表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢想の形は銃弾で  作者: 衣太
襲撃
8/35

7

 目が覚めて最初に思ったことは、「どちらの世界か」という疑問。

 天井が白塗りではなく、ベッドの色も白ではない。これは、こちらの世界だ。色のなかったあちらの世界とは違う。消毒液の匂いも、申し訳程度に置かれる花の匂いもしない。

 どれだけ眠っていたのだろう。あの日は何日だったのか、今は何日なのか。日めくりカレンダーなどなく、記憶を整理する他ない。

 盗賊を追い払い意識を失った。最後に見たものは、外敵が消えたにも関わらずこちらを怯えた目で見ていた、村人二人の表情。彼らは、何に怯えていたのか、今ならはっきりと分かる。私に、だろう。

 あの時酷かった耳鳴りは消えている。腕の痺れも、疲労もだ。頭が微かに痛いのは寝すぎからか。過去、似た頭痛を何度も経験した。

 手を開いて閉じる、足を動かす。ずっと寝ていたのが原因で痺れてはいるが、それでも問題なく体は動く。

 立つこともできなかった、あちらの世界とは違う。この世界の私は、何不自由なく立って歩けるのだ。



「あら、やっとお目覚めかい」



 声のした方に顔を向けると、そこには大きな籠を持った家主、ステラが居た。

 籠の中身は洗濯物だろう、私の寝かされている部屋から、洗濯物が干せるから。洗濯物を干すということは、今の時間は朝ということになる。



「……迷惑、かけました」



 やっと口から出たのは、そんな言葉だった。

 あの時、彼女の静止を振りきって外に出た。あれで私が大怪我などしていたら、彼女は止めなかった自分を深く悔やんだろう。

 怪我などしなかった。しかしそれは結果論にすぎない。偶然私に都合がよく物事が運べただけであり、運が悪ければ、状況が悪ければ、成功しなかった救出劇だ。

 分の悪い賭けではなかった。それでも、野盗達に現代の銃器についての知識があったら成功しなかったのだから、運が良かった、としか言えない。野盗達が運良く銃について知らず、運良くまとめて襲いかかられず、運良く話ができただけのこと。一つでも私に都合が悪いように物事が進んでいれば、こうはならなかった。


 だが、私をここに住ませてくれた、家主のステラからしてみると、違うのだ。



「ありがとうね」



 ステラはそう呟いた。ありがとう、一体、何の感謝だろう。



「帰ってきてくれて」



 娘を病気で亡くし、夫を戦争で亡くし、息子は帰ってこない。

 そんな彼女は、置いて行かれることに、人一倍敏感だったのだ。



「すみません」


「謝るんじゃないよ。本当に、ありがとう」



 また、置いて行かれるんじゃないかと、恐れていた。彼女の瞳は少しだけ潤み、喜びと、感謝と、謝罪と、様々な感情が織り交ざった、複雑な表情をしていた。私には分からない、彼女にしか分からないその気持ちを、決して口にすることはない。


 彼女が置いて行かれることを恐れていたと分かっていても、私はあの時、家を飛び出したのだろう。

 自分にできること、これからすべきこと、その為の道を一歩踏み出すのに必要な行動だった。自分で考え、自分が動かないと、状況を変えることはできないのだから。何十人もの仲間が居た、ゲームの世界とは違うのだ。



「私はどれだけ寝ていたんですか?」



 あの世界では何度も聞いた、しかし、この世界では初めての質問。



「丸一日と少しだよ。怪我はなかったみたいだけど、全然起きないからね、あたしも少し焦ったよ」



 ステラは洗濯物を干しながら、話をしてくれた。





 あの夜、この村の村長は丁度遠出をしていたようだ。居なかったのは3日間だけのようだが、その間、村に駐屯していた兵も数人連れて行ったらしい。

 元から駐屯している兵は少なく、あの夜、この村に兵はほとんど居なかった。野盗からしてみると、狙いどきだったのだろう。

 どうやってその情報を得たのかは定かではない。偶然タイミングが被った可能性もあるし、どこかで知った可能性もある。それを確認する手段は、今はない。

 あの野盗の正体も分からず仕舞いのようだ。似たような剣を持っていたがそれ以外に特徴的な装備もしておらず、私が作ってしまった4つの死体を検分しても特に身元や出身が分かるようなものはなく、村の外れに埋めたようだ。日本人には馴染みのない土葬は、あまり想像できるものではない。



「あの家の人達は、どうなりました?」


「怪我はあるが、そう大したことはないみたいだよ。ああ、そういえばあの家ね、村長のお孫さんが住んでたんだ。あの野盗、それ知ってあの家を襲ったのかね……」


「村長、ですか」



 そういえば、この村の村長とは会っていない。野盗ほどではないが私も充分よそ者であり、今回は色々とやらかしてしまった。一度会っておくべきか。

 それどころか、考えてみると会ってちゃんと話した人間の方が少ない。ステラとアルフレドを除くと、時折アルフレドの工房に来る猟師の男性や、ステラの店に買い物に来た村人程度のものだ。名前を知っている人の数があまりに少ない。

 元からコミュニケーションが上手ではなかったから当然かもしれないが、これは明らかに社交性に欠けるのではないだろうか。勉強だけをすれば良かった学生時代とも、ゲームしかしていなかった病院生活とも違う。ここは、人の生きる世界なのだから。

 人と会って話すこと、少しでも多くこの世界についての知識を得ること。どちらも今後の活動に必要なことで、その為には人と話し、見て、感じるほかにない。



「ああそうだ、あんたが目を覚ましたら呼んでくれって村長に頼まれてたんだった、すっかり忘れてたよ。あんたは寝たままで良いからね。今ちょっと、呼んでくるよ」


「い、今ですか?!」


「ああ今だよ、ずっと心配してたからね。孫救われたんだから、当然だよ」



 そう言うとステラはさっさと出て行ってしまう。

 いつか話さなければと思ったばかりだったが、まさかこんな早くにその機会が訪れるとは、思いもしなかった。





「ありがとう! 本当に、ありがとう……!」



 家に押しかけて来るなり、号泣しながら頭を下げてきた彼が、どうやらこの村の村長のようだ。相当な高齢者のように思えるが、足腰はしっかりしたものだった。

 後ろには二人の姿が見える。あの時救った、二人の姿だ。



「私からも言わせて下さい。本当に、ありがとうございました」



 女性からそう言われ、次いで後ろの男性が頭を下げる。人に頭を下げられることなどこれまで経験したことがなかったのだから、上手くリアクションができず、「え、あ、はい」といった、間の抜けた言葉が漏れるばかりだ。


 一通り感謝が終わったところで、待っていたのは質問攻めだった。



「ところで、彼女からは遠くから来たと聞いたが……君は一体、どこの出身なのかね?」


「あ、えっと、大分、遠くからで、たぶん、言っても分からないと……思います」


「……そうか。まあ無理に聞くことでもない。見たところ、訓練されているようにも思えない。君の使ったという、音の鳴る武器とは、一体なんなんだい?それは――」



 続く言葉は分かっている。現場に居なかった村長でも、目撃者二人からの証言を聞き、無残な死体を見れば考えること。

 この村には存在しない武器。訓練してもいないただの女に使える武器たった1つで、野盗を撃退したのだ。

 村の主として、興味を持たないはずがない。



「自分達にも使えるか、ですよね」


「ああ、まあ、聞かれることは分かってただろうが……」


「使えると思います。ただ、1つしかありませんので、貸すことはできません。作ることも、できないと思います。あ……」



 そういえば、ない。

 拳銃、タウルスジャッジがだ。

 意識を失う前、銃を手放してから、どこに行ったのか。


 キョロキョロと周りと見渡すと、お茶を持ってきたステラと目が合う。銃のことを説明していない彼女に何と聞けば良いか分からず、人差し指と親指を立て、右手を銃の形にして見せる。

 ステラは一瞬悩んだようだが思い当たる節があったのか、お茶を置いて部屋を出た。すぐに戻ってきた彼女の手にあったのは、タウルスジャッジ、私の銃だ。



「これがその、音の鳴る武器、です」


「初めて見る形だが、それだけであんな風に……質問ばかりで申し訳ないが、それはどういう武器なんだね?」



 彼も、死体を見たのだろう。

 銃を使わずにああはならない。頭部の欠損や、手の届かない距離へ命中すること、体にいくつもの穴を開けること。何より、一発で人を殺せる破壊力。銃を人に撃ったことのある人間なら死体から検討がつくかもしれないが、そうでなければ絶対に分からない。火薬の匂いや音だけでは、判断のしようがない。

 この世界の常識に則れば、体に小さな穴を沢山開ける謎の遠距離武器でしかないのだ。



「銃みたいなもの、ですかね」


「……銃で、ああはならないと思うのだが」


「連発もできますしね。ああ、あとそれと……」



 この世界の“銃”とは違う。

 延長線上に存在する武器でありながら、時代を飛ばしすぎた武器、それがこのタウルスジャッジだ。



「野盗を追い払うためにこれを配ると言いましたが、すみません、あれは嘘で、これ1つしかありません」


「いや、良いんだ。君のしてくれた脅しのお陰で、奴らも簡単には攻めてこなくなるだろう。それは、君にしかできなかったことだ」


「私にしか、ですか」




 私にしかできないことが、これまでの人生で、1つでもあっただろうか。

 ゲームで、司令塔として行動すること、そんなこと、他の人間でもできた。チームにおいては私が最適だったから私がやっただけのこと。

 村人二人を救いはしたが、村を丸ごと救ったわけではない。いくら武器を持った野盗が十数人居ようと、村人が全員殺されるなんてことはありえない。私がなんとかしなくとも、兵隊が、村人が、なんとかしたのかもしれない。

 私には実感がない。なにせ、村人を救おうと思っての行動ではなかったのだから。

 二人がまだ生きていたのを見て、「良かった」ではなく「当てないようにしなければ」と考えてしまったのは、彼らには言えない。

 私にとっては行動を起こすことが第一であり、結果死者が出なかったというのは偶然の産物にすぎない。私が救おうとしたからではなく、野盗達が彼らを殺そうとしなかっただけの話。


 だから、素直に喜べない。感謝されて複雑な気持ちになったのは、そういうこと。感謝され慣れてないだけではないのだ。



「お二人も傷は少なそうで、良かったです。間に合ったのは、偶然でしたので」


「ああ、奴ら、俺か妹を人質にして、爺さんから金取ろうとしてたみたいだな、殺されなかったのは幸運だったよ。まあ、爺さんが今居ないってことを言ったら殺されてたかもしれないが……爺さんがどこに居るかって聞かれて黙ってたら、この有様だよ」



 そう言って彼はシャツの裾を捲って見せてくる。傷口は塞がっているようだが、痣や小さな切り傷が無数に見られる。

 野盗達が数十人居たのに一箇所に集まらず散らばっていたのもそういうことだろう。村長の家か、村長自身を探していたのだ。

 横に立つ彼の妹が「はしたない」と言ってシャツを降ろさせる。


 単純な人質取引。直接盗むだけではなくそういうこともする連中だからこそ、話が通じたのだろう。

 ただ暴れて盗りたいものを盗るというタイプだったらこうは上手くことを運べなかったはずだ。



「なるほど、村長さんは、どこに行っていたんですか?」


「定期的に隣町の様子を見に行っていてな、最近腕の良い薬師が来たと聞いていてな、話を聞いていたら帰るのが遅れてな……。あと一日早く帰っておったら、儂も無事ではなかったのかもしれん。はっはっはっ」



 そう言って笑ってはいたが、割と笑い事ではない、事実だ。

 野盗の探し人であった村長が村に居なかったからこそ孫の彼が時間を稼ぐことができ、野盗は村中に散らばり、私が間に合い、追い払えたのだから。

 仮に居ても金品だけで済んでいたかもしれないが、盗られないに越したことはない。



「そうだったんですね。隣町ってのは……」



 ステラの方をチラリと見る。隣町というのは、ステラの昔住んでいた、伝染病の町のはずだ。



「ああ、そういえば、ステラはアダリナの出身だったか。最近は、随分と良くなってるようだよ。薬師のアイザワという男性がな、どんな病気でもすぐに治してしまうとかで、以前とは比べ物にならないほど、町の空気は落ち着いてたよ」



 村長の言葉に、ピクリと反応する。

 ステラがではない。私がだ。

 今出た名前、確かに「アイザワ」だった。横文字発音で少し日本語の発音とは違ったようだが、確かに日本人の苗字である「アイザワ」と聞こえた。



「ところで、君は何しにこの村へ? これから何をするんだね? 長の私が言うのもなんだが、遠くから来るほど魅力があるとは思えないが……」



 そう村長から質問される。

 答えは、今出た。まずは、“一人目”だ。



「ここに来た理由は特になかったんですが……何をするかは、今決まりました」


「それは?」



 戦争を終わらせる。その言葉を、ここで言うつもりはない。

 与太話だ。知っているのは、直接の協力者だけでいい。彼に話せば彼の、果ては村の協力も得られるかもしれないが、技術的協力はアルフレドだけで充分であり、人的協力は今の段階では必要がない。

 必要なのは情報。全ての情報を、まず私が整理する。次いで銃、次いで人間。

 何より必要なのは、情報だ。



「隣町に行きます。アイザワという人に、興味を持ちました」


「おお、そうか。アダリナに行くなら馬を貸そう。君、馬は乗れるか?」



 う、馬!?

 そういえば、町の至る所に馬小屋があった。レンタル式で借りる他、買い上げもできると看板が出ていたはずだ。

 てっきり馬車を引いたり、荷物を運ぶために使うものだと思っていたので、まさか、乗って移動するとは、思いもよらなかった。電気があるのだから何かしらの移動手段があるとは思っていたが……そうか、馬か。



「……乗れません」



 生き物は苦手だ。考えていることが分からないから。

 小学生の時、動物園で馬に唾を吐かれたことがある。顔にかかったその唾はとんでもなく臭く、家に帰って何度も洗わないと落ちないほどだったのを覚えている。

 あれ以来、動物は極力視界に入れないようにしていたのだ。

 猫とか犬とか、そういうペットを飼っている人は学校でも多かったはずだが、興味は持てなかった。仮に頼んでも親がそんなものを飼おうとはしなかったろう。



「なら、馬車を出すか。そうだな……」



 村長はそう言うと、後ろをチラリと見る。見られたのは孫。彼は両手を振って否定のポーズ。無言で自分の腹や腕を指差し、必死で怪我人アピールをする。

 次に見られた彼の妹。唇に手を当て少し悩むと、「うん」と頷く。



「御者くらいなら私にもできますし、私が彼女を連れて行きます」


「おお、助かる。じゃあお前に任せるよ、ナディア」



 彼女の申し出に、村長が応える。馬車があってくれて良かった。突然馬に乗れなど言われても、正直、恐怖心が強く出そうだ。

 ナディアと呼ばれた村長の孫は、私と同じか、少し下くらいの年齢だろうか。野盗に怯えていた時とは別人のような目をしている。

 いや、あれは野盗に怯えていただけではないか。



「出発は、いつからでしょう? 何なら、今からでも構いませんが」



 いつからがいいだろう。少し考えたが、特にゆっくりとする理由はないという結論に至る。

 まずは、アイザワに会う。彼が私と同じ世界から来た日本人なら、何かしらの情報を持っているはずだ。

 薬師という職種で活動ができるということは、私よりもこの世界を知っているはずだ。こちらの世界に来たばかりではない。



「行けるなら、今日にでも」


「わかりました。ですが、大丈夫ですか? 馬車での移動、あまり心地よいものではないですが……その、お身体に触りません?」



 彼女の心配はごもっともだ。

 私の身体に傷はついていない。野盗に触れられてもいないし、どこかにぶつけたりもしていない。

 ベッドで上半身を起こして話をしていたが、特に身体に異常は見られない。大丈夫の、はずだ。


 ベッドから降り、立ち上がる。血液が流れる感覚で一瞬目眩が起きたが、それもほんの一瞬。

 腕を回す。屈伸をする。手を開いて閉じる。やはり、何も問題なく動く。丸一日寝ていたのは、極度の緊張状態だったからということにしておこう。



「大丈夫、そうです」


「では、準備します。えっと、護衛は……」



 ナディアはチラリと村長を見る。見られた彼は腰に手を当て唸りながら少しの思案。恐らく、兵を同じように引き連れて行くと、村に野盗が来た時の対策ができないと考えているのだろう。

 同じ轍を踏まない為には、あまり連れて行かれたくはない、それでも、恩人と孫を二人だけで行かせるわけにはいかない。折衷案を探しているのだ。



「護衛の人は、同じ馬車に?」


「いえ、そんな大きな馬車を使うつもりはありませんので、後ろから馬で着いてきてもらいます。まあ、この距離で襲われることは滅多にないので、念のためですが」



 ナディアは「滅多にない」とかなり強調して言った。村を守るただでさえ少ない兵を連れて行ってしまった、祖父に言い聞かせているのだ。



「じゃあ、一人だけお願いします」


「たった一人で良いんですか? 確かに、あれほど強い武器を持ってるなら、それでも平気かもしれませんが、流石に護衛一人では……」



 そう、ナディアに心配される。彼女の予想からすると、少なすぎる数だったようだ。この村に兵が何人居るのかも知らないが、もう少しは連れて行く余裕はあったのかもしれない。

 だが、充分だ。護衛に護衛して貰うつもりはない。“目”が欲しいだけなのだから。



「野盗くらいなら、私が追い払えます。誰かが近づいてるかだけ教えてもらえれば充分ですので、一人で大丈夫です」


「そ、そうか、それなら、腕の立つのを選んでおこう」



 驚きはしたが納得はできるといった表情で、村長はそう言ってくれた。後は準備と、挨拶だ。









「姉ちゃん、これ置いてくって、大丈夫なの?」


「まあ他にもあるし大丈夫大丈夫」



 アルフレドの工房。この村での数少ない話し相手、そして、最初の協力者である彼には、別れの挨拶をしておかなければならない。

 荷物などはまとめた後だったので、普段は居候しているステラの家に置いてあった拳銃、タウルスジャッジも持ってきている。

 そういえば彼に見せたことはなかったなと、ステラが即席で作ってくれたホルスターから取り出して見せると、アルフレドは目を光らせる。



「そ、それ何!? バラしていい!?」


「そんな時間はないけど、まあ少し見るくらいなら……」



 ここまで喜ばれると思っていなかった。

 シリンダーを横にズラして構造の説明をすると、彼は高速でそれを書き写してみせた。やはり、絵の才能はとんでもない。

 基本的な銃の構造は知っており、機関銃やライフルについても教えてあったので、すぐに理解をしたようだ。「これならすぐに作れるかも」と呟いたのは衝撃的だったが、もしかしたらもっと早く見せておくべきだったかもしれない。

 3分もしないうちに「もう大丈夫」と言ってタウルスジャッジは返却され、彼の知識がまた1つ更新された。


 PKMはここに残していく。拠点も決まっていないのに機関銃を持ち歩くのはあまり得策とは思えないからというのもあるが、実際、今は必要ないと思えるのだ。

 だが、持っていくものがある。



「弾は少し持ってくね」


「あ、うん。どうせ俺には弄れないしね、それ。ていうか、全部じゃなくて良いの?」


「邪魔になりそうだからね……」



 床に無造作に置いていた箱の1つを手に取る。100発入りの弾薬箱だ。

 同じものがいくつもあるが、1つだけでいい。どうせ銃を持って行かないのだから、撃つためではないのだ。

 交渉用の道具として持っていく。他の弾でも、銃でも、何でも良い。あちらの世界の住人がこちらに来ており、私と同じように銃を持っているのなら、欲しいのは弾のはずだ。

 この世界では量産ができない弾。それが100発もあれば、交渉材料としては充分だ。

 偶然PKMと同じ7.62mm×54R弾を使っているとも限らない。それでも、あるに越したことはない。

 この弾薬箱なら辞書二冊分ほどの大きさしかないし、手荷物として持ち歩けなくもない。



「そっか、じゃあ銃、楽しみにしてるよ」


「うん、それまでちゃんと勉強して待っててね」



 頼まなくとも、彼は自分の知的好奇心の為に、様々な試みをするのだろう。あちらの世界の知識を得たこちらの世界の銃鍛冶がどこまでできるのか、見守っていたい気持ちもあるが、私にはやるべきことがある。

 彼にも複製できるような、あちらの世界の銃をこの工房に送る。その約束を守るためにも、この弾薬箱は必要だ。

 村長に感謝の証として結構な大金を貰えたが、こちらの世界の通貨で、あちらの世界の銃を購入できるとも思えない。あくまで生活費として使うものであり、銃や技術や人は、私自身が手に入れなければならない。


 アルフレドに別れの挨拶をし、荷物も持った。もうナディアが待っている時間のはずだ。そちらに向かうとしよう。







 村の出口で待っていたのは、ナディアと兄、村長と、ステラ、それに、小ぶりの馬車が一台に、それを引く馬が二頭。

 馬車は四方に大きな窓が付いた箱型で、前後に2つずつ計4つの大きな車輪がついており、馬車を見慣れてない私からしても、高級感の感じるものだった。



「帰りたくなったら、いつでも帰ってくるんだよ」



 ステラはそう言ってくれた。短い間だが、彼女からは愛情を貰った。それは娘の代理としての歪んだ愛であっても、私がこれまでの人生で受けたことのない感情だ。



「絶対、また戻ってきます」



 一度かもしれない、二度かもしれない、一年後かもしれないし、十年後かもしれない。それでも、必ず帰ってくる。この場所から私は始まったのだ。

 あちらの世界で十数年住んだ故郷に何も思い入れはないのに、一月も住んでいないこの町には、愛着が湧いている。

 よそ者を黙って住ませてくれるステラ、会って数時間なのにここまで良くしてくれる村長、この世界で初めて会った銃鍛冶のアルフレド。

 また、会いに来る。いや、帰ってくるのだ。この村に、またいつか。



「ああ、行ってらっしゃい。やりたいことを、やっておいで」


「はい。短い間ですが、ありがとうございました」



 少し、瞳が潤んだように思える。気のせいかもしれないし、気のせいじゃないかもしれない。

 長時間ここに居てはいけない、そう感じたので、馬車に乗る。

 席は一列しかないが、足を曲げれば、横になれそうな幅はある。素材もソファのようでふかふかだ。相当高級なのだと確信するほど。ステラの家にもこんなふかふかのソファはなかったのだから。


 箱の前、御者席にナディアが座ると、慣れない手つきで紐を操り、馬に引かれた馬車は動き出す。馬は少しずつ速度を上げ、小走り程度に落ち着いた。恐らく、これが巡行速度なのだろう。初めての馬車では、それすらもわからない。

 たった数人の見送りだが、これが私の旅の始まりだ。


 村を出て少し進むと外で待っていたのか、馬とそれに跨る男が馬車と並走し、目を合わせると会釈される。彼が護衛の兵だろう。

 特に挨拶などはしなかった。無口な男性なのか、仕事で無駄口を叩かない性格なのか、この世界の兵隊は皆こうなのかは分からない。


 いつかこの村に戻ってこれるよう、私が、私にしか出来ないことをするのだ。その為の第一歩を踏み出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ