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尾行されていたのは気がついていた。

家を出た時にひとり。カフェにいた時にひとり。


最終的にはおそらく4人が俺と理子の動向を観察していた。



魔法を使って得た情報によるといずれも桧木沢の分家か、それに近しいものであるだろう。



桧木沢は得体がしれない。


古くから御三家と呼ばれる名家ではあるし、納得もできる。

経歴はとても綺麗で綺麗すぎて不気味なほど。


この国を裏で牛耳っている………は、言い方が宜しくないが、必ず要所には七枝が登場するし欠かせない。

当然だろう、魔法使いは上流階級……いや、七枝が独占していると言っていい。

常人には使えない魔法を使えるのだ、それらが上層を支配するのは当然といえば当然でもある。


しかし代を重ねる毎に魔法使いの魔力は弱まり、魔法使いとしての素質そのものすら継承されにくいのだ。


現代では当然、血の濃い家系が辛うじて生き残っているようなもので、その総数すら年々少なくなっている。



そんな中で今なお御三家として名を馳せ続けるというのは相当なことであるが、桧木沢はその理由が実に普通すぎる。

不自然すぎるほどに自然で普通。



表社会での政治的活躍、新事業の成功、技術開発………


たいした魔法使いが生まれたという話も聞かない、桧木沢で活躍している魔法使いが多い訳でもない、そもそも桧木沢の本家の人間の魔法を誰も知らない。


当代当主は気象、奥方が事象、長男が事象、次男が気象というはなしだが、そんなわけがない。



少なくとも桧木沢至は………


「桜ヶ丘、お前がわざわざこんな面倒なことをして俺に接触してくるってことは、また厄介事なんだろうな」


「またってなんだよ。……まあ、そうだね。

もし、俺や桜ヶ丘が動けないような事態になったらお前に理子を頼みたい」


「は、なんだそれ?」


「それともう1つ、桧木沢を探って欲しい」


「…………俺に本家を裏切れと?」


「最初に裏切ったのは桧木沢の方だ。判断は野分に任せるが気が変われば容赦なく記憶は消させてもらう」


「こええよ、お前」


「俺は君が俺を裏切る馬鹿だとは思っていないからね」


「……あー、でも、正直本当に本家のことは俺たちでさえ良くわかんねえよ。良い情報を渡せるかどうか」



「それならそれでいい。野分が踏み越えられる範囲だけでいい」



「りょーかい、ボス」



終始笑顔を崩さぬまま会話をしていた俺たちを理子は呆気に取られて見ていた。

こんな近くに居るのに声が聞こえない。

俺たちの声だけが聞こえないはず。

それは野分の魔法のせい。

口の動きも互いに崩してある。読み取るのは不可能なはずだ。



別に口裏を合わせたわけでもなく、はじめからそうしてくれた野分は実に出来るやつだ。

ゆくゆく、もし今の理子を嫁がせるとしたらこいつはなかなか優良物件だと思うが、そもそもこいつには恋人がいる。



まあ、理子を嫁に出すとか正直考えたくもないし、この男に義兄さんと呼ばれるのも御免ではあるが。



理子にはいろいろと言いはしたけれど、わざわざこんな人目の付く場所でこいつと接触したのは相手方に容易く魔法を使わせないためで、相手の出方を見るためで、そして、理子をこいつに引き合せるためだ。



桜ヶ丘は心象しかいないから、腕っ節とか力で押された場合めっぽう弱い。

逆に草間なんかはごりごりの武闘派であるが、あれは魔法が一切使えない。


その点こいつは割と便利だ。


俺の考えを読みでもしたのか野分はひどく辟易とした表情を一瞬だけ見せた。



確かに、まあ……頼りになるよ、君は。


俺が理子を任せてもいいと思えるくらいにはね。





でも、とりあえずは、桧木沢至。

あいつをどうにかしないと。


理子、友達を作るにしろ、なんにしろあいつはダメだ。




あいつは、あれは……得体がしれない。






──────────






白樺家では家族会議が開催されていた。




ビリビリ、ビリっ、ビリビリ



窓がきしみ空気が戦慄する。



巨大とすら言えそうな程に大きいダイニングテーブルの席に当主とその妻。

それを挟んで向かいに白樺三雲、つまり息子であるが…。



男性2人から迸る青白い光と、腕を組む女性。


殺伐としたそれはおよそ家族会議と呼べる代物ではない。



「おい、親父、桜ヶ丘と俺は婚約してるんだよな?」



「しているわけが無いだろうがこの馬鹿っ。お前が破談にしたんだ」



「は?」



「は?…じゃないわよ。この糞ガキ。何も言ってこないとは思ってたけどね、まさか地獄のようなあの状況を見て、今の今まで婚約していると思っていたの?

………ああ、三州さん、白樺家は滅ぶわ。こんなのが時期当主じゃあ……ごめんなさい」


「君のせいじゃないさ、クロエ。私が忙しさにかまけて構ってやらなかったからこんな性格に」



「いいえ、成績と魔力と魔法の力は申し分なかったものだから、この残念な性格を放置してしまったわたしの責任よ。

なにがなんでも、体当たりで性格矯正をするべきだったわ」



「……おい、くそババァ」



「あん?もっかいいって見なさい糞ガキ。顔の形が分からなくなるまでビンタしてほしいの?」


いや、体当たりで……って、割とすでに鉄拳制裁は受けているけどな、と三雲は思ったりもするのだが、この母に立ち向かえるとも思わない。


ぐっと飲み込んで大人しく膝に手を置いた。


それより、なにより、鈍器で殴られたような衝撃だった。

婚約者じゃない?そんなわけがない。


政略結婚というのは、そういうものだろう。

本人の意思どうこうで何かがかわるようなものではないはず。

そう、たとえば幼き日の自分が桜ヶ丘理子に苦言を呈したところで、別に……。


というか、その桜ヶ丘理子は自分のことが好きなのではないのか?



「なんで……?だって、あいつは俺のことが好きで」




──────どうしたらあんなに嫌われるの?


───────三雲は理子ちゃんの事が好きなんだよ



友人の言葉が頭の中で鈍く反響した。


まさか………いや、そんなはずは………。だって。



…………………本当に?



「お前は本当に馬鹿だわ」


「理子さんはお前を親の仇がごとく嫌っていて避けている。原因はそもそも、お前があの日あんなことを言ったからだ」




目の前が真っ暗になった。


自分は一体なにに、こんなにショックを受けているのか。

自分は一体なぜ、こんなに焦っているのか……。



放心状態の三雲に容赦せず、両親は続けた。




白樺家の当主夫妻と桜ヶ丘家の当主夫妻はもともと学生時代より面識があり、とくに父親同士は仲がよかった。


同学年に生まれた理子を婚約者に、と言ってきたのはそもそも、桜ヶ丘の方で白樺家からすれば、心象の両親の血を引く気象の魔法使い、それも七枝の本家の娘である。

断る理由もなく了承した。

なぜ、白樺家を選んだかといえば、どうやら気象の力を持て余す理子の魔力が暴走気味で、さらにその力は年々増していたらしい。


白樺家は代々、気象の強い家系でさらにいえば母クロエの一族は魔力の扱いに優れている。


心象しかおらず対処がわからない、しかも気象の理子は桜ヶ丘の中で腫れ物扱い。

早めに婚姻を結んで幼い頃から通わせる魂胆だったらしい。


だとしても、なかなか外に人を出さない心象の直系である。

白樺家としては万々歳だ。


それを三雲が見事ぶち壊し、以来、なぜだか力の暴走が落ち着いたらしい理子との縁談を桜ヶ丘は進めようとはしなくなる。


もちろん落ち度は白樺家にあるわけだから、強くは出れないし、かといって心象をみすみす諦めきれず何度も話に行きはするが、理子の話になると途端に渋る当主夫妻に、やはり強くは出れず、結局なにも進展は無い。




「そんなの知らないし……」


呆然とした三雲が無意識に零した言葉に当主、白樺三州は蒼の閃光を迸らせた。




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