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始まりの、魔女?


何の話?いったい、なんのことだろう。

聞き覚えがない、耳になれないその言葉に至は笑みを深くする。


「……なんの、はなしだ」


「大丈夫、君たちが知るわけがないから。

それほどまでにかつての心象の魔法使いの力は強大だった、ということだよ」



白樺三雲にそう答えて至はわたしへと視線を移す。

その鳶色の瞳がガラスのように無機質に輝いていた。


「君の、お兄さんのように、ね」



核心をつかない、的を得ない話はどう考えても故意だ。


至がわざと、訳が分からなくなるように、混乱するようにしている。間違いない。

わたしたちが“始まりの魔女”に興味を持つようにしている。兄の存在さえ引き合いにして、こちらからそれを求めるように。


もしくは、この時間自体が、時間稼ぎだとか。


わざわざ彼の敷いたレールに乗っかってやる義理なんてない。

白樺三雲もそれは同じなのか、彼もそれ以上聞こうとはしなかった。

未だ、滝のように流れる汗は恐らく魔法を行使しようと魔力を使い続けているのだろう、顔色が悪い。




「ね、聞きたいでしよう?知らないものを知りたい、持っていないものが欲しい。当然の欲求だ。

それは実に人間らしくて汚い感情だよね」



至の笑みが僅かに歪んだ。



「お前は、聞かせたいのか聞かせたくないのかどっちなんだよ」



確かに、その通りだ。

白樺三雲のことをよく知っていてわたしのことも知っているはずの彼の言い草は、わざと挑発しているように見える。

そんなことを言われて教えてください、聞きたいですー、と言うような性格だと思っている訳でもないだろうに。

むしろ、意地になって否定することなんて白樺三雲と大して交流のないわたしですら分かることだ。

わたしだって、そんなに単純じゃない……と思う、多分……自分的には。



「んーー、僕はねどっちでもいいんだ。ただ知る義務があるとは思うね」


「知るかよ」


「君ってほんと無駄にプライド高いよね、そういうとこ面白くていいと思うよ」


「嬉しくない」



「ふふ、僕、三雲には感謝してるんだ。そもそも三雲のせいで僕らは理子ちゃんを見逃したけど、見つけられたのもまた、君のおかけだ」


「なに、わけわかんないこと言ってんだよ……」




たらりと顎から汗を垂らした白樺三雲が見上げるように至を睨みつける。

彼が時間稼ぎをしているうちに、なにか、なにか打開策を考えなければ。

どうする、どうしたらいい……?

あの操力の高い白樺三雲であのざまだ。

魔法を使って云々、は考えない方がいい。

どちらにしても、わたしの魔法が使えたところでこの状況を打破できるとも思えない。


魔力を使い果たして動けなくなるのがオチだ。


幸い、至は恐らくいまのわたしたちの状況を楽しんでいるらしい。

これから何をするつもりで、わたしたちをどうするつもりなのか、皆目検討はつかないが少なくとも直ぐに殺されるとかそういったことにはならないだろう。


彼はわたしと白樺三雲のことを大切な器と生贄だといったのだから。



「………貴方の目的は何?何をするつもりなの?」



彼の望みは?何が欲しいの。

答えによっては白樺三雲だけを逃すことも出来るかもしれない。

あの男がそんな提案に易々と乗るかどうかは別として……。


わたしの問いに彼は笑みで答えた。

優しく微笑んだ。それはまるで愛おしささえ含んでいそうで混乱した。




「僕は君が欲しい」







────────





理子が、いない。




嘘だ、そんなはずない……。



どくどくと脈打つ鼓動が五月蝿くて腹が立つ。

あわてて辺りを見回すが何処にも、何処にも理子が居ない。



「おや、どうしたんだい、理人くん」


「いいえ、何でもありません柚宮様。……あちらにおられるのは、笹塚家の千紘様では?お噂に違わずなんとお美しい……」


笑顔を浮かべてぽそりとそう言うと柚宮大誠はそちらに血走る目を向けた。


「理人くん、君と話せてよかったよ。依頼の件、良い返事を期待している」



「ええ、柚宮様、考えておきます」


馬鹿め、誰が貴様の私利私欲にまみれた事情に魔法なんて使ってやるものか。


焦ったように立ち去る柚宮大誠は御三家のひとつ柚宮家の当主の四男で、俺より8つ、年が上だ。

その男が10代の少女とも呼べる女子に遊ばれているなど笑えもしない。

彼にその自覚はないらしいが、とにかく夢中らしい。


こんなのに呼び止められたせいで理子を見失っただなんて、こいつの汚い内情を麗しの千紘嬢に吐露してやろうか。

……といっても、あちらだってお綺麗な顔のその内は薄汚いものだが。



なまじ、親の七光りで座った魔法管理局対人対策部、交渉課、課長補佐のポストは厄介だ。


とくに実績も実力もない割にその肩書きだけはまあまあなもので、何しろこいつには世話になった覚えがないが、これの上司には世話になっている。


蔑ろにはできない。



それでなくとも、七枝といえど他の家とあまり交流を持たない、しかも魔法使いは全て心象で不気味で地味な我が桜ヶ丘家が御三家、使えないドラ息子といえど柚宮家を無視出来るわけもない。


そのせいで少し目を離した隙に……いや、視界の中に理子がしっかり映る位置を常に陣取っていたはずなのだ。


それなのに、それだというのに、本当に瞬きひとつ、くらいの隙に理子を見失ってしまった。

それもそもそも、理子のそばについていれば防げたかもしれない。

となると、やはり、柚宮大誠のせいだ。




糞が、巫山戯るな。


八つ当たりしたい感情をねじ伏せて内心悪態を着きながら、話しかけてくる面々をひらりひらりと笑顔で交わす。


お前達のように欲に目が眩んだ連中に付き合っている暇はない。とにかく、理子を見つけなければ、そして状況を把握しなければ。



脂汗が吹き出てくる。

指先が冷え切っていて鼓動だけがやけに激しい。

大丈夫だ、落ち着け、落ち着け、大丈夫。

理子は、俺の可愛い妹は、きっと無事だ。




「理人様……!」


向こうから人混みを器用にすり抜けてきた茶髪の男が漸く表れる。


明らかに焦った顔の彼は青い顔で俺の眼前に滑り込んだ。


「……理子はどうした」


「申し訳ございません、傍についていたのですが、気づいたらいつの間にか…」


青い顔を更に青くした彼の心情を探るが嘘はない。まあまず、こいつらが俺相手に嘘をつくなどありえない事だが。


舌打ちしそうなのをどうにか堪えてそいつを連れてホールを出た。


その間、必死で理子を探したがどこにも姿は見つけられなかった。








「申し訳ございません!」


「謝罪なんてなんの意味も無い。草間を呼ぶ」


茶髪の男……加藤 火々里は屈辱に顔をゆがめる。

桜ヶ丘の盾と呼ばれる加藤家と桜ヶ丘の鉾と呼ばれる草間家はライバル関係にある。

自分の落ち度で、草間を呼ばなければいけない事態になるとなれば、当然、家の名にドロを塗るようなものだ。

彼の気持ちは分かるし、あからさまに理子への批難の声が聞こえた。


あの、出来損ないのせいで、あの疫病神め、燻る理子への不満はいっそ清々しいほどにストレートだ。


加藤家は代々、本家の人間、1人にひとりずつがつき護衛の任につく。

加藤家は分家の中で1番魔法使いを輩出している家系で本家に一番血が近い。


けれど、理子に着くはずだったこれの姉は、心の底から理子を蔑んでいて下に見ていてとても理子に忠誠など誓えるものではなかったのだ。

さすがに顔や態度に出てはいなかったけれど、俺には外面は意味をなさない。


心象を誇りとする我が桜ヶ丘一族の本家への忠誠は相当なものであるが、それは“心象の魔法使い”であればの話だ。

加えて母の不貞疑惑の証拠たる存在である。近寄りたいとは思わないのだろう。


俺から理子の護衛の話を断ると加藤家は残念だといいながらも心の中では安堵していた。


ここまで露骨だともうなんとも言えないが、それほどまでに加藤家の心象信仰は激しく、また教育もそうだったのだと思う。



対する草間家はほとんど魔法使いが産まれない、その代わりに桜ヶ丘一族の弱点である攻撃力がずば抜けている。

武道武術、体術、武器の扱いに長けた草間は有事において先陣を担う鉾。


草間佳衣を理子に付けたのはその圧倒的に多い強さと、偏見のなさ、理子を保護対象とした強い責任感からだ。



「理人様、やはり桧木沢家が…?」



「ああ、間違いない」



「突入しますか」


「そうしたいところだが、正面突破という訳にはいかない。

相手は桧木沢だ。父さんと母さんに連絡は?」


「完了しておりますが当主と奥方は桧木沢のご当主と会談中で抜け出せません」


今にも飛び出していきそうな草間が合流し、火々里が屋敷の中をちらりと見て報告した。



だろうとは思ったが、とことん桧木沢は理子を離す気は無いらしい。

まあ、しかし、逆に両親が桧木沢の当主を捕まえておけるのなら都合がいい。



「よし、直に野分が合流する。

あいつの魔法と火々里の魔法があれば侵入くらい訳ない」


しかし、なんだろう、この嫌な予感は。

ホールには桧木沢至の姿もなかった。恐らく攫ったのはアイツだ。

ついでに三雲の姿も。


一緒に捕まっているというのなら希望は持てる。

あいつは性格こそアレであるが魔法使いとしての強さも純粋な強さも確かにある。


当然桧木沢至とてそれは承知しているだろうになぜ、一緒に連れていったのだ。

いったいどんな方法で攫ったのかは分からないが、この人の目を掻い潜って誰にも気付かれずにそんなことが出来るなら、あんな邪魔な男置いていけばいい。


てっきり、理子が目的だとばかり思っていたが、理子ではないのか?


…………いや、まさか、二人とも?それこそ何故。

はたまた2人自体が囮で俺たちを引き入れようとしている?


俺達が取り返しにいくことなど想像に硬くないはずなのに、どうしてすんなり合流することができる。

おかしい、邪魔が無さすぎる。



「……桧木沢はいったいなにをしようとしてるんだ」



どうにも、誘導されているように思えて仕方がない。

背を伝う冷たい汗を無視して歯噛みしたところで、ひどい顔色の野分が到着した。






いつもご覧頂き、ご感想、評価、ブクマありがとうございます。

楽しく読ませていただいております!

恋愛要素が行方不明ですがもう少し、お付き合い下さい。

(題名変更しようかな…)

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