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僕にはたった一人だけ友がいて親友がいる。


唯我独尊、暴君のような、けれど底抜けに不器用な優しさを持つ変な奴だ。





そいつがある日やってきてこう言った。



「お前、桜ヶ丘が好きなのか」


疑問というか、なんというか。

確信めいた口調に驚いてからにっこり、笑った。



「うん、好きだよ」


そう言うとそいつは眉を思いっきり顰めて、拳を握って、なにかに耐えるように深いため息をついた。



「………言わないのか」


どこか不安そうに揺れる異国のグレイの瞳。

不安そうなのはこの男らしくない。


良くも悪くもいつも自信に満ち溢れた男だ。


「………うん、言わないよ」


僕はやはり微笑んだ。


近頃、僕の世界はとても鮮やかで美しくきらめいて、何もかもが新鮮にうつる。


ひとつひとつのものに感じる気持ち、一人一人、いろんな人に感じる、色々な気持ち。


誰にも邪魔されない僕だけの感情はすべからく、宝物だ。



家族愛のなんたるやも、恐らく僕は漸く知ることが出来た。


呪われていた我が桧木沢は呪いがなくなり、魔法がなくなり、はじめ、どこかぎこちなく、まるで初めて会った人同士のようだったけれど、いつからか、自然と、きっと普通の家族みたいに歩み始めることができている。


たあい無い話をして一緒にご飯を食べて、怒ったり、笑ったり。

………まあ、確かにあの、おかしな兄と少々ズレた妹のようなあの変な関係とは明らかに違うものだけれど。

でも、確かに家族の愛というものを噛み締めている。



「僕は、もう充分だよ」


彼女に救ってもらった。

彼女に出会わなければ得ることの無いものをたくさん貰っている。

それは他の人にとって当たり前で、些細なものなのかもしれないけれど。

感情とか、喜びとか、悲しみとか、この世界の美しさとか、生きることの楽しさとか、…………恋、とか。



ささいなことだとしても、僕は今とても幸せだ。




「………そうか」


男はほっとしたように呟いた。

牽制をしにきたのだろうか?………いや、ちがう、こいつの事だ。律儀に宣戦布告でもしに来たのか。

君の気持ちなんかもうずっと前から知ってるのに。馬鹿なヤツ。

なんなら、気づかせてあげたのだって、僕じゃないか。


ふふ、と思わず笑みを漏らすと彼は怪訝そうにこちらを見てきた。

心配しなくても、君のことを笑ってるだけだよ。



「……至、その、良かった、な」


「うん、ありがとう、三雲」



ありがとう、たった一人の親友。

君が友達で良かったよ。

あんなことをした僕をするりと許してしまう馬鹿な親友。実は情に厚い男。



「俺………その、桜ヶ丘に結婚を申し込もうとー」


「ぶっ!!」



やばい、思わず吹き出してしまった。

嘘でしょ、三雲。…………君おもしろすぎない?


「……げほ、、ごめん、続けて?」


笑いをこらえるのが辛い。

心做しか顔を赤くした三雲が眉に皺を寄せている。


ああ、僕、君の親友で本当によかった。


「どうしたらいい?」


どこか偉そうな口調、偉そうな表情。

相変わらずである。


「そんなもの、……指輪買ってプロポーズすりゃいいんだよ。常識的に。

格好は……そうだな、綺麗な格好して、ジャケットとか着てたらいいのかな?

……ああ、でも、親のお金とかだとダメだよ、多分。豪華でなくてもいいから、自分で買うのがいいんじゃない」


そう言ったら、やけに真剣に頷いて分かった、と言った。


………え、嘘?本気?


「大丈夫だ、親父の表の仕事手伝ってて、それの報酬で貰った金に手つけてない」


どうやら、口に出ていたらしい。

ああ、そう…………。いや、ちがう、そこじゃないんだよ。



再び込み上げてくる笑いを必死で押さえ込んだ。


ああ、やっぱり適わないな。

最初っから。彼女の恋の行方は決まってた。


僕がどれだけ欲しがろうと。決まってた。


僕はどこかで、それをちゃんと分かってたんだけどな。

それでも、好きになってしまうなんて、本当やってられないよね。


だって、三雲は言わずもがなだけれど、あれだけ意識していてあれだけ、分かりやすく意識しまくっていて、嫌いだと思い込んで成立してるんだもん。


………本当に、やってられない。


胸に走る鋭い痛みを無視した。

彼らはきっと上手くいく。




僕が告白しないのは、できないのは。


多分、振られるのが分かっているからだ。

彼女が三雲しか頭にないことは分かってた。


もう充分だなんて、そんな綺麗なもんじゃない。

怖いから、告白できないんだな、きっと。




最初っから、この唯我独尊、暴君のような、王様のような男には適わなかった。


「ありがとう、じゃあな、至」


ひらりと無敵そうな綺麗な笑みを浮かべて去っていった三雲に「待っ」と声をかけかけたが、彼は気づかずに行ってしまった。



なんだか、今にも、今すぐにでも実行しちゃいそうな王様に「結婚は三雲が18歳にならないと出来ないよ」って言うの忘れたけれど。


………まあ、いいか。

さすがにあのバカも知ってるか、それくらい。


………………いや、でも、三雲だしな。

まあ、知らなかったら知らなかったで、負けた男のちょっとした嫌がらせってことで。



「………ぶふっ」



想像して、僕はふたたび吹き出した。


世界はとても色鮮やかで、美しい。






ーーーーーーーーーーーーーーー






その日は晴天だった。


祝い事に相応しい正しく、ハレの日。



その日、優しいレモンイエローに淡い桜の花びらが舞い踊る可憐な着物に身を包んだ少女とライトグレーのスーツに身を包んだ少年が会合した。



金髪にグレイがかった瞳を持つ少年と黒髪黒目の少女は実に対照的であった。


齢7歳になったばかりの2人の隣にかけた両親は微笑ましく、なんてことはない、世間話に花を咲かせる。



少女はこれが自分の婚約のための顔合わせであることを知っていた。


つまり向かいに座る少し不機嫌そうな金髪の少年は未来の旦那様となる訳だ。



彼の母親が同じ色の髪と瞳を持っているから母親に似たのだろうけれど、少女は金髪の男の子を見るのが初めてだった。



顔つきもまるでおとぎ話の王子様のように綺麗で繊細で美しい。



こんな人が自分の夫となるのかと少女の胸はときめいていた。


こんな綺麗な人と一緒になるのだと────。



綺麗な人。

凛とした視線。真っ直ぐに逸らされることの無い意思の強そうなグレイの瞳。


への字に曲げられた機嫌の悪そうな口元も。

嘘のつけなさそうな、露骨にシワのよった眉間も。


全てに惹かれた。




まさか彼がこのあと暴言を吐くなんて思いもしなかったけれど。



少女はこの瞬間、恋に落ちた。









これが少女──桜ヶ丘理子と金髪の少年白樺三雲の出会いである。












【 完 】






いつもありがとうございます!

これにて完結致しました。


ここまでこの飽きっぽいわたしが続けてこれたのも皆様の応援のおかげです…。

こんな不定期連載にお付き合いくださり本当にありがとうございました。

またどこかで理子ちゃん達のその後、番外等かけたらいいなと思います(予定は未定)


ご感想、評価等いただけましたら嬉しいです。


ここまで読んでくださった皆様、最後まで本当にありがとうございました\(^o^)/

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