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ファンタジーなので薄目で見てくださると、嬉しいです…
「ああ、本当にあのガキどうしてやろうか、なんなんだいったい。記憶全部消して素っ裸で街中に放り出してやろうか、まじで」
「お兄様、…お、お顔が大変なことになってる。あと、それ普通に犯罪」
「ごめんね、俺の理子。怖がらせてしまって」
帰宅して、「お兄様、ただいま、あの、」と話しかけたところでお兄様の黒の瞳は憤怒に燃えた。
美形の怒った顔ってほんと怖いからやめて欲しい。
………あ、お兄様にやにやしないで、別に褒めてないからね。
あとお兄様のものになった覚えはない。
わたしと草間の心を覗いたのだろう、ギリギリと歯ぎしりをしながら低く唸ったお兄様はまさしく獣のようで、引いた。
それからくるりといつもの笑顔に戻ると「もう、理子俺と一生暮らすことにしようか、大丈夫!不便はさせないし幸せにするよ!」とか言ってきたから本当に本気で引いた。
監禁とか普通にしてしまいそうで怖いこの人。
というか、この人の魔法ってめちゃくちゃそういうの向いているのではないだろうか、うわ、こわっ。
「……お兄様、犯罪臭がするからあんまり外でそういうこと言ったらダメだよ」
「え、なにが?」
うん、お兄様はもうダメだ。
神はお兄様に万物を与えたもうたけれど、常識はお与えくださらなかったらしい。アーメン。
「俺の理子がどんどん、俺に優しくなくなる…」
「お兄様、ご自分の胸に手を当ててご自分の心の声を聞いてみて。そして、よく考えて」
「………うん?俺は、やっぱり理子と一生一緒に暮らすべき?」
「違う、そうじゃない」
………ああ、お兄様はもうダメだ。
そしてわたしは絶対に家を出る、家を出てやる絶対に。自立してやる何がなんでもこの変態には飼われてなるものか。と、心に誓った。
当然、お兄様にバレて、またもやしつこく引っつかれた。
「まあ、将来の話はとりあえず置いといて」
え?いつ将来の話したの?もしかして、今の将来の話なの、こわすぎる。絶対無理だから、お兄様の妄想の中だけにして。永遠に置いといて。
「………ゴホン、まあ、実は………話を戻すとね、理子。桧木沢家の当主から直々にお前宛に招待状が届いてね…」
「え!!」
「俺と父さんはどうにかならないかいろいろと画策したんだが、ちょっと無理で……まあ桧木沢家相手にうちが表向き逆らえるわけもないわけで………」
はァ……。深くため息をついたお兄様はどこか疲れて見えた。
草間にはどんな形であれ桧木沢至が接触してきたらわたしから遠ざけるよう言ってあったとのこと。
だから、草間は問答無用で間に入り、独断で断ったのだ。なるほど機転が利く、さすがは草間。素敵。
そして、どうやら数週間前に届いたその招待状とやらをどうにかするため、わたしが病弱で〜とか、用事が〜とか、社交の場に不馴れで桧木沢の当主様にお目通りさせるなんてとてもとても、とか、なんやかんや理由をつけて桧木沢と交渉に及んだが、のらりくらりとかわされて打つ手がなくなったらしい。
というか、交渉ごとにおいて無敗を誇る我が桜ヶ丘のお父様お兄様コンビが通用しないだなんていったいどういうことなのだろう。
2人が心象の魔法を使えば望み通りにならないことなんて無いはずなのに。
「理子、今回は本当にごめん。俺の力不足だ。どうしても、夜会には行くことになるだろう」
「謝らないで、お兄様。わたしのために、ありがとう」
悔しそうに目を伏せるお兄様になんだか切なくなる。
あんなに変態なのにやっぱりお兄様はわたしに甘くてわたしを誰よりも大切にしてくれてそれなのに、わたしはこんな顔をさせてしまった。
お兄様と家族と、家のためにわたしもできることをしよう。
恥をかかせないように、とりあえず夜会を乗り切ろう…!むしろ今まで避けて通れてきたのが奇跡なのだ。
というか、お兄様はどうしてそんなに行かせたくないのだろうか。わたしがやはり、桜ヶ丘の恥ずべき存在だから表に出しにくいのだろうか……。
「理子、変なことを考えない。そういうことじゃないんだ」
でも、とかだって、とか甘えたことを言いそうだったけど、どうにかそれを飲み込んだ。言っても困らせてしまうだけだし。
だって、どう考えても、わたしの存在が恥ずかしいから、でなければわたしが傷つかないように護るために違いないのだから。
「はっきりいって桧木沢と関わって欲しくない。これ以上、桧木沢至とお前を近づけたくないんだよ」
「……なんで?それは」
「別にお前が気象だからとか、お前の魔法云々とかそういう話では一切ないから」
わたしが心象を継いでいない分際で桧木沢と繋がるのを分家が良しとしないのではないか、だからこれ以上、というのではないか。
だってどう考えても御三家である桧木沢と近付くのは桜ヶ丘にとって有益な事なのだから。
わたしのその考えをすっかり読み切ったお兄様は、何も聞かずにそう言った。
それから、真剣な眼差しでわたしの肩を優しく、壊れ物に触れるように抱く。
突然目の前に迫る綺麗な顔立ちに我が兄ながら惚れ惚れした……なんて絶対言いたくないけど、これも知られているのか、くそう。
「いいね、理子。
さっき俺と父さんでどうにもならなかったと言ったね?
桧木沢の当主には俺の魔法も父さんの魔法も通用しなかった。
防がれたのではない、そもそも、効かなかった。
どんなに魔力を注いでも心の声が何一つ聞こえなかった。聞こえないようにしているのではなく、だ。
そして、それは桧木沢至も同じだった」
桧木沢家は得体がしれない。
だから、近づいて欲しくない。
お兄様はそう言って縋るように、どうにか微笑んでわたしの頭を抱き込んだ。
魔法が、通用しなかった……?
それは、いったいどういうことなのだろう。どういう魔法を使って?いや、そもそも、魔法なのだろうか。
お兄様の胸板に視界が塞がれるまでの一瞬、見えた綺麗な顔はどこか泣きそうで、悲しげで、お兄様が消えてしまいそうで、とても怖かった。
────────
「悪い、桜ヶ丘、本家を探るのは無理だ」
苦々しくそう言う野分は嘘をついてはいなかった。
だろうな、とは思っていたけれど、やはりそうだった。
桧木沢にはなにかある。
野分は気象の魔法使いで、野分は風の向きを自在に操ることが出来る。
音を伝える繊細な風の流れや動きさえ彼は意図も簡単に操る。
対象に差程近づくことなく情報を仕入れることが出来るこいつの魔法は実に使い勝手が良い。
野分は桧木沢の分家の中でも1番血の濃い、腹心とも呼べる一族だ。それをもってして何も得るものがないというのはおかしい。
「いいよ、ありがとう」
「……いや、本家の人間の誰の魔法すら掴めなかった…、悪いな」
「……そうか」
やはり。
おかしい。誰と接触しても本家の人間の魔法を誰も知らない。
何故だ、なんで、誰も知らないということが有り得るだろうか?
そもそも魔法使いではないのか、いや、だとするならば七枝に在籍していることがおかしい。
それに、俺や父さんの魔法が通用しなかったことの説明がつかない。
「桜ヶ丘はなにか掴めたか?」
「いや、何も……。桧木沢の当主とその息子と会ったが俺の魔法が通用しなかった」
「通用しない?……お前が…………いったい、どんな魔法で……」
「分からない、けれど何故か桧木沢は理子を得ようとしている」
「ああ、だからお前はそんなに必死なのか。
桧木沢になんて欠片も興味が無かったお前が」
そう言って、うんうんと頷いた野分はもう少し調べてみると言って去っていった。
無理はするなと言ったがどうだろうか、あれはやたらと責任感が強くて、俺への恩を感じすぎている。
魔法管理局で野分と別れた後、帰宅し父さんとも話してみたけれど、やはりどうにもならないようだ。
どうしたって理子は社交界に出ざるを得ない。
それ自体は問題ない。やっかみや下卑、好奇の目に晒されることは明白であるがそれでも桜ヶ丘に産まれた以上、逃げようのないこと。
問題なのはそれがどう考えても桧木沢の策中にはまっている、ということなのだ。
護ってやれるならとことん、護ってやるつもりではあるが、しかし限度がある。
出来ることならいつまでも大切に閉じ込めておきたいけれど、それが理子にとって一番いいかといえばそうでも無い。
現実と、白樺三雲と分家の悪意に晒されて人目に出ることに億劫になった妹であるが、けれどその実、本質は活発で明るく、人と接することが好きなのだ。
彼女は、結局彼女らしくいられるのが幸せであるだろう。
そこにたどり着くまでなにがあろうと。
そして、それを少しでも軽くしてやるのが俺の役目だ。
「まあ、とりあえずは、夜会を何事もなく乗り切らないと」
そのためにはまず、理子を隙なく完璧に仕立てて送り出してやるべきだ。
……ああ、でも、そしたら、また変な虫がついてしまうだろうか。
理子、俺の天使、俺だけの理子。
はぁ、なんであんなに可愛くてアホで素直でバカな可愛い天使をわざわざ完璧に仕立てあげて他の男どもの眼前に晒さないといけないのか……ほんとに反吐が出る。
まあ、それが理子のためってことは分かってはいるんだが…。
というか桧木沢はなんでいまさら理子にちょっかいを出してくるのか。
別に桜ヶ丘の力なんて必要ないだろうに、まさか理子に流れる心象の血が欲しいとか?
それこそ今更である。有り得ない、あの桧木沢が、だ。
何を考えている?
桧木沢はなにをしようとしている?
それが、全くわからないから、恐ろしい。
俺はこんなにも無力だったのか……。
思わずため息がもれた。
「くそ、本当にあのガキ……どうしてやろうか…」
くそ、もういっそあの扱いやすそうなアホの白樺三雲とくっつけてしまったほうがいいのではないか。
あれは、奥底で理子を欲している。恋に恋するアホなクソガキだ。
容易く操れる。
けれど、理子はあれを親の敵がごとく嫌っているし、ざまあみろ。
自然と現実逃避気味になる思考に辟易として俺は、再びため息をついた。




