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第10話 先客

「探し物と言っても、そんなにたいしたものじゃない」


 前日は一日中犬を捜しまわっていたため、今度は何を探すのかと身構えていた雪は、キツネの言葉を聞いて肩の力を抜いた。


「ここからそう遠くないところに、一軒家があるんだが、その家のどこかに赤く光るものが置いてあるはずなんだ。それを探してきてほしい」


 キツネの言う「赤く光る物」がどんなものなのかいまいち想像できなかった雪は、キツネに尋ねた。


「もう少し具体的な特徴を教えてもらっていいですか?」


「赤く光るってだけでも、十分具体的だと思うけどな」


「形と大きさだけでも教えてもらえるとありがたいのですが」


「心配しなくても大丈夫だ。もしそれを見つけたら、他のものと間違えることはないだろう」


 情報は少しでも多いほうがいいだろう、と思っていた雪だったが、キツネはこれ以上のことを言う気がないらしい。教えてくれてもいいような気もしたが、キツネの言う通り「赤く光る」というだけでも十分な情報だろうと思い、食い下がるようなことはしなかった。

 そのあと、キツネは一軒家があるという場所を説明した。


「場所が分かっているなら、僕たちに頼らなくても君だけで探せるんじゃないの?」


 それはもっともな意見と言えるだろう。自分でもできることをわざわざ人にやらせるというのは、交換条件をする上でのメリットを消すようなものだ。


「さっきも言っただろう。生きている人間がいたほうがいいんだ」


「理由を訊いてもいいですか?」


 キツネは、しばらく考え込んだ後、口を開いた。


「・・・できれば、理由は訊かないでもらいたい」


「どうしてですか?」


「あんたは、理由を言いたくない理由を訊くのか? 永遠に続くぞ」


 キツネが小さく笑った。「おかしなやつだな」






「ということで、その赤く光る物を探しに行きましょう」


 手に持った小さな懐中電灯を前に向けて歩き出した雪の横に、水香が並んで歩く。


「探し物をするくらいなら、何もこんな時間じゃなくてもいいんじゃない?」


「探す物の特徴が『赤く光る』くらいしかわかっていませんからね。昼に探してしまうと、見つけにくいかなと思いまして」


 それもそうか、と納得しかけた水香だったが、


「それなら別に今日じゃなくても、金曜日か土曜日の夜のほうがよかったんじゃない?」


 翌日は学校に行かないといけないのだから、ということが言いたいらしい。

 一日くらい休んでも構わないだろう、程度の認識だった雪は、水香の生真面目さに少しだけ困ったような表情を浮かべた。


「私としてはどちらでもよかったんですけど。状況が整ったら、なるべく早く行動に移したいと思ったので」


「どうして?」


 死後数年間、一人で犬を捜していたウサギのことを思い出していた。彼女が例外というわけではないはずだ。この世には、未練が解消できずに留まり続けている死者が多くいるのだろう。

 チョコは見つけることができたのだろうか、と雪は考える。急にいなくなってしまったウサギのことが、気にならないわけではなかった。


「依頼してきた彼が、もしかしたら何年も未練を解消できずにいるのかもしれないじゃないですか」


 とはいえ、雪はそこまで他人に気を遣うようなことはしない。現に、キツネから話を聞いたのは三日前だが、すぐに行動に移してはいないのだ。

 なぜ話を聞いた日に探しに行かなかったのか。その日の夜は雨が降っていたからだ。次の日も、その次の日も雨が降っていたから今日探しに行くことにした、というわけである。

 つまり、雨が降っているときに外出してまで、他人のために動くつもりはない、くらいの案外軽い考えなのだ。

 雪の言う「整った状況」には、天候が晴れであることも含まれていた、というだけの話だ。






 しばらく歩き、キツネに教えられた場所に着いた。着いたのだが、そこにあったものを見て、水香は眉をひそめた。


「まさかだとは思うけど、そのキツネの言っていた家ってこれのこと?」


 そう言って視線を向けた先にあるのは、キツネが言っていた通り一軒家だ。ただ、窓ガラスは割れたままで壁は薄汚れており、家の周囲に伸び放題になっている雑草を見る限りでは、何年、何十年と誰も住んでいないことが(うかが)えた。もとはそれなりに立派な一軒家だったのだろうが、住人がいなくなり今にも崩れてしまいそうな廃屋(はいおく)を見て、思わず雪もため息をついてしまう。


「これではないことを信じたいのですが」


「諦めなよ。ここら辺で建物っていったら、この家くらいしかないんだし」


 雪が周りを見渡してみると、誰が使うのかもわからない自動販売機が弱々しい光を放っているだけで、他には何も見当たらない。目的地に近づくにつれ民家がまばらになってきた時点で、なんとなく嫌な予感はしていた雪だが、まさかここまでとは思わなかったようだ。


「この家で探し物をしないといけないわけですか・・・。大変な作業になりそうですね」


 今から立ち入らないといけない場所が、恐ろしいくらいに古いという以外にも問題があった。

 キツネが一軒家と言ったのを聞いて、雪はなんとなく(ひら)()をイメージしていたのである。しかし、雪の手の懐中電灯はかなり高い位置に向けられている。二階建てだったわけだ。

 探索しないといけない場所が想像の約2倍となってしまったことに、雪はもう一度大きくため息をついた。


「まあ、どうせ探さないといけないことに変わりはないんだからさ。早く入ってみようよ」


 すでに疲れた顔をしている雪や水香とは対照的に、蛇は楽しそうな声を出した。


「・・・一人だけ早く入りたそうにしてるのはどうしてかしらね?」


「だって、考えてみてよ。太陽が沈んで暗い中、見つけたのはひっそりとたたずむ謎の廃屋・・・ってね。肝試しみたいで面白そうじゃないか!」


 きっとこいつは2日後に世界が終わることになってもその状況を楽しむのだろう。そんなことを考えながら、雪は言った。


「死者が肝試しをするなんて、これ以上面白いことはないでしょうね。それではさっさと用事を済ませてしまいましょう」


 覚悟が鈍らないうちに、と雪が玄関に近づいた。あわてて水香も追いかける。

 扉はほとんど塗装がはがれており、少しでも動かそうものなら外れてしまうのではないかと思うほどだった。

 軽く息をはいた雪がドアノブに手を伸ばす。

 ガチャリ、と音がしてドアノブが回った。

 雪はあわてて後ろに下がる。それも当然の反応といえるだろう。雪の手がドアノブに触れる前に、ひとりでに動いたのだから。

 ギギ・・・と古めかしい音を立てながら開く扉に光を当て、息を潜めながら見守っていると、


「お邪魔しまし―――何ですか!? まぶしいです!」


 そんな声が聞こえた。

 扉の向こうに立っていたのは、一人の少年だった。


「なんだ、普通の人か・・・。びっくりした」


「二人とも死者が見えるのに、こういうのは怖いんだね」


 蛇が呆れたような声を出した。

 どうやら、その少年が内側から扉を開けただけのようだ。その少年は、顔を腕で隠しながら焦ったように言った。


「よくわかりませんが、驚かせてしまったのは謝ります。謝りますから、ライトを当てないでください! まぶしいです!」


「ああ、すいません」


 雪が懐中電灯を下に向けると、少年も顔を覆っていた腕を下ろした。


「えーっと、もしかしてこの家の方ですか?」


 この家が見た者にどんな印象を与えるのかを知ってか知らずか、そんなことを訊いてきた。もちろん違う、と雪が首を振る前に、少年の後ろから声が聞こえた。


「何を考えているんだ、お前は。ここに人が住んでいるように見えるのか?」


 少年に注意が向いていたせいで雪たちは気付いていなかったが、少年の後ろにもう一人いたらしい。

 挑発的な発言をした少女に、少年はこう言い返した。


「いやですねえ、冗談に決まっているじゃないですか」


「面白くもない冗談は言わないほうがいいぞ」


 がっくりとうなだれてしまった少年と、その後ろでつまらなそうな顔をしている少女にどう声をかけるべきか、雪が迷っていると、


「あの、あなたたちは・・・? ここで何かしていたの?」


 水香が尋ねた。すると、少年が顔を上げて説明した。


「たまたま近くを通りかかったら、ものすごく雰囲気のある家があったものですから。肝試しでもしてみよう、ということになったわけですよ」


「お前が勝手に決めたんだけどな」


 確かに、絶好の肝試しスポットだな、と雪は思った。周囲に民家がないから騒いでも何も言われないだろうし、そしてなにより、この外観だ。


「いやあ、怖かったですねえ・・・」


「怖かったか? ただ家の中を見て回るだけだろ?」


「肝試しって、それを楽しむものじゃないんですか?」


 どうやらこの二人は、一通り家の中を見てきたらしい。もしかしたら、目的のものをどこかで見たかもしれない、と考えた雪は二人に尋ねた。


「あの、すいません。この家のどこかに、赤く光っているものはありませんでしたか?」


 それを聞いた少年は思い出すような素振りを見せた後、こう言った。


「私たちが見逃したのかもしれませんが、なかった気がしますね」


「そうですか・・・」


 これは思っていたより見つけるのに苦労するかもしれない。雪は思わずため息をついた。


「君たちは、その『赤く光っているもの』を探しにここに来たのか?」


 雪の様子から察したらしい少女の質問に、「はい」と答えた。


「そうか。この家を探すつもりなら、まあ()めはしないが。至る所がぼろくなっているからな。怪我でもしないように、気を付けたほうがいいぞ」


「注意はしたからな」と言って、少女はその場を去ってしまった。

 少年もあわてて後を追ったが、ふと何かを思い出したように立ち止まると、振り返ってこう言った。


「そうそう、私たちが見て回っているときに、小さく物音がしたんですよ。もしかしたらネズミでもいるのかもしれないので、一応伝えておきますね」


「それじゃあ、頑張ってくださいね」と言うと、少年は走り去ってしまった。

 少し先で待っていた少女と合流し、どこかへ行ってしまった二人の後ろ姿を見送ったあと、雪が言った。


「それでは、肝試しに行きましょうか」


 再び、扉の開く音が響いた。

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