第5話 説得
雪たちは休憩場から離れて、住宅地の中を歩いていた。相変わらず、ウサギが前を歩き、その後ろを雪と蛇が付いて行くといった形だ。
「あの二人も探し続けているのに見つかっていないということは、やはりもっと遠くに行ってみたほうがいいんじゃないですか?」
雪がウサギにそんなことを言った。
というのも、ウサギは先ほどから同じ場所を行ったり来たりしていたのだ。思い当たる場所に連れて行ってくれと頼んだのは雪自身なので、ウサギの動きに口出しすることはなく付いて行ったのだが、さすがに4週目あたりで何か言っておくべきだと判断しらしい。
そんな雪の言葉を聞いて、ウサギは困ったように言った。
「そうかもしれないけど・・・。やっぱり、そんなに遠くには行ってないと思うの」
「どうしてそう思うんですか?」
「だって、お散歩の途中にいなくなっちゃったんだから、お散歩の道にいるはずでしょ?」
「でも、君と別れた後に歩き回ってどこかに行ったのかもしれないよ?」
「チョコはどこにも行ってないもん! 絶対に近くにいるはずだよ!」
「まいったなあ・・・」
蛇が苦笑いしながら言った。
雪は考える。このままでは一日中同じ場所をぐるぐる回り続けることになってしまう。そうならないための質問だったのだが、ウサギが拒否の姿勢をとっている以上無理に別の道へ行くことはできない。チョコのいそうな場所など、雪にも蛇にもわからないのだから。
しかし、だからと言ってこのままウサギに付いて行っても何も進まないだろう。
雪はウサギに尋ねた。
「そう思っているということは、今までずっと散歩で使っていた道を捜していたんですか?」
「うん、そうだよ」
「あなたが亡くなってから、ずっと?」
「うん」
「そう、ですか・・・」
当然のことのように言ったウサギに、雪は複雑な表情を浮かべていた。
「ここまで頑ななのは、何か理由があるんですかね?」
小声で蛇に尋ねてみた。
「相当強い想いがあるんじゃないかな。半分地縛霊になっちゃった感じだよね」
「地縛霊って・・・。それならこの子は、今歩いてきた道以外は行くことができないんですか?」
そうなってしまうと、雪と蛇だけで捜すしかなくなってしまう。
「この子の場合は、精神が部分的に縛られているだけだと思うよ。行こうと思えば、砂浜にでも山頂にでも、世界旅行にだって行けちゃうんじゃないかな」
あてのない迷い犬捜しなどどれだけ時間がかかるか分かったものではない、と考えた雪だったが、杞憂だったらしい。
しかし、どうやってウサギを納得させるかが問題だった。しばらく考えていた雪だったが、やがて口を開いた。
「そういえば、『雨宿りをしていたときにチョコが走り出して大変だった』と言っていましたね」
うん、とウサギが返事をした。
「きっとチョコは好奇心旺盛で落ち着きがないんじゃないですか?」
「お姉ちゃんすごいね! 探偵さんみたい!」
「そんな落ち着きのないチョコなんですから、いろいろな所を歩き回っていると、私は思うんですよ」
「うーん・・・そうかなあ。でも、チョコのことだし・・・」
うんうんとうなっているウサギを見て、もう一押しとばかりに雪が言った。
「それに、同じ場所ばかり歩いているとあなたも大変じゃないですか? たまには違う場所も見てみましょうよ」
「それもそうだね! チョコも私のこと捜して歩き回っているかもしれないし!」
ウサギはそう言って、今まで右折していた道を左に曲がったのであった。
太陽がだいぶ傾いていた。
あの後、空き地やら商店街やら、いろいろな所を歩き回った三人だったが、結局のところ見つけることはできなかった。
ウサギがずっと捜しているのに見つかっていなかったことから、そう簡単には見つからないだろうとは思っていた雪だった。だが、さんざん歩き回った結果何も残らないとなるとやはり虚しくなってしまう。問題を解こうと必死になって考えていたのに、その問題に答えはありませんよ、と言われたような気持ちだった。
「これは・・・どうしましょう?」
なんとなく気まずい空気の中、雪が問いかけると。
「うーん・・・。まあ、三人で探したから見つかる確率も三倍! ってわけにもいかないのかなあ」
「どうなんでしょうね」
そんな会話をしていると、しょんぼりとしたウサギの声が聞こえてきた。
「ほんとに、どこに行っちゃったんだろう・・・。もっと遠くにいるのかなあ・・・」
独り言のようにぶつぶつと言ったウサギに、何か声をかけるべきか、雪は迷っていた。
慰めるのも変な気がする。かといって、落ち込むな、と叫ぶのもおかしいだろう。何も言わない、という選択肢は存在してもいいのだろうか?
優柔不断にそんなことを考えていると。
「大丈夫だよ! 君はチョコのことが大好きなんだろう? それならチョコも君のことが大好きなはずだ。つまりは大丈夫だ!」
内容が浅すぎることを自信満々に言った蛇に、雪は尋ねる。
「いいんですか? そんな無責任なこと言って」
「無責任な励ましほど人を勇気付けるものはないと、僕は思うんだよ。よくわからない根拠を並べられるよりは、手放しに声をかけてもらったほうが、うれしくない?」
どうなんでしょうね、とだけ答えた。
励ますだけ励まして、よくない結果に終わってしまったらどうするのだろうか。お前は大丈夫だと言ったのにダメだったぞ、どういうことだ、と言われたらどうするのだろう。そんなことを考えてしまう雪には、蛇の言う「無責任な励まし」などできるはずもなかった。
「今日はもうあきらめて、また明日捜してみましょう」
「私なら一人でも大丈夫だよ? お姉ちゃんたちに迷惑かけちゃうのもよくないと思うし・・・」
「それは、あなたが気にすることじゃないですよ」
自分が小さい頃は、周りの迷惑など考えてもいなかっただろう。そう思った。
幼いながらに気を遣うことのできるウサギに、称賛の拍手を送りそうになるのを抑えて、雪は言った。
「私は別に大丈夫です。どうせ暇ですし」
自分で言って悲しくなってしまった。自分の今までの休日の過ごし方を思い出そうとしても、何もせずにだらだらしている様子しか思い出せなかったことが、より一層気分を重くさせた。
「ありがとう。それじゃ、また明日ね」
そう言って、ウサギはどこかへ行ってしまった。
礼が言えるのは素晴らしいことだ。雪は思う。
帰り道。普段、使わない道を雪は歩いていた。
「チョコは、どこに行っちゃったんですかね」
「どこに行ったんだろう」
「もしあのまま見つからなかったら、あの子はどうなるんですかね」
「どうなるんだろうね。見つけるためにこの世に留まっているんだから、見つかるまで捜し続けるのかもしれない。もしかしたら時間制限があるのかもしれない。それか、他に未練から解放される方法があるのかもしれない」
正解があるのかもしれないし、全部間違っているのかもしれないね、と蛇は言った。
「優しくないですよね」
雪は言う。
「この世には優しさが足りていないと思いませんか?」
それを聞いた蛇は笑いながら言った。
「今更気づいたの? そんなの、今に始まったことじゃないよ」
「知っていましたよ。ずっと前から知っているに決まっているじゃないですか」
きっと生まれた時から知っているんですよ、ただ全員気付いていないふりをしているだけなんです。そう言った。
「そうだね、この世は優しくない」
蛇は楽しそうに笑いながら続ける。
「生まれてくる理由も教えてくれないし、生きている間に何をすればいいのかも、自分で探せって言ってくるんだ。そのうえ、いつ人生が終わるのかなんて誰にも伝えない。この世は理不尽だよ。ひどすぎる」
ただ、と蛇は言う。
「ヒントを与えるくらいには、優しいところもあるらしいよ」
どういうことだ、と蛇の視線を追いかけてみると、電柱に貼られた一枚の紙が目に入った。「犬を捜しています」と書かれた紙である。
「きっとこの世はツンデレなんだね」
ツンが多すぎるだろう、と思うしかなかった。
ちなみに私は、ツンツンツンデレくらいの割合が好きな気がします。




