりセオの目元もほんのり赤い。
今までお洒落して褒められても、こんなのなかった。なんで!?理由はわからないけど相談に対してネイアがいきなりデートが効いてる?
その後はひたすら馬車の中は静寂だった。
ありがとう、メイドさん達!ありがとう、今日のランキング一位の衣装を選んだメイドさん!
私が今日着ているのは、所々白い刺繍やふわりとしたレースをあしらえた薄い青のワンピース。白い手袋・靴下に青い靴まで揃ったそれは、ネイアプレゼンツ『お嬢様の庶民風デート服ランキング』の一位に輝いたデート服だった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
いつもなら目的があって街に来るから、何の目的もなく街に来るのは初めて。
こういう時はどうしたらいいのか…、教えてネイア!
「リン、行きたい所はありますか?」
「いや、それが全く。」
「それじゃあ少し歩いて色々な店を覗いてみませんか?」
「いいね、それ!」
成程、ウィンドウショッピングかぁ。
うん、楽しそう!それにセオの好みのものがしれるチャンスだ!
とりあえず私達は大通り一番お店が多い辺りを見て回ることにした。
ケーキやレストランなどから服やリボン、レースといった服飾のお店。綺麗なガラスのお店と結構幅広い。
「あ、これ綺麗!」
手に取ったのは輝く金茶色の天然石──じゃなく、魔石。
今いるお店は、なんと魔石専門店!照明や冷蔵庫なんかの生活用魔道具から護身用魔道具まで、色んな魔道具のエネルギー源はこの魔石が使われてる。
この世界では魔石はかなり重要なアイテム。魔法が存在するこの世界ならではのお店だよね。
「金茶色ですか?お嬢様の好きな碧色もありますよ。」
「碧色は好きだけど、そうじゃなくて。これ、セオの瞳とそっくりなの。ほら!」
店の小さな鏡をかざして、セオの顔の隣に魔石を並べてみせる。軽く目を瞠ったセオ。
「……確かに、同じ色ですね。」
あれ?石から顔を逸らすように口元を手で覆って横を向いちゃった。
「どうしたの、セオ?」
「いえ…、その石、ですが。私に贈らせていただけませんか?」
「え!?や、悪いよ!!これ高いし、買うなら自分で買うから!!」
「デート、なんですよね?ならお願いします。」
「え、えぇ??」
こ、こんな艶やかな微笑み見た事ないです!心臓に悪いよっ
そりゃあホントの彼氏彼女ならこういうプレゼントもするだろうけどさ、そうじゃないしこんな高価な物もらっていい立場じゃないよね!?
混乱してたら店員の女性がニコニコ楽しそうに助言をくれた。
「お嬢さん、男にもプライドとか見栄とかあるのよ。こういう時は素直にありがとう、って言っておきなさい。」
「えぇ!?」
そりゃあセオからのプレゼントは嬉しいよ?
嬉しいけど……、
…………い、いいのかなぁ?