番外編:【瞳】のお嬢様(セオ視点)・前編
もう特殊能力ゆえ、ツッコミなしでお願いします……。
長い・読みにくい・鬱陶しい。なによりものすごぉぉぉく書き難いです!
私の仕えるお嬢様、シェリナ・マグレナシカ様は少々変わった過去をお持ちだ。
2か月前。シェリナお嬢様はご自分の意思に反し操り人形のように身体が動くという、長年の恐ろしい呪いから解放され、ようやくお身体の自由を取り戻された。
それだけでも十分変わった過去だが、お嬢様は生まれつき前世の記憶を持っているらしい。リンという名の平民だったという彼女。
明るく優しく、時に変わった言動をとるお嬢様。彼女にはまだまだ驚かされることばかりだ。
「お嬢様?」
「セオ!丁度良かった、今最後のクッキーが焼けたところだよ。味見してくれる?」
2時間程前、キッチンへの立ち入り禁止を言い渡されたものの気になって覗いてみれば、今焼きあがったばかりらしいクッキーの皿を手にお嬢様が振り返った。
嬉しそうに、まだ湯気の立つクッキーを一枚手渡される。目がキラキラして、私の反応に興味津々なのがわかる。
見れば他にも何皿もクッキーの山が。随分と作ったんだな……。
普通、侯爵令嬢は厨房に立ち入ることはない。当然料理もしない。
お嬢様も一週間前までは確かにそうだったのだが…今私の手にあるのは、到底そうは思えない綺麗な、変わった形のクッキー。
「これは猫、ですか?」
正面を向いて座った猫のシルエットのように見えるクッキー。こんな物は初めて見る。
「うん!この前、器用な職人さんのいる工房に行ったでしょ?その時に内緒でお願いしたのがこのクッキー型なの。」
ああ、あの時か。お嬢様が欲しい物があると、呼びつければ向こうから来るだろうにわざわざ自分で工房まで出向いて行った時の事を思い出す。私にも内緒で注文していたのがコレなのか。
断りをいれてクッキーを口に含む。お嬢様は心配そうにこちらを見ているが
サクッと軽くほどけるような食感。味も優しく素朴で…。
「……とても美味しいです。」
「本当!?良かった。前世ではよく作ってたけど、調理器具が違うし不安だったんだよね。」
私の感想にホッと安堵の息を吐き、今度は楽しそうに微笑まれる。嘘偽りなく、店で並んでいても可笑しくない程に美味しい。
私の知らないお嬢様は、まだまだ多そうだな。これからが増々楽しみだ。
「これまで屋敷の皆には迷惑をかけていたでしょ?領地に移る前に、ちゃんと謝罪をしたいと思ってお詫びの品を考えてたの。あまりお金を使う訳にはいかなくて悩んだけど、これならここでは珍しいし可愛いから喜んでもらえるかなと思って。」
「既にお嬢様は皆を集めて謝罪なさったでしょう?それで十分だと思いますが。」
「駄目だよ!何年も迷惑をかけ続けてきたんだから、一人一人にちゃんと謝罪しないと。それにお世話になっていたんだから感謝も伝えたいし。」
厨房設備の使い方が不安だったけど、一週間でなんとかなって良かった~、と笑われるお嬢様。その為に一週間、厨房の者達の所に通っていたのか。
まさか使用人一人ずつに謝罪と感謝を述べようなどと考えているとは思わなかった。お嬢様は随分と律儀な性格をしているらしい。
しかしお嬢様に前世の記憶があると知っている私はともかく、何も知らない使用人達はこれがお嬢様の手作りだと渡されれば驚愕するだろう。普通、高位貴族のお嬢様が一人でこんなクッキーを作れる訳がない。
何か適当な言い訳を考えておくべきか。
ふと顔をあげると、クッキーを袋に詰めながら鼻歌を歌うお嬢様の姿が目に入る。その表情と瞳は共にキラキラと輝いている。
……まぁお嬢様が楽しいのならば、貴族らしくなかろうが、使用人達が驚愕しようがどうでも良いだろう。
10年前、初めて会った時のあの瞳さえしていなければ───。
◇ ◆ ◇ ◆
私がお嬢様と出会ったのは、私が10歳の時だった。
私は貧困街出身の孤児だ。物心ついた頃には既に親はおらず、弱い子供だった私はただ生きる事に必死だった。
貧困街の子供が生き抜くのに最も大事なのは警戒心。暴力をふるう者、物を奪う者、子供自身を狙う者。中でも警戒しなければならないのが『優しい大人』だ。
優しいふりをして近づき、子供が害された話など貧困街でなくともありふれた話。私は自然と僅かな変化を注視することで相手の本音を読む術を身につけていた。
まぁ最も、同じ貧困街の奴らからは「お前のそれは、もはや魔法だ」と言われていたが。どうやら私は普通よりもずっと『目』が良いらしい。
* * * * * *
その時の私は2日程何も食べておらず、空腹から路地裏で蹲っていた。
「あら、きったなぁい。だぁれ?こんな所にゴミを置いたのは。」
突然、鈴のような可愛らしい声で罵られ、顔をあげる。
目の前に居たのは男に連れられた幼くも美しい少女。一目で貴族と知れる。
こちらの顔を見た少女は小さな口を不機嫌に歪め、こちらを蔑む目で───
(……なんだ?)
見て、いなかった。
いや、目はこちらを見ているし、眉毛は不快そうにひそめられている。
だが、違う。
何だろう、この違和感は。
「あら?よく見れば顔は可愛いじゃないの。見た目を整えて綺麗なお洋服を着せれば良い飾りになりそうね?」
……そうか、瞳だ。
こういう輩は普通、優越感に瞳孔が開いて目を輝かせるものなのに、それがない。さっきだって不快そうな表情をしていながら、瞳孔は収縮しなかったのだ。
今もこちらに全く興味を抱いていないのがわかる。言動は明らかにこちらに興味を持っているのに。
それに、この目には覚えがある。貧困街では自殺する者が多いが、この子の目はそれにどこか似通っている。
……何なんだ、この子?
「決めたわ!コレは私の玩具にする!良いわよね、お父様?」
一方的に宣言し、父親らしき男に笑いかける女の子。父親は止めていたようだったが女の子が譲らず、最終的には諦めるように許可をした。
これが、私とお嬢様との出会いだった。
* * * * * *
侯爵邸に連れ帰られた私は、将来お嬢様の執事となるべく使用人として働きながら教育される事になった。
気性が激しく我儘なお嬢様は、少しでも気に入らない事があれば癇癪をおこす。理不尽な罵声など日常茶飯事だ。まぁ困らされる事もあったが、貧困街で飢えて暮らすよりは断然良い。侯爵家に仕えた経歴があれば、将来は他で雇ってもらうことも可能だろう。むしろ幸運だと思っていた。
ただ、気になる事が一つだけあった。お嬢様の目だ。
お嬢様付きとなり一か月もすれば、彼女の異常さが気のせいでも何でもないと確信した。
彼女は明暗による瞳孔の変化は見せても、感情の変化による瞳孔の変化は一切見せない。どんなに顔が興奮していても、喜んでいても、怒っていても、目だけは氷のように冷えている。その目のまま怒りの表情で罵倒するなんて、どれだけ器用であれば可能なのか。
こんな人間は初めてだ。
目だけを見れば、まるで絶望し心を閉ざした人間のような。しかも貧困街ですら見たことがない程の昏い目をしたお嬢様。
雇われてはいるが、どうせ赤の他人だ。奇妙だが、放っておいても問題はない。
……なのに何故か気になってしまう。元々他人に対してはあまり興味がなかった筈なのに、ついついお嬢様を目で追う日々が続いていた。
半年後、初めてお嬢様の瞳に感情をみた。
その日は、お嬢様のお妃教育の日だった。
王太子殿下の婚約者であるお嬢様は、頻繁に城に通っている。まだ執事見習いである私はついて行くことはないが。
帰宅されたお嬢様は最高潮に機嫌が悪かった。
「何よ、何よなによあの女!!」
先程から枕に当たって暴れている。私はメイドと共に入り口近くに控える。
「私が王太子妃に相応しくないですって!?民を想いやれないですって!?当たり前でしょう、なぜ私が民など想いやらないといけないんですの!」
なるほど、教育係に王妃の心の在り方でも説かれてご立腹だったらしい。
彼女にとっては平民など足元のアリ程度の存在だろう。それを危惧して幼い今の内に矯正しようとしているのか。
「あぁ苛々する!!」
今度は手当たり次第に物を投げだすお嬢様。枕、小物入れ、コップ……、
危ないな。一度部屋の外にメイドを出して─── っ!!
「危ない!!」
「きゃっ!?」
飛んできた水差しがメイドに当たりそうになり、咄嗟に突き飛ばす。
私達に直接当たりはしなかったものの、壁に当たった水差しは甲高い音を立てて割れ、砕けた破片が私の顔をかすってしまった。
「……っ」
鋭い痛みが頬に走り、液体が頬を伝っていく感触。
「まぁ、大変!」
それを見たお嬢様が暴れるのをやめ、私の元へと飛んできた。
「頬が切れちゃったじゃないのセオドア!あんたの取り柄なんてその綺麗な顔ぐらいなのに!!トロいんだから、あれぐらい避けなさいよね。ちょっと、セオドアを手当てしなさい。」
「は、はい!!」
勝手な事を言ってメイドに手当を指示したお嬢様が再びこちらを向く。
自分の持ち物に傷がついて怒っているのだろう、怒りの表情で……
(……っ!?)
瞳孔が収縮している?
目も普段より僅かに潤んでいるし、唇も僅かに戦慄いている。
この感情は……恐怖、か?
私の怪我を見たせいか?
「っ お嬢様!私は平気ですので、その様なお顔をなさらないで下さい!」
咄嗟に叫んでいた。
お嬢様もメイドも目を丸くしている。私が叫ぶのなど初めての事で驚いたのだろう。
「何よそれ?私がお前なんかの怪我を心配したとでも思ってるの?なんて馬鹿なのかしら。」
軽蔑の表情を浮かべるお嬢様。しかしその瞳が今度は揺れている。
これは動揺か?
「……っ」
お嬢様の薄く開けられた唇が小さく、しかし確実に動くが言葉が発されることはない。音の形になることすら出来ていない。
だが確実にお嬢様は何かを言おうとしている。
一体何を言おうと───
口元の動きに集中していたが、最後までお嬢様の唇が音を紡ぐ事はなかった。
「もう今日は寝ちゃうわ。部屋を片付けてさっさと出てって。」
自室に帰ってからも先程の事が気になり、ベッドに倒れこんだ姿勢のまま考えていた。
先程のお嬢様の瞳は明らかに、私の怪我に負の感情を抱いていた。
数か月も瞳に感情が映らないから、最近はもしや元々感情で瞳孔が変化しない体質なのかと思っていたが違ったらしい。
ならばお嬢様のあの状態は、どういう事だ?
言いたい事と正反対の事を言ってしまう性格、という事はないだろう。それならば手紙で本音を書くなどフォローしようとする筈。それに瞳以外はお嬢様の言動と表情は一致している。
──表面上の【表】のお嬢様と、【瞳】に映るお嬢様は別物──
それが一番納得がいく。恐らくは【瞳】のお嬢様が本物なのだろう。
原因は悪魔などに取り憑かれたか、呪いを受けたかだろうか?何にせよもう少し情報が欲しいな。
* * * * * *
それからの私は、出来る限り不自然に思われないよう【瞳】のお嬢様へと話しかけた。
【表】のお嬢様がもし悪魔の類なら感づいていることを悟られるのはまずい。まぁお嬢様はあまり頭の出来が宜しくないので、そう苦労はしなかったが。
【瞳】のお嬢様は最初こそあまり反応を見せなかったが、根気強く接すると2年程でかなり反応を見せてくれるようになった。
私の姿を見つけると目を輝かせ、私を罵倒したり傷つけた時には僅かに瞳を潤ませる様は、子犬のようで愛らしい。
時たま何かを言いたげに唇を戦慄かせているが、前後の会話から考えると大抵はお礼か謝罪をしたいのだろうと察しがつく。
【瞳】のお嬢様は常識的で善良な方だ。
お慰めする為にお嬢様が興味を示す物も探ったが、中でも甘いお菓子やフワフワした動物がお好きのようだ。ただぬいぐるみを渡すにも【表】のお嬢様は動物がお嫌いなので、いつでも渡せる飴玉を常に所持するようにした。【表】のお嬢様が意外にも飴玉がお好きだったのが幸いだった。
一方【表】のお嬢様の正体はわからないままだ。古株のメイドによれば物心ついた時には既にこうだったらしいが。
正直に言うと、私だけが知る愛らしいお嬢様が、私への好意で瞳を輝かせる姿は……、私の庇護欲と独占欲を激しく刺激した。
あれだけ他人に興味がなかったのに、今では【瞳】のお嬢様の事を好ましく思っている。【表】のお嬢様を排して【瞳】のお嬢様を護りたいと思うのと同時に、本当の彼女を知るのは自分だけで充分だというのが本音だ。
……最も、謝ろうと唇を戦慄かせるお嬢様の姿と、何より本当の彼女と話したいという欲求から、私が取った行動は前者だったが。
ある程度【瞳】のお嬢様が反応を返してくれるようになった頃、私はこの国の宰相である侯爵様にお嬢様の現状をお知らせした。悪魔にしろ呪いにしろ、権力も伝手もある旦那様が一番使いやすい。
最初は全く信じようとしない旦那様だったが、カードを使ったゲームで旦那様の手札を次々と言い当て、次に旦那様が連れてきた者達の語る虚実を3人目まで見破った辺りで信用されることに成功した。
愛娘の不遇に気づかなかった後悔と、拾った孤児が思いがけない拾い物だったという喜びで旦那様は微妙な心持ちになっていたようだが、まぁどうでもいい。
旦那様はすぐに国一番の大神官を招き、密かにお嬢様を救おうとなされたが……しかし、これは失敗した。
大神官曰く、これは悪魔憑きではなく呪いの類のようだという。だが人が成し得る呪いでは到底ない、それこそ神か悪魔の呪いではないかと。解呪は不可能だと。
これには旦那様もだが、私も焦った。大神官にどうしようもない呪いなど想定外だ。
旦那様は呪術師やら魔女やら、とにかく呪い関連の者を手あたり次第に当たっていったが全て失敗に終わった。
「何てことだ……。シェリナは一生あのままなのか……。」
旦那様が遠目にお嬢様を見ながら嘆く。
呪いが解けないのならば、私がお嬢様に出来ることなど知れている。【表】のお嬢様諸共【瞳】のお嬢様を護り、今まで通りそのお心を少しでも慰める。
その為には───
「旦那様。私をどこかの貴族の養子にしていただけませんか?」
「なんだと?」
私の唐突な願いに、旦那様が驚きで目を瞠る。
「お嬢様は王太子の婚約者です。やがて城に上がる時、孤児で平民のままでは私はついていくことが出来ません。本当のお嬢様を理解し、支える者が誰もいなくなってしまいます。」
「む…、確かに。お前ほど人の感情を読み解く能力に長けた者はいないだろうな。それにその才能を埋もれさせておくのも惜しい……。良かろう、早急に探そう。」
私の養子の件はマグレナシカ侯爵家と縁ある伯爵家にすぐさま決まった。お嬢様に知らせると間違いなく延々と罵倒されるだろうし、それによって【瞳】のお嬢様が傷つくのは目に見えていたのでお知らせはしていない。
籍を置いただけなので私の生活は然程大きく変わらない。
貴族の常識やマナーなどはお嬢様の執事見習いとして既に習得していたし、足りなかった教養も旦那様が急遽手配なさった教師のおかげで補えた。
教師は驚き褒めそやし、それを聞いた旦那様は「これほど優秀な手駒がこんな身近にいたとはな」と黒い笑顔で喜んだ。
……度々旦那様の仕事を手伝わされるようになったのが変わった事といえばそうか。
* * * * * *
お嬢様は13歳になり、魔法学園へと入学された。
月光の髪を靡かせるお嬢様は妖精のように美しい令嬢へとお育ちになった。反するように【表】のお嬢様は性格がますます激しくなっていったが。
長年お嬢様を見続けてきた私は、瞳孔以外でもお嬢様の感情が僅かにわかるようになった。どこかに変化がある訳ではない。何となく、勘ともいうべき感覚だ。
学園には婚約者である王太子も通われているが、お嬢様はその性格のせいで酷く毛嫌いされている。【表】のお嬢様は王太子が好きらしいが【瞳】のお嬢様にその気はないらしい。いつも冷めた瞳で王太子を見ていらしたので、私も特に仲を取り持つようなことはしなかった。
──この学園で【瞳】のお嬢様を知っているのは私しかいない──
その事にひどく優越感を抱く日々だ。
お嬢様が15歳になった年度、浄化魔法の素質のある平民の娘が学園に現れた。この異分子が全てを変えていった。
まず、ただの平民がどういう訳かある日突然、王太子と二人で会話をしている姿が目撃された。数日後には王太子の名を呼び捨てにしていたという報告まであがり、私は直ちにこの娘を警戒対象として私の部下の影に監視させた。
王太子はお嬢様の婚約者。そこそこ優秀で見目も良く、王太子としての自覚もある筈だが…、呼び捨てを許すなどお嬢様を蔑ろに、いやそもそも王族として駄目だろう?
……だが数日のうちに影から次々に挙がってくる報告は、信じられない一途を辿った。
平民娘は更に有力貴族の子息3名を誑かしたのだ。皆、将来は王太子の側近となる予定の者ばかり。
次期宰相と名高いお嬢様の兄君である若君様にまで接触しようとしていたが、影の判断で事なきを得た。
やがて休息でお嬢様と離れる僅かな時間、私が向かおうとしていた場所その悉くに平民娘が現れだした時には背筋が寒くなった。
何なんだあの女。影を付けていなければ鉢合わせる所だ。
更に面倒な事に、悋気を起こされたお嬢様がこの平民娘に嫌がらせをするようになった。証拠が残らないようにさり気なく手段は誘導したし、例え証拠が残っても残らず回収していったが、このような行為は優しい性格らしい【瞳】のお嬢様が当然嫌がる。
まったく、平民娘も王太子も要らない事をしてくれる。
半年もすれば、王太子は平民娘の完全な虜だ。人目も憚らず堂々といちゃつく二人……いや違うな。平民娘を中心にしたハーレムだ。全員婚約者がいるはずだし、ここまで阿呆ではなかった筈なんだが。
常識的な貴族はハーレムに呆れと軽蔑の目を向け、お嬢様の嫌がらせは増々エスカレートしていく。
当然だが旦那様には証拠映像と共に全てお知らせしていたので「王太子といえど不遇なあの子を大切にせず、そのように扱うならば結婚など許さん!」と旦那様が怒り狂って王家に突撃した。
王家も王太子の不貞に慌てたのだろう。王太子を諫めるからと国王自ら旦那様に謝罪したという。だが一年経っても事態は改善せず、幾度か婚約解消を求めたものの、王はまだ頷かない。
王家では現在、魔力値が減少傾向な事が問題視されている。マグレナシカ家は代々魔力が高い子供が生まれやすく、身分も申し分ない。特にシェリナお嬢様の魔力は抜きんでていた為、マグレナシカの血を入れる為に王太子とお嬢様の婚約は成された背景がある。
「セオ。シェリナは王太子殿下を本当はどう思っている?」
旦那様の書斎に呼び出され、前置きも程々に尋ねられた。その表情は険しい。
「王太子殿下には恋情も何も抱いていないと見受けられます。憚りながら、私もあの程度の娘の本性にも気づかずに入れ込むような男は、お嬢様には相応しくないかと。」
「やはりそうか。どうにかしなければな……。」
「………。」
王太子殿下は近頃、想い人を傷つけるお嬢様に対して自らの不貞を棚に上げ、お嬢様は悪女だの性格が悪いだの平民娘のような魅力がないだのと周りに愚痴を言っているらしい。
王太子の言う事は【表】のお嬢様に関していえばその通りなのだが、平民娘が可憐で清廉だと言ってるのを聞いた時は節穴すぎて呆れと共に哀れにも思った。
騙されすぎだ。平民娘の目は明らかに貪欲な者の目だ。【瞳】のお嬢様の方が遥かに澄んだ瞳と慈愛の精神を持っていらっしゃるのに。
だがこの王太子を利用できないかと私は考えている。
影を使って上手く操ってやれば、今の腑抜けて責務を忘れかけた王太子ならば婚約を解消、もしくは破棄を勝手に宣言しそうだ。
普通ならば「婚約破棄をされた」など醜聞に違いなく、次の婚約に響く為に絶対に避けるべきだが……、その程度の醜聞を気にする懐の狭い男が【瞳】のお嬢様の事を想い支えになれるとは思えない。
……今の私にならお嬢様をお連れして逃げる事も可能だ。
お嬢様を溺愛する旦那様や若君様には悪いが、【瞳】のお嬢様を支えられない男と結婚させるぐらいなら躊躇なくお嬢様を連れ出させていただこうか。
* * * * * *
「お嬢様、紅茶が入りました。」
「遅いわよセオドア!相変わらず役立たずな執事ね。」
相変わらずの暴言を吐かれるが、まぁいつもの事だ。
お嬢様は今年で16歳。この国では成人と認められる年齢。
美しく腰まで伸びたプラチナの髪は緩やかに波打ち、アクアマリンのような瞳は暴言とは正反対に清廉な輝きを放っている。
「………~~~~~~………、」
「……お嬢様。」
お嬢様は瞳を僅かに潤ませ、唇を戦慄かせている。恐らく謝罪の言葉を紡ごうとしているのだろう。
無駄だとわかってるだろうに、ほぼ毎日のようにこうやって挑戦されるのだから強いお方だ。
このお方をお助けしたい。しかし、その方法は未だに旦那様にも見つけられずにいる。他国の文献にも似た事例はなく、「数百年に渡る叡智と絶大な魔力をもった竜にでも頼ろうか」と呟いたのは若君様だ。
「セオドア。」
ふいにかけられた言葉に顔をあげると、歪んだ笑み。
「あの小娘に暴漢を差し向けなさい。」
「お嬢様!?」
それは明らかな犯罪だ。バレればいくら侯爵家のお嬢様と言えど、お咎めなしとはいかないだろう。
「私の殿下に近づき、これまでの警告を無視した事を後悔させるのよ。」
「……お嬢様は、それで本当によろしいのですか?」
問いかけると、涙でいつも以上に目が潤み、瞳孔が収縮した。嫌がっている。それと……自嘲、か?
「何を言っているの?いいから早くしなさい。」
「……わかり、ました。」
仕方がない。下手に断って他の者やお嬢様自身が動いて尻尾を掴まれるよりマシだろう。
「私は、いつでもお嬢様の味方です。それを忘れないで下さい。」
お嬢様の瞳に向けて、言葉を紡ぐ。貴女が自分を嫌っていようと、私だけは【瞳】のお嬢様の味方です。
少しでもお嬢様の心の癒しになればと飴玉をテーブルに残し、私は仕事へと取り掛かった。
カードゲームなどで動揺など悟られたくない人達は、サングラスをするそうですよ。