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「さあ、三雲、言い訳を聞こうか」
この一言から始まる尋問という名の八つ当たりに思いを馳せて俺は頬を引き攣らせた。
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「……まあそんなわけなんです」
「ふんふん、へえ、また始まりの魔女ね。そんで理子がそれの現身であると。
桧木沢は何故かそれを欲している。
理子の力を押さえ込んでいるのは俺とお前で、そして俺の魔法は理子の力によって増幅させられてきると…へえ」
学校が終わってから、半ば拉致られるように桜ヶ丘家の車に押し込められた俺を待ち受けていたのは、何故かびしょ濡れの理人さんだった。
満面の笑みで漆黒の鋭い瞳をギラつかせ弧を描く唇にぎょっとした。
何故かは分から……いや、どうせ桜ヶ丘のことだろうけど、機嫌が悪い。悪すぎる。
俺の心を素早く読み取った理人さんは腕を組んで笑顔を引っ込めた。
理人さんの度が過ぎるあの獰猛な笑顔は怖い。
なまじ顔が整いすぎているせいで迫力もやばいし威圧感もやばい。
かと言って無表情も怖い。それに珍しい。
一体何があったんだ。というか、なぜびしょ濡れ?
「どう思います?」
「面白い話だな」
神妙そうにぼそりと呟く彼に俺は純粋に驚いた。
こんな現実味のない話、けれど妙に辻褄の合っている作り物めいた馬鹿な話、理人さんなら一蹴すると思っていたからだ。
「ありえない話ではない」
俺の心を読んだのかすかさずそう言った理人さんがリビングのソファにすぽんと体を埋める。
それから背にもたれかかって深いため息をついた。
「実際、俺の魔法が強くなりだしたのは丁度3歳頃。つまり母さんが理子を身ごもったころ。
そして急激に加速したのは俺が11歳の頃、確かに理子が魔法を使えなくなった頃だ。
その頃はまだ魔力封じの指輪で制御できる範囲だったし自分のことよりも理子の事に必死でそこまで気にとめなかったが……。
徐々に力は強くなり続けてついに3年前、どんな魔具を使おうとも意味をなさなくなった」
3年前……俺達が13歳か。
何か、その頃に桜ヶ丘に印象的な出来事があっただろうか?桜ヶ丘家のことは知らないけれど、俺との接触はとくに無いはずだ。
「まあ、俺の魔法と魔力は日に日に、年々強くなっている。それの許容量を超えたのが3年前と言うだけの話かもしれない。
それか、理子の感情に起因するのだとするならば、思春期、とかだろうか。
確かにそのころはお風呂にこっそり一緒に入ろうとすれば水をかけられ、添い寝をしようと部屋に忍びこめば、すねを蹴られたな……。
こんなに反抗期が早いだなんて聞いてなかったぞ。俺と下着を一緒に洗うなだとか、下着を勝手に買ってくるなとか、理子の枕を勝手に持っていくなだとかそういうことを言い始めたのも丁度その頃だった気がする」
いや。
あんた、変態かよ。
「最低ですか」
「あ?」
何してんすか、あんた。
桜ヶ丘が不憫すぎて泣きそうだ。(泣かないけど)なぜだか不満そうに睨んでくる理人さんをジト目で見つめる。正直軽蔑がこもってないことも無いが、バレようがバレまいがどっちでもいい話だ。
というか、罵倒とか嫌がられてるのとか読心のこの人に分からないはずがないのに、どうしてなんだ。
「罵倒?理子の罵倒はバカっぽくて可愛い」
「馬鹿なんですか」
ああ、馬鹿なんですね。あんたが。
ぎろりと笑顔で睨まれ一瞬鳥肌が立ったが、いやいや、こんな変態にびびってたまるかよ。
桜ヶ丘が可哀想すぎる。
理人さんってまあなんかぶっ飛んでるって思ってたけど、すごい人だし、尊敬出来る化け物魔法使いだし今まで正直、憧れてたというのに。
ここまでヤバい人だとは知らなかった。
俺、一人っ子でよかった。
「お前ね、いいかげんにしろよ」
「理人さん、まじで、ちゃんと考えないと桜ヶ丘に嫌われますよ…」
俺が言うのもなんですけど。
「それな。お前に言われたくないよ」
「いや……まあ、そうでしょうけど」
なんというか、桜ヶ丘……がんばれ。
「…………まあ、とにかく、桧木沢が理子を大事な器といっている間は理子は安全なんだね。
問題は桧木沢が何をしようとしているのかだけど」
「はい。ですが、手に入れなければいけないと言っているあたり、恐らく物理的にそうであればいいという訳では無いんでしょう」
手に入れるだけであればもう叶っている。
既に桜ヶ丘は至の手に渡っている。少なくとも物理的には。
「となれば、残るは、なんだ。桜ヶ丘の血か、いやそれなら理子でなくともいい。
奴は結婚という事にこだわっている」
となれば、残りは……。
「桜ヶ丘自身でしょうね」
それが身体の繋がりという事なのか、心の繋がりという事なのか。
はたまた、その両方なのか。
けれどまあ、最悪身体のつながりだと言うのであればやろうと思えばどうとでもできる。
それをしようとしていない時点で桜ヶ丘自身の心が必要であるのは間違いない。
だとするならば、桜ヶ丘を取りかえ……
「いっ!!? なにするんですか!」
「やめろよ、お前。理子で変なこと想像するな、埋めるぞクソ野郎」
笑顔でこめかみに血管を浮かせながら理人さんが低い声で宣う。
握られた拳に、先程の脳天の痛みは殴られたのかと理解して掴みかかりかけてどうにか踏みとどまった。
危ない、相手はあの桜ヶ丘理人だった…。
「変なことって…しょうが無いでしょう!?」
「うるせぇ!! このむっつり! 1回埋まってこい!」
理人さんにすかさず言い返すと笑顔でまたもや子供みたいな言葉が返ってくる。
あ、また血管増えてる。この人いつか本当に血管ブチ切れるんじゃ……。
短気すぎかよ。(桜ヶ丘のこと限定で)……まあ逐一心読んでちゃ訳ないか。…なんか同情するな。
「……おい、お前、本当にいいかげんにしろよ…素直すぎるのも考えものだぞ」
「え、俺今褒められたんですか」
「んなわけねえだろうが」
ドスの効いた声にまで進化した理人さんに胡散臭い
優男キャラ忘れてますよ、と思ったところでリビングの扉が開いてそちらに視線を移すと藍色の髪の長身の男がひらりと入ってきた。
「はは、お前ら仲良いなーほんと」
「「どこが」」
野分さんは、ほら、と言ってひらひらと手を振る。
というかどこから聞いていたんだろう。
この人の魔法はほんと盗み聞きに特化してるというか、厄介というか………。
「はいはい、ほんで、真面目な話な」
「……野分」
「はいはい、大将。別に無茶はしてねえよ。ただちょーーっと遠ーーい親戚らを探ってまわっただけで。うちは本家が謎過ぎるからな」
さっさと野分さんの心を読んだんだろう。
内容を既に理解したらしい理人さんが訝しげに顎をあげる。
こういうところ、ずるいよな。
常に先をいっているって言うか。
常に達観しているというか。
俺の視線に気がついたのか野分さんが苦笑する。
この人はこの人で空気を読みすぎる。
風の魔法使いだからかなんなのか、それは分からないけれど。
いて欲しい時に表れて必要な時に必要なことを持ってくる。
凄い人だ。
理人さんを持ってして「野分の人脈は恐ろしい」と言っていたし。
流石は‘ 善の桧木沢’の分家と言ったところだろうか。
そもそも、この理人さんと対等にいるっぽいとこが凄いし、この理人さんに信頼されてるのがすごい。
人の心を余すところなく読んでしまう理人さんに信頼されるというのは、つまりはそういうことなのだから。
「なあ、白樺の。桧木沢の呪いって、知ってるか?」
野分さんのつり目がちな瞳がきらりと悪戯っぽく光った。




