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バカとトモダチ  作者: 明
2/2

谷村と芹名

まだ相談事の内容に入らない

「誰だ、君」


二つの黒が俺を突き刺した。

たった今こちらに気付いたとでも言いたげなその言葉が少し癇に障る。

谷村はこちらを訝しんでいることを隠そうともせず、じっくりと俺を観察していた。

居心地が悪くて身動ぎする。


「お前なあ、さっき名乗ってくれただろ?」

「さっきっていつだ?君のさっきと僕のさっきが合致しているとは限らない」

「小学生みたいなこと言うなよ…」


芹名が眉を顰めて谷村を小突いた。谷村自身も自分が下らないいちゃもんをつけている自覚があるのか、芝居がかった仕種で肩を竦める。


「で、君は誰だ?芹名によると名乗ってくれていたみたいだが、生憎聞き逃してしまっていたみたいだ。悪いな」


水を向けられて、俺は慌てて先ほどと同じように名乗った。

谷村はふーん、とつまらなそうに呟いたあと、で?と首を傾げた。


「末廣クンは僕に用があるようだが、何の用だ?」

「あの、サークルの先輩に、困ったことがあったら食堂裏のベンチにいる人物に相談するといい、って聞いて。食堂裏のベンチにいる人物って谷村さんのことですよね」

「確かに僕はここのベンチによく居るが、そんな悩み相談室みたいなことはした覚えがないな。芹名のことじゃないか」

「でも、長い前髪に銀縁眼鏡って聞いたんですけど」


谷村は俺の言葉を聞いて忌々しそうに舌打ちをした。俺は谷村のその反応で、俺の推測が間違っていなかったことを確信した。

食堂裏のベンチにいる、困ったことを解決してくれる人物とは、谷村で間違いない。

芹名はくすくす笑って、谷村の肩をとんとんと叩いた。

谷村は鬱陶しそうに芹名の手を払うと、ベンチから立ち上がった。これ見よがしに溜息を吐くと、すたすたと歩き出す。

小さくなる背中に焦って声を掛けた。


「あの!」


無視される。

どうしようとおろおろしていると、俺の隣に未だ佇んでいた芹名がゆっくりと歩き出した。

そして数歩進んだところで振り返る。


「来なよ。谷村が話を聞いてくれるってさ」

「え?」

「そんなに冷たいやつじゃないんだ、あいつ」


〈〈〈


学内のカフェの一角に谷村は座っていた。小さなカップに入ったコーヒーを啜り椅子に背中を預けている。

芹名の言葉を信じて、すでに距離のあった谷村の背中を追うこと5分。

ぐるぐると学内をうろついたあと、思いついたようにこのカフェに入った。

ここはさくらカフェというなんの捻りもない名前をもつ、和風の内装が売りのカフェだ。


「どーぞ、末廣君。話を聞こうか」


谷村は真四角の机を挟んで向かいの席を左手で指し示した。その手に薄手の手袋が嵌められていることに気付いたが、何となく触れてはいけない気がして何も訊かなかった。

指示に従い、俺は谷村の向かいの席に腰を下ろしたが、内面面食らっていた。

先ほどはつれない態度だったのにこれはどういう心境の変化だろうか。


「不思議そうな顔をしているな」


谷村が苦笑する。芹名がその隣の席に腰を下ろした。


「いえ…」

「別に気を遣わなくて良い。僕だって君の相談に乗るのを心底面倒くさいと感じているんだ。ただ…」


谷村が横に座った芹名と横目でちらりと見た。


「僕に対する…何と言ったらいいか、こういった相談事はたまにあるんだが、これに協力しないとこいつが非常に五月蠅い」

「五月蠅いだって?お前その言い方はないだろ」

「ああ、すまない、訂正する。寧ろ逆だな。静かで、僕にとーっても非協力的・・・・になるんだ」


谷村は肘をついて片頬で笑った。

俺は意味が分からず、黙り込む。視線で説明を求めると、谷村が渋々といった態で口を開いた。


「自分でいうのは屈辱的なんだけれど、僕はあまり頭の出来が良くない」

「…はあ」

「較べてこいつは秀才という奴でな。僕は単位を確保するためにいつもこいつに頼っている」


そんなことを胸を張って言われても困る。


「…で?」

「君のような連中が持ち込んでくる相談事を解決しないと、芹名は僕を見捨てるんだ」

「見捨てるなんて人聞きが悪いな。俺は何もしないだけだ」

「結局は同じだろう。言い方が違うだけだ」


目の前で小競り合いをする二人に、俺は自分が相談する相手を間違えたのではないかと不安になった。


「えーーと、つまり、谷村さんは単位を死守するために俺の相談に乗ってくれると」

「その通り。君は悩みが解決するし、僕は単位が取れる。はい、お互い幸せ」


両手の掌をこちらに向けておどけた風に言う谷村に不信感が募る。

なんで先輩はこんな奴を俺に紹介してきたんだ。もしかするとからかわれたのかもしれない。

先日、先輩のコーヒーにそっとタバスコを入れた犯人が俺だと気づかれていたのか。


「大丈夫だよ。谷村は勉強は得意とは言えないけど、こういう案件は得意だからね」


俺の不安を読み取ったらしい芹名が安心させるように言った。

谷村は飲んだコーヒーが器官に入ったのか噎せて咳き込んでいる。

うぇっと汚い声を出している姿を見て、全く安心できないのだがどうすればいいのだろう。


「話すなら早く話してくれ」


噎せたせいか若干涙目になりながら促されて、俺は引きながらも口を開いた。


「先週の金曜日のことなんですけど―――」







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