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「むかしむかし、はるか昔」
至はそう言って物語を紡ぐように口を開いた。
遠くを見つめる静の瞳にわたしは少しだけ見惚れてそれから目を閉じてその物語を聞くことにした。
まだこの国がまとまりを持たず、戦いに明け暮れひっきりなしに領土の奪い合いが行われていた頃。
この世界に魔法使いが存在していなかった頃……。
彼女は突然現れた。
彼女は現在の御三家、椿家に突如現れた。
異国の様相で金の色の髪を持つ彼女は自らを違う世界の住人、と名乗ったらしい。
彼女は魔女だった。
世の理を歪め、気象を操り、人の心を扱い、魔の者を使役した。
とてつもない力を持つ彼女は椿家の御曹司に恋をした。
愛し愛され、そして椿家が世界を支配するために協力を惜しまなかった。彼の力になった。
彼女の強大すぎる異形の力に他家はなす術もなく。
またたくまに世界は統一された。
力を使う必要もなくなり、彼女は魔法を使わなくなった。
普通に平凡なただの女として御曹司と添い遂げることを望んだのだ。
しかし、彼は違った。
その異形の力を猛烈に欲しがった。
その強大な魔力に惹かれてしまった。
そして、椿家と、椿家に従う家六つ。
柚宮
桧木沢
前梛
柊
白樺
桜ヶ丘
各家から1人ずつ、1番力のあるものが選ばれ7人は魔女を襲った。
魔女を殺めたのは月のない、くらい闇夜だったらしい。
1人では到底叶いもしない、いや7人掛りだろうとも叶わない力差であったが、魔女は彼らに友情を抱いていた。
ときに、共に背中をあずけ戦い、勝利を分かちあい、同じ時を過ごした彼らは、異世界の住人である孤独な彼女にとって家族であり友人であった。
だから、彼女は負けてしまう。
いや、諦めたと言っていい。
彼女は絶望して、諦めた。
7人は、魔女の血をすすり 肉を喰らい 骨を穿ち 目を抉り 臓腑を引き摺りだし 皮膚を剥いだ。
7人は魔女の体を文字通り喰らうたと伝えられている。
そうして、その力を獲たのだと。
故に未だに七枝と呼ばれ強い魔力を誇る。
力が弱まろうとも、他の追随を許さないのはその所為。
そもそもの全ての魔法使いのはじまりがその七つだから。盗まれた欠片を持つ家々だから。
今で言う、事象、気象、霊象、心象というのはつまり、魔女の力の1部ずつに過ぎない。
もともとひとつだったものが分散して引き継がれただけのはなし。
そして、人間はこの凄惨な事実を消し去ることにした。
卑怯にも逃げて正義を保つことにした。
その任を請け負ったのは柚宮の強大な忘却と記憶の改竄の能力を得た心象の魔法使いで、彼は全ての人間からその事実を消し記憶を都合よく書き換えた。
それは、己自身も例外でなくなにもかもを忘れてしまう。罪の意識から逃れたかったのかもしれない。
「これが魔法使いというものだよ。
これが真実で、だから魔法使いはいずれ滅ぶべきものなんだよ。
血が濃くなるなんてことは有り得ない。魔女の血は薄まるだけ、何をしたって回復はしない」
至は悲しげに目を伏せて少しだけ笑った。
「………うそ」
あまりに衝撃的な物語だった。
物語として残酷すぎて、辛辣すぎて。
嘘だと思った。
人間はそんなにひどいことが出来るのか。
人を愛し守り、戦って望みを叶え尽くしに尽くした魔女に、どうしてそんなことが出来るのだろう。
作り話だとしてもあまりに悲惨な結末で、後味の良くない胸糞が悪い不出来な物語だった。
だって、それが事実なら桧木沢も白樺も、そしてもちろん桜ヶ丘も魔女を殺め血肉を食らった事になるのだ。
だから、力を得たということに。
「嘘じゃない。
辻褄が合うだろう?何故魔法使いの力が遺伝に頼りきりなのか。
今ある技術を持ってしてもどうにもならないのか、魔法使いが弱体の一途を辿っているのか……」
辻褄があっている?
そんなわけない。
「それなら、かつての心象の…柚宮の魔法使いが記憶を消したというのなら、何故あなたが知っているの。
魔女を殺したという、当事者である筈の子孫の貴方が」
だからつまり、きっと桧木沢に伝わる作り話、物語に過ぎないのだ。
彼らは小さい頃からそう教えられてそう伝えられて、それを信じて疑わずに育ったに違いない。
それが正しいと思っているから、はじまりの魔女に同情して他の魔法使いにも罪を背負うべきだと思っているのだ。
そんなのは、宗教と一緒だ。
信じるものは人それぞれ、別で自分で選んでしまっていいはずだから。
「うーん、……理子ちゃん、御三家って知っているよね」
きりっと睨みつけながら低い声で問うたわたしに至は困ったように笑ってそう言った。
決して威圧的なそれでは無かったが、御三家の一つである桧木沢の名において、これから脅しでも始まるのだろうか。
喉からひっと悲鳴めいたものがあがった。
信ずるものを共にしないと殺すとか、そう言われるのだろうか。
今までの高待遇は所謂アメで、これから拷問、尋問、ムチのターンがやってくるのかもしれない。
ゆるゆると笑う至を他所にわたしは身構えて、それに気づいたらしい至は、さらに眉を下げた。
「…何を想像してるのか、分かっちゃってなんか面白いけど………、七枝の中の御三家はどこだか知っているよね」
「……勿論。桧木沢、柚宮、そして、椿……」
「そう、正解。じゃあ、その所以は?」
「量の椿、質の柚宮、………善の桧木沢」
わたしがそう答えると至は声を出して笑ってその通り、と言った。
それが一体なんだというのだ。
御三家はそれぞれ、そう言われている理由がある。
まずは椿家。
言わずもなが魔法使いの名家中の名家。
七枝のなかで群を抜いて有名である椿家はなんと言ってもその魔法使いの数において他の追追を許さない。
この魔法使いが生まれにくい現代において魔法使いの保有数が半端ではない。その分当然、分家も恐ろしく多い。
もし仮に他の家と戦争にでもなればその力差は歴然である。
現代の魔法使いが弱体化し減少した中で、魔法使いが1人多い、と言うだけで、それだけで違う。
そして純粋な兵隊の物量、兵力と言った点でも他とは比べ物にはならないのだ。
それから柚宮家。
椿家の次に有名な柚宮家は数では椿家に叶わないものの、質の良い、力の強い魔法使いが多いことで有名である。
強力な魔法使いが産まれやすくその為代々、本家筋では兄弟が多く今でも繁栄している。
魔法省や教育、研究機関に魔法使いを輩出している数が椿家の次に多い家である。
そして、桧木沢家。
桧木沢家は絵に書いたような名家で、特出しているものがないが、品があり善良なというなんともよく分からない家である。
正直その実態はよくしれないが、昔から桧木沢、といえば御三家で特別という印象だったことには変わりない。
というか、善の桧木沢、なんて自分で言われて恥ずかしくないのだろうか。
生まれながらにしてプレッシャーが凄そうである。というか、善の桧木沢が誘拐なんてしていいのか。いや良くない!ぜんぜん、善なんかじゃないじゃないか。
「……君って本当に分かりやすいよね。
まあ、分かってるなら良いんだよ。説明する手間が省ける。」
「わたしだって一応七枝の生まれだから、この位は……」
そう…………一応。
本当に一応であるけれど。
というか社交をしなさすぎてこの程度しか知らないのだけれど。
「そう、良かった。
椿は魔女の恋した相手、そもそも力を得た七つの家が再び力の奪い合いの醜い争いを始める前まで、七つの家の頂点だった血だ。
というか他を従えていた身なわけだから、数が多いのは当然だよね。
家の規模の、はじまりがまず違う。
それから柚宮、強力な心象を始祖に持つ家だ。
能力値がそもそも高い。それから交配を重ねても現代までそれは引き継がれている。
そして桧木沢、桧木沢って御三家の中ではぱっとしないよね。
地味といっていい、これと言った特徴がなくて、善…とか言われているけどそもそも、善ってなんなんだって、ね」
そう、それだ。
そう言えばそうなのだ。
わたしの疑問をわかりやすく口にしてくれた至にそうだそうだ!と言い囃したい気分である。
というかわたしのもとの質問はなんだっただろうか?
あれ?こんなことじゃない。
わたしは彼がなぜ消されたはずの事実を知っているのか、と聞いただけだったはず。
これは、体良くはぐらかされているのだろうか?
わたしの怪しむ視線を知ってか知らずか微笑んだ至はそのまま口を開く。
「桧木沢はね、唯一魔女に同情してしまったんだ。
彼女を殺める瞬間、力を得るため彼女の血肉を漁る瞬間、彼女の血肉を喰らう瞬間………。
桧木沢の初代魔法使いは後悔した、懺悔した、悲観して、同情して、哀れな彼女を愛した。
だから、魔女に呪われた。
心の情の隙間に、彼女の恨み辛み、憎悪、怨念のその全てを一身に受け入れてしまった。
桧木沢の血はね、呪われているんだよ」
鳶色の瞳を優しげに微睡ませて、彼はどこか諦めたように笑った。
お久しぶりです。
随分お待たせして申し訳ございません。
もしまだ待ってくださっている方がおられましたらよろしくお願いいたします。お付き合い下さいませ!
1日1ページを目標に頑張ります(´ω`)!




