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「御姫様素敵でございます」
「まあ、理子さん素敵よ」
「あ………ありがとう、ございます…」
「沙都子、お早く至を連れてらっしゃい」
「はい、奥様」
ちょ、ちょっちょ、ちょっと、待ってくれ。
一体これはなんの茶番なのだろうか。
なにが、なにがどうなって、こうなった………?
きっちりと締められた帯がお腹を圧迫する。
胸元とウエストにこれでもかと詰められた詰め物はわたしが貧相だと暗に訴えられているようでわたしはさりげなく目を逸らした。
太っていても痩せててもそんな顔で見られるっていったいどういうことだ、じゃあどうすればいいのだわたしは。ああ、普通がいいってことですか、そうですか、それができれば苦労はしない!
胸とかすぐ無くなるし…一番最初に無くなるし…。
あんなに頑張ったのにこの結果がこれですよ…。
血反吐を吐くほど(吐いてない言いすぎた)の努力とあのあほお兄様の誘惑に打ち勝ってデブスからなんとか両足引っこ抜くのにどれだけかかったと思っているのだ。泣きそう。
桜ヶ丘家ではお母様の趣味のせいでふわふわのワンピースを着せられることばかりで、こういうぴしりとした着物はどうにも着慣れない。
変に伸び切っている気がする姿勢がどうなっているのか一切鏡を見せてもらえないわたしはどんなことになっているのか。
果たして本当に素敵なのか。
どう考えても着せられている気がするのだけれど…。
「やあ、理子ちゃん、やっぱり思った通りだ。君には和服が良く似合う」
「ほ、ぐっ、、そ、そ……ありがとう存じます…」
それはお前だ!と叫びたかったがまあ、無理だった。
彼の瞳よりもさらに濃い鳶色の和服はそれはそれはとんでもなく似合っていた。
王子様顔だと思っていたけれど、すこし重たげな色のある瞳とくすんだ茶色の柔らかな髪に和服は思いの他似合っていた。
というか多分、イケメンというのはとにかく何を着てもいいのだ。多分彼が猪の着ぐるみを着ていたとして、それはそれで着こなすのだろう。……いや、やっぱり気持ち悪いかも…。
わたしの思考をまるで読んでいるが如くくすくすと笑う彼に、意図せず白けた視線を送りそうになる。
「母上、沙都子すこし理子ちゃんと二人きりにしてくれる?」
「あら、至、いくら理子さんが可憐だからといって何もしてはいけませんよ」
「勿論。理子ちゃんのご家族に顔向けできないからね」
「分かっているなら良いのです、沙都子行きますよ」
なんだ、この茶番は(2回目)。
襖を音もなく開けて和服美人の桧木沢夫人と侍女らしき女性が闇に消えた。
ーーーーーーーーーー
あの日、わたしが彼に連れ去られてから、監禁され拷問やら尋問やらの酷い目にあう、ということは全くなかった。
全然、全く、毛ほどにも。
気を失い、目が覚めた時に寝かされていたのは整えられた客間のようなところで。
低めのベッドから身体を起こすと、どう考えても高そうな浴衣に着替えさせられていた。
「は?」と間抜けな声を漏らしたわたしだけれど、其れもやむなしと許して欲しい。
訳が分からなかった。
それからあれよあれよと侍女が、やってきて着替えさせられたかと思えば至が現れて、さすがに身構えたが、それを嘲笑うかのように微笑んだ至は気にも止めず。
至にエスコートされながらご当主と奥方、次期当主である至の兄、綴様にご挨拶、そして、まさかの歓迎ムード。
何よりは、本当かどうか分からないがあの後桜ヶ丘にはわたしを預かることをご了承いただいている、とのお言葉。
いやいや、だとしても。
あの変態……もといお兄様は、お兄様だけは了承するわけが無い。絶対に。
兎にも角にも信じる信じないは別としてそういう事だから安心して?とさらに訳の分からない至の笑み。
いや、信じないよ?信じるわけがないよ?だって誘拐だもん。白樺三雲は怪我をしているし、信じないけれど、だとすれば、白樺三雲が必死の形相で繰り広げた死闘?足掻きはなんだったのだろう。
殺されることはさすがにないとは思っていたが十中八九酷い目に合うだろうと気負っていたわたしを小馬鹿にするかのごとき高待遇。
「どういうこと?」
堪らずそう零したわたしに至はあっけらかんとこう言ってのけたわけだ。
「だって、理子ちゃんは未来の僕の奥さんだから」
「……え、」
いや、うん。………なるほど、確かにそれはそうだ。
わたしはあの時、至のものになるといったのだから、間違いはないだろう。
え、でもそういうことなの?
「だって、理子ちゃんは未来の僕の奥さんだから」
「あ、聞こえてます…」
違うんだよ、至、そうじゃない。
ちゃんと聞こえてる、そうじゃない。ドヤ顔すんな。その王子様ヅラでドヤ顔すんな。
かくしてわたしはさらにずぶずぶと混乱の泥沼へと引きずり込まれて行った。
なんでだ、なんで、こんな展開?もっとシリアスな感じだったじゃない。
あの緊迫した雰囲気と恐怖を返して本当に。あと白樺三雲に謝ってあげて。
もう混乱しすぎて多分白目を剥いていたかもしれない(剥いていないといいな)わたしに桧木沢ご一家はこう語る。
そもそも、魔法使いの家の間で誘拐、人攫い等々は日常茶飯事だった。
割と黙認されているし、昔はドンと来いって感じだったのだよ、これほんと。
だって、魔法使いはその血と能力で全てが決まる。強い魔法使いを得ることこそ、一族の繁栄に繋がるし、いかに強い魔法使いを勝ち取るかで全てが決まる。
最近、めっきりそういうのがないのは単に奪う方も奪われる方も弱体化し過ぎたから、と。
衝撃に目を見開いたわたしにさらにこう語った。
ああ、桜ヶ丘は心象しか血に混ぜないことを美徳としているからそういう魔法使い獲得争いには明るくなかったな、だから知らないのも納得、と。
驚きすぎてわたしの魂は9割くらい口から飛び出ていただろう。
だって、もう何言ってるのかわからない。
「君には、いろいろと知っていて欲しいことがあるからウチのことも含めてゆっくり学びながらここで暫く生活して欲しい。
あ、もちろん学園へは通ってくれ。
大丈夫、うちの不肖の息子で良ければ盾にしてくれて構わない。君は白樺家のご嫡子が苦手なのだろう?」
桧木沢のご当主に言われた言葉をなんとなくぼんやり聞いてとりあえず頷いた。
………あ、えっと、よくわからないですが、白樺三雲は嫌いです。
まあ、そんなこんなであの日から、早2日が経過していたわけである。
「…理子ちゃん?りーこちゃん」
「…は!!……ん…、?」
「大丈夫?なんか意識ぶっ飛んでたよね」
「いえ、全然、ぶっ飛んでナイヨ!大丈夫」
なぜだかカタコトになるわたしを見て至は小さく吹き出した。
そうだった、そう言えば至と二人っきりにさせられたんだった。
何をされるのか、何を言われるのか……。
ここに来てからやたらと歓迎されてもてなされてはいるが、やはり身構える。
そして、また至に笑われた。
「そんなに構えなくても…まあ、いいや、この前父上が言っていたよね。
君にはいろいろと、知っていて欲しいことがあるんだよね」




