平穏そしてそれから
薬草を届けてから数日がたった。この村は相変わらず不自然なほどに平和に時を紡いでいる。
そろそろ彼が起きてくる時間だ。まだ湯気のたっているスープを二人分、机に向かい合うように置く。たったそれだけの事、普通の人にとっては何気ないことなのかもしれない。だが私の胸はこんなにも温かくなる。椅子に座り外をぼうっと見ていると彼の起きてくる音が聞こえる。
「おはよう」
まだ眠そうな彼に声をかける。
「おはよう、エルメ。お、今日はキャベツのスープか」
さっきの眠気はどこへやら。子供のように皿に入ったスープをのぞき込む姿に少し笑ってしまう。
「さあ、食べよう」
「おっと、そうだな」
食事前の静かな祈りの時間。
また1日が始まる。
聖堂の鐘が正午をつげる。少女は懸命に走る。急がなくては。肩で息をしながら少女はまだ長い道のりを睨む。つい先程少年が弁当を持っていくのを忘れていることに気づいたのだ。「もう!お弁当忘れるなんて」走りながらそう言い放つが口では悪態をついているものの可愛い弟をしかる姉のようなどこか幸せな顔をしている。
それから数十分のことようやく目的地の小屋が見えてきそうな所、黒髪の少年がこちらに向かって手を振っている。
「もう!お弁当。忘れたでしょ」
「ごめん。うっかりしてたよ」
少年はくしゃっと笑いながらそう言う。
「もう。次から気をつけてよね」
どうしてもこの笑顔には弱いのだ。そしてどうしようもなく彼が好きなのだと分かってしまうのが辛い。
それから二人で弁当を食べてから用事があるといい彼の元を後にした。彼に背を向け来た道を戻る。今度は走らないでゆっくりと。