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夢想の形は銃弾で  作者: 衣太
邂逅
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1

 隣町アダリナは、随分と大きな町だった。

 着いた頃には夕も過ぎ暗くなっていたが、遠くから見ても分かるほどに明るい。

 壁があるからだ。人の高さ程度の柵で覆われていたあの村とは違い、高さ3mはある壁で町が一周覆われている。

 壁には至る所に明かりがついており、星の光がなくとも遠くから町を見つけられる程に明るかった。ナディアの言うには、旅人の休息地として始まったこの町では、彷徨える旅人を導くために明かりを照らして町の存在を知らせるという風習がある、とのことだった。

 ほぼ全て風力発電で賄っていたあの村とは違い、この町は近くの湖を利用した水力発電を利用しており、その電力は町全体に送ってもまだ余り、外壁の電気はいつ見ても灯っているという。


 馬車を預け、荷物を持って歩き出したところで、ナディアに問いかける。



「ナディア……さんは、どうするんですか?」


「呼び捨てで良いですよ。たぶん、年同じくらいですし。特に用事もなかったので、しばらくはこの町に居ようかと思います。流石に護衛一人で帰るわけにも行きませんしね」



 護衛一人、その言葉が耳に残る。何か、重大な見落としをしていたような……。



「あ……」



 私が護衛は一人で良いと、目があれば良いと言ってしまった。

 勢いに押されて皆が反対意見を出すことはなかったが、よくよく考えて見れば、ここまで馬車を動かし乗せてくれたナディアは、これからあの村に帰ることになる。

 それを失念していた。行きは私の銃があっても、帰りは違うのだ。年頃の娘と護衛の兵一人、半日程度で移動できる距離とはいえ、村よりは危険だ。村でも年に数回野盗に襲われるくらいなのだから、家もなければ人も居ないただの平地では、危険度は跳ね上がる。

 初めてでも野盗を撃退できたからと、変に自信がついてしまっていた。彼女は見送りの為のNPCでもなければ、移動手段でもなかったのだ。



「ごめん、私が一人で良いって言ったばっかりに……」


「いえ、お気になさらず。どうせ数人、兵を村に雇い入れたいと思ってましたので、構いませんよ」



 帰り道の護衛ついでに村に移住してきてもらう。元からそんな予定があったのなら罪悪感は少し薄れるが、それでも、その商談が成立するまでは彼女は帰れないことになる。

 野盗の襲撃からまだ2日しか経っておらず、ロクな準備もできていないだろう。彼女一人でそれを成さなければいけないというのは、やはり申し訳なく思える。



「付き合うよ、それ」


「いえいえ、流石に長の孫として、それなりに商談や交渉は学んできましたから。町での護衛程度なら、彼一人でも構いません。ねえ、ロレンソ?」


「まあ、はい。この町なら、はい」



 ロレンソと呼ばれた青年、いや、よく見れば存外に幼い顔をしている。ひょっとしたら、まだ二十歳も迎えていない彼は、そう応える。

 護衛として着いてきた村の兵だ。背が高く、無口で落ち着いているところから大人だと思っていたが、町に入ってからキョロキョロと周りを見渡す姿やナディアからの扱いを見ると、存外、普通の少年なのかもしれない。



「ロレンソはこの町の出身なんですよ」



 そう紹介されると、彼はペコリと頭を下げる。



「どうですか?久し振りの故郷は。変わったところでもありましたか?」



 キョロキョロと周りを見渡すロレンソにナディアはそう問いかける。

 彼は頬を掻きながら言葉を探したのか少し黙ったが、やがて口を開く。



「明るい、です」


「……この町が明るいのは、元からじゃないですか?」



 何を当然のことを、とでも言うように、呆れた顔のナディアが返す。

 町の中も、夜とは思えないほどに明るい。夜でもここまで賑わっているのは一部の区画だけのようだが、この時間でもいくつもの屋台や食事処が営業しており、沢山の人が飲んだり、食べたり、騒いだりしている。

 暗くなると皆が家に帰り、家で家族と食事をしていたあの村とは大違いだ。全然知らない人達と酒を飲みながら談笑をする姿は、あちらの世界の日本でも見た光景だ。夜遅く、塾帰りに繁華街を通っていた時のことなどを思い出してしまい、慌てて記憶の再生を中断する。



「えっと、人が、です」


「人、ですか……確かに、言われてみると、やけに楽しそうですね」



 以前の町を知らない私からすると“あちらの世界基準では普通”と思ってしまった光景でも、この町の出身であるロレンソから見たら違って見えたのだろう。

 夜になっても、人が外で談笑する。原因不明の伝染病が流行っているのなら、皆が家で大人しくしているはずだ。今の光景すらも、彼には不思議に思えるのかもしれない。

 村長の言っていたように、薬師のアイザワが来てから変わったのだろうか。



「あ、そうだ。リカさん。付き合って貰えるんでしたら、是非お願いしたいところがありまして」



 思い出したかのように、ナディアが振り返る。少し、楽しそうな顔をして。



「良いけど、どこに?」


「オンセン、です!」


「温泉!?」



 思わず聞き返してしまった。確かに、彼女は“温泉”と口にした。

 温かいお湯に最後に浸かったのはいつだったろう。入院中はほとんど身体を濡れたタオルで拭かれる程度で、風呂に入る機会など月に数回しかなかった。それも、足の動かない私には、付き添いの看護師が三人ほどついて。

 この世界に来てみると、この世界、いや、あの村には風呂場という概念はないようで、垢すりのような素材のタオルで毎日身体を拭く程度だった。

 そういう文化的な違いに口を挟むつもりはなく、順応するつもりでいたが、もしあるなら入りたい。今すぐ温かい湯、いや、温泉に浸かりたい。彼女の一言で、一瞬で温泉モードだ。



「ええ、大きな温泉があるんですよ。ほら、あそこです」



 彼女が指差したのは、この町でも一際大きい建物だ。

 町の外からも見えていたそれは、遠目には高い電柱のようだったが、町に入ってみると建造物だと分かった。一体何の施設かと思ってはいたが、あれがそうなのだろうか。



「行く!行きます!連れてって下さい!」


「ですよね、やっぱり女として、湯に浸かりたいのは当然です」



 うんうんと、ナディアは頷きながら言う。

 やはりあの村に住む彼女も、風呂の必要性は感じていたのだ。あの村にその施設がなかったのは、資源の関係だろうか。

 そもそもあの村には“お湯を作る設備”そのものがなかったように思える。給湯器などもってのほかで、電気ポットのようなものもなかった。

 料理にも火ではなく電気コンロのようなものを使っており、火はアルフレドの鍛冶屋くらいでしか見ていない。それに、鍛冶場で燃やしていたのは木炭だった。

 風力発電に頼っておりガスや石油などの天然資源もないのなら、毎日大量のお湯を沸かすほど電力に余剰はないのかもしれない。

 外壁まで電気が灯っているこの町とは大違いだ。


 ナディアに連れられて夜の街を歩いていると、見覚えのある屋台が視界に入る。

 あまりにも自然に存在していた為に見逃してしまったが、横を通り過ぎた瞬間、匂いで気付く。

 勢い良く振り返ると、そこにあったのは一つの屋台。

 ポップなフォントで『やきとり』と書かれたそれは、あちらの世界で、縁日などによく出ている屋台そのものだった。

 環境は違い、風土も違う。日本人とは思えない顔立ちをした住人が、日本語でやり取りをする。そんな異常を“当然”と認識してしまっていたから、この屋台の異常に気付くのに時間がかかったのは、仕方がないと言えよう。



「あの!」



 「いらっしゃい!」と大きな声で返事をした屋台の主は、こちらに気づくと元気にそう言った。

 髪は黒く、髭も黒い。縁日の屋台はヤクザがやっていると噂を聞いたことがあったが、まさに、彼はカタギの人間とは思えない鋭い目つきをしていた。

 とてもよく見る、顔立ちだ。そう、あちらの世界では。



「日本の、人ですか?」



 ヤクザのような彼にそう問いかける。彼は一瞬驚くと、少し悩む。即答は、されなかった。



「ニホンって国は知らねェが」



 彼は口を開くとそう言った。日本人ではない。偶然顔立ちが日本人に酷似しており、偶然日本の屋台と同じものを作り営業しているだけ、なのだろうか。

 少しの落胆が表情に出てしまったのか、彼は黙って焼いていた焼き鳥を何本か紙でくるむと、それをこちらに向けて言った。



「やるよ。ニホン人が来たら優しくしろって、爺ちゃんに言われてっからな」


「……え?」


「俺は生まれも育ちもこの町で、出たこともほとんどねェ。けど、爺ちゃんはニホンって国の生まれだって言ってたんだよ。どこにあるかも知らねェがな」



 反応できないでいると、彼は焼き鳥の入った包をこちらの手に無理矢理載せる。たった今まで炭火で焼いていたそれは包み紙越しでも暖かく、その匂いは、日本でも馴染みのある香りがした。



「そのお爺さんは、今何を?」


「20年くらい前には死んだよ。この屋台も、爺ちゃんが昔使ってた奴をずっと使ってるんだ」



 そう言われて屋台を観察する。『やきとり』という文字は新しいが、恐らく布を張り替えたのだろう。それでも骨組みや足など、明らかに錆びているところもあり、年季の入った炭焼き器など、所々に古さを感じる。

 修理に修理を重ねてずっと使ってきたのだろう。偶然などではなく、確かにこれは、あちらの世界と同じ屋台だった。

 彼の祖父があちらの世界から来、作った屋台。それは数十年経った今でも現役で、あちらの世界、日本と繋がっている証明になる。



「ありがとうございます。頂きます」



 ヤクザのような彼に、そう言って頭を下げる。彼に聞きたいこともあったが、それより、気になるものがあった。

 視線。

 後ろで黙ってみていた、ナディアの視線だ。



「……あの」


「うん?」


「食べないんですか? それ」



 彼女の目は、焼き鳥の入った包に釘付けだ。屋台を素通りすればすぐに忘れた匂いでも、屋台の前にしばらく居てしまうと、どうしても、意識が向いてしまったのだろう。

 歩きながら食べると服が汚れてしまいそうだったので、近くにあったベンチに腰掛け包を開く。

 中に入っていたのは俗に“ねぎま”と呼ばれる鶏肉とネギを交互に串に刺して焼いた物で、それが6本。

 日本でも嗅ぎ慣れた、醤油ベースのタレの匂いが広がり、ナディアが唾を飲み込む音が聞こえた。


 ナディアとロレンソに串を一本ずつ配ると、頬張る。

 味の濃いタレがかかった鶏肉だが、噛んでみると肉汁がぶわりと広がり、タレにも負けずに肉としての主張をしているのが分かる。

 一言で言うと、美味しい。それに、久し振りの味だった。


 ステラの家に居候していた時は洋風の煮込み料理がほとんどで、焼き物、炒め物はほとんど出なかった。それはガス火がない状態で作りやすい料理ということで発展したあの村独自の料理なのかステラの得意料理なのかは分からないが、ナディアの反応を見るに、あの村の住人からすると、炭火焼きの焼き鳥など滅多にお目にかかるものでもないようだ。


 はふはふと言いながら焼きたての焼き鳥を頬張っていると、気付いたら膝の上に載せていた串のうち、残りが1本になっていた。横を見るとナディアとロレンソは瞬く間に最初の一本を食べきって、今二本目を美味しそうに食べていた。

 私が懐かしいと思った味でも、彼らからすると未知の味なのかもしれない。炭火でほんのり焦げたネギは甘くまた格別で、鶏肉だけの串ではない、ネギと交互に刺されたことによる相乗効果を感じる。


 あちらの世界で食べることを許されなかったこのような屋台の食事は、家で出てくる、栄養バランスが考えられ冷めて塩気のない料理の何十倍も美味しかった。この世界で長く過ごしても、たまには、こういう日本を感じるものが恋しくなってしまうのだろう。



「ふぅ……ご馳走様でした」



 2本では満足できず、追加で何本か買ってきてロレンソと分けあっていたナディアは、しばらくするとそう言って立ち上がった。

 元から少食だった私は大きな鳥が刺さったねぎま2本で充分満腹になれたが、ナディアからすると全く足りなかったようだ。その細い体のどこに肉が入る隙間があるのかと思ってしまったが、まあ乳とかだろう。別に、胸のサイズを気にしたことなどなかったが。



「寄り道してしまいましたし、温泉行きましょうか、温泉」



 元気に歩き出す彼女に着いていく。存在感のある大きな円柱に近づくに連れ、屋台や飲食店が増えていく。どうやら、一番賑わっているのは、温泉周辺のようだ。

 屋台の誘惑を堪えながら歩いていると、いつの間にか着いていた。下まで辿り着いてようやくわかったが、想像以上に大きい。太さもそうだが、高さがある。

 窓がほとんどなく、何階建てかまでは分からないが、学校の校舎よりも遥かに高い。学校が四階建てだったから、1フロアの高さが同じくらいだとすると、10階建てくらいだろうか。明らかに、この町で一番高い建物だった。

 煉瓦のような素材で作られたその塔は、地震でも起きたら崩壊してしまいそうだったが、地震が頻発するような地域なら、こんなものは作れないだろう。


 中に入るとまず最初に入場ゲートがあり、そこでお金を払うと木札の通された紐を渡される。それが入場証となり、また、手荷物を預ける際も木札に書かれた番号を見せれば良いようだ。

 夜も遅いのに施設は大変賑わっており、休憩スペースや食事処も備えてる。時間制限はなく、一日中居ても問題はないようだ。



「昔は、こんなに人居なかったと、思います」



 ロレンソが言う。この町の人間がこの温泉施設を利用するには『自分が流行病にかかっていない』という証明書を医師から発行して貰う必要があり、流行がピークだった時期は、もっと閑散としていたようだ。

 流行病が落ち着いたのか治ったのかは分からないが、閑散としてるとはとても言えないほどに、中には沢山の人がいる。

 この町の住人ではない三人は、町に入る時に貰った通行証を見せるだけで済んだが、この町の住人らしき人達が書類を見せてる光景が見えた。それがその手続きなのだろう。



「じゃあ、私達は2時間くらい戻ってこないと思いますので、ロレンソも適当にどうぞ」


「あ、はい、そうします」


「もし時間あったら、宿も見つけといてくださいね」



 そう言ってさっさと歩き出すナディアに着いていく。どうやら一階だけが共有部であり、左右の階段で男女を分けているようだ。

 想像以上にロレンソの扱いが雑というか、パシリのようになっているが、使用人ではなく護衛で着いてきたはずのロレンソも「あ、はい」と普通に返していた。良いのか、それで。

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