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50 とある少女の記憶






気が付くと知らない場所にいた。


確か、学校にいて魔法演習中。

嫌味なアローラ・ルヴェルフがいつもみたいに突っかかってきて碌に使えもしない炎魔法で校庭を焼き尽くす寸前だったから、優秀な私が天気を変えて雨で鎮火させてあげたのではなかったかしら。


まったく、キャンキャン吠えるのは一向に構わないけれど、自分の力量と挑む相手をしっかり考えてほしいものだ。


ぐるりとあたりを見回す。

可笑しい、見たことのない景色。

一面に広がる青空と大地を覆う草花。レルフィンの森の入り口? 違う。見たことのない植物ばかりだから。



風の流れを操ってふわりと浮上した。

遠くに人影が見える。それから集落のようなもの。

近づくと人々は布を巻き付け紐でくくったような簡素な衣装を身に着けている。

金属を紐で結んだようなあれは……鎧? 変わった形ね。

木材が主に使われているであろう家屋はどう見ても私の居た国……いや世界の文明レベルのものではない。


私はそこで、自分が何らかの魔法あるいは呪術に巻き込まれたことを悟った。



ここは、私のいた世界ではないのね………。





___________________





私は孤独だ。


ひとりきり。言葉も通じない。意思の疎通が図れない。原人のように野蛮なこの世界の住人は私を見ただけで逃げてしまう。どうやら私の使う魔法が恐ろしいらしい。もしかしたらこの世界には魔法使いが存在しないのかしら。

もしかしてこの服がいけないの?この真っ黒のローブとハットが?

確かにここの世界の住人で黒の服を見たことがない。


だれか、私を受け入れて。言葉が通じなくてもいい、怖がらないで。私は一人なの。

何も怖いことはしないわ、助けて、帰りたくても帰ることもできないのよ。



お願いだから……。




______________________________________



はじめて、何日たったかわからない、はじめて人間が声をかけてきた。

何を言っているかわからない。濃い茶色の長い髪。癖っ毛なのかあちこち跳ねた様が猫のよう。

藍色のたれ目が印象的な男


何を言っているのか分からない、でも嬉しい。はじめて、近づいてくれた人間。私に笑顔を向けてくれた人間。


彼は、自分を指し「ツバキ コーシロ」といった。

どうやら名前らしい。変な名前。コーシロとしきりに言うからそう呼べってことなのかしら。


よかった、この世界に私を受け入れてくれる人間がいて。

ありがとう、コーシロ。私の名前はーーーーー。



___________________



コーシロの言葉を理解したくて必死で勉強した。

コーシロは私に寝る場所と食べるもの、それからこの世界のいろいろなことを教えてくれた。

どうやら彼は地位のある人間らしい。

着るものも住む場所も他より上等だし、彼に従う人間が何人もいる。


彼と話がしたい、彼の役に立ちたくて必死で学んだ。

まともに会話ができるようになってしばらくたって彼は戦争に行くことになった。


この世界では勢力争いが絶えない。コーシロはこの地を治める一族の当主だから民と土地を富ませるために争いに勝ち続けないといけないらしい。


それなら私が戦うわ。魔法使いの私なら役に立つはずよ。


コーシロは困ったように笑った。絶対に彼は首を縦に振らなかった。危険だから、と。

そうして、行ってしまった。

6人の従者を連れて。


帰ってきたときコーシロの右目は潰れてしまっていた。



___________________



私が行っていればこんな目にあわせなかった。

次は絶対に私が行く。私が行ってコーシロを守る。レレオーネ魔法学校でトップの成績を誇る私ならコーシロを守れるはずだもの。



けれどコーシロは頑なにそれを拒んだ。

どうして? 彼の右腕のユズミヤ レンは堅物だから話にならないし、マエナギ トーコは貴女のような女性が戦場に立つべきではないという。

トーコも女のくせに何を言っているんだか。

シラカバ ミコトはむかつく顔をゆがめて鼻で笑うばっかりだし、ヒイラギ カオンは主様の言うことは絶対だとそればかり。

サクラガオカ リジョウは相変わらず何を考えているのか分からない。


けれど、フジは、ヒノキザワ フジだけは私の言うことを真剣に聞いてコーシロにかけあってくれた。

お人よし。戦地に向かうメンバーに加えられているのが不思議なくらい。


私は次の戦いから共に往くことになった。


思えばこの時、私たち8人の未来は決まったのかもしれない。



___________________


それからたくさんの戦場を共に戦った。

人をたくさん殺した。

私も仲間もたくさんけがをした。

天気を操り、理をゆがめて、人の心を惑わせ、悪霊を使役した。

持てるすべての力を使って、何度魔力が枯れて気を失っても倒れても、戦って、戦って、戦って。

仲間はいつの間にかかけがえのないものになっていた。

この世界で孤独だった私に居場所ができて、命を預けあう仲間ができて、私を必要としてくれた。


それは、私の居た世界でも味わうことのなかった満たされた感覚。


何にも持っていなかった私は、たくさんのものを得ることができたのだ。

嬉しかった。とても。とても。


私は仲間を……コーシロを愛している。そしてきっとみんなも愛してくれている。



戦い続けて、やがてコーシロの敵はいなくなった。

戦う必要もなくなった。

私はもう魔法を使うのをやめた。

魔法なんていらない。もう誰も、傷つけるのはやめよう。


これからは、魔法使いではなく、ただの人間として、コーシロと生きていこう。

コーシロと同じただの人間として。



きっと、コーシロも私を愛してくれているはず_________。







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