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第4話 知り合い

 きょろきょろと忙しく視線を動かしながら歩くウサギの後ろを、雪と蛇は歩いていた。

 自分は今何をしているのだろうか。ふと思い出したように、雪は考える。そうだ、犬を捜しているのだ。白いのにチョコという名前の、犬を。


「僕、犬を飼ったことがなかったから知らなかったけど、迷子の犬を捜すことって本当にあるんだね!」


 蛇が嬉しそうにしゃべっていた。


「楽しそうですね。何かいいことでもありましたか」


 ほとんど棒読みだった。なぜ棒読みなのか。歩き疲れたからだ。それ以外の理由はないだろう。


「いいこと? そうだね、今日の天気は晴れだ。すごくいいことだと思わない?」


「素晴らしいですね」


 ついでに、もう一つ質問することにした。


「あなたがあの女の子に話を聞こうっていたのは、最初からこうするつもりだったんですか?」


「え? 何が?」


 雪のわかりきった質問に対して、蛇は首をかしげながらそんな風にとぼけて見せた。

 雪の目的は死者に願いをかなえるためのヒントを聞くことだったはずだ。決して犬を捜すことではない。

 そこまで考えて、雪は一つため息をついた。


「別に、困っている人がいるから助けようって言ってくれたら、私は嫌だとは言わないと思いますけどね」


 誰かを見捨てた罪悪感を無視できるほど、私の精神力は強くないですよ、と言った。

 蛇が自分を信用していなかった、ということに対して腹を立てたわけではない。蛇の考えたシナリオ通りの動きをしているようで、どこかつまらなく感じていたのだ。そのせいなのか、若干の呆れを含ませた雪の言葉に、蛇はこう返した。


「そうだね。僕も、君がそんな自分勝手なことを言うとは思っていないよ」


「それなら、わざわざ回りくどいことをしないで、最初からそう言えばよかったじゃないですか」


 雪がそう言うと、蛇はなぜか困ったように笑った。


「・・・どうして笑うんですか?」


「いや、まったくその通りだと思ってね。僕は必要のないことをしていたんだ」


 でもね、と蛇は続ける。


「もしかすると、君が首を横に振るかもしれない。そうなったら僕があの女の子にできることはなくなっちゃうよね。絶対に、君が手助けするって言うような状況じゃないと安心できなかったんだ」


「そこまでしてあの子の未練をなくしてあげたかったんですか。意外と優しいんですね」


 まったくそう思っていないような、適当な調子で雪がそういうと。


「君も少しづつ僕のことがわかってきたみたいだね!」


 嬉しそうに蛇が言った。

 素で調子に乗っているのか、それともわざとやっているのか。雪にはわからなかった。


「自分の未練が解消できるかどうかも怪しいのに、他人のことまでどうにかしようとする人のことなんて、私にはわかりませんよ」


「そうか、君がわからないことを僕は分かるわけだ。それなら、僕から何か教えてあげられるかもしれないね。聞きたいことはない?」


「今、私たちがどこに向かっているか、わかりますか?」


「人生には、知らないほうがいいこともあるんだ。覚えておくといいよ」


 わからないらしい。






 しばらく歩いて、雪たちが着いたのは休憩場のような所だった。

 二人ほど座ることのできそうなベンチが三つ置いてあり、水飲み場と公衆トイレも設置されている。

 地面は芝生になっていて、十分に走り回れそうな広さもあった。

 近くには小さな川も流れており、周りを木々に囲まれたような場所だ。


「静かですね・・・。こんな場所があったんですか」


 自宅からさほど離れていないはずだが、ほとんど外出しない雪がこの場所を知っているはずもなかった。


「家にいるのがダメだとは言わないけど、君はもっと活動的になったほうがいいと思うんだよね」


 呆れたようにそう言われてしまえば、返す言葉が見つからない雪だった。

 話の流れを変えるように一つ咳払いをした後、雪はウサギに尋ねた。


「ここには、チョコと一緒に来たことがあるんですか?」


「うん! 私がチョコとお散歩しているときにここで休んでいたの。私がベンチに座ったらチョコが隣で寝ちゃって、全然起きないから大変だったんだよ!」


 大変だった、と言ったウサギはとても楽しそうだった。


「お散歩の途中で雨が降ってきたときにここの木の下で雨宿りしていたらね、急にチョコが走り出しちゃって。楽しそうだったから、私も一緒に走ったの! そしたら私もチョコも泥だらけになっちゃって、帰ったらお母さんに怒られちゃった!」


 今まで雪が飼ったことのある生き物といえば金魚くらいなもので、その世話もほとんど母親がしていたため、ペットとの思い出というのはほとんどなかった。

 そのせいか、楽しそうに語るウサギを少しうらやましく思っていた。

 その後、しばらくチョコとの思い出話をしていたウサギだったが、ふとその口が止まった。


「・・・どうかしたの?」


 急に声の出し方を忘れてしまったのか、と疑ってしまうほどぴたりと話すのをやめてしまったウサギに、恐る恐るといった様子で蛇が尋ねた。


「あそこに座っている人たち・・・」


 そう言いながらウサギが見つめた先には、ベンチに座って何かを話している男女がいた。おそらく、ウサギの話を聞いている間に座っていたのだろう。


「あの人たちがどうかしましたか?」


「私とチョコがここで休憩してるとき、よくあの人たちがお話してくれたんだよ!」


 ウサギはあの二人を知っているらしい。


「でも、私が死んじゃった後ここにきても全然いなかったから、久しぶりだなあって・・・」


 つまり、あの二人はよくこの場所に来ていたのに、ウサギの死後は来なくなったらしい。


「あの二人は、この子が亡くなったことを知っているんですかね?」


「どうだろうね。でも、急にここに来なくなったってことは、その可能性が高いと思うね」


「とりあえず、話を聞いてみましょうか」


 そう言って、雪はベンチに座っている二人のほうへ歩き出した。






「こんにちは。少しお尋ねしたいことがあるのですが、大丈夫ですか?」


 そんな風に声をかけると、二人は話すのをやめて雪のほうを向いた。

 雪より年上であることに間違いはないはずだが、どちらもまだ若い。20代の前半辺りだろうか。

 男性のほうは深緑のポロシャツに黒のジーンズ、女性のほうは薄いピンクのTシャツの上にカーディガンを羽織っており丈の長いスカートという格好だった。


「あら、お嬢さん、こんにちは。どうかなさったかしら?」


 会話を中断させられたことに気分を害した様子もなく、落ち着いた雰囲気の女性がそう言った。


「犬を捜しているんですけど、どこかで見かけませんでしたか?」


「犬・・・。ここの近くでは見なかったわね。どんな犬かしら?」


「真っ白で、耳が垂れていて、もふもふな犬らしいんですけど・・・」


 雪がそういうと、二人の表情がわずかに険しくなった。

 しばらく何かを考えていたように口を閉じていたが、やがて男性がこう言った。


「もしかして、君が捜している犬って、チョコという名前かい?」


「ええ、そうです。ご存知なんですか?」


 この二人はチョコのことも飼い主の女の子のことも知っている、というのはウサギの話からわかっていたが、この二人からすれば雪がそれを知っているのはおかしいと思うだろう。

 変に事情を知っていると怪しまれるかもしれない、と考えた雪がそんなことを言うと、女性が懐かしむように言った。


「その特徴にそのまま当てはまる犬を知っているわよ」


「ここの雰囲気が好きで、よく僕たち二人で来ていたんだ。その時、チョコと飼い主の女の子に会ってね。散歩の途中の休憩をしているらしかったから、いろいろお話を聞かせてもらっていたんだよ」


 微笑みながら話していた男性が、急に深刻な表情になった。


「ある日、いつものようにこのベンチに座っていたら、その子が息を切らせながら近づいてきてこう言ったんだ。『チョコがいなくなったの。どこにいるか知らない?』ってね」


「私たちも必死になって探したけど、見つからなくて。数日後、その子が事故で亡くなったって聞いてね。それ以来、ここには来ていなかったの。あの子のことを思い出すと、泣いちゃいそうだから」


 おどけたようにそう言った女性の声には、隠しきれない悲しさが混ざっているようだった。


「久しぶりに来てみたけど、あの子と話せないとなるとやっぱり寂しいね。・・・話が長くなってしまってごめんね」


「いえ、こちらこそ。つらいことをお聞きしてしまって」


「チョコのことを捜しているってことは、あなたも飼い主の女の子と知り合いだったのかしら?」


 この質問にはどう答えるべきなのか、雪は考えた。

 まさか女の子が死んでから知り合いました、などと言えるはずもなく、仕方なくこう言うことにした。


「学校に行く途中で、よく会いまして」


 そうだったんだ、と返した男性が続けてこう言った。


「外を歩くときはチョコがいないか、いつも注意しているんだけど、一度も見ることはなかったよ。もしかすると、離れた場所に行ってしまったのかもしれないね」


「そうですか・・・。ありがとうございました」


 話を聞くことができた雪は、二人に背を向けた。

 しかし、何かを思い出したように振り返ると、こんなことを尋ねた。


「最初、女の子にチョコがいないって言われた時、何のことだかわかりましたか?」


「・・・? ええ、犬の名前は聞いていたから」


「そうですか。聞いていたのなら、そうですよね」


 ありがとうございました、と言い、今度こそその場を離れて歩いていった。

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