プロポーズのその後 下
「で、俺に言うことは?」
机に肘が乗せられ、掌が組まれている。そこに乗せられたお綺麗な顔面が、凶悪な笑顔を浮かべてそう言った。
指に嵌められた2つのリングは恐らく魔法が無くなった今、意味をなさない魔封じの魔具らしいが未だにつけているのは単に愛着によるところだろうか。
そうであってほしい、なんかこの人はいつでも規格外で、想定外で、やばい人だからなんかほかの意図がありそうで怖い。
たらり、と顎に垂れた汗をほおっておいて、俺は頭を下げた。
「妹さんを俺にください」
「ちげーだろうが」
「妹さんを」
「おい」
「いもう」
「ひねりつぶすぞ」
ドスの効いた声にぞわりとして思わず顔を上げた。
端正な顔が苛立ちに歪んでいる。歪んでいるといっても満面の笑みというそれだが、この人の満面の笑みはとにかく恐ろしい。
なにがって、目が全く笑ってないからだ。
「お前、俺がそう易々とかわいいかわいい妹をやると思う?」
「……思いません」
「だろう? しかもさあ、婚約とか付き合うとか、そういうの云々の前にプロポーズしたって?お前頭おかしいの?」
「すみません、婚約とか、そういうのもうまどろっこしくて……」
理子とよく似た漆黒の瞳を真っ直ぐに見つめて言うと理人さんは眉をしかめてため息をついた。
「……はぁ、お前昔っから理子のこと大好きだよな、心が読めた俺からしたらなんで自覚してないんだこいつって、本当に不思議だったもん」
「う、」
そうなのだ。俺が気持ちを自覚したのは本当に最近のことで、というか、その前はもう俺達は結ばれるものなのだと思って疑わなかったし、言ってしまえば婚約者だと思っていたから。
好きとかそういう感情がどんなものか分からなかった。
だって、理子と出会った時から俺はずっとそう思い続けていたのだ。
この子と結婚する。この子と生涯ともにいる。
ただそう思っていた。俺のものだと思い切っていた。
今考えれば、とんだ傲慢であるが。というか黒歴史でさえあるけれど。
失ってから気づくとは、まさにこの事だ。何があろうと、どうなろうと、俺は理子と共に生きて、俺が彼女を手に入れる。家も魔法も、関係ない。揺るぎないどこからか湧く確信を糧に生きてきた。
そもそも、その未来以外が選択肢にない。
思えばこの執着こそ、‘ 好き’ということだったのかもしれない。
「理子はさ、本当にバカなんだよ」
「……はい?」
理人さんの声に首を傾げる。
静かな、夜の海のような静けさのある声になんだろう、怖さとはまた違う、なんて言うのかな哀しさみたいなものが乗っている気がする。
「不器用で、頑張り屋さんで、もともとの彼女はとても活発で好奇心旺盛な太陽みたいな子だ。
あの化け物じみていた俺を恐れるどころか、感情を垂れ流しに笑顔で駆け寄ってくるような。
きもいとか、ウザイとか、普通に思っちゃうんだよ?隠し事ができない子でね」
ふふ、可愛いだろ。とにやける理人さんに、率直に、え、なにが? と思った。
この人ドSかと思ってたけどドMだったの?
「俺が理子の服盗んだり、下着買ってきたり、ベッドに忍び込んだりすると、すげー怒るし」
「そりゃ怒りますよ、てか何してんですかあんた」
「は? 違うんだよ、そうじゃなくって理子は裏表がないんだよ。
思っていることと口に出していることは一緒でついでに言えば顔でも侮蔑を表してくる。
全身で感情を表現してくる。俺が心を読むまでもなく、繕わず、媚びず、期待せず……恐れずに」
「……お前には分からないだろうけれど、そういう存在は俺にとっては得がたいものだったんだよ。理子は俺を魔法使いや化け物や、桜ヶ丘家の跡取りでなく、ただの人間、ただの兄にしてくれる唯一だった」
たしかに、強大すぎる力を持っていた理人さんを前にして、期待もせず媚もせず、恐れもしない、なんて不可能だろう。
どこかで打算や恐怖が生じる。隠しきれるわけもないが、人間だから繕おうとするし隠そうとする。
そういうのがすべて透けて見えるんだ、なにもかも。それは一体どんな気分なのか、想像もつかないけれど。
「そんな理子はさ、うちの一族にすげー酷い迫害を受けて、存在を否定されて、お前との婚約だって、もともとはあの子の身の安全を守るための苦肉の策だ」
「……そう、なんですか」
「うん、お前には分からないよな。ただ心象をついでないって思われてただけで、疎まれ存在を否定され、蔑まれる気持ちが、一応、お前は白樺の神童って呼ばれてたらしいしな」
「………それ、言わないでください」
俺は確かに力を持っていたがこの人の前では皮肉にしか聞こえない。むしろ恥ずかしいし、……その笑顔やめてくれ、ちょ、この人嫌味で言ってるんじゃないか?
苦笑した俺に理人さんが笑みを深くする。
「まあ、そんな理子をお前は手酷く傷つけて拒否した訳だが……」
「う、……すみません」
理人さんが目を伏せる。
何を考えているのかよく分からない光のない瞳に俺は掌に汗を握った。
「でもな、そんなクソみたいなお前を理子は最初っから……」
「え?」
理人さんが俯く。ぼそぼそと言われた言葉はうまく聞き取れなかった。
机に顔を伏せたまま、黙り込んでしばらくしてそのサラサラの黒髪をかき乱す。
「ど、どうしたんですか、」
「ああああ、もう!お前、理子の何が好きなの?顔か? それとも顔か? 俺に似て美人だからな! 顔か!」
「ええええ!? どうしたんですか! 突然」
「五月蝿い! 答えろ」
突然顔を上げて喚き出した理人さんに正直ドン引きした。こええ。
というか、俺に似て美人って、確かに顔つきはどことなく似ているけれど、自分で言うなよ、気持ち悪いな。
「ま、まあ……顔も好きですけど」
「ほらな! 結局、」
「いや、そうなんですけど、1番は……」
あの日、初めてあった日。
俺は冗談だろ? と思った。
七枝のひとつ白樺の嫡男として産まれ、神童と呼ばるだけの力を持っていた。母譲りの異邦の外見はウケがいいし、社交だってきちんと学んでいたつもりだ。
つまり、俺は自分の価値を知っていた。
そんな俺に宛てがわれた婚約者。
能力がどんなものかは知らないが、そもそも、所謂見合いの場において、手入れのされていない肌や髪、甘え切ったニキビヅラと怠惰な生活が透けて見える体型に戦慄した。
俺は努力している。才能ももちろんある。なのに、そんな俺がこれと?
冗談だろ、とそう思った。
けれど何故だろう、その、一心に愛を注ぐような、裏表も何も無い、取り繕う事さえしない純粋な黒の瞳に少しだけ見とれた。
多分、羨ましいと思った。
プライドとか余計なことは一切度外視して、誰かに敬意を払い、誰かを慈しめるその純度の高い感情を。
何故か見蕩れてしまったことが屈辱でたまらなかったから、恥ずかしくて、恥ずかしくて、異常に腹が立って、俺は理子に暴言を吐いてしまったのだけれど。
もしかしたら、あのニキビヅラの頃から、俺の恋は始まっていたのかもしれない。
「何かをまっすぐに想えるとこですかね」
それはある種才能だろう。例えば、この変態の理人さんを変態であろうと、なにがあろうと愛し続けていることとか、ああ、この人が魔法失ってて本当、良かったわ。…………例えば、俺を嫌い続けるとか。
俺や理人さんを命を預けてもいいと思えるくらい、信じ続けてくれていたこととか。
俺は理人さんに笑った。
多分満面の笑みだったと思う。……理子の前じゃなきゃもっと素直に上手く話せるのにな。……はぁ、難しいよな。
理人さんは面食らったように瞬きをして、それから忌々しそうに歯噛みした。だから怖いんですって。自分の顔考えてからそういう顔してくださいよ、まじで。
「…………くそっ、……いいか?結婚するまで指一本たりとも触れるなよ!」
「え……」
…………ちょ、ちょっと、待ってくれ、、
それって、つまり、認めてくれるってこと?
「理人さ」
「返事は!」
「ありがとうございます!!」
「おい、三雲、返事は!!」
「…………」
「…おい、」
まじでか、理人さんに認めてもらえたなんて! はやく理子に報告したい。
この鬼から了承を得るのは何十年ぶりかかることやらと思っていたのに!
小さくガッツポーズをした。本当は叫びたいくらいに嬉しい。
認めてもらった!この、狂った、妹思いの妹思いすぎる変態シスコンから………!
ああ、理人さんがもし、魔法失ってなかったら殺されてるだろうな、でも、もう、そんなことどうでもいい!
「おい、三雲、返事…」
「理人さん! ありがとうございます! 俺、理子とこれから頑張ります!」
「誰が名前を呼んでいいっつったァあ!? つか返事はどうした!」
「では、失礼します!」
「おいっ!三雲ーーっ、」
がばりと礼をして、さっさと退室して扉を占める。
巻舌の低い怒号を途中でシャットアウトした。
結局、返事はしなかった。
結婚するまであと2年。
さすがに指一本たりとも触れないのは無理です理人さん、ごめんなさい。
ニヤけそうな顔を(いや、事実にやけていたのかも)どうにか引き締めて、本当ならスキップのひとつでもしてやりたい浮ついた心で俺は帰路に着いた。
理人さんの部屋から無傷で、しかも上機嫌で出てきた俺を、局の人達はものすごい顔で見て来たが、少しも、行きの時のような重苦しさは感じることがなかった。
俺と理子の毎日はこうして、ようやくはじまる。
いつもありがとうございます!
番外、プロポーズのその後、とりあえずこれで完結です。
応援本当にありがとうございます!
これからもちょこちょこ更新する予定ではありますので(三雲と理子の恋愛生活とか……うまくいかなそう…。)、覗いてくださると嬉しいです。
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では、ここまでご覧頂き本当にありがとうございました!




