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番外編:【瞳】のお嬢様(セオ視点)・後編

前編より短くなると思ったら、むしろ伸びました。何故に。


慎重に慎重を期し、証拠が残らないように命令を実行したのだが、計画は失敗した。私としてもあの平民娘は不愉快な上に今後もお嬢様や国への害になるだろうと思っていただけに残念だ。

しかも平民娘は王太子に助けられ事なきを得たようだ。


今までの事からお嬢様の仕業に違いないと王太子達は確信しているようだが、なんの証拠もない。

お嬢様自身が行った嫌味・暴言・嫌がらせは身分的に罪に問える程のものではないし、今回の事は実行犯の口は塞いであるので証拠になるのは精々、お嬢様に手渡した報告書ぐらいのものだ。その報告書も当然あとで廃棄するので問題はない。



───と、思っていたんだが。




影からの報告を受け、私はお嬢様付きの執事から一度外れることを旦那様に告げる羽目になってしまった。

とてつもなく不本意ではある。だが仕方がない。影だけに任せておける問題ではないのだから。


「お嬢様の執事失格だな……。」


あの馬鹿王太子が、今回の件を受けて本格的に婚約破棄に動き出した。実際に行動するのもすぐだろう。

それはいい。

問題は、王太子側がお嬢様の嫌がらせの証拠となる映像記録を持っているという事だ。



うかつだった。

影からの報告では犯罪の証拠ではないようだが、お嬢様に不利益になる物を敵に握らせていたとは…っ

自分の迂闊さに怒りすら覚える。


その手の魔道具はお嬢様が身に着けている魔道具による妨害で通常は発動しない。

だが王太子側は、それこそ国家間の協議記録などに使うような馬鹿高く、しかも使い捨てのそれを平民娘の為だけに使用していたというのだ。当然、国家間の協議記録にも使われるような魔道具が、そこらの魔道具で停止させられる訳がない。




調査した結果、魔道具の持ち主・及び所持しているのは魔術師長の子息ラスレム・グルーディック、どうやら自宅にあったものを無断使用したらしいことが判明した。

ラスレムは魔術師として既に城で研究室を持っている為、現在はそこに保管されているらしい。……伯爵家ならばまだ侵入しようがあるものを。


いくら家にあったといえど、魔道具の価値を魔術師のラスレムが知らないという事はないだろう。あの家は伯爵家、資金は伯爵家の平均より少し上。その程度でほいほい使える魔道具じゃない。

あの男も平民女に会う以前は言動こそ軽いが、頭の良い男だった筈だ。

それが今じゃこの始末……。


恐らくあの平民女の為に証拠をとろうとしても散々妨害された為に、あのような高価な魔道具まで持ち出してきたのだろう。常識的な判断力をもった者の思考ではない。

それ程までに()()()()()()()()()()



無意識に溜息を吐いてしまった。

……出来ることならば、関わらず放置しておきたかった。



 * * * * * *



「やぁ、遅れてすまないね。君がシェリナ・マグレナシカ嬢の執事さんかい?」


「初めまして。セオドアと申します。この度は突然の申し出にも関わらず、お時間を取っていただき有難うございます。」


城には宮廷魔術師達の研究棟がある。そこの応接室で、私はある男と対面していた。

くすんだ長い金髪をゆるく三つ編みにして右サイドに流すその姿はどこか緊張感がなく掴みどころがない。眼鏡の下には優し気な垂れ目に、弧を描く口元。よれよれの白いローブをひっかけただけの姿は、とうてい宮廷魔術師には見えはしない。


ハーウェル・グルーディック。

魔術師長の子息でありラスレムの兄、そして次期魔術師長となる男。現時点では第2位の座についている。

その魔術の腕は現魔術師長をも凌ぐ程。完全に研究者気質の為に長男でありながらグルーディック家の跡継ぎの座を拒否しているという。


「いやーびっくりしたよー。宰相さんからお話があると聞いた時は逃げちゃおうかと思ったもん。お偉い人とお話するのって疲れるしねー。」


「申し訳ありません。いきなり私のような者が訪ねても相手にされないだろうと思いまして。」


「いやいや、君だろ?ウッディクルト伯爵の養子に入った面白い子。一度会ってみたかったんだよねー。」


「恐れ入ります。」


ヘラッと笑うハーウェルは当然のように言ったが……。

ウッディクルト家はずっと以前、城に妃としてあがるだろうお嬢様についていく為に旦那様に用意してもらい私が養子に入った家だ。だがその事は特に公表していないし、【表】のお嬢様に知られると厄介なのでむしろ秘密にしている。

それを普通に知っている…厄介そうな男だな。


「それで、何の用かな?弟が勝手に持ち出した記録魔道具の話あたりかなってふんでるんだけどー。」


「お話が早くて助かります。その記録魔道具を譲って頂きたく、本日はこちらに参りました。」


どうせこちらの思惑などわかっているだろう。早々に話を切り出す事にした。


「だろうねぇ。弟は隠してるけど内容はシェリナ嬢らしいし?で、対価はなに?」


「弟君をお救いする方法、などではいかがでしょう。」


提示した内容に、ハーウェルは幼い子供のように首を傾げた。


「ラスレムを救う?あれかい?平民の娘に入れ込んでるって聞いてるけど。その平民の娘を消すってことなら対価として少なくないかなー?」


「その想いがもし操られた結果だとしたら?」


ニコニコとハーウェルの笑顔は変わらないが、一瞬眉がぴくっと動いた。興味を引けたようだ。


「それってどういう事かなー?」


「弟君には呪いがかけられている事が判明しました。徐々に平民の娘に惹かれるように。」


「ふーん?」


ハーウェルがトントンと自らの顎を叩きながら右上を見ている。ラスレムの様子を思い出しているのだろう。


「ラスレムに呪いがかかったなら、纏わりつく魔力に気づかない筈ないんだけどなぁー?」


「通常ならばそうでしょう。ですがこの呪いは普通の物ではありません。威力は検知しにくいレベルながら、あの娘に会う度に重ね掛けされ徐々に惹かれていくよう設定されています。常識的な判断力すらも見失う過ぎた恋慕の情を抱かせる呪い……、しかも人の手による解除は不可能です。」


「解除不可能だって?」


「はい。あの平民の娘を媒体に、神か悪魔といった人外の者がかけた呪い───神官様はそう結論づけました。」


神か悪魔の呪い───そう、お嬢様にかけられた呪いと同じなのだ。


私がその事に気づいたのは平民娘が有力貴族の子息を次々と誑し込んでいった時だ。

今から一年も前。まぁ()()判明したかは言ってないので嘘ではない。


貴族はより高位な程に権謀術数を弄する。隙を見せれば喰われかねない。当然、王太子やラスレム・グルーディックも言動に隙を見せる事はなかったのに、平民娘と関わりを持つようになってからどんどん愚者となっていった。


恋に浮かれて、といっても限度があるだろう。何かしら外部から力が働いている可能性には直に思い当たった。

魅了の魔法、もしくは何かしらの呪い。



神官に密かに探らせたところ、案の定、王太子やラスレム、平民娘に入れあげる男には全員に、極々弱いながら呪いがかけられている事がわかった。ここまで弱いと呪いに敏感な神官が、集中して見ない限りは纏わりつく魔力には気づかない。

神官曰く、それは細い管のように平民娘と男達を繋ぎ、平民娘と会う度に弱い呪いが男達に向かって流れ、本人も自覚せぬまま徐々に平民娘に心奪われる状態となっていったらしい。


平民娘はあくまでも呪いの媒体で、呪いをかけた犯人は別にいるようだが正体は不明。

……だが威力が弱いにも関わらず強固に編まれた呪いは到底 人に成し得る業ではなく、神か悪魔のような人外の者でなければ成し得ないと神官は語った。



───これを知った時、私には2つの選択肢があった。

知らせるか、放置するか。


幸いにも若君様の呪いは長らく平民娘に会わなかったからか、既に断ち切れているらしい。ならば王太子達も平民娘から隔離してやれば呪いが断ち切れる可能性は高い。

だが王太子を放置しておけば、いずれお嬢様との婚約解消に至る可能性が高くなる。


長年婚約者であったにも関わらず【瞳】のお嬢様に気づかず、【表】のお嬢様だけを見て敬遠してきた王太子だ。……むしろ都合が良い。評判は地に堕ちるし廃嫡されるかもしれないが自業自得だろう。

他の男共やその婚約者は巻き添えになるが、別にお嬢様と親しい者はいないのだから構わない。



──本来ならこのまま放置の予定だった。

マグレナシカ家に被害がないよう今回の件を納めるには仕方がないが……。ハーウェルから王家へ話が伝われば王太子にも呪いがかかってるのでは、という話になるだろう。王太子が婚約解消、または破棄を宣言するまで魅了状態が続けば良いが。




「人外がかけた呪い、かぁー。……なかなか面白そうだねぇ?」


「面白い、ですか?」


「うん、面白いよぉー。一体どんな術式になっているのかなぁ?」


…ハーウェルの態度が少々ソワソワしている。今すぐ確認しに行きたいのか?

魔法のみならず呪術関連も研究対象だとは知っていたが、思わぬ方向に興味を引いてしまっただろうか。


「……ねぇ、弟を救うと言っていたね?君はどの程度この呪いについて知っているんだい?」


「知っていることは殆どお話しております。これ以上のことは取引が成立してからお話いたします。」


「取引かー。その取引さ、内容変更できない?」


「と、申しますと?」


「弟を救わなくていいからさ、呪いの存在について黙っていてよ。」


「───は?」


今なんていった、この男。


「人外がかける呪いなんて滅多にお目にかかれるもんじゃない。それを解いてしまうなんて勿体ないじゃないか!」


「………。」


急に立ち上がって両腕を広げ力説するハーウェル。その顔は明らかに喜びの表情を浮かべている。


(弟の命より研究なのか、この男!)


内心激しく引いた。

自分も大概普通じゃないが、この男も普通じゃない。変人を通り越して変態のレベルだ。

まぁ都合は良いのだが……。


「黙っているのは構いません。」


「本当かい!?」


「ですが、一つだけご承知いただきたい事がございます。」


「うんうん、何かな?」


「この呪いについて、私はマグレナシカ家に一切の報告をしておりません。またこの先も報告はいたしません。これは調査にいたるまで全て私個人で動いた事。マグレナシカ家は一切を関知していないことです。」


「───ふぅん、わかった。()()()()()()そう証言すると約束するよ。」



 * * * * * *



ラスレム・グルーディックが確かに呪われている事を確認した後、ハーウェルとの取引は無事に成立した。契約を破れば命を失う呪術契約を結んだ。

万が一にも「王太子が呪われている事を知ってて黙っていた」とバレた場合、私を雇っている以上、マグレナシカ家にどうしても疑いの目は向く。だが本当に知らない上に証言もあれば最小限で済むだろう。

ハーウェルも当然、弟と同じ症状の王太子も呪いにかかっていると気づいている。その上で呪いを調べたいというのだから悟らせる愚は犯さないだろう。呪いに気づけるとすれば宮廷魔術師をおいて他ならないが、その長に近いハーウェルが抑えればバレる確率は相当低い。



記録魔道具は始末し、これでようやく一つ片付いた。



───……そう一息吐くには、まだ早かった。







「お嬢様を拘束して牢屋へ!?」


信じがたい暴挙に眩暈がし、次の瞬間にはぐらつく程の怒りが沸き上がった。


「ああ、王太子が強行したそうだ!私はすぐに王城へ行くが、時間がかかるかもしれない!お前はシェリナを頼んだぞ!!」


旦那様は必要最低限だけを言い捨てると、慌ただしく馬車に乗り込んでいった。


───目の前に王太子がいれば殴り倒してしまいそうだ。


感情を抑えるために拳を固く握り他の者に問いただすと、今日の夕刻前、王太子はお嬢様に婚約破棄を宣言したらしい。その際にお嬢様が平民娘に襲い掛かろうとしたのを取り押さえ、城の牢屋へと独断で入れたらしい。


侯爵令嬢が()()()平民の娘に襲い掛かったから、牢屋だと?

ふざけるな!




どうしたって怒りの感情が湧き出るのを無理やり抑えこみ、お嬢様の迎えの準備を急いだ。

だが一向にお嬢様が解放される気配はない。

王は現在、災害のあった地域の視察のために王城にいない。王妃は他国の王家から嫁いだお飾りなので王太子をすぐに止められる者が現状いないのだ。それを見計らっての婚約破棄だったのだろうが!



事態が動いたのは翌日、まだ日も昇りきらぬうち。

王太子はあろうことか侯爵令嬢たるお嬢様を強引に王都から追放しようというのだ。しかも令嬢が歩いて帰るには酷な距離まで王都から馬車で連れ出し、着の身着のままで放り出すつもりらしい。

既にお嬢様を乗せた馬車は王都の外へ向かっているという。


───目の前に王太子がいれば間違いなく殺していた!


旦那様から至急保護するように言伝が来たが、言われるまでもない。


「至急馬車の準備を!お嬢様を迎えに行く!!」





 * * * * * *





見通しの良い平原で馬車の窓から遠目に人影らしきものを見つけ、私は躊躇いなくお嬢様の元へと駆け付けるため転移を行った。

お嬢様から少し離れた場所に転移した私は、しかし意外な光景を目にする。


そこにいたのは確かにシェリナお嬢様だ。

だが、様子がおかしい。


何やら大声で叫んでいる。かと思えばクルクル回りだして、しまいには地面に仰向けに倒れこんでしまった。

子供のように声をだすお嬢様を、ゆっくりと歩み寄りながら見た。



表情が違う。

仕草が違う。

纏う雰囲気が違う。


高飛車で我儘な【表】のお嬢様じゃない。この方は───



「強制力だったんだ!!ゲームが終わったんだ!!もう操り人形(マリオネット)から解放されたんだぁーっ!!!」


「良かったですね、お嬢様。」



───長年、私が想い続けていた【瞳】のお嬢様だ。





……ああ、彼女はこんなに愛らしい方だったのだな。

見た目は色彩もあって冷たい月のような印象を与える美貌を持つお嬢様。だけど表情はクルクルと良く変わるし返す反応は一々可愛らしい。平民のような言葉遣いも今までのお嬢様と違って新鮮だ。


もっとお嬢様と二人きりで言葉を交わしたかったが、侯爵家の馬車が追い付いてきてしまった。馬車には一晩牢獄にいたお嬢様の世話をする為にメイドも乗っている。

まぁいいだろう、これからいくらでも会話をする機会はあるのだから。


お嬢様はしきりに王太子の言葉を気にしていたが、どうせ無効になる命令だ。それにお嬢様と離れていた間に王太子が平民娘に宝物庫から贈った宝飾品やドレスの件もしっかり掴んでいる。

どうせ王太子ではいられなくなる男の命令など知った事か、とさっさとお嬢様を連れ帰った。




 * * * * * *




本来のお嬢様はやはり明るく、そして律儀な方だった。

これまで迷惑をかけてきたのだからと使用人全員を集めて丁寧に頭を下げて謝罪されたのには驚いた。

それどころか一人一人にまで謝罪をされ事あるごとに感謝の言葉を述べられる。使用人たちは最初こそ恐慌状態に陥っていたものの、徐々に慣れ、今では「お嬢様を今までの分も幸せにしようの会」が発足している程に慕われるようになった。……ちなみに会長は若君様、理事は旦那様だ。


あとお嬢様は事あるごとに「大好き!」と好意も言葉で表現するようになった。不思議に思って聞くと、お嬢様曰く「気持ちが伝えられるってとても素敵なことだもの。伝えられる時に伝えなきゃ後悔するのよ!」だそうで、おかげで若い男の使用人に釘をさす機会が多くなった。


これはつい先日、密かに教えていただいたのだが、お嬢様には前世の記憶があるらしい。

そこまで詳しくお聞きできなかったが、こことは全く別の世界、別の文化で育ったリンという名の平民だったそうだ。

だが若くして事故で亡くなり、大切な人達にお礼も感謝の言葉も何も言えず。更には転生した先では二月前まで言葉すら発せられず。

ようやく自由となったこれからはもう、後悔しない為に出来るだけすぐに気持ちを伝えたいのだと仰られた。


……信じがたい話だったが納得できる事もあった。

生まれた時から操り人形の状態だったと聞いているのに、お嬢様の精神は正常だ。まだ幼い精神がその様な異常な状態に晒されれば普通はどこかがおかしくなるか、精神が壊れているだろう。




今回の暴走については、王太子とその取り巻きは厳重な処罰を下されることになった。

王太子が侯爵令嬢にしたことは、侯爵家に謀反を起こしてくれと言っているに等しいのだから当然だ。王太子達はお嬢様の罪を必死に訴えたようだが証拠がない。それどころか自分たちに不利な証拠ばかりが王に詳細な報告と共に提出されているのだ。


王太子の座は弟に譲られ王位継承権も剥奪、側近候補も完全に一新。元王太子連中は全員隔離され、数か月に及んで王族・貴族の果たすべき役割から人間として大切なものは、と教育をやり直している最中だ。


平民娘が元王太子達に高価なプレゼントを強請っていたという報告が効いたのか、ついでに平民娘も城の下級メイドが使う寮の一室に押し込められ、朝は早くから夜は遅くまで侍女頭に休む間もなく厳しく躾けられているらしい。身分の差を知らしめて二度と元王太子達に近づかないようにという事らしいが、あまり効果はないらしい。


だが平民娘が隔離されたことで呪いが薄まり、元王太子達は徐々に正常な判断力を取り戻しつつある。ハーウェルが至極残念そうに話していた。





「そうだ。殿下達には逢えるかな?」


「殿下達は今大変お忙しいので、おやめになった方がよろしいかと。」


「そうなのね。彼らにも迷惑かけたし、お渡ししたかったけど……。」


下手すれば自分が死んでいたのに、奴らにまで優しくする必要はありませんよ…っ!

奴らには2度と逢わすまい、と改めて誓う。



お嬢様は騒動のすぐ後、お詫びの手紙を何度か奴らに書いている。

僭越ながら手紙は私が直接お届けした。


その際にお嬢様は生まれながらに呪いを受けており、いかに苦しんでいたかとその様子を事細かに語り。今はそんな呪いも解け、とても優しいお方になられているのでどうか謝罪を前向きに受け止めて欲しい、とお願いしておいた。

全員が話が進むにつれ顔を暗くさせていたが、どうしたんでしょうね?


先日はついに直接の謝罪となったのだが、お嬢様を見た元王太子達の顔は見物だった。

一目見てわかったのだろうな。お嬢様が本当に自分たちの知る「シェリナ・マグレナシカ」ではないと。



「前のお嬢様が暴風や劫火だとしたら、今のお嬢様は春光ですね。」

「あの微笑みはもう春の女神と言っても過言ではないね!」

……お嬢様付きのメイドや若君様の表現だが、そう言わしめるほどに前と今とでは纏う空気が全く違う。



「───本当に怪我がなくて良かったです。私を止めてくださり、ありがとうございました。」


「あ、あぁ。……その、シェリナ嬢は、随分と……変わられた、んだな?」


「いいえ、私自身は変わってはいません。ただ身体の自由を取り戻しただけですよ。以前の私は呪いで身体だけ操られた人形のようなものだったので。」


「……聞いている。シェリナ嬢の言動は全て、貴女の本意ではなかった……と?」


「はい。私の意思など呪いの前では全くの無力で……言動には一切影響を与えられませんでした。例え思考を別の事柄に飛ばしていようと、話を聞いてなかろうと、身体は勝手に動くのですから。いっそ私の意思など無い方が良かったと何度も思いました。」


「勝手に……ま、全く動かなかったのか?」


「ほぼ全く、です。かろうじて時間をかければ唇をほんの少し開ける事が出来るのと、これは私も気づいていなかったのですが、瞳孔も私の感情で動いていたそうです。…でも!それでも私の執事のセオは私の事に気づいてくれていたんですよ!それも10歳の子供だったのに、たった数か月で!」


それからはその時いかに自分が絶望していたか、いかに私の言葉が救いとなったか、と頬を上気させてお嬢様は語られていった。その顔は非常に愛らしいのだが。


お嬢様……、嬉しいのですが、いささか恥ずかしいです。


元王太子達は逆に話を聞く程に顔を暗くさせていく。自分たちは救いになるどころか気づきもせず、逆に傷つけていたんだから当然だろう。


「あのっお気になさらないで下さい?『私』に気づけるのなんてセオぐらいですよ!」


ようやく気付いたお嬢様がフォローするが、逆にトドメをさしていますね。




そしてその後、元王太子から再婚約話が舞い込んだ。

お嬢様はすぐにお断りをいれていたが、むしろ図々しくも話を持ち込んできたことが腹立たしい。

平民娘の呪いが薄れ、平民娘と違って本当に清純なお嬢様の愛らしさに惹かれるのはわかるが。

王太子の座から転落した今、侯爵家の後ろ盾が欲しいというのもあるだろう。


……そういえばお嬢様、奴が元王太子になったと知らない様子だったな。まぁいい、どうせもうすぐ領地へ行って関係なくなるんだから。




 * * * * * *




「あ、あの、セオ?」


お嬢様の呼び声に過去から意識を戻すと、クッキーの袋を1つ、胸に抱きしめるように持ったお嬢様が目の前に佇んでいる。

顔を赤らめて上目遣いで見て来る姿は……他の男には見せたくないな。


「どうされました、お嬢様?」


「えっと、ね?これ……。」


私から目を逸らしながら手渡されたのは胸元に抱きしめられていたクッキーの袋。

受け取って気づいた。


「? これ、他の物と違いますね。」


これだけ絞りだしでハート型になっているし、一部はチョコなどで飾られたものもある。


「だって、ね?セオは私の特別な人だから。お礼のクッキーを作ろうって思った時、セオのは皆とは別にしたかったんだ。」


「……特別……。」


「セオが私を見ていてくれたから、私は私のままでいられた。こうして自由になれた今、幸せを感じていられるのはセオがいてくれたからだよ。だからセオは私の恩人で、特別な人なんだよ!」


「───っ 大げさですよ。」


照れた微笑みを浮かべながら、まっすぐ私の目を見て告げられて。

不快ではないのに、何故か胸が苦しい。顔を見られたくなくて、咄嗟にお嬢様の頭を撫でるフリをして、その視界を下げさせた。

侯爵令嬢の頭を撫でるなんて不敬と叱られて当然だが、お嬢様は機嫌良さそうに大人しく頭を撫でられている。


「あとお父様とお兄様の分も特別仕様なんだよ!お二人は甘いモノが得意じゃないから、甘さは控えめにしてクルミを混ぜてね?」


「……私だけじゃありませんでしたか……。」


「え?」


「いいえ、何でもありません。」


微笑んで見せると、つられたようにお嬢様も笑う───のに、先程のような胸の苦しくなるような感情は湧き出ない。むしろ何故か不快だ。

私だけじゃなかったから、か?


「───お嬢様。前世の事は、旦那様たちにはお話になりましたか?」


「それなんだけど……告げるか迷ってるのよね。きっと信じてはくれると思うんだけど。」


右手の指を軽くこめかみに当てるお嬢様の眉間に皴が寄る。場違いにも「この表情は初めて見るな」と脳裏によぎった。


「前の世界の技術はとても進んでいたけれど、世界に悪影響も出ていたの。私が持ってる知識なんて微々たるものだけど、何がどう影響するかわからないし。お父様は宰相という立場上、私の知る異世界の知識と技術を知ろうとなさるでしょ?教えていいものかどうか……。」


「それは、確かに迷いますね。」


お嬢様の思わぬ悩みに驚いた。

世界に悪影響を及ぼせる技術など想像もつかないな。が、それなら丁度良い。


「でしたら前世の記憶がある事は、誰にも告げないほうが良いかもしれません。魔法の中には他者から強制的に情報を盗み出すものもございます。万が一を考えれば、知る者は少ない方が良いでしょう。」


「っ!そうね。魔法こわ…っ」


適当に思いついた言い訳だが、お嬢様は納得されたようだ。

これで、お嬢様の秘密を知るのは私だけだ。そう考えると少しだけ満足感を得る。


「……あ。そしたら『私』の名前を知るのは、セオだけ、なんだね……。」


ぽつん、と。消え入りそうに小さく零れた言葉。寂し気な声音につい固まる私に、聞かせるつもりはなかったんだろうお嬢様が慌てて首を振る。


「あ、なんでもないの。ただの独り言!さぁーて、この大量のクッキーを配らなきゃね!大きな籠を借りてこなくっちゃ。手伝ってね、セオ!」


いつも通りの笑顔を浮かべているつもりでしょうが、私には作り笑いだとわかる。無駄に大きな声を出しているのは元気を装っているから。


お嬢様の、名前。

シェリナ・マグレナシカとして生まれる以前の、名前は───



「かしこまりました、リン。」




この世で2人だけが知る、秘密の名前。








くしゃりと顔を歪ませても、なお美しいリン。


……また一つ、私の中で何かが満たされるのを感じた。


本編書くよりもむしろ時間がかかったセオ視点の番外編、ようやく書き終わりました…っ!

なんて書き難いんだセオ!お嬢様絡ませないと動かないよセオ!


これでようやくお嬢様のその後とか長編の書き溜めに入れます。全然溜まってませんが。

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