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「じゃあ、桜ヶ丘、好きにやってくれ。

このルートで前後15分の記憶の改竄でいい。それなら歪みが生じることは無いから。同宮 汐里はこの地点」


野分さんが理人さんになにか紙を押し付ける。

理人さんはちらりとそれを垣間見て頷いた。


「あの、本当に……?」



車を止めたのは少し離れた駐車場だけれど、俺達がいるのは椿家本邸のバカでかい正面門が見える位置である。

まだあちらの門番や見張りにバレてはいないらしいが。

この位置に陣取るということは、つまりは。


正面突破する気なのか?

こんなクソでかい屋敷に?

入った途端、いや近づいた時点でうじゃうじゃと椿家ご自慢の力ある魔法使いが湧いてくるに決まっている。


「怖気付いたのか、ヘタレ」


「ヘタっ………いや、そうじゃなくて、正面から行くなんて正気ですかって」


「じゃあどこから行く気だ、お前。裏門なら通してくれるのか?こういうのは正面きった方が良いんだよ。

なんにせよ、桧木沢相手よりは100倍やりやすい」



笑顔を獰猛なそれに変えた理人さんが、小さく舌なめずりをした。

嫌に好戦的な彼に寒気がする。

何故か、椿家に同情したくなった。


背を向けて門に向けて歩き出した理人さんの代わりに野分さんがへらりと笑う。

緊張感のない人たちである。


「ま、そゆこと、大丈夫だから、気楽にね。

音は全て俺が塞ぐ、だから好きに行動すればいい。

視覚は従者さんが上手いことやってくれるし、遭遇する人は桜ヶ丘が記憶をいじるから問題なし。

んで、草間ちゃんと白樺のは戦闘要員な。

何もかも気にせず、向かってくるやつはやっちゃっていいから」


はっはっはーと馬鹿みたいに笑う彼に草間さんはやはりゴミを見るかるような視線を送るが、こちらもやはり気にはならないらしい。


……………はぁ、


図らずも零した溜息がぴたりと重なって、俺と草間さんは顔を見合わせた。





ーーーーーーーーーー



「お帰りなさいませ、ご当主様」


「ああ」


「後ろの方々はどなたですか」


「大事な客人だ」


「左様でございますか」




門番と見張りを難なくクリアした理人さんに続いて普通に正面突破をした。

恐々として、構えつつ着いて行ったが拍子抜けだ。

訳が分からない、不思議な感じだ。


どうやら火々里さんの魔法で椿家当主に見えているらしい。

更にいえば、そうあるよう一人一人の記憶を理人さんが弄っている。

5人という大所帯で正面から侵入しても誰も駆けつけてこないのは野分さんが魔法で物音や話し声を封鎖しているかららしい。


それから頭を深く下げた家令のような男を通り過ぎて、後ろから理人さんが手を翳した。


先程も見た、門番にもしていたそれ、接触した記憶を改竄したのだろう。なかったことにしたのかもしれない。

俺は俺なりに、自分の魔法に自信を持っているし力がある方だとも自負しているがこのとんでも魔法使い達を目の当たりにすると、それが恥ずかしくなる。


俺らのことを野分さんは戦闘要員と言ったが、果たしてそれが必要なのか否か。


「勿論」


「……ナチュラルに脳内の会話に侵入して来るのやめて貰えません」


「聞こえてくるんだから仕方ねえじゃん」


「………」


じとっと理人さんを睨みつけた所で彼がニヤついたまま「あ、」と声を漏らす。


「あ、貴方は、桜ヶ丘家の…」


今まで通りすがった人全てが深く頭を下げるだけで通過できていた所に1人の男が驚愕の顔を作る。


「あららー」


野分さんがな呑気な漏らして、やれやれと肩をすくめる。



「ほら、こういう火々里の魔法と相性悪いやつがね、面倒だから……」


「どうして、ここにっ!? 門番はなにをっ」


「理人様」


「うん。やっちゃって」


「はっ」



な、と男が困惑の声を上げたが言葉になる前に目にも止まらぬ速さで迫った草間さんが鳩尾に1発を入れて、落とす。


それから理人さんが例に漏れず、手を翳して記憶を恐らく改竄した。



「こういう時のために、いるだろ?お前が」


ね?と笑顔で首を傾けた理人さんに顔がひきつった。

は、はは、なるほど……。


何事も無かったかのようにいつの間にか隣に戻っていた草間さんをまじまじと見つめる。


この化け物達も化け物達だけど、この人も、この人だよな……。


魔法を継いでいないと聞いているが、桜ヶ丘の護衛をしていただけはある。



「…分かりました。任せてください」


「ここで発生した音は全て他者には漏らさないから、好きなだけ暴れろよ」


野分さんのウインクにげんなりする。



さすがは椿家と言うべきか、逆にそれが少ないのか。

侵入したことがほかにないから比べようがないが、その後火々里さんの魔法にかからなかった人は7名。


いずれも俺が軽く雷を落として失神させ、理人さんが記憶をいじる作業を行い、その同宮汐里という人物がいるらしい部屋の前へと行き着いた。


時刻はおそらくもう深夜。

確実に寝ているのでは、と思うが、野分さんは気にすることなく扉を開けた。

仮にも女性の部屋だろうに、この人たちは色々な意味でとんでもない。


「どーも」


広い部屋。豪華だが装飾は多くない。

広いベッドで眠る一人の女性。歳は30代後半くらいだろうか。


ゆったりと瞳を開いた彼女は歳を重ねつつもどこか美しさがある。……というか、至に、似ている。



「どなた」


「桧木沢至さんの友達です」


「まあ……、至さんの…。

あら、貴方は桜ヶ丘理人さま?それに、貴方は野分家の…」


「おや、ご存知でしたか」


「勿論。私は腐っても桧木沢の分家の生まれ。右腕の野分家を知らないはずがありません。それに桜ヶ丘様は有名ですもの」


「それは、光栄です。……ですが、メディアに良いように利用されるのもこまりものですね」


理人さんが辟易したように笑う。

ベッドから半身を起こした同宮汐里もくすくすと微笑んだ。


「それで?野分の方がいらしたということは、私は遂に処分されるのかしら。

けれど、至さんのこととなると……。

桜ヶ丘様がおられるということは……」


人好きのする笑みを浮かべたまま、理人さんが微笑む。

彼女はそれを見て諦めたように頷いた。


「……もう、読まれているのね」


「ええ、その通りです。呪われた子……貴方の妹さんについて、桧木沢についてお話をうかがいにまいりました」



「大丈夫ですよ、貴方と同宮の契約のことは関係ない。あなたが椿や同宮に秘密にしていることにも俺達は一切興味が無い。ご安心を」


同宮汐里は一瞬目を見開く。

理人さんが何を読んだのかは分からないが彼女はどこか安心したように頷いた。

これで、きっと、理人さんの能力が噂だけではないと悟ったのだろう。


「私の妹は呪われていたの。感情がなく、なににも関心がない。けれど子供ながらに誰にむけるでもない、凄まじい歪んだ憎悪だけを持っていたわ。

私はそれが恐ろしかったの。自分と同じ顔をした、全く違うなにか」


「5歳の頃本家に引き取られたのですね。貴方は実の姉の恐怖から開放された」


「ええ、そう。正直ホッとしたの。何より恐ろしかったのはあの子の力」


「魔法を、通さない」


理人さんが笑顔を深くする。そう、多分そこにすべてがある。


桧木沢の秘密が。


「……なんでも知っているのね、桧木沢の中でも知るものは本家と一部の人間だけなのに」


「ええ、まあ……。あなたの知ることであれば」


「そうね……」


きっと理人さんはもうすべて掌握しているのだろう。けれど彼は笑みを浮かべたままだった。



「俺はあの症状に至った人間を過去に1度見たことがある。あの、白樺のお坊ちゃんを動けなくしたあれだ」


いい加減そのお坊ちゃんという呼称を改めて欲しいがここで口を挟んでしまうほど間抜けにもなりたくない。

野分さんの視線の先で同宮さんが無表情にこちらを見ている。


あの、あれ、という至が言うところの“ 魔力の逆流”。

自分でどうにかできるような状態ではなかった。

中を激しく何かがうずまき、失神するほどの痛みと衝撃。

中から焼き尽くされるような感覚。

指の1本さえ、髪のひと房さえ自分の意思では動かすことが出来ないようだった。

呪われた子というのはそれを使うことが出来るのか。


「動けなく………そう、あれを受けたのね……というより、白樺?ああ、あなたが……では、あなたが至さんの……」


野分さんの問いには答えずにその濃い茶色の瞳がこちらを向く。彼女は少しだけ目を丸くしてそれから微笑んだ。


「あれを受けたのね。辛かったでしょう?わたしも、1度だけ、受けたことがあるの。

妹が何気なく使ってしまってね。魔力の逆流する感覚は他に例えようがないほど辛いものよね。

その人自身の魔力が高ければ高いほど反動が大きいと聞くわ。

白樺のご子息さんはさぞきつかったでしょう?」



「あれは、一体なんなんですか」



にこり、美しく微笑む彼女になぜかぞわっとする。



「桧木沢の秘密よ」


「………ねえ、白樺のご子息さん、至さんは私の妹は………元気?」


同宮汐里は目を伏せ視線を逸らす。

どこか、寂しそうな声音に戸惑いながらどうにか頷いた。



彼女はそれから「そう、」と頷く。彼女は、もしかして後悔しているのだろうか、妹を突き放したことを、妹を引渡してしまったことを……。




笑顔を貼り付けたままの理人さんが「同宮さん」と呟いた。

彼女はふふっと声を漏らして目を閉じる。


「分かっているわ、貴方に隠し事はできないもの」


ぽつり、ぽつり、ゆっくりと口を開く。


「私も聞いたことがあるの、1度だけ。妹に、あれは何なのか、何故貴方には魔法が通じないのかって。

妹は言ったの、これは魔女の呪い、これは罰。

自分には魔法が通じない、自分には魔法が使えない、魔法を受けつけない、すべてを否定する、呪われた力」






「力の名はーーーーーー」




彼女はそう小さく音にして、そして口を閉じた。







いつもありがとうございます。


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