元マリオネット令嬢は相談する
お嬢様と執事のデート編です。大体6話前後になる予定。
侯爵領にあるマグレナシカ邸。
天気も良く心地の良い風も吹く、文句なしの長閑な午後のひと時。紅茶の良い香りが立ち込めるなか、私はでっかい溜息をついてます。
どうも。元悪役令嬢で操り人形だったシェリナ・マグレナシカです。
……シェリナと呼ばれるのにはまだちょっと慣れないんだよねぇ。シェリナとして身体を動かしてたのも、シェリナと呼ばれてたのも悪役令嬢の『シェリナ』だもん。ずっと閉じ込められてた私は自身を『河口凛』だって認識してたもんで。
ま、そんな事どうでもいいか。
今の私にはそれよりも重要な難題が立ち塞がってる。
「セオドアが、お嬢様を恋愛対象に見てくれない……ですか?」
私の向かいに座るお仕着せ姿の女性が首を傾げる。
そう!セオが私を全くそういう風に見てくれてる様子がないんだよ!
絶望に染まる『私』を見つけ出し、救いだし、心の支えになっていたセオドア。好きにならない方がむしろおかしい!
でも残念ながら、スタート時点は0どころかむしろマイナス。主に悪役令嬢『シェリナ』のせいで。
けど操り人形だった時と違って、今の私は自由に動けるんだもの!何もせずに諦めるなんて絶対にしてたまるものか!!
そう思って時間をかけて、かけて、イメージアップに努めてきたのに……肝心のセオの態度はちっとも変わらない。
一度は冗談で逆プロポーズもどきをして照れさせる事に成功したけど、それだけで終わったんだよっ
せっかく自由恋愛の許しを得てるのに、これじゃ駄目だ!
なんとかしなければっ
切羽詰まった私は第3者に相談することにしたわけです。
その相談相手が、まさに目の前の女性なわけで。
この人は私付きの侍女のネイア。領地に来る少し前から私付きになった人で、すごく仲良くしていただいてる。
普通はメイドを一緒を席に、なんて眉を顰められるだろうけど、ここにそれを咎める人はいないからね。乙女のお茶会真っ最中です。
ネイアはメイドの中でも特出した美人ではないけど可愛らしい顔をしてて、鳶色の目はドングリのようにクリクリしてる。肩まで伸びた茶髪の毛先はクルっとなっててリスの尻尾みたい。28歳だと聞いてるけど、20歳前後にしか見えないよ。
でも見た目とは裏腹に落ち着いてて、でも茶目っ気もあるという素敵なお姉様。特に年上に人気があるんだよねー。
ちゃっかりうちの30代の執事と付き合ってるのを私は知っているぞ!
これ以上、この相談相手に相応しい相手はいない!
「そうなの。今まで色々と頑張ってきたけど、どれもイマイチ手応えがないんだよ。どうしたらいいと思う!?」
ネイアは優雅に紅茶を一口飲み、真顔できっぱりと言い放った。
「とりあえず、セオドアが好きなお嬢様は趣味が悪いと思います。」
「そこ!?」
「有能なのは認めますが、腹黒で冷血漢。顔と能力が良くても性格がアレすぎます。お嬢様、あんな男のどこがいいんですか?」
「なんか凄いディスられてる!?あと、アレってなに!?」
「アレはアレです。」
一体アレって何!っていうかネイアはセオドアが嫌いなの!?
2人が話してる姿は何度か見かけたけど、そんな険悪な様子なかったよね!?
「あの男もお嬢様の前では隠してるようですが、メイドの間では『見た目が良くても中身がアレじゃねぇ』と夫にしたいランキングでは常に最下位に近いです。」
「何そのランキング!?」
「ちなみにお嬢様は『可愛いと思う人ランキング』去年の最下位から今年はぶっちぎりの一位です。おめでとうございます。」
「……そ、それは喜ばしい、のかなぁ?えぇぇ……。」
やや混乱しかける私に、ネイアは力強く頷く。
「次は『お嬢様を最も美しく着飾れる者ランキング』を開催しようと思いますので、是非ともご協力をお願いします。」
「ちょっと待って!!変なランキングやってた犯人はネイアッ!!?」
「はい、私の趣味ですので。」
た、頼れるお姉様だと思ってたのに、さらっと変な人だったんだね。
なんでかな。涙が止まらないなぁ。
「……手作りの料理とお菓子の差し入れ、街へ買い物という口実でデート、セオドアの好きそうな物をプレゼント、ですか。成程。駄目ダメですね。」
これまでのアプローチを話すと、ネイアにばっさりとやられました。
痛いです……。
「これでも努力したんだよ…。」
「ですがお嬢様。料理やお菓子は我々にもよく差し入れなさってますし、贈り物は私もいただいた事があります。特別な事と思われていないのでは?それでは意識されませんよねぇ。」
「うっ」
い、一応中身に差はつけてるんだけど。確かに作るとなると少なくともお父様とお兄様の分は一緒に作ってる。量を作って使用人の皆に差し入れも良くしてるよ……今までのお詫びもかねて。
「それにセオドアはお嬢様の執事ですから、どこに行くにしろ一緒ですよね?ちゃんとこれはデートだ、と伝えました?いえもう、意識されるのが目的ならいっそ好きだと伝えれば解決ですよね?」
「恋愛対象にもみられてないのに、どっちも言えるわけないでしょ!?」
こっちは前世も今世も異性と交際経験なんてない恋愛初心者だよ!
この前は思い切って遠回しなプロポーズもどきをしたけど、あれは冗談だったから言えた事で……ちょっと本気も混じってたけど。
デートとか…ましてや告白なんて、そんな簡単に言える訳ないじゃないか!!
「お嬢様は気持ちを素直に伝える方だと思っていましたが、男女のことになると違うのですねぇ。」
「うぅぅ……感謝や好意みたいな大事な気持ちはその場で伝えるべきだよ?そう思うけどさ、さすがに、その……れっ恋愛の『好き』を伝えるのには勇気がいるというか恥ずかしいというかっ!!」
「───大変お可愛らしいです、お嬢様。セオドアには勿体ない!」
「…馬鹿にしてる…。」
「いえ、滅相もございません。自分ではわからないのも無理はありませんが、涙目のお嬢様は熊をも倒せる破壊力をお持ちなのです!ついついもっと弄って泣かせたくなる程に!」
拳を握って力説してらっしゃいますが、内容が不穏にも程がありますよネイアさん。
どうしよう、私の侍女がドSだったっぽいぞ?
「まぁ勿体ないですが……面白そうですし、手を貸しましょう。」
「ほんと!?ネイア!」
「はい。お嬢様のお願いですしね。このネイアにお任せください。」
ニッコリ笑うネイアはやっぱり同性から見ても可愛くて、それが物凄く頼もしい!!
「ありがとうネイア!!大好き!!」
ドSなんて心の中で思ってごめんなさい!!
ネイアが手を貸してくれるなら今度こそセオドアに異性として意識してもらえるに違いない!!はしゃいでいた私は、だからネイアの呟きを聞き落とした。
「ま、必要ないことですけどね。」