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何だこの感覚……?


俺は理人さんの方へ勢いよく顔を向けた。

なにかが無くなる、圧倒的な喪失感。


何だ、何だこの今まで感じたことの無い感覚は。



桜ヶ丘が眠ってから数時間。

早朝だった空はもう日が傾き始めている。



何をしても全く、目が覚める気配がない。

ピクリとも動かない体。しかし呼吸はしている。

うなされることも無く、なんなら微笑みすら浮かべて安らかに寝ている。


医師も一応は呼んだが理由は不明、どこも悪い所はないし、回復の目処もなし。

お手上げだった。


理人さんは言った。


理子は今、魔女と戦っている、と。

魔女の力が戻って、身体がそれに耐えられなかったんだ、と。



殴られた理由がわかった。


桜ヶ丘は俺に感情の全てを向けて、魔法を抑え込んでいたらしい。この場合嫌いというものだけれど。


そして、俺は桜ヶ丘の器の力を制御するストッパー的な役割だったらしいから。

無意識にそれを制御して器が壊れないようにしていたらしいから。


だから、あの瞬間、桜ヶ丘と話をしたあの時、俺の役割が終わってしまったんだ。

桜ヶ丘がそれを望んで、ストッパーを外してしまったんだ。


……俺の、せいじゃないか。





桜ヶ丘の両親と、柊麗華と、草間さんと野分さんはその後すぐにやってきて、桜ヶ丘のおばさんはずっと泣いているし、おじさんは頭を抱えている。柊麗華はうろうろとそのへんをさまよっているし、野分さんはもうずっと呆然としたままだ。


誰も、気がついていないのか?

俺だけにある感覚なのか?



不安に駆られるが、理人さんもこちらを見て、彼は何故か納得したように目を伏せた。

まるで経験したことがあるかのように口の端を上げて。


それから、ベッドで眠る桜ヶ丘に顔を向けて。


「お前は、それを選んだんだね」


それからゆっくりと、ゆっくりと、桜色の瞼が持ち上がる。

随分痩せた顔。

正直笑ってしまうけれど桜姫と称される美しい顔に浮かんだ濃いくま。



長いまつ毛が持ち上がるその一瞬は永遠にも思えそうな時間で、息を飲んだ。

息を飲んだのが、俺だったのか、俺ではなかったのか、それすらわからないけれど。


「お兄様……ただいま」


ふにゃりと桜ヶ丘が笑う。

子供のような満面の笑みで。


「っ、!」


なにかが込み上げてくる。喉奥を通って、頭の後ろを通って、猛烈に、自分じゃ制御できないくらい。


胸をわしずかみにされるような痛み、悪くない。

息ができないほど苦しい、けれど、悪くない。


釣られて口角が上がるのがわかる。


「……ッ、まったく、遅いよ理子。………おかえり!」


理人さんががばっと音を立てて桜ヶ丘に抱きついた。


隙間から見える桜ヶ丘が声を出して笑っている。


ああ、良かった。

良かった、帰ってきた。もう、戻らないのかと思った。

このまま、安らかにこのまま、もう、戻らないのかと……。

……………ああ、やばい、泣きそうだ。


必死に眉間に力を入れてそれを堪えた。




それから桜ヶ丘の両親が走って理人さんごと抱き締める。


「いっ、父さん!重い!」


「理子!理人!」


「あはは、お兄様、……髭が痛い!」


「あ、そういえば剃ってないな……でもそんなお兄様も好きだろ!理子、」


「ムリ、ムリ痛い、ムリ」


「あらあら、全く仲がいいんだから」


暫くして柊麗華と草間さんが側まで行く。

桜ヶ丘が大分、ぐったりしてきたので、野分さんが理人さんをどうにか引き剥がしたが、理人さんは野分さんを今にも呪い殺しそうな眼光で見ていた。笑いながら。………怖すぎるだろ。


「理子ちゃん、おかえりなさい」


「ただいま、ありがとう、麗華」


「……あとで今までのこと、ぜーーーんぶ、教えてね?包み隠さず、何もかも」


「ひっ」


桜ヶ丘が青ざめる。毎度思うがこの2人はこれでいいのだろうか?………まあ、いいのか。これがこの2人の友情なのか。脅されてるようにしか見えないけど。


「……草間、ずっとありがとね」


「……っ、、!」


草間さんがぺこりと一礼をして感極まったのか、ハンカチを目に当てて猛ダッシュで部屋を出ていった。


………あの人の忠誠心は本当に並々ならぬものがあるよな。

理人さんの次にやばいのは何気にあの人かもしれない。




それから柊麗華が一瞬こちらを見て、それからニヤリと笑みを浮かべたかと思うと桜ヶ丘に向かって顔を近づけた。

コソコソとこちらを見ながら何かを話している。


……なんだ?噂されているようで、というか絶対俺の事を話しているのだろう。あまりいい気分ではない。


ニヤニヤとした柊麗華と対照的に桜ヶ丘はこちらを見て目を見開いて、それから勢いよく顔をそむけた。


………なんなんだよ。思わずムッとしてしまう。


じーーっとそれを見ていると、突然、隣から冷気を感じる。


「うおっ!、理人さん!」


いつの間に。

野分さんに隅に連行されたはずの理人さんが不機嫌MAXの満面の笑みで俺を見下ろしていた。


「………………………100回コロス」


そう聞こえた気がしたんだが、いや、そんなわけない。はは。

なんだよ100回コロスって、理人さんが言うとシャレになんねーよまじで、怖っ!




…………いや、気の所為だと思おう。俺の精神衛生上。





ーーーーーーーーーーーーーーー





わたしが戻ってから一月がたった。

もう季節はすっかり秋だ。近頃は風が冷たくなっている。冬がもうそこまで来ているのだ。



世界は魔法の消滅に揺れに揺れていた。


魔法が一切なくなり、魔法使いがいなくなり世界は混乱していた。


それの収束と、新体制の構築の為七枝である我が桜ヶ丘の当主と次期当主(つまりお父様とお兄様)は魔法管理局に箱詰めになっている。


ほかの七枝もきっとそうなんだろう。


大変なことをしてしまったな、と思うけれどでも不思議と心は晴れ晴れとしていた。


お兄様が「これで良かったんだよ」と笑ってくれたからか、お見舞いに来てくれた至(すごく痩せていた)がとても良い表情をしていたからか。

あの後土下座の勢いでやってきた桧木沢一家に泣くほど感謝されたからか。

あの人たちの人柄を初めてようやく知ることができた。

至のお兄様とお父様と至は、わたしのお兄様に1発ずつ殴られていたけれど。

……笑顔でぶん殴るお兄様が凶暴すぎてほんと、ちょっとだけ引いた。




これがあるべき姿、もとのこの世界だ。

これから大変なことがたくさんあるのだろう。

でも人間は魔法なんてなくてもやっていけるはず。



わたしはとにかく沢山食べてたくさん寝て回復するのに必死だった。


何しろ久しぶりに鏡を見たら頬はコケてるしクマはひどいし本当酷い有様だったのだ。


規則正しい生活をして、バランスよく食事をして。


たまにやってくる白樺三雲がぶっきらぼうに寄越してくるチョコレートを有り体に言って食べすぎた。



「や、やややややばい…」


そしてもとの体重に戻るどころかちょっと増えすぎた。


真っ青になって体重計に乗るわたしの太ももをお兄様がぷにぷにしてくる。


いつの間に!!

この人、忙しいはずなのに気がつくといる時がある。どういうことだ!魔法は無くなったんじゃなかったのか!


「えーー理子はこのくらいがいいよぅー」


「五月蝿い!お兄様!良くない!」


しゃがむお兄様を引き剥がして鏡に向き直る。


どうしよう、どうしよう、やばい、太った。

今日から食事はいつもより、減らして、間食はやめて、運動を………、




ぴんぽーーーん


チャイムの音がする。


「理子ちゃーーん」とどこかでお母様が呼んでいるけれど、わたしの脳裏はリバウンドの文字でいっぱいでそれどころじゃなかった。

つまり聞こえていなかった。



「よう、桜ヶ丘、………………と、理人さん」


その声に冷や汗がだらだらと垂れた。

もうすぐ冬なのに。ぎぎぎ、と軋む音を立てながらなんとか振り向く。


見慣れた金髪、もう最近は我が家かのように出入りしている金髪。


「………ご、ごきげんよう、白樺三雲」


手にはまた、なにか紙袋を持っている。

やめてくれ、君のチョイスはやけにわたしの的を得ていて、危険なんだ。

なんでなんだ、やめて、やめてくれ…、ありがたいけど。いや、嬉しいんだけど。



「あ、理人さん、野分さんが迎えに来てますよ。勝手に居なくなるんじゃねえってめっちゃ怒ってます」


「ああん?お前いったい誰の許可を得て毎度毎度うちの敷地に上がり込んでんだクソが」


お兄様、お兄様、口調が、キャラがぶっ壊れてますよ。

笑顔で素敵な笑顔でそんなチンピラみたいな台詞吐かないで、お兄様、正直………引きます。


「……おじさ、……ご当主様ですけど」



顔を青くして引き攣りながらそういった白樺三雲に暫くしてお兄様がチッと舌打ちをする。


ブツブツと「俺が当主になったらお前なんぞうちの半径1キロに入れねえようにしてやる」とか言っているお兄様が怖すぎるけれど、凶悪な顔を一瞬で引っ込めて、こちらに視線を寄越した。


「理子ー、兄様ちょっといってくるけど、なんかあったらすぐ電話してね!すぐこいつを叩き潰しに来るからね!」


「…………」


「…………」


優しい笑顔でそう言って最後に白樺三雲を睨むことを忘れないお兄様は相変わらずといえば相変わらずである。


お兄様が部屋を去ってから、2人でため息をついた。



……………というか、二人きりである。



あの、魔女と対峙する前以来の二人きりである。

いつも、誰かが一緒にいた。

お父様や、お母様、お兄様、麗華、草間、至。

誰かがいてみんなでわいわい話していたのだけれど。


どうしよう、妙に緊張する。掌に嫌な汗をかいてきた。



『理子ちゃん、白樺三雲のこと、好きでしょ』


あの日、麗華に耳打ちされた事を忘れたことは無い。


にやにやしながら言われた言葉。

有り得ないはずなのにすとん、と胸に落ちてきたのだ。


ああ、そうか、わたしは白樺三雲のことが好きだったのか。


いつから?いつでもない、多分最初から。一目見たときから。

……………あの最悪のあの日から。

他でもない白樺三雲にあんなことを言われたからわたしはあんなにショックだったんだ。





だから魔女は『大切な人』と言ったのだ。


大切なお兄様と、大切な、好きな人。

大切な人だから自分の大切な命を預けることが出来た。大切な人だから託してしまえたのだ。



あの猛烈に嫌いという感情もきっとーーーー。



顔に血が上って行くのが分かる。

沸騰するように顔が熱い。


た、大変だ、変な顔してないだろうか。

服……、そう、服、このワンピース変じゃないかな。

お母様の趣味の中では割とフリフリが少なめで気に入ってはいるけれど。

これ、大丈夫かな?

ああ、ちょっと待って、わたし、そうわたし最近太ってしまったんだった。

どうしよう、また、デブとかブスとか言われたら立ち直れる気がしない。


今度はサーーっと血の気が引いていくのを如実に感じる。


妙な沈黙。空気が重い。

というかこの人、一体何をしに来たんだろう。

また、お菓子を差し入れに?悪魔の食べ物を差し入れに?やめろ、これ以上わたしを育てるのは……。

いや、嬉しいけど。

そうだとするなら、さっさと、その紙袋を置いて帰ってくれ。いや、本当に申し訳ないんだけれど。乙女の複雑な心境を理解してくれてもいいじゃない。

そして、出来ることならばあと3キロわたしが減量するまで会いに来ないで……。



「桜ヶ丘、」


「は、はい!」



あれ、こんなこと前にもあった気がする。

なんか、前にもこんな……。いつだったっけか、ああ、そうだわたしが白樺三雲を殴った日だ。


思えばとんでもないことをしている。

またもや、青ざめたのが分かる。

ああ、見込みない、見込みないよわたしの恋。だってあんな態度とった上に殴っているもの。

終わった。始まったばかりだけど……終わった。



「……あ、のさ」


がしがしと金髪がかき乱される。

せっかく綺麗にセットされた髪がボサボサになる。

あれ、というかいつもこの男は綺麗だけれど、今日はやけに綺麗な気がする。

なんか髪のセットもいつもより、ちゃんとしてるし、ジャケットとか着てるし、何?

ああ……あれか、これが俗に言う恋は盲目ってやつか、なんか、やけにかっこよく見えてしまうのか。ダルダルの伸び切ったTシャツとか着ててもきっと、世界一かっこよく見えてしまうのだろう。

………ああ、重症だ、泣きたい。


「俺たちいろいろあったけど」


「え、…は、はい」


急にキリッと眉を寄せた白樺三雲。圧を感じて、えええと若干仰け反る。


なにを、何を言われるのだろうか、美にうるさそうなこいつは、綺麗なこいつは、わたしが太ったのを目敏く悟って、あの日のようにまた、ブスとかデブとか言いに来たのではないだろうか。



…………あれ、若干、白樺三雲の顔が赤い気がする。

気の所為?熱?熱なのか?大変だ、早く医者を呼ん…



「こ、婚約とかなんかもうめんどくせえから」


「…は、はいっ」


確かに、わたし達には色々あった。

お見合いして、こっぴどく振られて、親の敵がごとく嫌って、何を思ったか白樺三雲は婚約しているとかいう変な勘違いをして、それをどうにかしたくて色々したら、なんか変なことに巻き込まれて、それでまた婚約(仮)をする羽目になって。


そして問題が解決した瞬間、お兄様がそれを笑顔で破棄させた。


その時のおば様とおじ様の顔は忘れられない。

わたしと両親は何度も何度も頭を下げた。

まるで9年前の反対みたいに。



確かに、めんどうな道を辿っては来た。

巻き込んでしまった白樺三雲には本当に悪いと思っている。




「だから、」






「結婚しよう、理子」





どこか緊張した面持ちで、それでもすごく素敵な笑顔で、はにかんだ白樺三雲は、いつの間に取り出したのか、紙袋から箱を出してパカッとした。


箱を出して、パカッと。


…………はじめて、はじめて名前を呼ばれた。

産まれて初めて、この男に。


紙袋の中身はお菓子でもチョコレートでも無かった。

妙にセンスのいい、わたしの好みをやけに熟知した食べ物ではなかったらしい。


キラキラ光る指輪だった。リングの先に小さな石が着いている。



え、?


指先がわなわなと震える。

何故か、口が動かない。接着剤でくっついているみたいに。

絶対、絶対にひどい顔をしている。


え、っと、それ実は飴でしたー、とか言わない?

実はお菓子とか、言わない?


顔の筋肉が上手く働かない。酷く不細工に違いない。

こんなんじゃ、こんなんじゃまた、こいつに……。


気がつくと頬が濡れていた。

自分じゃコントロールが聞かなくて溢れ出すそれが止められない。

へん、返事をしなくちゃ、ほら、真っ赤な白樺三雲がそわそわしている。

へ、返事を……。


待って、今口を開いたら嗚咽が漏れそうなの。

「おえ、っ」とか「ヴっ」とか乙女らしからぬ不細工な嗚咽が。



真っ直ぐ見つめているグレイの瞳が焦っている。何か言わなきゃ。

オロオロとした彼が少しだけ近づいて躊躇うように頭に手を乗せた。


「……返事は?」


やはり、どこか偉そうな口調。

コノヤロウと思うけれど、それでも。


わたしは動かない口の代わりに数回頷いた。

必死で、力強く。


それを見て、ふぅと彼が小さく息を吐く、………緊張するんだ、この男も。

それから、ピンと張りつめた空気が緩やかに晴れるのを感じた。




彼はとても、とてもぎこちない動作でなんとかわたしの左手の薬指に指輪を嵌め込むと、箱をその辺に投げ捨てて、思いっきりわたしを抱きしめた。



「………………ありがとう、理子」



それはわたしのセリフだよ。白樺三雲。











ありがとう、三雲。








いつもありがとうございます!

残り1ページです(´;ω;`)


本当に今までお付き合いいただきありがとうございます……。

皆様のおかげでここまでこれました……。


ぜひ、最後までよろしくお願いします!

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