表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢想の形は銃弾で  作者: 衣太
襲撃
7/35

6

 この村に来て、2週間経った頃だろうか。

 夜中、人の声で目が覚める。居候している服屋、家主のステラの声ではなく、別人の声だ。

 まだ外は暗い。申し訳程度の電灯は点いているが、夜道を歩けるほどではない。見えなくはない程度だ。

 夜でも道を歩ける日本とは違う。電気があるとはいえ、田舎の村を明るく照らすほどには電気は余っていないし、整備もされていない。


 そんな時間に、外から声がする。それも人が起きるほどの声だ。

 外の様子を伺ってみると、所々の家で電気が点いたのが分かる。私と同じように今の声で目が覚めた者が少なからず居たのだろう。


 声。

 そう、声だ。


 聞いた時は夢の中だった。それでも、はっきりと覚えている。

 女の、悲鳴だ。

 夢の中で私だけに聞こえた声とは違う。現実、この村で聞こえた声だ。



「きゃあああああああ!!!!」



 また聞こえた。今度は夢の中ではなく、確かにここで聞こえた声だ。

 周りの家の電気は点くが、人が出てくる気配はない。

 少しの間対応を考えていると、トントンと、部屋のドアをノックされた。

 ドキリとした。心臓が強く鼓動を打つのを感じる。

 「入るよ」という家主であるステラの声が聞こえなければ、枕元に置いてある拳銃を手に取るところだったろう。


 部屋の電気はつけていないが、暗闇に慣れ、彼女の表情を見て取れる。

 慌てるでも、取り乱すでもない、真剣な表情だ。



「電気はつけるんじゃないよ」



 そう小声で言いながら彼女は部屋に入ってくる。特に何かを持っているわけではないが、只事ではないということは、すぐに分かった。



「今の声は……?」


「野盗だろうね。そう多くはないが、年に数回は襲われるよ。まあこの家は村の中央に近いし、ここまで来ることはないとは思うがね……」



 年に数回は多いように思えるが、規模にもよるか。戦争に慣れたこの村の住人からすると、危険度は低い、ということなのだろうか。



「野盗、ですか。戦争中でも、兵隊とかではないんですね」


「ああ、この村に兵隊が攻めてきたことは数えられる程度しかないが、野盗は数えきれないほど来るよ」



 割と頻繁に起きているイベントのようだ。いや、イベントなんて考え方はいけない。先の悲鳴は、間違いなく人が襲われている声だ。

 押し入られた程度ではない。いくら夜は物音がしない村とはいえ、それなりに遠くからの悲鳴がここまで聞こえるということは、いい状況とはいえないだろう。



「こういう時は、どうするんですか?」


「どこが襲われたかにもよるが、大体は村長の家の誰かか、そのあたりに住んでる若いモンが兵舎から兵を呼んでくる。こんな村を大人数で攻めてくる野盗は居ないだろうから、大体はそれでかたが付くね」


「大体は、ってことは、」


「それもそうだが……それでも明け方には片付いてるよ。戦えないあたし達は、家の中で大人しくしてることだね」



 戦えない。

 あたし“達”という彼女の言葉には、間違いなく私が含まれている。

 彼女、ステラからすると、私は何故か銃を持ってる若い少女でしかないのだ。そう思われても仕方がない。

 それでも、戦えないというのは、事実なのだろうか。


 確かにこの世界で、私は銃を使えなかった。

 それでも、愛銃、PKMを使ったわけではないのだ。初めて触った火縄銃が扱えなかっただけのこと。

 弾が勿体無いと感じ、試射すら行っていない。それでもPKMは、この世界では作ることができない技術で作られた、あちらの世界の銃だ。

 撃てるか、撃てないか。

 それを決めるのは、誰なのか。



「行きます」


「行くって、どこにだい。まさか……」



 ステラは、戸惑いを見せる。それもそのはずだ。今ここで行くと言ったら、その先は決まっている。

 野盗の居る、現場だ。



「止められても、行きます。ここは私が行かないといけないんだと、分かるから」



 そう、自然と口から出てしまった。

 何が分かると言うのだ。何故私が行かないといけない。ここはゲームの世界ではない。ゲームの中で起きたイベントなどではない。人が死に、人が殺される、そういう現実なのに。

 何故私が行かないといけないのか。ステラの言うとおり、大人しくしていれば、いつか町に居る兵隊が片付けてくれるのではないのか。


 それでも、そう、それでもだ。

 心臓は早鐘を打ち、手も震える。理性は全力で拒絶しても、心が言うことを聞かない。

 行動を起こせと。何もせず、小さな村で戦争を終わらせると意気込んでる小娘で終わってはいけないと、理性を蹴飛ばして心が騒ぐのだ。


 彼女の静止も振り切り、家を出る。

 PKMはアルフレドの工房に預けてある。悲鳴と逆方向となる工房へ向かっても、恐らくPKMは分解されたままだ。

 組み立てて使えなくもないが、今この状況で使えるとは思えない。敵が何人で、襲われてる人間が何人なのか、それすらも分からない状態で機関銃など使ったら、村人ごと撃ち殺してしまうのがオチだ。


 PKMがなくとも、私には武器がある。

 手にしているのは、拳銃が一丁。アルフレドに預けることなく、手元に残った唯一の銃。

 これも、PKMと同じように愛用している銃。大会の景品として手に入れたもので、私のスタイルには、サブアームとしてこれ以上ないほどマッチしている。

 複雑な機構はない。整備も試射もしていないが、撃てるはずだ。撃てなければ、持ってきた意味がない。


 悲鳴が聞こえた方向へ、銃だけを手に走る。近づくにつれ、悲鳴以外の物音も聞こえるようになってきた。

 男の怒鳴り声、女の悲鳴、何人もが騒ぐ声。


 野盗が何人居るかもわからない。それでも、この銃一つで向かうのだ。

 手の平には確かに感じる、ずっしりとした重み。

 7,5kgあるPKMと比べると遥かに軽い。それでも、手の平だけで保持しないといけない拳銃そのものが、非力な私にはとても重いものに思えるのだ。

 これが、命を奪う武器だから。

 当然のことなのに、今更汗が流れだす。暑くもない、むしろ肌寒くも感じる気温なのに、額に汗が浮かぶのを感じる。


 私なんかが行かなくても、誰かが解決してくれる。そう分かってはいても、動かないといけないのだ。

 誰でもない私がそう思っている。だからこそ、動くのだ。恐怖を押し殺し、ただ走る。



「おい!!」



 どこかから声がした。悲鳴の聞こえた、今も騒ぎが聞こえる家にはまだ距離がある。

 明らかに、私に向けられた声だった。



「なんだ、女じゃねえか」



 振り返ると男が居る。ニヤニヤと気味の悪い表情をした男。

 5mほど後方。恐らく、路地を曲がった時、気付かぬうちに通りすぎてしまったのだろう。

 手には剣。サーベルと言うのだろうか、いや、そんな大層な剣ではないのかもしれない。フィクションで海賊が持っているような、曲がったそれだ。



「あの」



 声が出た。自分で驚くほどに、冷静な声が。

 先程まで暴れるようだった心臓は、今はゆっくり、ゆっくりと動いている。ドクン、ドクンと音を立てるが、悲鳴を聞いた時ほどではない。

 数分間走っていた、緊張もしている、今から何をするかもわかっている。それでも、私は至極冷静でいられたのだ。



「ああ?」


「急いでるんで、後にして貰えると助かるんですが」



 ゆっくりと、男に銃口を向ける。

 拳銃の重みが、手の平に伸し掛かる。これは、命の重みだ。人の命を、狩る武器だ。



「んじゃあ、行かせるわけには――」



 男の言葉は、そこで止まった。

 轟音。火縄銃とは違い、クラッカーが弾けるような音。しっかりとホールドしていたはずなのに、右手は大きく上がってしまう。

 TPS視点では何度も見ていた。モデルガンすら触ったことがなかったはずの私でも、銃を撃つ動作は知っていた。

 何度も、何度も見てきたから。

 ファーストパーソン、一人称、自分の視点、私の目で。


 男は膝をつく。何が起きたか分からない、そんな表情で、こちらを仰ぎ見る。

 膝をつけど倒れる勢いは収まらず、そのまま土下座するように倒れた。

 ヒュー、ヒューという、呼吸音のようなものは聞こえる。息はまだあるようだが、動くことはできないだろう。


 初めて人を撃った感想が、「当たるものなんだな」というのは、非情なのだろうか。

 分からない。私と、撃たれた男しか居ない今ここで、それを非難する人間が居るとも思えない。

 非難すべきは、私自身だろうか。


 今、人を撃った。放っておけば、間違いなく死ぬ。

 いや、治療を試みたところで死ぬかもしれない。どこに当たったかも分かっていないが、一発で倒れたということは、あまり撃ちどころが良かったとも思えない。

 撃ち所などと考えたことに笑いそうになるが、今、私はどんな顔をしているのだろう。

 無表情か、笑っているのか、恐怖に震えているのか、後悔に苛まれているのか。

 分からない。自分の表情が、自分でも分からなかった。

 それでも、なんとなく、なんとなくではあるが、いつものあの、作り笑顔なんだろうなと、そう思えたのだ。


 足音と人の声が聞こえてくる。それらはこちらに向かっている。

 複数だ。

 恐らく、今の銃声を聞いて駆けつけているのだろう。この場に居るのはまずい、それでも、どう動けば良いのか、それを考えだすと、泥沼だ。


 状況は待ってはくれない。ゲームの世界だって一緒だ。

 どれだけのんびり思考しようが、相手は常に動き続けている。拠点を落とされてから考えるでは駄目だ、味方が落ちてから考えるでも駄目だ、常に全てを考え、全ての状況を予測し、その場その時の最善を成す。

 思考を止めるな。足も止めるな。行く先は、最初から決まっていた。


 悲鳴が聞こえた方向からも、こちらに向かってくる声がする。あまり少なくはない。

 光の当たらないところで、壁に背をつけ一旦止まる。悲鳴の家まで、後数軒といったところか。

 流石に、誰とも遭遇しないなんて、都合が良いことはなかった。


 路地から現れた一人の男は、こちらを見つけると疑問の表情を浮かべる。

 先程撃った男とは違う。それでも、手には似たような、趣味の悪い剣があった。

 離れている。すぐにこちらに向かってくることもなければ、誰かを呼ぼうともしない。

 男に動きはない。理由は分からないし、考える必要もないかもしれない。


 ゆっくりと銃を上げ、フロントサイトを男に向ける。銃を握る右手はまっすぐ伸ばし、左手は右手を覆いかぶせるように握る。

 そうまでしても、男は動かなかった。銃を向けられた人間の行動とは思えない。射線を外すなり、向かってくるなり、何かしらのアクションがあってもおかしくないというのに、男は動かなかった。


 トリガーを引く。暗かった視界が、ほんの一瞬だけ明るくなる。

 男の居た路地、隣にあった塀に当たったのか、弾けるような音がした。

 男を狙ったのに、塀に当たった音がする。普通なら外れたと思うところだが、それでも、男は剣を握って居た腕を抑えている。


 当たったのだ。塀にも当たり、そして、男にも当たった。

 貫通したわけではない。一発の弾では考えられないその現象は、ディスプレイの中で、見慣れた光景であった。


 “タウルスジャッジ”


 それがこのリボルバーの名称だ。

 銃身は短いが、それに引き換えシリンダーは異常に長い。銃身よりシリンダーの方が長いほどだ。

 アンバランスなシリンダーの長さは、ある特徴的な銃弾を撃つために必要なもの。


 .410bore、それがこの銃の特徴とも言える、銃弾だ。

 それは、散弾。

 散弾銃に装填し、散弾銃で撃つための銃弾。

 この銃、タウルスジャッジは、その銃弾を拳銃で撃つために、作られたもの。

 原型となっている“レイジングブル”という銃は、大きかろうが小さかろうがほぼ全てのサイズのマグナム弾を撃つことができる特殊なリボルバーであり、それを下地に作られたタウルスジャッジは、散弾までも撃てるようになった。

 銃身を切り落としたソードオフショットガンより遥かに短い、20cmにも満たない全長で、この銃は散弾を撃つことができる。シリンダーが異様に長いのは、その散弾に合わせているからなのだ。


 散弾というのは、当然だが広がる。

 しかし、一般的な散弾銃は、10mより近づくとほとんど拡散は見られず、20m離れてようやく50cmの円状に散らばる程度。

 拡散前に当てることができれば絶大な威力を誇るが、それを当てるのは困難を極め、20mも離れると他の銃のキルゾーンになる。

 いくらアバウトな照準でも当てることができるとは言えど、拡散した一発一発の威力は拳銃弾よりも低いほど。体力がゼロになるまでは通常通りの行動ができるゲーム上では、超近距離以外で殺傷能力の低い銃という扱いだ。


 そう、ゲーム内では。

 ゲーム内ではそうだったのだ。


 だが、現実は違う。まだゲーム感覚だった私を現実に呼び戻したのは、悲鳴だった。

 男が叫ぶ。剣も放り、腕を抑えてのたうち回る。

 大の大人、それも男の悲鳴を聞くのは、これが初めての経験だ。先程聞いた悲鳴は女のものだったし、ここまで命を吐き出すような声ではなかったから。


 ああ、そうかと。

 ようやく、納得がいった。

 銃を向けられても動かなかったこと。その行動に、敵意ではなく疑問を向けられた意味。

 だが、それを今更知ったところで、行動は変わらない。

 泣き叫ぶ男を放置して、最初に悲鳴が聞こえた家に向かう。


 どの家かの特定は容易だった。周りの家の電気はついていないのに、そこだけついていたのだから。

 それに、中から何人もが騒いでる声が聞こえる。怒鳴る男に、小さな声で泣く女。焦る男の声がいくつか。


 壁に背をつけ、タイミングを測る。家の中からではなく、外から聞こえる声が2つ。話す男の声。恐らく、家の正面に立っている。行動は、考えるまでもない。

 一人の足音が遠ざかる。恐らく、男が泣き叫んでるところに向かったのだ。一瞬だけの銃声よりも、そちらの方がよほど分かりやすいから。


 扉の開く音。足音が、家の中に入る。


 今。家の中と外に敵が居ると分かった瞬間、頭の中で組み立てていた状況。

 それが、今だ。


 壁沿いに家を周ると、扉を開けたまま、家の中に居る誰かと話す男が見える。

 足音に気付いたのか、男はこちらを振り返る。距離は凡そ3m。この距離ならば、外さない。


 炸裂音。三度目の銃声。最初に撃った時ほどは腕が上がることはなく、体勢も、撃った時と変わらない。

 扉が弾け、男の肩から首、頭に掛けて、黒い穴が開く。


 先程までの暗さはない。扉が開き、家の中から漏れる光で、しっかりと見える光景。

 今の私の位置からは、家の中までは見えない。扉を開けた状態で中の人と話せるということは、廊下などが広い間取りではないだろう。

 開けてすぐ、部屋だ。

 中から聞こえた声の位置からして、そこにほとんど全員が居る。ならば、行動は決まっていた。


 壁にもたれかかるように少しずつ崩れていく男の身体を後ろから蹴飛ばすと、家の中がよく見える。

 明るさに一瞬目が眩むが、それも一秒にも満たない。家の中に入ることなく、扉の横、先程まで男が居た場所に立ち、中に銃を向ける。


 合計5人。全身に傷を負っている半裸の男が一人、手を後ろで組んでる女が一人。

 それを囲むように、剣を持った3人だ。

 3人。装填数5発の銃を、既に3発撃った後。つまり、残り2発。

 幸いポケットの中には部屋で慌てて掴んできた弾が入っている。それでも、一瞬でリロードすることなどできないだろう。


 必要ないと分かっていたから、しなかった。

 この家に辿り着いた時点で、状況は掴めていた。音という情報によって、いとも容易く掴めたのだ。

 敵は忍んでいるわけではない。堂々と、部屋の中で物音を立てていた。

 声も、所作も、隠そうとしなければ、どんな行動でも音を伴う。隠している音を、イヤホン越しに聞いていた時代とは違うのだ。

 耳という高性能なパーツが人間には備わっている。角度、距離、数、全ての情報を、耳は情報として脳に送る。


 入る前から、家の中に居るのが5人ということは分かっていた。村人が2人、野盗が3人、そんなことは、見る前から分かっていたから。

 それでも、2発で充分だと分かっていた。これまでの経験、ここに来てからの経験、たった今の経験、全てを考慮した上での、残弾2発。



「あの」


「な、なんだガキ!てめェ、一体どっから――」


「この中で一番偉いのは、誰ですか」



 威勢のいい、しかし、今目の前で起きた現象に、明らかに恐怖している男に、そう問いかけた。

 手にした銃を正面に向け、引き金に指をかけて。


 それでも、彼らはビクリと一瞬身を震わせただけで行動を起こさない。銃を向けられていながら、今まさに仲間が一人死んだというのに、何故逃げるでも、襲うでも、隠れるでもなく、硬直を選ぶのか。


 簡単なことだ。

 彼らは、銃を恐れていない。

 何かとんでもないことが起きた、それだけは理解している。それでも、私の手にあるこの銀色の拳銃でそれを為せたのだと、理解していない。


 この世界の人間は、銃を恐れない。それでも、彼らは明らかに恐怖している。ならば、何を恐れているのだろう。

 銃を握るこの手、たった3発しか撃っていないのに、腕は疲れ、握力も弱っている。耳もまだ銃声が反響しているし、正常な状態とはいえない。

 こんな私に、こんな状況に、こんな場面に、彼らは恐怖しているのだ。



「答えて下さい」



 再度問う。

 銃声を聞いて、人が戻ってくるのも時間の問題だ。一刻も早く、この状況を終わらせる。

 その為の問いかけ。問答無用で打つことはしない。今必要なのは、言葉だ。


 男は3人で顔を見合わせる。下で縮こまった被害者の村人は、こちらを見ても怯えているように見える。

 怯え。何故だろう。どう考えても主導権を握っているのは救出しに来た私のはずなのに、2人の怯えは止まらない。静かに、黙って、肩を寄せあい震えている。服を着ていないが、寒いからではないはずだ。

 結論が決まったのか、男の一人が一歩踏み出す。



「話なら俺が――」


「じゃあもうあなたでいいです」



 言い終わるのが先か、銃声が先か、認識できた者は居ただろうか。もしかしたら、私にしか聞き取れなかったかもしれない。

 誰でも、良かったのだから。


 名乗りを上げた野盗の一人は、轟音と共に、頭部を3割ほど消失させていた。

 撃ちどころが悪かった。それに、距離も近すぎたのだろう。

 座り込んでる村人に当たらないよう、高めに頭を狙ったのだ。だが、距離が近すぎた。拡散するはずの散弾がまだ広がる前、ほぼ密集している状態で、男の頭部に到達してしまった。

 結果が、これだ。

 頭部を失った男は言葉を発することもできず、ゆっくりと後ろに倒れこむ。被害者の近くに倒れてしまい、彼らが血まみれになってしまったが、問題はない。彼らには一発の銃弾も当たっていないのだから。


 そうして二人の男が残る。

 一言も喋らないが、彼らの目は慌ただしく動く。私、窓、そして、私の後ろにある扉。今になってようやく逃げる方法を考えたようだが、家の構造が悪かった。彼らの後ろにあるのは窓ではなく壁であり、窓は両サイド、扉は私の背にある一つだけ。

 それも、最初から分かっていた。その後に村人を見た。恐らく、人質にしようと考えたのだろうが、それもかなわない。


 なにせ、彼らには銃が理解できていないのだから。

 手よりも遠くまで届く、一瞬で届く、そして、一瞬で絶命する。彼らが理解できるのはそれだけであり、これがこの世界にもある銃の発展形であることや、残りの弾数が1発なこと、弾が拡散するので、村人を盾にされたら打てなくなることも知らない。

 魔法のような物に思えるのだろう。それは彼らだけではなく、この世界のほぼ全ての人間がそうだ。

 もう、脅しは充分だ。


 扉を背に、横に二歩動く。開いた扉を彼らに見せるような、逃げる道を与える動き。それでも、2人は動かない。それは動けないだろう。一歩でも動いたら死ぬかもしれない、一言でも喋ったら死ぬかもしれない。黙っていたら、動かなければ死なないのならば、誰しもがそうする。銃を知らなくても、当然のことだ。

 こちらから行動しなければ、現状は変わらない。今言わなければならない。考えていたこと、一発目を撃ってから今四発目を撃つまで、ずっと考えていた、状況の打開策を。

 一発撃つごとに情報は、状況は更新され続け、その度に思考を変化させる。あらかじめ考えていたことではなく、その時、その場で考える。その時の最善を。今の、最善を。



「逃げて良いですよ」



 口を開く。2人の男は、恐怖から、訝しむ表情へと変わる。



「ただし条件があります。一人残らずこの村から出て行くこと。二度とこの村を襲わないこと。それだけは守って下さい」



 これだけ時間をかけたのだ、もうこの家は外に居た野盗にも補足されている。恐らく、近くに集まっているのだろう。

 たった今の銃声で耳に反響音が響いている私には、外の音までは聞き取れない。だが、集まっていないはずがない。狙いをこの家に絞っていたのなら当然だ。銃声は、銃を知らない者にしても、知っている者にしても、明らかな異常音なのだから。



「これから、この村の人達には、これと同じものを渡します。守らず襲ってきたら、彼らは迷わず使うでしょう」



 渡すものなどない。それでも、この場でそれを知っているのは私だけ。

 野盗達からしても、被害者の村人からしても、その信憑性は測れない。この銃が何かを理解できていないのだから、作れるものなのか、作れないものなのか、私が単独で複数持てるものなのか、何も分からないのだ。



「では、帰って下さい。今すぐに。何もせず」



 男は二人で顔を見合わせ黙って頷くと、ゆっくりと一歩ずつ歩き出す。こちらを見た目を一瞬も逸らすことなく、私の手の中の銃を常に意識しながらの歩行は、とても緩やかだった。

 彼らが家を出るまで、銃口は彼らに向けたまま、見守る。最後に残った銃弾はただの保険だ。もしも何も考えずに襲ってきたら撃てるように、残していただけのこと。

 彼らは、そこまで無能ではなかったようだ。盗賊などしていると度胸なども育ちそうなものだが、彼らの歩行は生まれたての子鹿のようで、震えながら出口まで進む。

 彼らは家を出ると、一目散に走りだした。家の周りに居た人間に何かを言ったようだが、私には聞き取れなかった。家の中で銃声が反響した耳鳴りは酷く、目の前で何かを言われても上手く聞き取れるか分からないほどだ。

 沢山の人間が家の走っているのを感じる。主に振動によってそれを認識できるが、こちらに向かう音は全くない。全て、村の外に向かっている。

 一件落着というわけだ。死体が3つほど出てしまったが、村人の被害は出ていないはず。この家以外も襲っていたのなら違うかもしれないが、恐らく、それはないだろう。

 周りの家はどこも電気が消されていた。周りの家に住んでいた者が助けに来なかったのは、助けを呼ばなかったのは、非道などではない。自らの、そして、家族の身を守る為ならばしょうがないことだ。 何か行動を起こすと自分たちが狙われるかもしれないのだから、狙われない事を祈り、状況が終わるのを待っていたのだ。

 怪我人は出た。ここで暴行されていたであろう男の上半身は切り傷、打撲痕が多いが、重症というほどではない。恐らく、女性を守ってできた傷であり、野盗達が殺そうとしていたわけではない。野盗が彼を殺そうとしたのなら、もしくは彼が野盗に反撃しようとしたのなら、もっと重症になっていておかしくないのに、彼の傷はどう見ても軽症だ。


 銃を持っていた右手は酷く疲労しており、だらりと垂れ下がる。銃の落ちる音で緊張の糸が解け、ぺたりと座り込んだまでは覚えていたが、そこで意識は途切れてしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ