マリオネットは領地へ旅立つ
ラストです。
あのあと、私は呆然としたまま侯爵家に連れ戻されてた。
目の前には滂沱するお父様と、硬い表情の使用人さん達。
状況がまだ呑み込めてないけど、自由になった今やりたいことなんて1つ。
これまでの色々すぎるアレコレや心配かけた事を深々と頭を下げて謝ったよ。そりゃもう心を込めて、誠心誠意!
お父様は目を丸くして驚き、使用人さん達にいたっては「ヒッ!」て声が。
……うん、深くは考えまい。
お父様は「呪いが解けた」と大喜びしてくれた。強制力って、ゲームの神様の呪いといえば呪いだよね。その呪いって私にしか掛かってなかったんですね…。
色々と頑張ってくれてたセオのおかげで、呪われてた間の私の行い程度は問題なし、私は貴族の娘のままで大丈夫だとお父様は太鼓判を押してくれた。
ただし貴族として残る場合は社交の場で好奇の目に晒されるのは免れない為、領地に引きこもる選択肢もありだと言われた。お父様、過保護……。
経歴に傷がついてしまったから結婚相手を探すのも難しいと嘆いたあと、王太子を物凄く罵るお父様に愛を感じたわ。
「シェリナは16年も不自由な身だったんだ、これからは好きな相手と好きなように暮らすといい。なぁに、娘一人養う程度、侯爵家には痛くも痒くもないさ。」
朗らかにお父様は笑うけど、それでいいんですか?と何度確認したか。
最終的に私は貴族の娘のまま、社交はせずに領地に引き籠ることにした。
この世界、魔法があるから医療技術が進んでない。でも治療魔法を使える人なんて少ないし、受けられるのは上流社会の人間だけだ。
私の前世は看護師だったもんで、私の持ってる技術が領地経営の力になればと思って医療技術の発達に貢献することに決めた。看護師として低い医療知識が許せなかったのも多分にあるけど。
「お嬢様、職人が試作品を持ってまいりましたよ。」
「本当!?今行くわ!!」
今は注射器に使う針を試行錯誤して作っている最中だ。
これまでも既存の道具、もしくは道具がない状態でも使える技術・知識を教えるため自治領の医者を集めて講習会を開いたり、勉強会を開いたりと色々やってきたおかげでうちの自治領は今や医療技術は国内一と言われてる。
うろ覚えだった薬草知識も情報共有の結果、今や薬草辞典を作れるほどだ。
あとは思い出すままにツラツラと日本で得た様々な知識をノートに書き記した。魔法を使って出来そうなことなんかも。技術から、起こった災害に至るまで。
きっとすぐには役立たないだろうし、もしかしたら誰かに読まれる前に紛失するかもしれない。そもそも書き記したこれらは悪にも善にもなるかもしれない。
だけどいつか、誰かの為になるかもしれないから。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
あれから領地へ移る前に、一度だけ街でヒロインに会った。
「なんで悪役令嬢のアンタがセオドア様と一緒にいるのよ!!」と掴みかかってきて以前とのギャップに物凄く驚いた。
すぐにセオによって引き剥がされたけど、喚いていた事から想像するに、どうやら彼女は私と同じ元日本人らしい。「隠しキャラのセオドア様が出てこないからおかしいと思った!」とも言ってた。
知らなかった、セオって攻略対象だったんだ。
どうやらヒロインは王太子と破局して学園を辞めさせられ、今は要注意人物として見張られているらしい。
あとで気づいたけど、あまりの勢いに彼女には謝りそびれてしまったのが心残りだ。
王太子殿下や攻略対象達にはちゃんと謝る事が出来た。
イケメンが一様に目を丸くしてる姿は笑いを誘ったけど、私と話すうちに全員がどんどん暗くなっていくのには申し訳なくなってしまった。どうやら私の本当の姿を見抜けず、断罪してしまった事に罪の意識を感じてしまったらしい。
『私』に気づけるのなんてセオくらいだよ、って言ったら、増々落ち込んだ。
王太子殿下にいたっては再婚約をって話も出たけど丁重にお断りした。
今もお手紙が届く程だから相当同情か罪の意識を感じるかしてくれたんだろうね。熨斗つけてくれてやるとか思って悪かったよ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「最近、リンの事を聖女様と呼ぶ民が急増しているそうですよ。」
ある日、セオがもたらした情報に私は目を丸くする。口の中には、セオがくれた苺味のアメ玉がコロコロ。
相変わらず執事の恰好で私に仕えてくれてるセオは、私の表情がおかしかったのか小さく笑っている。
看護師としての知識を齎す際、前世の記憶をもっていることをセオには告げていた。セオはそれ以来、誰もいないところでは私の事を「リン」と呼ぶ。
私自身もシェリナの仮面を取っ払ってリンとして振る舞えるから凄く楽。
「せいじょぉ~?ないないない、なんでそんな事に?」
「リンが齎した知識によって医療分野が目覚ましく発展しましたからね。衛生環境・食事環境・労働時間の制限…、リンの齎した知識のどれがどのように作用したかはわかりませんが、確実に民の病は減っています。そのせいでしょう。」
「えぇー…。人の役に立てた事は嬉しいけど、聖女扱いはちょっと。リンの国の人なら大抵知ってる事だし。」
「でもこの国に齎したのは貴女でしょう?諦めてください。」
「ぶー。」
ブーイングしてもセオは金茶の瞳を細めて楽しそうに笑ってる。
私の言葉に、私の行動に、セオが笑ってくれてる。
自由に動けるようになったこの体で、セオを笑顔にできる。
──それが、今の私の一番の幸せだ。
「……ありがとう、セオ。」
「?何がですか、リン。」
「えっと、色々。セオに出会えなかったら絶望したまま、リンとしての私の意識はとっくに消えてたと思うの。セオにお礼が言いたくて足掻かなかったら、私はきっと歪な人格になっちゃってたと思う。『シェリナ』の人格にのまれちゃってたかもしれない。そしたらきっと断罪されて捨てられて、そのまま野垂れ死んでたよ。」
本当にそう思う。操り人形のようなあの状態で、正常な精神を保てたのは偏にセオが私を見てくれたからだ。
「ずっとセオの為に何かしてあげたかった。ずっとお礼が言いたかったの。だから、ありがとう。」
自分の中での最上級の微笑みで、お礼を言う。
───セオは、無言であらぬ方向に顔を背けてしまったけれど。
「せーお?」
顔を覗こうとしたら白い手袋をはめた手で額をぐぃーっと押されて近寄れない。
「…っ こちらを見ないで頂けますか。」
ちらりと見えるセオの浅黒い肌の耳が、かなり赤い。
「……っ!ちょっと、顔見せて!拝ませて!!」
両手を伸ばして引っ張ろうとする私に、セオが激しく抵抗する。
「拝むって何ですか!私の顔なんて見たって面白くもないですよ!」
「いやいや、今見たら絶対に面白カワイイものが見れる予感がする!!」
「面白カワイイって何ですか!」
必死に縋ったけど男の力に叶う筈もなく、残念ながら赤面セオという貴重な顔は拝めなかった。
くそぅ、ならば!!
「あのね、セオ。この前お父様に確認したんだけどね。」
「……なんですか。」
仏頂面になってしまったセオの両頬に手を伸ばし、しっかりと固定する。セオは嫌そうにしてるけど、逃げはしない。
私より頭二つ分も高いセオの頬に手を伸ばす体勢はしんどいけど仕方ない!
「好きな相手と好きなように暮らすといい、って言ってたでしょ?その相手のね、相談をしたの。」
「…っ 誰か、気になるお相手でも?」
「えぇ。───セオでも良いかしら、って聞いたの。セオなら大歓迎だって!」
───今度こそ真っ赤になった顔を晒してくれたセオの姿に、どうやら脈はありそうだと、内心ほっとしたのは私だけの秘密ってことで。
短編として書き始めたのですが、長いことに気づき3話に分けました。勢いで書き上げたので矛盾点があってもスルーをお願いします…。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
宜しければ評価・コメントなどをよろしくお願いいたします。
【補足として】
どこにも入れようがなかったのですが、本来のゲームではシェリナの部屋から証拠品を盗み出しヒロインに渡すのはセオでした。隠しキャラのセオルートで明かされる事実なので、未プレイだった凛は知りませんでした。