マリオネットの悪役令嬢
短編として書き始めたらちょっと長くなりまして、3話になりました。お楽しみいただければ幸いです。
(2019.7.23 小説情報確認してみたらブックマークが100超えててビビりました。大変幸せです、ありがとうございます!)
「シェリナ・マグレナシカ!性根の腐った貴様にはこの国の王太子妃など務まらん。よってこの婚約は破棄とする!!」
(まぁそうなりますよね~。)
わかってた事だし、婚約破棄されたって悲しくはないさ。嫌いなオレ様系の王太子なんてどうでもいいよ。熨斗つけてヒロインにくれてあげたいほどどうでも良い。
問題はだね!
「何故ですの、私以上に王太子妃に相応しい者などいませんわ!……小娘っお前が!お前がいるから殿下が私を見て下さらないのよ!お前さえいなければ!!」
勝手に言葉を紡いで、怯える女の子に向かって走り出すこの体なのよぉぉぉ!!
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
自分の置かれている状況に気づいたのは、一体いつだったか。
私は生まれた時からある記憶を持っていた。河口凛という、平和な日本で生まれ育った、そりゃあもう平々凡々な三十路独身女だった記憶。
仕事に追われながらも、ゲームとネットの恋愛小説を楽しみに生きておりました。
彼氏?2次元にならいましたが何か?
死んだ原因は車の事故だった。飛び出した何かの動物を避けようと咄嗟にハンドルをきって崖下にズドン。まぁ巻き込んだ人もいなかったし、それだけは幸いだったかな、うん。
で、次に気が付いた時には、私は豪華なお屋敷に住んでいた。ヨーロッパの古いお城で見たような調度品に、煌びやかなシャンデリア。赤ん坊だったのでメイドさんに朝から晩まで世話されたのは……かなり堪えたなぁ。
最初は転生したのかな?と思ったけど、言葉を喋れるようになったところで、ここが何処なのかすら聞くことが出来ない事に気が付いた。
なぜなら私は自分の意思で、体を動かせなかったんだから。
植物人間という訳じゃない。まるで誰か別人の身体に取りつけたカメラの映像を見ているかのように、体が勝手に動くんだ。
最初は恐怖しかなかったよ。こんなのただの操り人形だ。
もちろん、気付いてもらおうと必死で周りの人に訴えようとした。でも出来た事といえば、必死に唇を動かそうとして戦慄かせるぐらい。3歳になる頃には意思疎通はとっくに諦めた。
自分の置かれた状況に気が付いたのは5歳のある日、婚約者と出会った時だった。だってその婚約者───今は王太子になった王子の顔に、めちゃくちゃ見覚えがあったんだもん。
この体の名はシェリナ・マグレナシカ。月の光を編み込んだような銀色に流れる髪に、アクアマリンのような瞳。見た目こそ月の女神に例えられる程に美しいけど、中身は苛烈極まりなかった。
『シェリナ』は我儘でプライドの高い侯爵令嬢。そして『妖精の乙女と運命の恋人』という乙女ゲームの悪役令嬢だ。
実はこの乙女ゲーム、私は王太子ルートしかまだクリアしてないからあまり詳しくはないんだけど…、簡単に言えば、平民のヒロインが特別な素質ゆえにゲームの舞台となる貴族の通う魔法学園に入学、王太子や素敵な男性と恋愛をする、そんな乙女ゲームだ。
シェリナはゲームでは王太子に近づくヒロインに悋気を起こし、数々の嫌がらせを行う悪役令嬢。
最後にはヒロインに暴漢を差し向けたとして断罪されちゃって、シェリナは平民へと身分を落とされ、捨てられてしまうはず。
はは、納得したね。
つまり今の私の状況は、私───凛がシェリナの中に居るだけなのか、凛という前世をもつ私の身体が完全にゲームの強制力で支配されてしまっているわけだ。私は何者なんだろうね?
どれだけ頑張ってもこの口は高慢ちきな言葉と嫌味ばかりを言うし、部屋に引きこもりたくても身体は勝手に外に出てしまう。
下手すると一生操り人形。これで絶望するなという方が無理でしょう。
唯一希望があるとすれば、ゲームが終わる時だ。
もしもこの状況がゲームの強制力による支配で、凛がシェリナに転生したのなら。ゲーム終了のその時に、このマリオネット状態から解放されるかもしれない。
勿論ゲームが終了してもこのまま、って可能性も十分にあるから、過度な期待はしないようにしていたけれど……。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「お嬢様、紅茶が入りました。」
「遅いわよセオドア!相変わらず役立たずな執事ね。」
(十分早かったよ!ごめんなさいごめんなさいっ)
『シェリナ』は銀色に波打つゴージャスな髪の嫋やか美人なんだけど、その性格で色々な人に嫌われてるし迷惑をかけている。とりわけ『シェリナ』の迷惑を被ってるのが彼……私付きの従者のセオドア。
攻略対象並に整った大人びた顔。私より頭二つ分も高い長身。緑がかった黒髪を後ろで一つに結んで、浅黒い肌に浮かぶのは金茶の瞳。見た目はクールなのに優しいと、メイドさん達からキャーキャー言われてる。
……いいなぁ、私も一緒にキャーキャー言いたい。
セオは子供の頃、街で当時6歳だった私が拾った孤児だ。見た目が可愛くて綺麗だからとか、そんな理由で。多分年齢はもう20歳超えてるんじゃないかな?
10年間、いつもいっつも私の我儘に振り回されてきた被害者。なのにずっと離れず傍にいてくれた。
むかーし、私はどう頑張っても『シェリナ』から解放されない事に絶望してた。まぁ当たり前だけどさ。
どうせ私が何を考えようが体は勝手に動くんだから、何も見ない、何も考えないようにしてた時期が何年もあったわけよ。
そんな時に現れたのがセオドアだ。
セオだけは常に私に優しくしてくれた。まるで『シェリナ』の奥にいる私に話しかけるように、ジッと目を見て、毎日言葉をかけ続けてくれて。まるで慰めるように、甘い飴玉を毎日くれた。
私自身にかけてくれているようなセオの言葉に、どれだけ救われただろう。
あれがなかったら私はきっと、未だに心を閉ざして絶望の中にいたはずだ。
「………~~~~~~………、」
「……お嬢様。」
根性と気合で言葉を紡ごうとしても、やっぱり唇は戦慄くだけで言葉を紡いでくれない。ああ本当に【不自由】な体。
謝罪も、感謝も、何も伝えられない!意味不明な行動にセオも渋面だよ。
でも覚えているゲームの展開と現状を比べると、セオが自由になれるのはもうすぐなのよ。
「セオドア。あの小娘に暴漢を差し向けなさい。」
ほらね、やっぱり。シナリオ通りだわ。
「お嬢様!?」
「私の殿下に近づき、これまでの警告を無視した事を後悔させるのよ。」
「……お嬢様は、それで本当によろしいのですか?」
はは、良い訳ないじゃん…。ごめんよ、セオ。こんな仕事させちゃって。
「何を言っているの?いいから早くしなさい。」
「……わかり、ました。」
主に逆らえる訳がないセオが、苦渋に満ちた顔で了承した。
本当にごめんね、優しいセオにそんなことをさせるなんて。
「私は、いつでもお嬢様の味方です。それを忘れないで下さい。」
セオはジッと私の顔を見てからそう言って、部屋から出て行く。
飴玉を1つ、置き土産に。
……馬鹿だなぁ。こんな私の味方だなんて良い事ないのに。
でももうすぐ、もうすぐだよ。セオ。
これさえ終われば、あなたは私から解放されるからね。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
数日後には、ヒロインを襲わせるのに失敗したこと。
───セオが、私付きの執事から外されたことを聞かされた。
『シェリナ』最後の悪行にして追放の原因、暴漢未遂事件。ゲームと同じく妻の忘れ形見の娘を溺愛していた侯爵もさすがにこれは庇いきれず、手足となる執事を遠ざけたのだろう。
これをきっかけに侯爵は悪役令嬢を切り捨てるはず。
最後に会ったセオはなんとも微妙な表情をしてた。私から離れられる嬉しさを押し殺してたのかな?迷惑ばっかりかけちゃったもんね。
最後までマリオネット状態に抵抗して足掻いてみたけれど、結局私はセオにお礼の一言も言えてない。
ずっと一緒にいてくれたのに、きっともう一生会えないんだろうなぁ。
でも優しいセオなら、きっと良いお嫁さんを迎えられるはず。今まで苦労した分、きっと幸せになれるはずだよ。
大好きだったよ、セオ。私を助けてくれた、私の大切な人。
何の力にもなれないけど、せめて心の中でセオの幸せを祈ってるね。