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魂の方はもう手に入るわ。

そう、愛しているのね、ふふ、私を、この私にすべてをささげてくれるのね。


素晴らしいわ。


ありがとうフジの子。



ありがとう、フジ。



貴方でよかった。


お人好しのかわいそうなフジ。





ーーーーーーーーーーーーーーーー





「理子!」



お兄様が飛び込んできた。

蹴破らんばかりの勢いで。早朝だと言うのに、それに仮にもレディの部屋に。



「お前、…三雲と話したって……」



お兄様の漆黒の瞳がわたしを写す。


にっこりと、微笑んだ。


お兄様の顔がぐしゃぐしゃに歪む。

絶望に変わる。


お兄様、そんな顔しないで、お兄様、ごめんなさい。



「……ダメだ、言うな」


そんなつらそうなお兄様初めて見た。

けれど、そんな辛い思いをするのも、すべてその力があるからだよね。

わたしが、力の全てを押し付けてしまっているからだよね。


「……違う!理子、やめろ…」


「お兄様」


「俺は別にどんな目にあってもいい!この魔法にも慣れてる、体もなんともない、でも、でもお前はダメだ」


「…お兄様、ごめんなさい」


「い、いいんだ、理子が謝ることなんて何も無い」


だから、


掠れた声で悲痛に叫ぶお兄様に胸が痛くなる。

彼はもう全て知っている。


これから先、何が起こるかも。知っている。



「言わないで、理子」


「お願いだ」


「………頼むよ」



よろよろとこちらに近づいてくる。

いつの間にか窓から光がさしてお兄様の端正な顔を照らす。


「お兄様、ごめんなさい、この間、嫌なことを言ってしまって」


「理子」


お兄様が手を翳す。

わたしは少しだけびっくりした。

お兄様は家族に記憶の改竄をすることは決してないからだ。

どんなことがあっても、絶対に。


苦しそうに歪んだ表情。

お兄様にそんな思いをさせてるのは、わたしだね。


「お兄様、本当はあんなこと思ってない」


「理子!」


魔法が使われる気配がする。

大量の膨大な魔力の気配。


ああ、お兄様は本気だ。

わたしの記憶を消すつもりだ。


わたしはとびきりの笑顔で言った。


「お兄様、愛してるよ、産まれた時から。わたしのお兄様」



今までありがとう。

押し付けてしまっていてごめんなさい。


だから、もう返してもらうね。



膨大な、膨大な魔力の気配。

深く絶望したお兄様の顔。

そんなの、らしくない。いつも笑顔で自信たっぷりで余裕そうな、お兄様らしくない。


膨大な、魔力の気配。


膨大な魔力がわたしに戻ってくる。


吸い込まれていく。

お兄様から魔力が移動してくる。


ひどい痛みだ。

身体中がはりさけそう。

吐き気がひどい。

頭が割れるように痛い。


けれど、どこかお兄様のあたたかさを感じる。

お兄様はこんな思いを?

これを制御してこれを常に持っていたの?


わたしは所詮、お兄様に並び立てるはずもないくらいのぽんこつ魔法使いで、お兄様の凄さに本当にただただ感服した。


意識が遠のく。


器とはこういうことなのか。

魔女の力とはこんなに強大なものなのか。


………結局のところ、わたしは器としては不完全で、きっとお兄様と白樺三雲がいなければいままでの器のように容易く壊れてしまっていたのだろう。


わたしは彼らに生かされていた。

甘えてぬくぬく何も知らずに生きていた子供の頃と何も変わらないじゃないか。


わたしはどこまでいっても、彼らに支えられて生きていたのだ。



ありがとう、今まで、本当に。



酷く不細工な笑顔を浮かべた気がする。



そうして、意識は闇に飲まれた。




ーーーーーーーーーーーーーーーー




魔法を、使ったはずだった。


「あ、」


目の前で理子が子供みたいな笑顔を浮かべてそれから、そのまま動かなくなった。


魔法を使ったはずだった。

理子の記憶を、理子の、記憶を書き換えて。

もとの、数ヶ月前の桧木沢に巻き込まれる前の俺達に戻るはずだった。


ガタガタと情けなく震える手を伸ばした。

理子が動かない。


ベッドに横になった理子の頬に手を添えて、するりと撫でる。


「……理子?」


頬はあたたかい。

眠っているように安らかな顔。

愛らしい天使のような寝顔。



でも、変だ。

なにが。


なにが?理子が?


違う……俺が変なんだ。


息をするように常に聞こえていた心の声が聞こえない。

まったく、まったくわからない。


魔力を込めてみる。


……分からない、分からないんじゃない。

理子のこころは覗ける。


覗けるけど、真っ黒だ。空っぽで何も無い。


母さんの声が脳内に響く。

呑気な、朝ごはんどうするの?とかいう呑気な声。

母さんの魔法だ。


どうでもいい。心底どうでもいい。


膝から崩れ落ちた。


さっきの、魔法を使う寸前のあの魔力を引きずり出される感覚。

あれが、あれが、魔女の……理子の、俺が預かっていた魔力なのか。


体がとても軽い。

こんなに体は動かしやすいものなのか。

頭がとてもスッキリして調子がいい。


だから、なんだ?どうでもいい。


あんなのを、理子が引き受けられるわけがない。


だから、だからダメだって言ったのに。


コンコン。


ノックの音がする。

俺は何も答えなかった。

それでもしばらくしてゆっくりと扉が開く。


「理人さん?……桜ヶ丘、大丈夫でした?」




こいつは俺みたいに詳しく魔女のことを知らない。

知らないから、だから分かってないのだ。


なにが、どうなっているか。



理子がこいつと話をして何をしたのか。


………だから、嫌だったんだ。

油断した。三雲を近づけるんじゃなかった。

理子を心配して心配して落ち着かないこいつに同情なんてするんじゃなかった。



こいつを未だに、嫌いでいれば、こいつがまだ理子のストッパーになっていれば、器は完成しなかったかもしれない。


俺から魔力を戻しても完成しなかったかもしれないのに……。



「……理人さん?」



うるさい。

黙れよ。


分かってる、こいつは別に悪くない。八つ当たりだ。

悪いのは俺だ。俺が馬鹿だった。



俺が、馬鹿だった。



「……桜ヶ丘は……」


三雲が近付く。

ゆらり、ふらつく体で立ち上がった。

ゆっくり振り返る。


三雲だ。いつもと変わらない。

でも心の声が聞こえない。


魔力を込めて、ようやく聞こえる。魔法を発動してそうしなきゃ聞こえない。



困惑する三雲、微かな絶望の端を掴んで恐怖に歪む顔。


ああ、そうだよ、その通りだよ。



こいつは、何も悪くない。

俺が悪い、全部全部全部、俺が悪い。


だから、これは八つ当たりだ。

悪い、悪いな三雲。


一瞬、我慢してくれ。



俺は拳を握りしめて、それを振りかぶった。



ごめん、ごめんな、三雲。




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