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理子ちゃんが魔女になろうとしている。彼女が望んで。
それは、桧木沢の悲願で僕の生かされている目的そのもので、とても喜ばしいことだ。
少し前まで僕は心の底からそう思って疑わなかった。
今思えばそのすべては魔女の思いだったのだろうと何となくわかるけれど、でも僕自身もそれに特に異論はなかったんじゃないかな。
理子ちゃんと少しでも離れると魔女の支配が強まる。
邪魔をするな、器を器に。あるべき姿に戻せ。愛し愛されこの苦しみから解放しろ。憎い、お前らのすべてが。体をあけわたせーーーーー。
魔女に負ける。理子ちゃんが僕だと言ってくれた思考が呑み込まれていく。
渡してしまった方が良い。彼女に任せた方が楽だから。
分かってる。わかってるんだ。家のために、何百年も呪いに苛まれた桧木沢の血の為に自分がどうすべきなのか。
ふ、と視線を上げた先で漆黒の瞳が僕を貫いている。
……ああ、この目だ。
この目が僕を逃がさない。感情を鮮やかに表現する嘘のつけない真実を映す瞳。
魔女に従っていればそれでいいのに、僕は彼女を守りたいだなんて。
よりによって、魔女の器である彼女を、誰でもない魔女の意識でもない、僕自身が。
愛したいだなんて、……なんて皮肉な。
「至」
「理子ちゃん……」
彼女が器になってしまったら、体は、心は耐えきれるのだろうか。
理子ちゃんも薄々、鍵が誰なのか気づいている事だろう。桜ヶ丘理人に溺愛される彼女のコミュニティは七枝としては驚くほど狭いものだ。
魔女が“大切な人”と称したのなら予測もつくだろう。
問題は、もう一つ三雲の方。“大切な人”と仮定されてかの人物にたどり着くとはおもえないけれど、魔女の力を肩代わりしている化け物魔法使いとは違い、三雲と理子ちゃんの心の繋がりはとても複雑で曖昧なものだ。彼を嫌悪し嫌悪しその感情のすべてを向けて何とか保てている今の状況がどうなってしまうのか。
彼女が知ることでどうなるのか。
実際に理子ちゃんが自分の感情に疑問を抱き始めた最近は天気が安定していない。
疑問を抱いただけでこれだ。知ってしまってどうなるかまったく分からない。
「至お願い。わたしは大丈夫だから」
彼女の強い意志に唇をかむ。
嫌だ。
魔女とは正反対の思いが沸き上がって止められない。
嫌だ。どうしようもなく、いやだ。彼女を壊したくないから。
……どうなるか、わからない。でも、彼女の言う通り、知っただけではなんの変化もないのかも知れない。
彼女の言う通り、魔女と対峙するのなら魔女の力はどうしたって必要なのだ。けれど嫌なんだ。
もっといろいろ調べてからの方がいいに決まってる……。…………もっといろいろってなんだ?
前例のない彼女のこの状況をどう調べて、不安定な精神的つながりを持つ理子ちゃんと三雲を、どう……?
そこまで考えて、沸き上がる強い感情に愕然とした。
醜い、自分がどうしようもなく醜い。あふれる自嘲の笑みに理子ちゃんが目を丸くしている。
…………嫌だ。どうしても。
僕は、嫌なんだ。
理子ちゃんと三雲がこれ以上繋がってしまうのが。
理子ちゃんが三雲を意識してしまうことが。
嫌いなのだと思っている今の状況で永遠に交わらない道を進めばいいと、そう思っているのだ。
自分で三雲に言った「君は理子ちゃんとは結婚できない」あの言葉がそうであればいいとそう思っているのだ。
「……は、」
「至?」
理子ちゃんが心配そうに漆黒の瞳をむける。ああ、この目だ。この美しい漆黒に僕以外の誰も、映してほしくないんだ。彼女の最愛の兄も、僕の友である三雲も。
僕が恐れているのは、真に恐れているのは、これか。
彼女を守りたいのは本当。けれどそれを圧倒的に上回る、独占欲__。
醜い、醜い。
笑えて来る。これが僕なのか、醜くておぞましい。泣きそうだ、こんな__。
「ごめん……」
「……至、どうしたの?」
思えば、ここに来る前父に会った時もそうだった。僕たちの関係を訂正しようとした彼女を遮ったのは、違うという拒絶を口にされるのが怖かったからで、仲がいいと、ただそう思いたかっただけで……。
「わたしこそ、我儘言ったね、ごめんね」
違うんだ。理子ちゃんは悪くない。
すべては僕の僕自身の醜い独占欲のせい。そんな顔しないで?お願い。君は悪くないんだ。
「違うんだ」
そもそも、理子ちゃんの感情だ、彼女に返してあげないと。彼女にどうするか選ぶ権利はあるはずなのに。
僕の方こそ、僕の我儘で。
「……そんな、痛そうに笑わないで?何を考えてるの?自分を傷つけないで」
理子ちゃんのあたたいかい手に片手が包まれていて肩が跳ねた。
やめてよ、また、泣きそうになる。
「君に恥ずかしいところを見せてばっかりだ」
「……恥ずかしいところ?わたしより?」
どこかげんなりとした瞳で彼女が居心地悪そうに視線を逸らす。
奇声とか、奇声とか奇声とか……指折り数える彼女はまるで拗ねる小さな子供のよう。
「ぷっ」
そんなことも、あったか。そういえば。
目元を赤く染めた彼女が恨めしそうにこちらを睨む。そんな顔されてもかわいいだけだけど、理子ちゃんは真剣なんだろうな。
こほん、わざとらしく咳払いをして、とにかく!と声をはりあげた。
「もう無理はいわないから、別の方法を」
まだ赤い顔でそういう理子ちゃんに思わず微笑むと彼女の顔はさらに真っ赤になった。……おもしろい。
「その必要はないよ。僕の方こそわがままを言った、ごめん」
「え、でも」
「大丈夫、どうなるかわからないけど……」
僕が君を守るから、僕を救うと言ってくれた君を。すべてをかけて。
僕の笑顔につられるように、理子ちゃんが赤い顔でほほ笑む。胸が締め付けられるように痛い。けれど、何故だろう嫌じゃない。
いつもありがとうございます!
誤字報告本当にありがたいです(>_<)
昨日なんやかんやで投稿できなかった(ほんますみません、土下座)至くん視点です。
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