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「私、桧木沢至って苦手なの」



学園の昼休み。麗華に洗いざらい事のあらましを話した。


………というのには語弊がある。洗いざらい吐かされたあと、ため息をついた彼女の口から出た言葉がこれだ。


疲れすぎて机に突っ伏すわたしに彼女は再びため息をついた。

溜息をつきたいのはこちらの方だ。

もうなにがなんだか、なにがどうなって、自分が何に巻き込まれた何者なんだか、わけがわからないのだから。

昼休み、至は迎えに来るとか言っていたけれど本当に来るのだろうか?



「私ね、桧木沢至って苦手なの」


「……いや、聞いたよ」


「うん、そうね。なぜだか分かる?」



ゆっくりと顔を上げて赤茶色の丸い瞳を見つめる。

なぜ、なぜ?

なぜだろう。

あんなに有名な桧木沢の子息。イケメン。話題に事欠かない存在。七枝で、さらに御三家。


なんとなく苦手なんだろうなとは思ってた。

それが彼の人柄なのか、はたまたそもそも家の問題なのかは分からないけれど。


それにしたって情報と金が何より大好きな麗華が、そういえばなぜ?



「あのね、桧木沢至は得体がしれないの」



‘ 得体がしれない’


それは兄も口にした言葉だった。

魔法が通用しない力が及ばない。兄はそう言った。

つまり、そういうこと?


そう言えば昨日、部屋で魔力を集中させていた時の解けるような消えゆくような感覚。もしかしてあれの事なのだろうか。



「どういうこと?」



「うーん、わからない。わからないけど関わりたくないの」



それはほかの魔法使いが柊麗華に対して思うことだった。

彼女はそれを知っているけれど、それを誇りにも思っている。

なんといっても、それは彼女の能力が認められているという事だからだ。

それを彼女が人に対して言うのはその力を認めているからか、それとも畏怖なのか。


彼女は霊象。

もうほとんど力ある魔法使いを生み出せなくなってしまった七枝、柊家の期待の令嬢。

何年も魔法使いが生まれていない中で生まれた力の強い霊象の魔法使い。


麗華は対話をしたものと契約をする。

言葉の中で契約を交わす。彼女は言葉で相手を縛り、彼女を言葉や態度で謀ると対価を払わされる。

それは魔力であったり、金であったり、情報であったり、麗華次第だけれど、とにかく、彼女と会話をしてしまえば主導権は彼女に、そして彼女に嘘はつけなくなる。



紛れもなく力の強い魔法使い。親友の贔屓目なしに。麗華は恐ろしい。


そんな麗華が倦厭し、天才と言われる兄が警戒する桧木沢至。

彼はいったいなんなのだ。



「まあでも、理子ちゃんは私の大切なおともだちだから、協力してあげるわ。無償で」


「ヒィッ」



軽く悲鳴をあげてしまった。

けれど仕方が無いことだと思う。

ただより怖いものは無い。なにしろこの親友(多分)は守銭奴でこんな可愛らしい顔をしてえぐいことをやってのけるやつなのだもの。

何を企んでいるのか……。


「まあ、失礼ね」


「あ、あの、無償、ダナンテ…そんなそんな、報酬はきっちりお支払いしますノデ…」


「あら、いいのよー、理子ちゃんよりももーっと面白い人からいただくことにするの。

だから、理子ちゃんは、気にしない気にしない〜」



………ご愁傷さまです。


何となくわかった。

これ多分お兄様ですわ。ごめんなさいお兄様。




ニッコリと微笑む麗華にぎこちない笑みを返す。

ああ、喋んなきゃ可愛いのに……。



「まあ、私の方はその始まりの魔女とやらと桧木沢について探ってみるわ。

まあ心象に消されたっていうんなら難しいかもしれないけれど、打つ手がない訳でもないし………。

それで、理子ちゃんはどうするの?」



「わたしは多分まだ桧木沢から出られないから、しばらく大人しくしてる。

至と桧木沢のことを中から探るよ」


「……大丈夫なの?」



「うん、わたしはまだ桧木沢にとっては必要な存在みたいだから」



そう、と麗華がつぶやく。

珍しく心配そうな顔をしているけれどわたしは思ったより大丈夫だった。



「だから、麗華も無理はしないで」





なんだろうこの妙な安心感は。

常に何かに包まれているような、何かに傍で見守られているような妙な感覚は。


あの日連れ去られてから微弱にあり続ける妙な感覚。

わたしは大丈夫。不安で不安でたまらないし、わけも分からないけれど。


なぜだかそう思える。




不意に閃光が走った。


驚いて外に視線を向けると、曇天。これ以上ないほどの曇天。

そして豪雨。

横殴りの雨の中に時折閃光が走る。



「……おかしいわね、今日は晴れの予報だったのに」



麗華の零した言葉は雨音にかき消されて、気がつくと教室はしんと静まり返っていた。



「理子ちゃん、迎えに来たよ」



爽やかな凛としたよく通る声。


窓の外に遠く光る閃光を背にふわりと微笑むどこぞの王子様のような甘い顔。


なぜだか走る悪寒に気づかぬ振りをしてわたしは席を立った。










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