洞窟での死闘
俺は洞窟から出ると、帰還するための準備を行う。赤目を含む〔ウィンドバード〕、〔ワイルドファング〕はもちろん、他にも厄介な魔物は存在する。ライアンが戦闘不能であるため、装備を整える必要がある。
(とりあえず弓は必要だな…その前に苔も補充しておくか)
一旦川の近くに戻り、【水澄苔】を採取する。そのまま上流の方へ向かうと、【しなり蔓】を見つける。水につけるとしなやかな弾力をもつようになるため、弓の弦になる。側に細い木も生えていたため、それも採取する。
(まだまだ足りないな。もっと奥に進もう)
川の上流付近で【癒し草】と【剣磨石】を、更に進んだ先で【強靭竹】と【粉吹きの実】を拾う。と、そこで〔ワイルドファング〕が2匹茂みから出てくる。
「邪魔だ」
素早く接近して1匹を蹴り、その勢いのまま1回転して腰の入ったパンチをもう1匹の眉間に打ち込む。2匹とも木々をなぎ倒しながら吹き飛び、遠くで息絶える。その後何度か魔物と遭遇しつつも、役に立つものを取りながら、洞窟へと戻る。
ロイが洞窟を出た後、ブライルとミレンは
「まさかあの傷が塞がっちゃうなんてね…」
「ああ、驚いたな。現地でこんな高品質の回復薬を作ってしまうとは」
顔色は未だ優れないものの、傷は塞がったライアンを見て話す。意識は失っているが、命の心配はないようだ。
「…調子にのっちゃったね」
「…そうだな。それに僕がもっとしっかりしていたらライアンは…」
ブライルはかばわれたことを思い出し、俯いて唇を噛む。ミレンはその様子を見て頭を小突く。
「…なにするんだよ」
「今はそのことは忘れましょ。反省も後悔も無事に生きて帰ってから、ライアンと3人でするのよ。あんなことがあったんだから、もう油断も慢心もないでしょ」
「そう、だな…。その通りだ。もう2度と油断なんてするものか」
「それに、ロイ君がいればきっと無事に帰れると思うのよ」
穏やかな笑顔を浮かべてミレンは言う。ブライルも同じように、彼がいればどうにかなるだろうと思ってしまっている。
(ふっ……最初はロイというやつを下に見ていたっていうのにな。僕もまだまだ人を見る目がないということか)
ブライルは自傷気味に笑う。そうして話していると、突然洞窟の奥から何か気配を感じる。2人は身構え警戒する。足音が大きくなっていき、ついにその姿を現わす。
「お、おいおい…嘘だろ?」
「ここは巣…だったのね」
2人は絶句する。奥には11匹、人型の魔物がいる。手に錆びた短剣や欠けた剣を持つ、全身毛だらけなそれの名は〔ワイルドエイプ〕。ある程度の知能を持っているため、落ちてる武器を拾って使うことがある。
群の中心にはボスである〔ジャイアントエイプ〕もいる。丸太を担いでおり、身長は3mはありそうで、洞窟の天井ギリギリである。こちらを確認し、奇声を上げて走ってくる。
「…っ!来るぞ!」
2人は後ろにいるライアンを見て、戦う覚悟を決める。ロイは普通に担いで走っていたが、2人にはとても出来そうになかった。
「とにかく時間を稼いで、ロイが来るまで持ちこたえるんだ!」
「分かってるわ!気合い入れるわよ!」
2人はまだロイの強さを知らない。が、只者ではないことはなんとなく分かっているので、彼が到着するまでの時間さえ稼げれば、なんとかなるだろうと。希望はまだあると信じ、恐怖を押し殺して対峙する。実際のところ、ロイがライアンの傷を治すところを見ていなかったら、ロイが同行してない場合にこの状況になっていたら、2人はライアンを見捨てて逃げていただろう。命を失う可能性が非常に高い場合には、大切な人を見捨ててでも逃げる。それが普通だが、2人は逃げなかった。それだけロイの存在が心の大きな支えとなっているのだ。
「《ファイアショット》!」
ミレンの杖から一筋の炎が放たれると1匹にあたり、火だるまになって転げ回っている。
敵は20mほど先に後10匹いる。数の多さに歯嚙みをする。
(残りの魔力はもうそんなに残っていない。《ファイアショット》2発に《ウィンドクロー》1発で尽きるわね。いや、《ウィンドクロー》じゃなくて《ウィンドエッジ》にした方がいいか)
《ウィンドエッジ》とは、風の刃を飛ばして敵を切り裂く魔術である。使い勝手はいいが、刃は大きくなく、貫通力もそれほどないため威力は低い。そこでミレンは杖の先に3つの《ウィンドエッジ》を留めておくことで、杖を殺傷能力の高い武器に変化させたのである。
「僕が出来るだけ敵を引きつける!援護をしつつ、ライアンを頼む!」
そう言ってブライルは敵との距離を詰める。1匹を捉え、素早く剣を振るって切り裂く。左の1匹から錆びた剣で攻撃されるため、剣で防ぐ。今度は右にいるやつが攻撃態勢に入るがミレンの《ファイアショット》により絶命する。その隙に剣を弾き、心臓を貫く。
「ミレン!そっちに2匹行ったぞ!」
「っ!かかってきなさいよ!返り討ちにしてやるわ!」
2匹がミレンに向かって走る。1匹をすぐに《ファイアショット》で倒す。もう1匹はよく狙って《ウィンドエッジ》を発動し、首元を抉る。たまらずもがき苦しむので、杖を振り下ろしてトドメを刺す。
「ぐあっ!」
ブライルの悲鳴が聞こえたので慌てて顔を向けると、背中から切りつけられている。3匹に囲まれてしまっていた。
「ブライル!このっ!《ウィンドエッジ》!!」
1匹に風の刃が当たるが、致命傷にはならない。しかし、怯んだ隙にブライルが切り捨てる。数多くの子分がやられたことで、怒り心頭の〔ジャイアントエイプ〕がとうとう戦闘に参加する。
「はあはあ、…あとボス含めて3匹か…」
「…そうね。あとひと息だわ」
しかし、ブライルは肩で息をするほど疲弊しており、ミレンもまた、魔力の使いすぎで意識が朦朧としている。
「ウガアァァァ!!!」
〔ジャイアントエイプ〕がブライルに素早く丸太を振り下ろす。
(っ!速い!)
体も重く避けられそうもないため、受け止める道を選ぶ。
「うおぉぉぉ!《強撃》!!」
ブライル叫びながらは全力の一撃で振り抜くが、丸太を防ぎきることは叶わず剣は半分に折れ、壁に吹き飛ばされる。
「っ…ぐっ!」
ブライルは全身を強打し、頭から血を流す。意識が飛びそうになるが、3匹は容赦なく迫って来る。足をブルブル震えさせながらも、折れた剣を拾い構える。1匹の攻撃はなんとか防ぐが、2匹目の攻撃は避けられそうにない。切られる覚悟をして、歯をくいしばる。
「…《ウィンドエッジ》ッ!……」
ミレンが最後の魔力を振り絞って発生させた風の刃はブライルに短剣が触れる寸前、敵の腕を切り落とした。怯んだ隙をついてなんとか欠けた剣で首を搔き切る。と、同時に魔力が尽きてミレンは気を失う。すると何を思ったのか、2匹は倒れている2人の方に醜い笑顔を浮かべながら走り出す。
「!?行かせるかっ…!」
震える足にムチを打ち、走り出す。ブライルは〔ワイルドエイプ〕を殴り飛ばして、〔ジャイアントエイプ〕の前に立ち塞がる。フラフラしていて視点は定まってない。気力だけでなんとか立っている状況だ。
(ここまでか…)
目の前には無傷の〔ジャイアントエイプ〕。殴り飛ばした〔ワイルドエイプ〕も立ち上がろうとしている。2人を抱えて逃げることも、残りの2匹を倒すことも、仮にブライルの状態が万全であったとしても無理だろう。
(ミレン、ライアン。すまない、僕は先に逝くよ。)
死ぬ間際だというのにもはや恐怖はなく、むしろ穏やかな気分だ。丸太がブライルの頭上に迫る刹那、高速で横を駆け抜ける影が耳元に声を残していく。
「悪い、遅くなった。よく2人を守りきってくれたな」
静かな怒りを感じさせる、淡々とした口調でそう呟かれる。今までに聞いていた声とは大分印象が違うが、もはやそんなことはどうでもいい。糸が切れたかのように、ブライルの意識はそこで途絶えた。