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第11話 探索

 それを見て雪が最初に思ったのは、そのままドラマや映画の撮影に使えそうだ、ということだった。落ちて割れた花瓶の周りには土がばらまかれており、壁や床にはところどころ穴が開いている。

 ただ一つ、雪のイメージと違った点は、どことなく誰かがこの家にいるような感じがしたことだ。こんなところに人が住んでいるとは到底思えなかったが、なぜか人の気配がしたような気がするのだ。ただ、それが以前は人が住んでいたことを証明しているようでもあり、本物の廃墟だからこその雰囲気なのかもしれない、と雪はそんなことを考えていた。


「これは・・・かなりひどいわね」


 水香が顔をしかめてそう呟いた。

 先ほどまではしゃいでいた蛇も、黙って辺りを見回している。

 しばらく玄関で立ったまま先に進むのをためらっていたが、さっさと目的のものを探してしまおう、と雪が足を踏み出そうとすると、


「雪、ちょっと待って」


 水香が呼び止めた。


「どうしました?」


「・・・本当にここに入らないとだめなの?」


 水香が珍しく弱気な発言をしたことで、雪は少々戸惑ってしまった。


「それは、まあ・・・。探し物を頼まれてしまいましたからね」


 探す物がここにしかない以上、この廃屋の中を探す以外に方法はないだろう、と。

 そんなことくらい水香もわかっているはずだが、依然としてその表情は浮かないままだった。


「何か心配事でもあるんですか?」


 雪がそう訊くと、水香は答えづらそうに言った。


「外にいるときはそうでもなかったんだけど、家の中に入ってから、すごい嫌な感じがするのよね・・・」


 水香の性格からして、無駄に他人を怖がらせるようなことはしないはずだ。彼女が冗談を言っているのではないことを、雪は感じ取っていた。


「でも、ここまで来て何もせずに帰るのは・・・」


 雪もこの廃屋の有様にかなりの嫌悪感を覚えていたが、水香ほどのためらいがあるわけではない。ただ、水香の言葉を無視してしまうのもどうなのかと頭を悩ませていると、蛇がこんなことを言った。


「もし一緒に行くのが無理そうだったら、水香は外で待っていたら? 僕は別に大丈夫だし」


 それを聞いた水香は、少し考えた後、「・・・そうしようかしら」と小さな声で言った。

 その提案をした蛇も、水香がその返答をするとは思っていなかったらしく、恐る恐るといった様子で訊いた。


「・・・本当に大丈夫なの?」


「大丈夫かどうかはわからないけど・・・。雪が何も感じていないんだったら、私の気のせいかもしれないしね」


 水香がいたほうが効率よく探せると思っていたが、彼女の様子を見るに無理を言ってついてきてもらうわけにもいかなそうだ。


「それでは、私たちは探してくるので。もし戻るのが遅かったら、先に帰っても構いませんよ」


 そう言いながら、彼女なら自分たちが戻るまで待っているだろう、と雪は考えていた。


「じゃあ私は外で待たせてもらうけど・・・。もし何かあったら大声出しなさいよ。すぐに行くから」


 そう言うと、水香は扉を開けて外に出た。扉が閉まる直前、水香が大きく息を吐きだしたのを、雪は見逃さなかった。相当緊張していたのだろう。


「・・・大丈夫でしょうか?」


「僕に訊かれても困るよ」


 そうですよね、と。






 この廃屋の一階は、玄関からまっすぐ廊下が伸びており、突き当りに階段、左右に二部屋ずつという間取りだった。

 雪たちは、まず手前左の部屋から探すことにした。

 部屋と廊下を区切っていたはずの襖は取り外されていて、中の様子はすぐに確認することができた。そこは、ぼろぼろの畳が敷き詰められた和室だった。客間として使用されていたのか、立派な壺や掛け軸が確認できる。欠けた壺や、破れた掛け軸を立派と言ってもいいのかは、雪にはわからなかったが。


「彼はこの状況を知っていて、私たちに頼んだのでしょうか」


 そうだとしたらかなり性格が悪い、と雪は思う。

 光っているからすぐにわかるだろうと思ったのか、キツネはそれ以外の情報を伝えなかったが、大きさぐらいは聞いておけばよかった、と後悔した。この状況では、物に隠れてしまって光が漏れていない可能性も十分にあった。

 例えば、ひっくり返っている壺の中に隠れているかもしれないし、例えば、山積みになっている衣服の下に埋もれてるかもしれない。

 いろいろなものが散乱しており、足の踏み場もない、というほどではなかったが、探し物をするにはあまり喜ばしくない環境と言えるだろう。この家の様子を考えて、土足のままあがった雪だったが、その判断は正しかったようだ。


「まあ、文句を言ってもしょうがないよ。どうする? ここは後回しにする?」


「いえ、探してしまいましょう。目的のものがここにあることを祈りながら」


 そう言うと、雪は散らかっているものをひっくり返し始めた。蛇も雪の肩から降りて、手分けして探している。

 残念なことに、雪の祈りは誰にも届かなかったらしい。二人は、次の部屋を探すことにした。






 雪は、二階へと進む階段を上っていた。つまり、一階には目的のものがなかったのだ。

 足を下すごとに嫌な音を立てる階段にうんざりしながら、雪は考える。本当にキツネの言うものがここにあるのだろうか、と。

 キツネの言う「赤く光るもの」が、そもそも何を指しているのかも雪はわかっていないのだ。もしかすると、それはこの世のものではないのかもしれない。なぜそんなものを探しているのだろうか。そんなに大事なものなら、なぜ自分で探さないのだろうか。

 なかなか目的のものが見つからないという状況に、雪は苛立ちを感じ始めていた。

 そんな雪の様子を知ってか知らずか、蛇が声をかけてきた。


「いやあ、なかなかスリルがあって楽しいね!」


「何を言っているんですか?」


「本当に宝探しみたいだよ。君がさっき言っていたじゃないか」


 薄暗い廃墟には不似合いな、嬉しそうな声で話している。


「死んでからは本当にやることがないんだよ。宝探しなんて、しようとも思わなかったね」


「それはよかったですね。これであなたの未練も解消できるんじゃないですか?」


 心の底から何かを楽しむことをやり残した、と蛇は言っていた。基準はわからないが、蛇自身が楽しいと思ったのならそれでいいのではないか、と雪は考えたのだ。


「ああ、そうだね。そしたら晴れて僕も天国に行けるわけだ! あ、でも、君の願いはまだかなっていないね。確か生き返らせたい人がいるって言ってたっけ」


 人ってどうやったら生き返るんだろうね、と言った蛇に、雪は尋ねた。


「あなたは、本当に死んだ人間が生き返ると思うんですか? 火葬されて身体はもうないのに、戻ってこれると本気で思っているんですか?」


「何言ってるのさ、君がそれを願っているんだろ?」


 雪は何か言いたそうに言葉を詰まらせたが、結局「そうですね」とだけ言った。


「まあ、人を生き返らせる方法は後で考えるとして。早く探そうよ」


 蛇に言われて、廃墟にいることと探し物の途中であることを雪は思い出した。

 階段を上りきると、廊下がまっすぐに伸びていた。その先にはバルコニーが設置されている。そのため部屋は左右に一部屋ずつしかなかった。

 こちらも左側から探すことにしたらしく、部屋に入った。部屋の中を見て、雪は顔をしかめる。雪が何か言うよりも先に、蛇が口を開いた。


「何もない」


 他の部屋の状況からは考えられないほどに、その部屋には何もなかった。せいぜい机があるくらいだろうか。


「変な感じだね。どうしてここだけ片付いているんだろう」


「探す手間が省けてよかったですよ」


 そう言うと、向かい側の部屋の前に立った。

 バルコニーに目的のものがあるとは考えにくい。もしこの部屋になければ、もう一度最初の部屋から探すことになるだろう。キツネの言うものが存在しない可能性も考えなければいけない。この部屋で見つかることを祈りながら、雪は足を踏み入れた。



 聞いたことのない、不気味な音が響くのと同時に、雪の体が傾いた。



 手を伸ばしてもむなしく空を切るばかりで、体勢を立て直すことができない。ジェットコースターに乗った時の感覚を思い出したことで、雪は自分が二階から落ちていることに気付いた。

 ここ数日、雨が降ったせいで、木が水分を含んでもろくなっていたのだろうか。それにしても、家を壊してしまった。ああ、ここは廃墟なんだった。壊しても文句を言われることはないだろう。

 一瞬の間にそんなことを考えていた。パニックになったうえで頭が回ったせいなのか、考えがまとまらない。何をすればいいのか、と考えることができなかったのだ。

 かき回される思考の隅で、明確な死を意識したのと同時に、雪の体が地面にたたきつけられた。

 音を聞いて水香が駆け寄ってくる音も、繰り返し雪を呼ぶ蛇の声も、意識を失った彼女の耳には届いていなかったはずだ。

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