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「……理子様お疲れのところ大変申し訳ないのですが」


結局、麗華にはありとあらゆることを根掘り葉掘り聞き出され何から何まで吸い取られた。

これは、文字通りの意味で、だ。


ご馳走様!といってようやく開放された時、既に太陽は低い位置に落ちていてわたしは隙を見つけてはねちっこい兄に陳謝のメールを入れていた。


なぜ、なぜ、こんな大事に…。

なんでこんなことに………。



恐らく事の顛末は草間によって報告されていることだろうけれど、わたしから自主的に伝える、という点に重きを置いている兄の性質は心象の力を持っているからだろうか。


わかってしまうからこそ、言葉を求めるのだろうか。


揚々と撤退して行った親友(多分)の後ろ姿を見つめながら膝から崩れ落ちたわたしを、危うげなく草間が受け止め、そのまま車に詰め込まれた。



そして、うとうととしていたところで、草間の声がかかったのである。


「なに?」


「……理人様がお待ちです」



外はもうすっかり暗い。

どこか居心地悪そうな草間の声に一気に覚醒した。

車内で飛び起き、はっと前方を見る。

いつの間に停車したのかわからないくらいに夢うつつだったらしい。


ヘッドライトに照らされてすらりと背の高い人影がぼんやり浮かぶ。


こっ、こわ!


仁王立ちする彼の肌が照らされ、そのなかで赤い唇が歪んだ。



「ひぃぃぃぃい!く、くさま、たすけ」



「やあ、理子おかえり。随分遅かったじゃないか。お兄様とお話をしようか」



いったいどんな魔法を使ったのだろうか。

先程まで車前に堂々と仁王立ちしていたはずの兄は気が付くと車の扉を開けてドアに肘を乗せていた。


いや、わかっている。

兄は心象の魔法使い。

そういった魔法は専門外だ。ならば、そう、兄の威厳が見せるまぼろしか、わたしの恐怖心が作り出した幻想か、ただ単に、足が長すぎて、移動が早すぎて、かつわたしが疲れすぎていたか……。



にっこり微笑む彼のちらりと覗く八重歯に噛み殺されそう。



穏やかなのに何故だか獰猛に見えるそれは、まさしく肉食獣。

犬、いぬ、この、犬いぬっころ、このシベリアンハスキー!


「おや、それは褒め言葉かな、理子」


うるさい、わたしはパグが好きなんだああ!

親近感が湧いてな!



ヤケになって心の中で叫ぶ。

兄には筒抜け、ついでに言うと家紋入りのあの指輪はなし。

ということで、なにもかも筒抜け。


終わった……。なにもかも、終わった。

やけ食いしたい気分だ。麦チョコがたべたい。

うん、そう、そういう気分、麦チョコ麦チョコ麦チョコ麦チョコ麦チョコ麦チョコ麦チョコ麦チョコ麦チョコ麦チョコ………


「もう、遅いよ理子」


「分かってるよ!」



ある種、同情するような視線を送ってくる兄にムキになってそう言うと、なぜだか彼は嬉しそうに笑った。


この変態の考えることは全く、訳が分からん。


ふんっと、鼻を鳴らして車から降りると先に回り込んでいた草間も、また同情の浮かんだような目をしていた。



これより、わたしは楽しい楽しい尋問タイムに突入することになるだろう。

麗華に情報とエネルギーを搾り取られたあとだと言うのに、この最強の尋問官の尋問を。



余談だが、兄に心の声を聞かれないように会話をしようと思うのならばまず、頭を空っぽにして意味の無いことや別なことをただひたすらに唱え続ける必要がある。

同じく心象の魔法使いであれば、ある程度それを阻害する術があるらしいが、残念ながらわたしには無理だ。



両親、親族、その全てが心象の魔法使いである、産まれてくるのであれば心象でしかありえないはずの桜ヶ丘家でうまれた何故か気象の魔法使いのわたしには。


「りーこ」


さすがにわたしの心の荒んだ声を聞いたらしい兄が振り返りわたしの頭をぐしゃぐしゃと混ぜたくる。


いつまでたっても子供扱いだ。

そりゃ歳も4つ離れているし、もう社会で働きながらどこからも引っ張りだこの人気魔法使いである彼からしたらわたしなんて子供だろうけれど。


だからといってお兄様はいつもいつもべたべた触りすぎだ。

それこそお兄様的には、パグかなにかを可愛がるが如く、なのだろうけれど。



わたしが思春期真っ只中の高等部生だときちんと認識して貰わないとじきに、このハゲ、変態、キモイお兄様、お兄様の下着と一緒に洗濯しないで、いやらしい目で見ないでこのシスコン、わたしの半径60メートルに入ってこないで…などと言う羽目に……


「……わかった、理子。指輪をしよう。

みて、ほら指輪したでしょ、ね?」


黒い指輪を死んだ魚のような目でつけたお兄様に満足げに微笑む。



この超魔法使い、妹に甘すぎる。


どうやらこの脳内反抗期は兄に対して有効らしい。

数少ない対兄戦術を手に入れた。……いや、唯一ともいえるだろう。


ふっふっふ、と気持ち的には悪役のそれでほくそ笑んだ。







純和風家屋の妙に異国風のダイニングで、兄の気が変わって指輪をとっぱらってしまう前に整理をつけよう、そして心の準備をしよう、とあくせくしながら異常な程ゆっくり食事を済ませた。


向かいの席でニコニコと笑顔でこちらを凝視してくる兄はホラー以外の何物でもない。

冷や汗は終始滝のように流れ、多分水を2リットルくらい飲んだ。


お父様は帰宅が遅くなるらしいし、お母様は

「あらあら、仲良しね。ところで理子ちゃんに新しいお洋服を買ってきたの。ほら、今度のお休みの日にでも理人くんと着てお出かけしたらいいじゃない」


「母さんそれは名案だ」

とかいう余計な会話をして、めでたくわたしの休日は兄に献上されることとなった。

全然めでたくない。


余談だがうちの両親は心象の魔法使いとはいえ、心のなかを読める類の魔法使いではない。

そもそも、心を読める類の魔法使い自体が我が桜ヶ丘をしても稀である。



「ご、ごふっ、ごちそうさまでした…」


「食事をしている理子も可愛い。噎せる理子も可愛い。さすがは俺の理子だ」


「お兄様は頭が悪……目が悪いのよ。あと、お兄様のものになった覚えはありません」



笑っていたお兄様の瞼がゆっくりと細められる。

口元は笑ったまま、ん?と首をかしげた。



切れ長の漆黒の瞳の迫力に耐えきれずやんわりと視線を外してみたりする。……特に意味は無いけれど。


「母さん、じゃあ俺は理子とだーーいじな話があるからこれで失礼するよ。

あ、父さんが帰ってきたら教えてくれる?ちょっと聞きたいことがあるんだ」


「まあま、本当に仲良しね。理子ちゃんはいつまでたってもお兄様離れが出来ないのね」


「へ!?いや、ちがっ」


「そうなんだよ。理子ったらいつまでもお兄様っ子でね、まあ俺としては嬉しいからいいんだけどね。

じゃあ、母さん、よろしくね」



HAHAHAと高笑いする兄に肩を組まれつつ、柔らかく、しかし強引に押されダイニングを追い出された。


誰がお兄様っ子だ。

わたしはとっくにお兄ちゃま〜お兄ちゃま〜時代を卒業している。むしろ、厄介だし変態だしスキンシップ過多だし、反乱を起こす勢いだと言うのに。


お兄様の部屋で何故か捨てたはずのわたしの小さい頃の服が大量にあるのを見つけた時はそれはそれは、戦慄したものだ。

遠目で見た限りだが、なくしたと思っていた部屋着まであったように思う。

つい最近まで着ていたものだ。

やばい、この変態、本物だ、と思って見なかったことにしたけれど。



「……理子ちゃん?」


「え?なに?」


「………ううん、なんでもない」



何故か兄の顔が赤くなっている。

そして、ついと目を逸らされた。

兄の方から目を逸らされるのはなかなかに貴重である。

珍しくて逆に凝視してしまうと兄は更に顔を背けた。


兄の部屋にそのまま突入する。


扉がばたんと音を立ててしまった。

……そうそう、あのウォークインクローゼットの奥のほ……



「はい、理子。お話をはじめます」



ごほんと咳払いをした兄に背筋が伸びる。



………そうだった。

そうだ、尋問が、待っているんだった………。


兄がどのくらいまで、例えば心で思ったことだけなのか、深層心理まで読んでしまうのか確実なところはイマイチ分からないけれど、もし分かっていたとしても、きっと逃れられはしない。


何せわたしのお兄様は変態で過保護でしかもねちっこいのだ……。








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