表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/61

32

「お前は一体何をしようとしてるんだ」



憂いを帯びた鳶色の瞳を真っ直ぐに見つめる。


三階の空き教室。

生徒達の喧騒が遠くに聞こえるそこで至は窓を背にして、無表情の中に微かに笑みを称えた。



「なに、って?」


「分かるだろ、とぼけんな。桜ヶ丘を使って何をしようとしてる?」


「なんにも。言ったでしょ、僕は理子ちゃんが欲しいだけだよ」


「だから、それが納得出来ないって言ってんだよ。

何故お前が、御三家のお前が桜ヶ丘を欲しがるんだ。つい最近まであいつに興味もクソも無かっただろうが」



「興味ならあるよ。君が繋いでくれた縁で」




淡く微笑みながらくゆりくゆりとすり抜けるような受け答えに苛立ってくる。

まるで、あの日、こいつの兄貴と対峙した時のような気持ちの悪さ。

腹になにか抱えているだろうに、事も無げにそれを隠してけれどその思惑を、妙に見え隠れさせる。

そしてなにより、全てを俯瞰してこちらを値踏みしているような余裕そうなその笑みだ。


あの時と全くおなじ。まるで同一人物のようで気持ちが悪い。


至はこんなやつだったか?

もっと冷静で他人に興味がなく淡々とした無感動な人物でなかったか?



「……まあ、君も当事者といえば当事者か。

聞く権利はあるかもね」



「当事者?」



そう言えばこいつは俺と桜ヶ丘のことを器とか生贄とか話していた。

理人さんはそれを神妙な顔で聞いていて、すぐに野分さんとどっかに行ってしまったけど。

それから、始まりの、魔女がどうの、とか……。



こいつは、いったい、何者で、何をしようとしているのか。



幼稚舎の頃からの友人であったはずのこいつのことがまるで分からない。


俺の知る桧木沢至とは違う人間のようで恐ろしくさえある。



「簡単に言うとね、理子ちゃんは始まりの魔女の再来で桧木沢にとっての希望なんだ。

だから、僕は理子ちゃんが欲しい。…………いや、手に入れなければならない。

そして、君だけど君はね、理子ちゃんを魔女に戻すための贄…言わばひとつの鍵なんだ」



「……は」


どういうことだ。そう言いかけたけれどそれを制すように至が瞳を細めた。


始業のチャイムが鳴り響く。

1限目には完璧に間に合わなかったな。いやそんなこと今はまじでどうでもいい。

この訳の分からない妄言を吐くこいつをどうにかして、思惑を明らかにして理人さんに伝えるのが俺に与えられた役目だ。

いろいろと言いたいこと、問い詰めたいことは山のようにあるが、今は大人しく聞くべきだ。

拳を握って、どうにか自分を諌める。



「理子ちゃんって、上手く魔法が使えないでしょ?」


「ああ」


「使えなくなったのはいつ頃か、わかる?」



わかるも何も……。当然だ。

桜ヶ丘がそうなった時期は丁度………



「…………9年前」



俺と出会ってすぐなのだから。

意味ありげににこりと笑みを深めた至に舌打ちが漏れそうだ。

だから、だから一体なんなんだ。

魔法っつうのは、本当にデリケートで不思議な力だ。精神的に大きな起点があって、どうこうなったとしてもおかしくはない。

そもそも、それ自体が世の理を侵す法であるのだから。



……………待て。

使えなくなったのは仕様がない。俺は死ぬほどあいつに嫌われたらしいから。

一時的に使えなくなったとしてなんら、おかしくはない。


けれど、もともと桜ヶ丘の魔力は白樺に頼りざるを得ないほど、血筋を外に流出させたがらないあの桜ヶ丘が、婚約者として外に出そうとする程、強大だった筈。

さらに言えばあの日までその力は増すばかりだったと聞いている。



では、9年もの間、その力は“どこへ行った?”

コントロールも出来ないほどの魔力を放出できないまま、それは一体どこへ行っている?

理人さんの話によると桜ヶ丘の魔法は消えていない。枯渇した訳では無いからだ。

ものすごい量の魔力をつぎ込むことで発動出来なくもないらしい。

というか、何故、その使えない状態が9年間も持続している?そうだとするのならばその原因は一体なんだ。

俺の言葉のショックが大き過ぎて使えなくなったのは分かる。が、しかし、それが10年近くも持続するなんて有り得る話なのか?

衝撃というのは初めこそ物凄いインパクトを残すだろうが、薄れいくものだ。

正直10年近く、その原因であろう俺は彼女と接触していない。

彼女はもう分別のない無邪気なだけの餓鬼じゃないのだし、その他の面でいえば優秀だ。

さすがにおかしくはないか?

その莫大な魔力は今、どうなっている?


「そう、おかしいよね。

なぜ、彼女は10年近く魔法を上手く使えないのか。そもそも、どうして彼女が気象として生まれたのか。同じく気象の君なら分かりやすいでしよ?魔力を一切放出せずウチに溜め込み続けることの不自然さが」


「………そんなことは、有り得ない…」



そう、有り得ないのだ。

人の心に作用する心象、理を捻じ曲げる事象、力と異形を操る霊象はどうなのか知らないが、少なくとも気象は自然に由来する力。

うっかり発動してしまうことはあれど、常に素材と魔力に囲まれた環境で何年も力を外に出さないなんて無理だ。


それこそ、至に食らったような魔力の逆流が起こっておかしくない。

下手をすれば命に関わる、もしくは魔力が、暴走する。



「そんな状況で、何故何も起こらず彼女が普通に生きてこられたか」



きっかけは俺との会合で間違いないはずだ。

俺を激しく嫌ったせいで、彼女は寝込み、嵐を三日三晩巻き起こして、そして魔法が使えなくなった。


出し切ってしまった?

いや、違う。で、あればもう二度と魔法は使えない。それにそうなれば霊象の柊麗華が気付かないはずが無い。

魔力を奪う奴の魔法は、1番近くにいる桜ヶ丘の変化を見逃さないだろう。


では、なんだ。いったい、なんなんだ。



「なぜなら、彼女は気象の魔法使いではないから」



「………どういうことだ。そんなはずねえだろ」




そんなはずはない。俺は桜ヶ丘の魔法を見たことがある。嵐を作るあの魔法はどう見ても気象。

それに、天気を操るあの力はどう見ても………。


ちょっと待てーーー。操る………?



両親によると桜ヶ丘の魔法は彼女の心情に左右して天気が変わるというものだったらしい。


待て。心情に左右して?なんだそれは。

それではまるで…………。



「正しくは、気象の魔法使いだけではないから。

心情や気分で何かが変わる……というのは心象に近い。

そして、そもそも、水を操るとか、雷を操るとか風を使うとかでなくこの世界の“天気を変える”。

大仰が過ぎる魔法だとは思わない?まるでこの世の理を根本から捻じ曲げているみたいだよね。

彼女の気分ひとつで天災さえ容易く起きる。街ひとつ消滅させるのなんて造作もない。

それはさながら、事象の魔法使いらしく」



「………おい、何言ってんだよ」



「そして、最後に。

理子ちゃんのお兄さんだけれど。

彼は些か、力が強すぎるとは思わないかい?常時垂れ流しの発動させっぱなしの魔法。視界に入れたもの全ての心の中を意図せず、読み取ってしまう壮大すぎる魔法。

自分で制御しきれないほどに溢れる魔力。そして、制限の無い、記憶の改竄というとんでもない情報量を捌き処理する反則技のような魔法。

お兄さん、ちょっと、ヤバすぎだよね」



背中につぅっと冷たい汗が流れる。

何だよ、何を言う気だ。そんなの、桜ヶ丘が化け物みたいな言い方じゃねえか。

理人さんは確かに化け物だ。

今のご時世、あれほどの魔法使いを俺は他に知らない。

自分の両親や桜ヶ丘の当主でさえ到底叶わないほどに馬鹿げたレベルの魔法使い。


けれど桜ヶ丘は違う。違うはずだ。



「何が言いたいんだよ」


「魔力を奪ったり、譲渡したりする力、それって霊象みたいだって思わない?」


「つまり、なんだ。

お前は桜ヶ丘が理人さんにその莫大な魔力を受け流しているから無事でいられて、だからこそ、理人さんはあんな化け物じみた能力と魔力を持ってる魔法使いだって、言いたいのか」



「うん、ご名答。

でも、当たり前だよね。

理子ちゃんは始まりの魔女の器。魔女の再来。

もともと、始まりの魔女のものだった素養の全てを彼女が持っているのは当然のことだ。

事象、気象、霊象、心象。

4つの素養を併せ持って生まれた彼女は魔女の強大すぎる力が上手く制御できなかった。

彼女の感情に合わせて変わる天気に、周囲が気象の魔法使いだと判断するのは、まあ道理だね。気象って、ほら、派手だから。 」


「ちょっと待て至。始まりの魔女って、前も言ってたがなんなんだよ、それ」


「………ああ、始まりの魔女はね、今の魔法使い全ての大元さ。

この世で唯一の魔法使いから、人間が力を奪い取ったのが魔法使いの始まり。僕らは全て裏切り者の、咎人の子孫」



「…………やばい、訳わかんなくなってきた…」



「まあ、そうだろうね。これは長らく秘匿とされてきた事実だからね。

桧木沢にだけ伝えられてきた真実だ。


それで、こっからは推測なんだけど、多分間違っちゃいない。

魔力を制御できず持て余していた器は、三雲、君と出会うことでなにか転機になるような大きな衝撃を受けてそれをきっかけに無意識に君へ感情の全てを向ける。

無意識下で君を全身全霊かけて嫌い、意識する事によって、感情によって左右される気象の魔法を封じた。そして同時に、生命すら蝕みかねない魔力の一部を兄へと譲渡することによって器が壊れるのを防いだ。すべて、己を守るための自己防衛。

だから、魔女の力を封じている要因のひとつの君は言わば彼女の鍵だ。


理子ちゃんと君とお兄さんの精神的な繋がりを断つことで、恐らく魔女は復活する」




事実、理子ちゃんは君への感情に疑問を抱き始めているようだ。



至はそう言って、満面の笑みを浮かべた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ