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「理子ちゃんのおかげでぼろ儲けだよー、もうほーんと、だーいすき」
「ああ、はい……ソウデスカ」
月曜、やたらと疲れた休日はそれでもあっという間に終わり、再び新しい週が始まった。
「学校なんていかなくてもいいよーう」とかいってひっついてくるダメな変態を引き剥がし、重い体を引き摺るように登校した。
なんだか、今日はやたらと視線を感じる気がする。
なぜ、なんで。
まさか、おでこにできたニキビがバレたのだろうか。
七枝のくせにニキビを作るなんて自覚が足りないですわ、おほほ、かっこ笑い、とかいわれているのだろうか。
それとも目の下のこのクマに気がつく猛者共なのか。コンシーラーで隠してきたつもりなのに恐ろしい…。
そして、昼、語尾にハートマークでもつける勢いの麗華に捕獲された。
「麗華、なんかめっちゃ見られてる気がするんだけど…」
「そりゃそうだよー、桧木沢至の襲撃後一体何人がわたしのとこに来て情報を買っていったと思ってるの?
理子ちゃんと白樺三雲の婚約関係の真実、桧木沢至との関係、理子ちゃんの魔法について、桜ヶ丘理人の詳細、果ては理子ちゃんのスリーサイズまで多分ばっちり拡散済みだよー」
「ちょっ、す、スリーサイズ…?」
そんなのいつ教えた!というか誰が買った!
あと、お兄様の詳細ってなんだ。
「大丈夫大丈夫〜、わたしの情報は正確性が売りだから」
余計怖いわ。
はぁー、儲けた儲けた!とツヤツヤの顔色を綻ばせる親友(?)にげんなりとした。
わたしのありとあらゆる個人情報が、この親友(仮)によってばらまかれた事はわかった。
だからといってこのねっとりとした視線達はいったいなんなんだ。
「で、なんでこんなに見られてるの?」
好奇心、とかそれだけではない。確実に。
「え?わっかんないかなー?もう、理子ちゃんったら〜。
今まで七枝の白樺家と婚約してると思ってた理子ちゃんがそうじゃなかったんだもん。
そりゃあ、みんな狙うよねえー。七枝の桜ヶ丘、しかも心象の両親から産まれた魔法使いだよ?
わかる?理子ちゃんとの子は心象の魔法使いが生まれる可能性があるってこと!
滅多に桜ヶ丘が人を出したりしないのに、理子ちゃんが婚約のお見合いまでしたってことは、つまり、桜ヶ丘は外に出す心積りがあるって事だよー。
しかも、本家!手に入れたいよね?ね?心象だよ?
理子ちゃんったらモテモテ〜。
まるでカモがエビとタイ背負ってきたようなもんだよねえー」
興奮気味の麗華に、間違いなくあほ面を晒していた事だろう。
ぽかん、と開いた口が塞がらない。
何処かから見ているだろう草間により、お兄様へ報告されるに違いない。
けれど、仕方が無い。
「しかも、先日の一件で理子ちゃんが桧木沢至と仲が良いと思われてるからねえ。
桧木沢にお近付きなりたい人達も、そりゃあもう…虎視眈々と……」
「いやだ!」
「いやだじゃないよ、理子ちゃん。しょうがないしょうがない、どんまい、どんまい」
なんてことだ…。
わたしなんぞ、桜ヶ丘のなかではゴミのような扱いで、あの一件以来気象の魔法さえ満足に発動できなくなってからは、分家でさえも舐めてかかってくるというのに……。
そ、そんなに需要があったとは……。
嫁の貰い手に困る心配はないかもしれないけれど、面倒くさそうにも程がある。
だって、あの目。
まるで野良猫がマタタビをふりかけられた羽虫を狙うかのようなあの目……。
わたしは心象を継いでいないけれど、それでも利用してやる、ざまあみろという感情がありありと伺える。ひぃ……。
「だから、僕が付き合おうっていったでしょ」
綺麗に整えられた芝にこれまた綺麗に磨かれたダークブラウンの革靴が舞い降りた。
野次馬達は一斉になりを潜め、それでも爛々と目を輝かせ耳をそばだててこちらを窺っている。いくつかの悲鳴が聞こえた、こわい。
「い、至……」
「こんにちは、理子ちゃん」
出たな、を字頭に付けなかった自分を褒めてあげたい。
まあ、しかし、桜ヶ丘の本家のものとして立ち上がり礼をしてごきげんよう、と微笑む。
そういえば、麗華は……。
そう思って隣を盗み見るが麗華の姿がない。
「え……?」
「ん?あぁ、柊さんならさっきどっかいったよ」
…………麗華ァァァあ!
どうやら親友(仮)はわたしを生贄にひとり、脱出したらしい。
というか、麗華は至が苦手なのか。
どう考えてもいろいろ情報を引き出すチャンスだと言うのにそれをあの守銭奴がみすみす逃すだなんて、よっぽどな事だ。
ということは、それほどまでにこの桧木沢至という人物は面倒なのだろうか。
「そ、ソウデスカ……」
「空気を読んでくれたのかな。いい友達だね」
………えっと、ごめんなさい。なんか理解できないです、全部。特に後半。
白目を剥きそうになりながら、どうにかうふふと外面を作って微笑んだ。
空気って………え、なんの、空気…………。
そしてその意味深げに微笑むのやめて貰えますか、ほらあの茂みの中のご令嬢とかが、物凄い殺気立ってますから……。
「………隣、いい?」
え、ちょっと、無理です。
とは言えないので、わたしには頷く以外なかった。
麗華が消えた隣の席に至が収まり、ずっと立ってるのも失礼かと、ぎりぎり、ベンチの逆側にお尻を寄せて座った。
スカートをある程度広げればそんなに避けてる感が分からない、でしょう!多分。
「どう?僕の作戦は成功したでしょう」
「……みたい、ね。成功したけれど、なんかそれはそれで……」
「面倒?……だから僕は付き合おうって言ったんだよ。
僕と付き合ってしまえば桧木沢を敵に回してまで君を得ようとする者は居なくなるだろうからね」
確かにそれはそうだろう。
まず、御三家である桧木沢を敵に回したいものなんていない。
太刀打ちできるようなものも、今この学園の高等部にはいない。
…………いや、いるにはいるけれど彼らは魔法使いでは無い。
魔法使いである以上、わたしの血は少しでも桜ヶ丘に有益に利用しなければならない。
「……付き合うということは、この世界では将来に直結しうる事。桧木沢家の血に混じることはとても名誉な事だけれど、桜ヶ丘にとって、なにが最善なのかを考えたいの」
「ふぅん……。君は家が大切なんだね」
内心びくびくしながら、毅然とした態度のハリボテを被り、なんとか吐き出したセリフに至は何処か冷めたような眼差しで、それでも口元で笑みの形を作ってそう言った。
それは、そうだ。
なんにも知らなかった馬鹿な子供が魔法が楽しくて楽しくて知らぬまま使っていたせいで両親を苦しめた。
一族に、気象の魔法使いだということが知れ、両親は不貞を怪しまれ嘲笑されて、あの日わたしは白樺家との婚約さえ満足に結べなかった。
そして、その家族の苦しみを知ったのはその後だ。
わたしはなんにも知らずに無邪気という盾に隠れて痛みから逃れていた。
桜ヶ丘にとって、わたしは必要だったのだろうか?
必要なわけが無い。
それでも愛してくれて、変わらず優しく厳しく護ってくれた家族を、わたしもまた愛している。
だから、出来ることがあるならそうしたい。
もし、もし、もし、万が一、例えば白樺家とやはり婚姻を結ぶのが桜ヶ丘にとって1番良いと言われればどうにかして、何がなんでも、そうしたいとさえ思う。
政略結婚とは、そういうものなのだから。
「うん」
至の鳶色の瞳を真っ直ぐに見据えて応えると彼は冷めた目を、瞬間綻ばせた。
まるで、感情を隠すようなそれにドキリとした。
「そっか、じゃあ、尚更桧木沢はいい物件だと思うな。まあ……時間はあるんだ、これからゆっくり考えていけばいいよ」
手をそっと取られ手の甲にキスをされた。
あちこちから悲鳴が沸き上がり、わたしは飛び上がって、これまた奇声が出ないよう口を引き結んだまま、直角に腰を折り、勢いよく頭を上げて、そして淑女らしからぬ早足で中庭から逃げた。
なんだか、いろいろと誤魔化された気がするが、その時のわたしにはそんなことを考えている余裕がなかった。




