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「りーこ」


ブランクサンダーが食べたいブランクサンダーが食べたいブランクサンダーが食べたいブランクサンダーが食べたいブランクサンダーが食べたいブランクサンダーが食べたい……


「……理子…。わかったよ、そんなに食べたいなら俺がいくらでも買ってきてあげる」



ブランクサンダーが食べたいブランクサンダーが食べたいブランクサンダーが食べたいブランクサンダーが食べたいブランクサンダーが食べたい……



「はぁ、理子、分かったよ。

心の声は聞かない。だから普通に話をしよう」


彼氏が欲しい……


「お兄ちゃんはそんなん、絶対許しません」


聞いてるじゃん、うそつき


「……分かった。ごめん。じゃあ、ほら魔力封じの指輪をしよう。ほら、見て理子、指輪しただろう?」


まじまじと指輪を見つめる。

桜ヶ丘の家紋と小さなブラックオキニスが嵌め込まれたそれは、間違いなく本物だ。


………桧木沢さまかっこいい



心の中でそうつぶやき兄が反応を見せなかったことを確認した。


「ね?だからお兄ちゃんと話をしよう、な?」


わたしは漸く息を吐いて頷いた。



魔法使いの魔法はその殆どが遺伝に左右される。

力の強いもの同士だと魔力の高い子供が生まれる可能性が高まるし、そして継ぐのは大抵両親のどちらかの持つ魔力に依る。


大まかにわけていくつかある魔法の中で兄、理人の持つ魔法は最強ともいえるものだ。


心象


人間の心に左右する類の魔法の中にあって、さらに兄が持つのは人の心の声を聞くことと、人の記憶を改竄するというとんでもないものだ。


だいたい心象の魔法使いといっても出来ることといえば、小さなことを忘れさせるとか、少しの記憶を曖昧なものにするだとか、多少の不快感を与えるとかそういったものばかりである。


兄の魔力はあまりに強大で、その力はあまりに脅威的。人間関係、社会、こと交渉ごとにおいては敵のいない魔法使い。


そんな相手の尋問を丸腰でうけろというのは馬鹿な話だ。

けれど、この超魔法使い、なまじ妹には甘い。


「で?どうして急にいなくなったんだい、理子。俺は割と本気で怒っているぞ」


兄は自室のカウチに悠然とかけ顎を持ち上げた。

さらりとコシのある揃いの黒髪が揺れて空いた口から八重歯と赤い舌がのぞく。

丁寧で穏やかな口調に反して、さながら肉食獣のようだ、と喩えられる獰猛な外見に似合わず甘い兄をわたしはやんちゃな犬、くらいにしか思えない。


……良かった。魔力封じの指輪をしていて。



「俺は確かに理子には甘い、自覚が当然あるけれど、それはお前がいい子にしていたら、だよ」


「………はい」


「で、何をしていたの」


ぐっと上体を押して地面に正座をするわたしに優麗な顔が近づく。

その、やはり揃いの常闇の瞳をじっと見つめて、わたしの罪悪感はくすりと擽られた。


兄はいい兄だ。

身内びいきでなく優しく公平……まあ、これには千差があるが……そして厳しい。


わたしにとっては仕事が忙しくあまり顔を合わせない父よりも父らしいかもしれない。


「……誰と居たの」



その低くなった声に慌てて兄の右手の薬指と中指を見る。

中指にはその強大すぎる力をある程度抑するため日頃から付けている灰銀の指輪。そして薬指にはしっかりと家紋付きの指輪が煌めいていた。


心の声を聞かれた訳では無いらしい……。

冷や汗を拭い、やんわりと顔を逸らすと顎を掴まれた。


「理子、答えなさい」


「………」


「だんまりはいけない。もう子供ではないんだから、自分の行動の善悪くらいつくよね」


「…………はい」


心の声を聞かれずとも、その黒の瞳からは逃れられる気がしない。

これは経験則であり、同時に直感的なものでもある。

小さな子供を諭すようなこの言いぶりは妙に罪悪感を刺激されるし、なかなか応えるものがあるけれど、兄の怒り方と言ったらだいたいがこうだ。



「お兄様、詳しくはお話出来ないけれど、決して桜ヶ丘に恥ずべきことはしていないわ。

家にもお兄様にもご迷惑がかかるようなことは……」


「理子」


「…はい」


お兄様はわたしから目を逸らしてはぁ、とため息をついた。

その表情はどこか呆れていて、そして悲しげにも見える。


「そういうことを言っているんじゃないよ。

家のことがどうとか、俺の事がどうとか。

そうじゃなくて、ただ、理子が心配なんだ。

草間も、父さんも母さんも、そう」


「………」


そうは言われても……と、反論しかけて、やはり何も言えなかった。逆に心配してくれてありがとうと殊勝に、笑顔で愛らしく言えたらよかったのかもしれない。


けれど、とても、そんなことはできなかった。

こんなにダメなわたしにすら良くしてくれる、とてもよく出来た家族に、これ以上。



「はい……ごめんなさいお兄様」


唇を噛み締めて俯くと、少ししてはぁ、と溜息が降ってくる。

ぎゅっと瞳を閉じたわたしに妹に甘い兄はもう一度ため息をついた。


「どうしても、言いたくないわけだ………。

確認するけど何か面倒事に巻き込まれたとか辛い目にあったとか、そういうんじゃないんだね?」


「違う。

言うのも恥ずかしいし、お兄様が動くまでもないしょうもないこと…」


「……ふう、じゃあ今日だけはもうこれ以上追求しない。

けれど理子、次はないよ。

理子は桜ヶ丘の娘だっていう自覚をもっと持って、それになにより、俺の大切なかけがえのない、たった一人の理子だってこと忘れないで。

勝手に消えるだなんて今後一切、許さない。

なんのために草間がついてるんだか分からないじゃないか」



わたしに危険が及ばないため、有事の際は命を張って守る盾。

そしてなにより、わたしを監視するため……。



寝込んだ1件以来、お兄様につけられた草間のことを別に窮屈だと思ったことは無いけれど。



桧木沢さまに逢いに行くことをお兄様は絶対に了承しない。

草間はそれを黙ってはいない。1人で行かせはしない。

もし、仮に桧木沢さまの不興を買ったとして2人でいけば被害を蒙るのはどう考えても草間で。それを受け入れられるほどわたしは強くないのだ。

最初から最後まで、なにもかもわがまま。



「気をつけます」


「うん、あとで心配かけた父さんと母さんと草間に謝りに行くこと。いいね」



「……うん」


最後にぐしゃぐしゃと大きな手で髪を交ぜられて、そしてお兄様のお説教は終わった。







────────





桜ヶ丘理人は笑顔で妹を見送り、扉が閉まると笑顔を消した。

家紋の入った忌々しい指輪を外し机に抛る。

カラリと音を立てたそれが転がり、そして止まった。


あの指輪は強力だ。

魔具製造の匠に特注で作らせたそれで確かに力は完全に抑えられていた。


────つい、3年前までは。



しかし、今では精々有効距離が短くなる程度のそれに自分を拘束する程の効果は認められない。


目に入れても痛くない妹。

ただひとりの妹。

理子だけがいつも、変わらず俺を俺としてくれる。


両親さえ桜ヶ丘の宝だと期待をした下心を秘めている。

ある種、道具だと思っている。

家を継ぐための、これ以上なくよく出来た器。

それは当然のことだ。

俺が親であってもそう思う。

素晴らしい作品ができた、大成させねば、と。



それは当然だし、同じく大きな括りでは心象の魔法使いとして生まれた両親も、近しい思いをしてきたことだろう。


ただの子供として扱えというのは無茶な話だ。

ましてや、他人など…俺に怯え、恐れ、蔑み、媚びへつらうことしか頭にない。

それも当然だろう。

自分の心の声を聞かれるなんて気持ち悪い以外の何物でもないのだから。


その中にあって理子は理子だけは、俺の事を面倒でうざい兄、と思っている。

兄として尊敬すらしてくれている。


そこに能力云々は何も無い。

ただの、一般的な兄、だと。理子だけは俺をただの俺にしてくれる。

期待も畏怖もない。

俺達はただの妹を構いすぎる過保護な兄と兄を鬱陶しがりながらも慕う妹、になれるのだ。


俺は妹が大切だ。

多分、この世で1番。俺を俺たらしめてくれるたった一つの存在。

実際は俺は妹が大切な訳ではなく自分が大切なだけかもしれないけれど。

それでも、だ。


理子には嫌われたくない。

理子には怖がられたくない。

理子には傷ついて欲しくない。

理子には消えて欲しくない。




「………桧木沢家の次男、ねえ………」


白樺三雲のことはもうどうでもいいけど、理子に触れたって言うのは、許容できないな。


まあ、それよりも桧木沢 至。


さて、どうしようか。





なぜだか肉食獣と喩えられることがある。

ヒョウとかトラとか。何故ネコ科なのかはイマイチ分からないけれど。

どうしてだろう。

こんなに柔和に優しく話すことを心がけているのに。常に笑顔でいることを心がけているのに…。



……ああ、でも理子は犬とか言ってたな。まあ理子の犬なら別に構わないかな。




自然と口角が上がり、俺は目にかかる妹と揃いの黒髪をかきあげた。

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