お昼ご飯騒動
ロイはお昼ご飯を食べに、飲食店がある方に向かう。
(何を食べようかな…)
ふと肉をこんがり焼いたようないい匂いが鼻を刺激する。匂いの方向に顔を向けると手軽な値段で肉料理を楽しめる、『デリシャスミート』という店があった。完全に肉を食べる気分になったので迷わず入店した。
「いらっしゃいませー」
中はお昼時なこともあり、とても賑わっている。エプロンを着けたセミロングの黒髪お姉さんが席に案内してくれる。こんがり牛ステーキを頼むと、お姉さんはキッチンに戻る。奥に2人に夫婦らしき人物がみえるため、どうやら親子3人での家族経営の店のようだ。数分後、頼んだ品が運ばれてくる。
「お待たせしました、こちらこんがり牛ステーキです。アツアツなので気をつけてくださいね」
鉄板の上にジュージューと音をたてる香ばしい匂いがする肉に、野菜と芋が乗っていて、見ていると思わず涎が出てくる。
「いただきます」
肉を切り分けて口に運ぶ。表面はカリッと、中は柔らかくジューシーで、大味だがとても美味しい。これはワイルドビーフだろうか。野性味のある味だが、塩胡椒のみで味付けする事で肉本来の味を引き出している。ガツガツ食べていると、大声で喚く男の声が耳に入る。
「不味いな、なんだこの料理は!食えたもんじゃないな!僕のような高貴な人間が食べるようなものじゃない。家畜の餌だこんなもの!」
声のする方に顔を向けると、偉そうな顔した同い年ぐらいの男がいた。白い甲冑を身に纏っているため、どうやら騎士のようだ。その周りにいる2人もにやにや笑っている。周りの客や黒髪お姉さんはその3人を睨みつけているが、手を出そうとはしない。店の夫婦も困った様子でオロオロしている。
(どうしたもんかな…)
店の人は気の毒だけど、面倒ごとには手を出すべきではないと判断し、気配を消して空気になった。が、チラッと偉そうな顔したやつが食べていた料理が目にはいってしまう。
(あれ俺が食べているこんがり牛ステーキじゃね?)
間違えなくそれだった。人が美味しく食べているものを家畜の餌扱いするとは…。イラっとしてつい言ってしまった。
「うるさいぞ。せっかく美味しいご飯なのに、お前みたいなやつがいると不味くなる。文句があるならさっさと出て行ってくれないかな?」
店がシーンとなる。ピクっと偉そうなやつ改め馬鹿騎士が反応し、こめかみに青筋を立てながらゆっくりとこっちに顔を向けた。
「貴様か?この僕に無礼な事を言ったのは?僕は貴族で騎士だぞ?平民の分際で何様のつもりだっ!!」
「「そうだそうだ!」」
面倒なやつに手を出してしまったと後悔してため息を吐く。それを見た馬鹿騎士は馬鹿にされたと思ったのか、顔を真っ赤にしながら殴りかかってくる。
「どうやら痛い目にあいたいようだな!この僕を馬鹿にしたことを後悔するんだな!」
ガァン!!
金属の拳がロイの顔に当たる。それを見た黒髪のお姉さんは軽く悲鳴をあげる。だがロイは無傷で、金属の方が軽くへこんでいる。それを見た馬鹿騎士は狼狽える。
「な、なんだ…?どういうことだ………ハッ!お前[魔術士]だな!魔法障壁を張っているんだろう!」
なにやら馬鹿騎士は勘違いしているが、ロイは何もしていない。力と耐久力の差があり過ぎてこのような結果になっただけだ。
「く、くそ!お前覚えておけよ!この僕を馬鹿にしたこと、必ず後悔させてやる!行くぞ、お前ら!」
「「ま、待ってくださいよ〜」」
馬鹿騎士が捨てゼリフを吐いて出て行く。あれ?俺あいつのこと馬鹿にしたっけ?と思いつつも、食べ終わったので出て行こうとしたら、客から歓声が上がる。
「にいちゃん、よくやった!」
「スカッとしたぜ!」
「ザマァねえな、あいつ!
皆口々にそんなことをいう。俺が苦笑いしていると、笑顔の黒髪のお姉さんがケーキを持ってこっちにやってくる。
「とってもスッキリしたよ、ありがとう。これサービスよ」
「ありがとうございます。ああいうことって良くあるんですか?」
「そうね、たまにあるわね。まあ仕方ないことだけど。貴族の方が身分が高いし。下手に手を出すとうちみたいな店は潰されちゃうから、本当に助かったわ」
騎士の甲冑を纏っているということは例外なく〈人族〉の貴族ということだ。多種族や平民は騎士になれない。
「でも自分は貴族だーって見せつけるためにわざわざ甲冑装備で来るなんて馬鹿よねー。あんなの着てたら食べにくいじゃない」
もっともだ。見てて凄く食べづらそうだったし、周りの客と比べて凄く浮いていて馬鹿っぽかった。ケーキも食べ終わったので立ち上がる。
「ごちそうさまでした。おいくらですか?」
「銅貨7枚よ」
この大陸の通貨は銅貨、銀貨、金貨、白金貨の4種類である。銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚…という感じだ。銅貨1枚でパンが1つ買え、銀貨1枚払えば普通の店ならお腹一杯食べられる。銀貨1枚はらってお釣りに銅貨3枚もらう。
「またきてねー」
軽く会釈して店を出る。お腹も膨れ、気分良く歩いていると、後ろからドタドタと走って来る音が聞こえる。振り向くとさっきの馬鹿騎士がいた。 息を切らしているため、途切れ途切れに喋る。
「は、はあはあ……おい、…貴様……先ほどはよくも…はあ……馬鹿にしてくれたな…」
息を切らしながらいうことか。なんだかとても馬鹿っぽくみえる。
「貴様に後悔させてやる……はあはあ……っ…おい!お前ら出てこい!」
わらわらと馬鹿騎士と同じ姿をしたやつが姿を現した。息を切らした馬鹿を含めて全部で10人だ。面倒なことになってしまったな…。