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「やあ、理子ちゃん、おはよう」



気を失いそうだった。

失神しなかったわたしを誰か褒めてくれ。


次の日、相も変わらず兄にひっつかれ、引き剥がし早めに登校したわたしは、席に座り、窓の外を眺めていた。


まだすこし肌寒い初夏の早朝の空気はとても澄んでいて、音のない空間は神秘的だ。


白樺三雲がいやしないかと恐る恐る開けた扉の先にあの忌々しい金髪は見当たらなくて思い切り息を吐き出した。

昨日の今日である。怪訝そうな草間をどうにか宥め透かして、控え室に戻ってもらう。



さて、することもとくにないな、とぽつりぽつり人の姿が見えだした校庭になんとなく意識を飛ばしていた時だった。

がらりと空いた扉のことは特に気にしていなかった。

そろそろ、まばらにクラスメイトが登校する時間であるからだ。


どうやらその人物はわたしの近くまでやってきたらしい。

そこでようやく、誰だろう麗華かな?と視線を移したわたしの瞳に映ったのは柔らかそうなアッシュブラウン。

つい、昨日見たばかりの………。


「やあ、理子ちゃん、おはよう」


桧木沢さまはあっさりとそういった。



「ひ!ひ、ひひひひひひの、」


顔面蒼白であろうわたしに桧木沢さまはやはり好奇心に覆われた鳶色を向けてそして微笑む。


まずい……。非常に不味い……。

何故って、まさかこんなにも早く再会するとは思っていなかったから、名前をわたしはまだ知らない…。


今日麗華が来たら聞いとこ〜どうせ、会うこともないだろうけど〜と安易に考えていた自分を殴り飛ばしたい。


「ご、ごきげんよう。昨日は本当にありがとうございました」


とりあえず、と挨拶をして落ち着け、落ち着け、と自分を諌める。

とにかく冷静にならねば。

なんで、この人ここに居るんだ、なにしに来たんだ…。


「硬いなー、敬語やめてっていったよね」


あ、そうだった。そういえば、と思い当たり、

ごめんなさ……うん。としどろもどろに応える。


その合間にちらりと桧木沢さまの後を覗いた。

そういえば、この方はあの金髪の友人のはずだ、今日は1人なのだろうか。

……いや、もしあの金髪がいたとしたらその時点でわたしはこの部屋から脱走しているだろうけれど。


「三雲ならいないよ。君、嫌いだろう?」


「あ、うん」


さらりと言われた台詞に同じくさらりと答えてしまい慌てて口を塞いだ。

しかし、時すでに遅し、桧木沢さまは盛大に吹き出した。


学園は愚か、どこでもわたしはあいつと会話をした覚えがない。それどころか顔を合わせることすら稀である。

で、あれば、確実に昨日の1件で、だとも思うけれど、白樺三雲の友人である彼は婚約者だと思っていたはずで、話を聞くのも白樺三雲の主観によるものでしかないはず。

昨日のは例えば、そう、痴話喧嘩だとかそういうふうには思わないのだろうか。



桧木沢さまは、ん?と不思議そうに首を傾けて口を開く。


「どっからどう見ても、そうじゃん。避けてるでしょ?君。

僕的にはそれに気が付かない三雲と周り連中が分からないな。


何があったのかは知らないけど、三雲を見る限り想像はつくよ。」


「え?あいつが気付いてない?周りも?」


「うん、周りも三雲も君らは婚約者だと思っているし、三雲に至っては君が三雲を好きすぎて照れてる、とか思ってるっぽかったよ」


「ひぃぃぃぃい!」


ぞわりと鳥肌と奇声がでた。

またもや吹き出した桧木沢さまがくくっと笑いを堪えはじめたことに気が付き口を塞ぐ。


間一髪、クラスメイトが数人入ってきて、桧木沢さまを見つけてぎょっとしている。

奇声は聞こえていない…と思う。

それよりもなぜか、いる御三家の次男に気が向いているらしい。

それはそれで助かった。


ほっと胸をなでおろしているわたしの姿さえ、笑いのツボに入っているらしい彼は肩を揺らしながらひとしきり笑い終えると、目尻に浮かぶ涙を指で拭った。




「はー、だからね、理子ちゃん。君がその誤解を解けるよう、僕が協力してあげるよ」



「……え」


わたしが疑問を口にする前に桧木沢さまは目の前に迫っていた。

クラス中の音という音が消え去り、しんとした空間で桧木沢さまの澄んだ鳶色の瞳と綺麗な顔が近付く。



「……付き合おっか、理子ちゃん」









────────





白樺三雲は不機嫌だった。


そもそも、朝は強くない。

今日もどうにか間に合う時間にどうにか起き出して送迎の車で二度寝をして学校になんとか着いた。




「んだよ、全然よゆーじゃねえか」



クラスに入ると何故だかクラスメイトが数人しかいない。

余裕とはいったものの、あと数分でホームルームが始まるというのに、この少なさは異常だ。

同じクラスの至の姿も見えないし、そういえば教室につくまで校内はやたらと騒がしかった。

……いや、いつも騒がしくはあるが、それがなにかいつもと違うような……。



クラスを抜け出してブラブラと散策をする。

正直、至がいなければ大して話すものもいないわけで、暇だということもある。


母親譲りの顔立ちと色彩はことさら受けが良かった。

異国風のそれは、まあ、珍しいといえば、珍しいのかもしれない。

いつもなら女子達は控えめにしかし、確実に欲を堪えた瞳でまとわりついてくるし、男子は白樺家とコネクションを得ようとにじりよってくる。


それに受けのいい笑顔で適当に対応するのが三雲の常であるのだが……。


なぜだか、今日は気持ちの悪い目で見られる。

そう、例えば……同情、のような………。



2組に近づくにつれ人の波は激しさを増し、クラスの前は人でごった返していた。

ところどころで聞く、桧木沢様、桜姫という単語に眉がつり上がっていく。

桧木沢様というのは、友人、桧木沢至で間違いないだろう。

この学園の高等部にいるのは友人だけだ。


そして、桜姫、というのは、昨日聞いたことが正しければ………。


嫌な予感がする。


三雲に気が付いた生徒達が顔を青くして避けていく。

この反応もおかしい。自然とできた2組までの道を変な焦燥に駆られながら進む。


クラスのなか窓から見える景色。

生徒達が見つめる先、そこにいたのは、あの人嫌いで何ごとにも関心が薄い友人、桧木沢至と、婚約者である桜ヶ丘理子。


2人は楽しそうに笑顔を見せながら、そして婚約者にいたっては顔を赤く染めて、恥ずかしそうにはにかみながら語り合っていた。



あんなに笑顔を見せながら話す友人と、あんな顔をする婚約者を未だかつて見たことがなかった。



「至」


咄嗟に開きっぱなしの扉にわり入り、声を上げた。

思いのほか硬い声になってしまったと、なぜか焦る。


俺の声に至は緩慢に首を傾けた。


「三雲?」



それから至は流れるような動作で、しかし素早く桜ヶ丘の前に立ち、なぜか俺の視界から桜ヶ丘を消した。


さながら、庇うようなその行動に酷く苛立ち、危うく舌打ちが漏れそうだった。



「なに、してんだよ」


不思議そうに鳶色がこちらを見て、それから後を振りむき、「ああ」と納得したように短くいう。


「なにって、別に話してただけだよ」


「なんで、お前が桜ヶ丘と話すんだ」


「理子ちゃんと、友達になったんだ。とりあえずまずは」


あまり、表情を動かすことの無い至がゆるりと微笑んだ。

そのことにも衝撃を受けたし、とりあえず、とかいうセリフにも突っ込みたくはあったけれど、なにより。


………理子、ちゃん?


なんで、お前が桜ヶ丘を、俺の婚約者を名前で呼ぶんだよ。


叫びそうだった言葉を飲み込みぐっと口を引き結んだ。

そもそも、そうだ、俺はなんでこんなにイラついているんだ。

別に桜ヶ丘が誰と友達になろうと誰と話そうと関係ないじゃないか。

むしろ、俺の妻となった暁には白樺家の白樺家当主夫人として社交の場に赴くことになるだろう。

ここで、見聞と人脈を広げていくのは悪いことでは無い。

桧木沢という強家であれば、ことさらに。


それでなくとも、いままで桜ヶ丘は表に出てい無さすぎなのだから。


だからこれは喜び後押しはしても、苛立ったり焦ったりすることでは決して無い。


それなのに、その風景は見るに耐えなかった。

何故か突き刺さる周りの同情的な視線も享受し難い。


………イライラする。


至の背に隠れる桜ヶ丘を睨みつけ俺は踵を返す。

こんな胸糞悪いところにこれ以上留まっておけない。

掌でぱちぱちと閃光がはぜた気配に慌ててそれを握り込んだ。



「……あらあら、まあお可哀相に」



去る時にすれ違った女生徒が言葉とは裏腹なにやけ面でそう囁いたのが聞こえた。


反論しかけて柊麗華だと気がつく。

七枝の一角、柊家の末娘。桜ヶ丘の友人。


この女は関わると、厄介だ。いろいろな意味で。


俺は柊を無視して通り抜けた。

屈辱と激しい焦燥を腹にかかえて。

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