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車窓から見えるすでに暗闇の世界に白樺三雲は眉を寄せた。
かれこれ、走り続けて数時間だ。
両親に遅くなると連絡を入れろと、と理人さんに言われしぶしぶ従いはしたが、これほどまでに遅くなるとは。
おかかえの運転手も、加藤火々里という分家の従者も、桜ヶ丘にひっついていたあの草間という女の従者もいるのに、運転しているのは理人さんだ。
桜ヶ丘家の時期当主、多分この車内で1番そこに座るべきではない人。
じぐざぐと妙に細道を使ったりして車を走らせているせいか、そのドライブの終わりは一向に見えない。
迷っているのでは、と思うくらいにはその運転はよく分からないしおかしい。
「あの、理人さんって運転下手なんですか」そう言いかけてさすがに口を噤んだ。
彼の読心という恐ろしい魔法の有効射程がどれほどのものかは分からないが、今のところ釘を刺されはしていない。
まあ、己の失敬な内心がバレていようともそうでなかろうとも今更どうでもいい話ではあるが。
理人さんは珍しく口数が少ないし、助手席に座る加藤火々里という理人さんの従者が時おり何かを呟いて魔法を展開している。
何をしているのだろう。
隣に座る野分さんと、野分さんの隣に座る草間さんも今のところは無言である。
けれど、さすがに、さすがに、こう何時間もこれが続くとなると耐え難いものがあるのだ。
気まずい……。気まずすぎる。
自分たちが今から向かう先が楽しいピクニックなどではなく、桜ヶ丘を救うための尋問(野分さんが言うところの理人さんの得意技)である事は理解している。
してはいるが……さすがに数時間だ。
集中力も切れてくる。
とりわけ俺は気の長い質ではない。
「あの、野分さん……」
「ん、なんだ、白樺の」
腕を組んで目を閉じていた隣の野分さんに小声で声をかけると彼は即座に薄目を開いた。
もしかして寝ているのでは、とも思っていたがどうやら違ったらしい。
「これ、どこに向かっているんですか…」
「椿家」
「はあ…つばきけ……」
さらりとこちらを見ることも無くそう言った野分さんにオウム返しのように淡々と言葉を返して、返す途中で、ん?と緩んでいた頭をどうにか回す。
つば、
つ、椿家って、あの……?!
「はあ!? 」
七枝……その中でもさらに、御三家の頂点。
魔法使いのエリート一族。
他家とは比べ物にならない量の魔法使いを有し、魔法使いの中でいや、人間達の中ですらその名を知らないものはいない。
名家中の超、名家。
桜ヶ丘なんぞ、白樺なんぞ、桧木沢でさえ足元にも及ばないだろう魔法使いの頂の一族。
思わず叫んだ俺を野分さんがいつもの悪戯そうな横目で見てくる。
ちょっと待て、尋問って言ってたよな、尋問、しに行くのか?
椿家の人間を?!
いくら、理人さんでも、そんな……本気で?
それに俺は同行してるのか?
ちょっと待ってくれ……そんな、知ってたら、………いや知っていたとしても、俺は着いてきただろう。
桜ヶ丘を俺が取り戻すと心に決めたのだから。
「ただしくは椿家の数多ある分家、同宮の女性だ。同宮は椿の中でも血の濃い力の強い家系で彼女はその当主に嫁入りをしている。
元は桧木沢の分家のひとつ霧丘という家の生まれだが、霧丘は同じ分家とはいえ、同宮とは比べ物にならない、桧木沢の末席も末席、没落寸前の力のない家だ」
確かに同宮というのは俺でさえ聞いたことがある。確か同宮当主は椿家の右腕として仕えている相当に優秀な男らしい。
けれど、それにしてはその嫁入りした女性の身分が釣り合わない。今のご時世、魔法使い間で恋愛結婚なんて有り得るのか?ああ、そうか、彼女自身が物凄い力のある魔法使いとか……。
没落寸前で柊麗華が生まれた柊家のように、それならない話ではない。
「しかも、彼女の魔法は事象のなんてことは無い、ちょろっと物を浮かす……程度の力らしいんだ」
「は、」
そんなのごろごろいる。
掃いて捨てるほどいる。平凡だ、雑魚だ。だとすればやはり……恋愛結婚……いや、そんなそれこそ、御三家が?
野分さんがにやりと笑った気がする。
混乱し切った頭でなんとか考えをめぐらせるがよく分からない、ついでに言えば、これが桜ヶ丘に関係することとも思えない。
「彼女がそんな格上の、しかも強い魔法使いに嫁げた理由はただ一つ、彼女が桧木沢の呪われた子の双子の姉だったからだよ」
「………それ、いい意味に聞こえないんですけど」
呪われた子。
感情のない人形のような子。魔法が通じない。
………たとえば出会った当初の至の様な。
あまり、いい意味には思えない。
呪われた子というほどである。
それ自体を得たところで一体なんの利があるというのか。
しかも、彼女はそうではない、話によると、双子の妹が呪われた子だったというだけなのでは?
「まず、呪われた子という話自体が桧木沢の本家以外、分家でさえにも秘匿にされていた。それはそれはご大層に口封じと圧力がかけられていた。
それなのに御三家の1部の本当に1部の人間は、呪われた子を重宝するらしい。
何故か、それは分からない。桧木沢の分家でしか産まれない、しかも滅多に生まれることの無い呪われた子は、産まれしだいそれが分かり次第内々でこっそりと速やかに本家に入れられる。
けれど、呪われていないその血縁でさえなぜだか御三家の1部は欲しがるらしい。
ずっとずっと、昔から。理由ははっきりしない。
口止めはされていても、大金やその強大な縁欲しさに呪われた子の兄妹を売る家は少なくない。
桧木沢本家を裏切ることになろうとも別の御三家がバックに着くんだ。悪くないと思うんだろうな。
それに、その血縁に関して桧木沢は驚く程に無関心だ。
その同宮の嫁の妹は現当主の奥方だよ。」
「え、っと……それで、その人がなんの関係があるんですか」
混乱し切った頭でなんとかひねり出した言葉に運転席の理人さんが鼻を鳴らした。馬鹿にするように。
………コノヤロウ。
「さあ、だから、尋問しに行く。桧木沢が隠しているなにかを暴きに」
野分さんが肩をすくめる。
まるで俳優のような大仰な動作も余裕が無い今は苛立つばかりだ。
「多分そこに全ての鍵がある。理子ちゃんを桧木沢が得ようとするのも、桧木沢のよく分からない力も、多分そこに」
野分さんが言葉を区切る。それから顔をこちらにむけてにたりと嫌らしく笑った。
「……なあ、白樺の。お前、うちの大将が何してるのかわかんねえだろ。なんで、理人さんが運転してるんだろ〜って思ってんだろ?若いな〜。
昔の俺みたい。
あいつ昔っから素知らぬ顔でスカしたツラでキモチワルイ程やばいことやってんからなー、理解されないよなー」
「、ちょ、辞めてくださいっ、……え、やばい事?」
ぐしゃぐしゃと頭をかき混ぜられて思わずその腕を払いのけてしまったが、野分さんは依然にやにやとした笑みを浮かべたまま、気にしていないらしい。
「そ、やばい事。
あれな、まず、隣の従者だけど、あれは俺らの顔を変えてんのね、幻覚で。
そんで大将は従者より力の強い魔法使い、幻覚に気付くやつ対策で、運転しながら読心使って都合の悪い人間にバレないよう避けて道選んでんの。キモイでしょ」
「誰がキモイだ」
………ああ、キモイ。本当に。
運転しながら会話を聴きながら、そんなことを意図も簡単にやってしまう理人さんは、本当に。
ゾッとした。理人さんはやっぱり、敵に回しちゃいけない。
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午後、もう1話、追加予定です。




