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「ねえ、コーシロお祭りに……」
椿家の当主の部屋の前でフジに会った。
何やら書類をたくさんかかえたフジが困ったように眉を下げた。
「ここに光士郎様はいないよ」
鳶色の瞳が優しく微睡む。
優しいフジ。いつも優しくてお人好し。人に頼まれたら断れない。
だから今日もお祭りだと言うのにこんなたくさんの書類をかかえているのだろう。
まったく馬鹿なフジ。
「そう……どこにいったのかしら」
くるくると空色の着物の袖をもてあそぶ。
いつもとても忙しいコーシロはどうせこんな日も政務だと思ったのだけれど。
あーあ、せっかく着物も仕立てて髪も綺麗にゆってお化粧もしたのに。
「新しい着物?綺麗だね」
「うん、ありがと!コーシロとお祭りに行くのよ」
じゃあね、そう言って駆け出したとき「あ、」とフジが何か言いかけた気がするが振り返らなかった。
だってコーシロを見つけないといけないし、時間がもったいないのだもの。
るんるん、と気分よく駆けるわたしはそのまま中庭へ足を向けた。
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吐き気がひどい。
夢を見る。毎日毎日、魔女の夢を。
至みたく意識が苛まれることはまだ無い。
けれど夢を見るのだ。
彼女の記憶の断片を、追体験しているかのように生々しく。
体は酷く重くて、このわたしがもうずっと食欲がない。
ここ数日、目覚めると枕元に置いてあるチョコレートの小さなお菓子だけは少しだけ食べられるけれど。
お兄様か、麗華か草間あたりが置いていてくれているのだろう。
以前のわたしとはとても思えない少食っぷりである。
かえってきてから何日経ったのかな。
何度か麗華が来てくれたのだけれど、彼女の顔は曇っていた。
わたしがそんなに具合悪そうに見えるのかな。
まだ、わたしは桜ヶ丘の屋敷外に出ることが出来ない。
お兄様の許可が降りないのだ。
あんなに多忙を極めていたお兄様が家に仕事を持ちこみできるだけ外にいかないようにしている。
メディアのお仕事は断っているらしい。
桧木沢で軟禁されていたときよりも自宅にいる方がずっと監視の目が鋭い。なんて皮肉。
あの日からあんなことを言ってしまった日から、なんとなく気まずくて言葉を交わしていない。
毎日部屋に様子を見に来てくれる。でもわたしは布団をすっぽり被って寝ているふりをするのだ。
子供っぽい反抗だってことは、分かってるんだけれど。
糸口が見当たらなくて、わたしも変に意地を張っているのだと思う。
後悔している。正直にいえば、あんなことを言ってしまったこと。
嫌いなんかじゃないのに。
お兄様は誰よりも私のことを考えてくれているのに。
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「……どうなんだ、桜ヶ丘、妹ちゃんの様子は」
所用で立ち寄った魔法管理局で野分に出会った。
偶然なわけが無い。
どうせ張ってたんだろう。
じゃなきゃこんな深夜に職場になんているはずがない。
誰もいない廊下を歩きながらちらりと横目で野分を見遣る。
バツの悪そうな顔、俺に気を使う心情。
こいつらしくもない。
けれどあの1件に噛んでいる以上、変に責任感でも感じているのか。
なにもお前に落ち度はないが。
むしろ巻き込んだのはこちらなわけだし。
「良くない。衰弱する一方だ」
「そうか……」
あの理子が俺に大嫌いといった。
その後すぐ彼女の心のうちは後悔と罪悪感にまみれていたが、それでも理子がそう思ったのは初めてのことだったから。
衝撃的で、衝撃的すぎて、3日は普通に落ち込んだ。
妹が友達思いのいい子に育ってくれたことは素直に嬉しい。
けれど危険すぎるし、あの思考にまったく魔女の思惑が隠れていないとは思えない。
罠だとも取れるし、とにかく危険だ。
桧木沢至と関わって、自分が関わったせいで状況が変わって、それを放置して知らない顔をして生きることが許せないのは分かる。
でも元はと言えば巻き込んできたのはあっちで、本来彼女は被害者だったのだ。
そんなに気に病むことでもないと思うが……まあ、人の心はそう簡単に行かない。
多分俺がいちばんよく知っている。
でも、危ないんだ。
妹をこれ以上危ない目に遭わせたくないんだ、それもわかって欲しい。
大切なんだ理子が。
ひとの家の事情も、辛さも知らない。
俺は妹が守れればそれでいい。
それなのに、理子は魔女に囚われすぎている。
魔女の記憶の断片を見続けているらしい。
支配されてしまうのではないかという恐怖でろくに寝れていないし食欲も落ちている。
何度か戻すことさえある。
はっきりいって、危ない。
「最悪、理子の記憶を弄る必要があるかもな……」
「え?……お前、まさか」
俺の掠れたつぶやきに野分がぎょっとこちらを仰ぎ見た。
動揺が隠せない藍色のつり目に俺が映る。
はは、ひどい顔だ。
「仕方が無いだろ。続くようなら。桧木沢にまつわるものと、魔女の記憶を全部消さないと」
「………そ、うか」
そんなに、ヤバいんだな。
野分が俯いた。
そんなに、ヤバいんだよ。悪いことにな。
俺は俺に課しているひとつのルールがある。
絶対に家族に魔法は使わない。
………まあ、勝手に分かってしまう読心は仕方ないとして、あれはもう魔法というか俺のアイデンティティのようなもので、あれは別にいいんだ。
ここでいう、魔法というのは、記憶の改竄。
絶対に家族には使わない。
それをしてしまうと、もうなにが本当なのか、何を信じていいのか。
俺自身わからなくなってしまうからだ。
最愛の家族にそれを使ってしまえば、自分が生きている意味さえも分からなくなってしまう。
だから使わない。絶対に。
そう決めている。野分もそれを知っているけれど事態はそんな悠長なことを言っている場合ではなくなっている。
このままでは理子がどうにかなってしまうかもしれない。
衰弱死してしまうかもしれないし、精神を病んでしまうかもしれない。
そんなことには絶対にさせない。絶対にだ。
「……お前も、無理するなよ桜ヶ丘」
野分の言葉に手を振って答えた。
無理するさ、妹のためなら。
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中庭を覗くとコーシロがいた。
濃い茶色の所々跳ねたくせっ毛。
垂れ目がちのよく見たら藍色の瞳。
「こ」
コーシロは知らない女と寄り添っていた。
見たことの無い表情で、宝物を見るように彼女を見ていた。
見たことの無い甘い表情で。
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