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「君の策に嵌まるつもりはない。とっとと、終わらせてもらうよ」
ロッキーはリボルビングライフルをこちらに向けたまま、そう言った。
私はもうタウルスジャッジを手にしていない。床に落ちてるそれを拾ったところで、どうせシリンダーに弾は入っていない。いくら時間があっても、再装填が許されることはないだろう。
オトカワは、ロッキーに向けて散弾銃を構えてる。それでもロッキーが銃口を向けているのは、オトカワではなく私だ。
理由など、一つに決まっている。仮にオトカワがロッキーに向けて撃ったところでロッキーは私を撃ち殺し、二人の策士はここで死ぬ。オトカワ一人が残ったところで、この状況は変わらない。
逆に言えば、ロッキーから撃つことも難しい。射撃音を聞いたところで、オトカワが散弾銃の引き金を引くからだ。明らかに、どちらから撃つにもお互いが損する状況。何故彼は、こんな状況で姿を表したのか。
彼には、策がある、なければこんな状況で堂々と姿を見せるはずがないからだ。
「君たちの狙撃手は、全員始末したよ。だからここに来るのが遅れたんだけど、まあ間に合ったようで良かった」
「へぇ……そうかい」
オトカワが返す。もう私の役目は、終わっているのだ。
この場の私はタダの置物であり、役目を終えた指揮官に過ぎない。ロッキーとの撃ち合いは、私の役割に含まれていない。
「撃って、みろよ」
鋭い目つきで、ロッキーはオトカワに言う。そこだけ空気の流れが違うかのように、この場において二人の動きだけが、ゆっくりとした流れだ。
まだ声変わりもしていないようなロッキーの少年のような声は、ここでは軽さを感じない。この世界で10年近く生きた重みが、彼の言葉になっているのだ。
「俺の役目は、アンタと撃ちあうことじゃないんでな」
そう返すオトカワは、散弾銃の銃口をロッキーに向けたままだ。どれだけ演技が下手なのだろう。
完全に置物と化した私は、二人を眺めることしかできなかった。
「へぇ……けど狙撃手、もう残ってないでしょ」
狙撃手は、ここを狙える位置に陣取っていたはずだ。最初から狙撃手による援護射撃が散発的だったのは、行動開始からすぐにロッキーの襲撃を受けたからだろう。
けれど、
けれど。
狙撃手を狙う者が居ることも、狙撃手が隠れているであろう場所をピンポイントで潰して回れるプレイヤーが北門派に居ることも、全て折り込み済みだとしたら。
まだ、終わっていない。私が何もしなくとも、私の立てた作戦は、まだ終わっていないのだ。
後は無線も何もない状況で、この状況を読み解ける者が居るだけで良い。
「もう、いいよ」
私の小さな呟きは、緊張した面持ちの二人には聞こえないだろう。
二人は、相手の出方だけを見ている。だから視界に入れていない私を、認識できていないのだ。
轟音と共に、壁が粉々に砕け散る。その爆発のような衝撃は壁を崩壊させるだけでは飽きたらず、ロッキーの持つリボルビングライフルを粉々にする。
「……は?」
間の抜けた声を発したのは、ロッキーだ。彼からしてみると、突然自身の持っていたリボルビングライフルが消失したかのように見えたことだろう。
彼は銃口を私に向けたまま、銃すら見ずにオトカワと対峙していた。それを直視していた私は、壁を崩壊させた衝撃がそのままにロッキーのリボルビングライフルに直撃したのを見たが、彼は違ったのだ。
「狙撃手、残ってないはずだろ……!?」
壁を崩壊させ自身の銃を消滅させた“砲撃”を、即座に狙撃と見抜けたのは、ロッキーがいかに洞察力に優れ、計算高い人間だったかを知らせてくれる。
ロッキーはその言葉を残すとこちらに背を向け、駈け出した。彼にもう武器はない。けれど、彼の作戦はまだ潰えていない。
再度轟音。壁を崩壊させながら進む弾の軌道は、ロッキーを狙ってはいない。
壁を抜き、その弾丸が着弾したのは私とオトカワの居る場所から、10mほど先だ。弾を喰らい、天井からベチャリと落ちてきたのは全身黒ずくめの人間一人。いや、きっと一人だろう。
その人型は、上半身と下半身で分かたれて落ちてきた。この2つが繋がっていたと、確信できるわけではない。
それでも、この“黒い人のような何か”がロッキーの隠し玉であり、堂々と姿を表せた理由でもあると、そのくらいは理解する。ラウロと同じように、やけに高い天井の、やけに隠れる場所の多そうな、電気を通すための梁にでも隠れていたのだろう。そこを移動する人間が居るであろうことも、王城の構造を調べた時点で予想できたことでもある。
三度目の轟音で、また別の場所から人のような何かが落ちてきた。
ロッキーの姿は、後少しで見えなくなる。一度に“3発”しか撃てないこの砲撃の3発目で彼を狙わなかったのは、必要がないからだ。
目の前に、ステアーAUGを構える男が居る。何度も見慣れた、散弾銃をメインに持つプレイヤー。
オトカワは片膝立ちになり、大きく息を吐き、止める。
背を向けて走るロッキーとの距離は100mもない。壁に三箇所大穴が開いているが空気が乱れるほどでもなく、大気の流れを計算に入れる必要はないし、重力による落下もこの距離なら計算に入れなくても良い。
オトカワは引き金を引く。一発、二発、そして、三発。
遠く、走っていたロッキーが転ぶ。しかしすぐに起き上がり、右足を引きずって歩き出す。
「……良いんだよな」
「ええ」
オトカワの問いに、迷うことなく返答。
どうせ、決別だったのだ。彼と意見が交わるラインなど、きっと存在しない。
Eurocorpsかロッキー、どちら側に味方するのが良いか、考えた結果。
私の目的と彼の目的を照らしあわせた結果。Eurocorpsを潰したい彼が、狙撃手という駒がない状態で、どこの勢力を頼るか考えた結果。
彼が北門派と接触するのは、当然だったのだ。Eurocorpsが北門派とやり合う準備をしていることくらい、彼の情報網なら簡単に知れたことだろう。そこで北門派につけば、Eurocorpsを潰すための協力ができる。Eurocorpsに参謀として雇われている私の存在もきっと彼なら掴んでいただろうし、その時点で、こうなることくらい予想できた。
私も、彼も、それくらいはわかっていたのだ。だから、どちらかが死なないと、話は終わらない。
オトカワが射撃する。今度は一発だけ。
曲がり角に差し掛かる寸前でロッキーは倒れ、そして、今度は起き上がることはなかった。
「これで、終わりか?」
「……ええ。東門派は、もう動いてるんですよね」
「ああ。もう掃討を始めてるから、ここまで来るのも時間の問題だろうよ。つーかこの砲撃、聞いてなければ俺も逃げ出すところだったが……知ってても驚くな。思わず散弾ぶっ放すところだったぜ」
「……」
ロッキーは、Eurocorps全ての狙撃手を仕留めたと言っていた。それはきっと、間違いではないのだろう。
それより前、いや、北門派によるクーデターが始まった瞬間、自室から出てきたガヴィーノを撃ち殺した狙撃手班の役目は終了していたとしても、彼は律儀に狙撃手を一人ずつ殺して回ったのだ。その中には、きっとオリヴィエの姿もあったことだろう。
作戦が始まる前、オリヴィエは言っていた。「僕が死んだら、あちらの世界に居る上官の頭を撃ちぬいておくからね」と。
◇
「狙撃手は、真っ先に狙われると思います」
決行前夜、全ての作戦を伝えた後、狙撃手班のリーダーであるオリヴィエだけを呼び出し、このことを伝えた。すると、彼は笑いながらこう返す。
「だろうな。相手にプレイヤーが居るなら当然だ。だけど良いんだ。僕が死んだら、あちらの世界に居る上官の頭を撃ちぬいておくからね」
死ぬことを恐れていないわけではないだろう。それでもオリヴィエは、笑顔でそう返したのだ。
ガヴィーノ氏の殺害を役割としたオリヴィエは、クーデターが始まった瞬間には狙撃する必要がある。つまり、誰よりも目立つのだ。狙撃を警戒しているプレイヤーが一人でも居たら真っ先に狙いにいけるほど、目立つ位置。
だから彼は、あえて“逃げやすい狙撃位置”を選ばなかった。一番狙いやすく、一番狙われやすい、真っ先に的となる狙撃位置を自分の死に場所とし、役割を全うすると言ったのだ。
「……死んだら、戻れるんですか」
こちらの世界で死んだ後、あちらの世界に帰れるかは分からない。そもそもあちらの世界にはきっと今も、私達が存在しているのだ。
異世界に来ることなどなかった、ただのゲーマーである私達自身が。
ならばこちらの世界に居る私たちに、帰る場所なんてないのかもしれない。ここで死んだらどこに行くかなんて、死んだ者にしか分からない。
それでも、彼は笑って返す。
「それはわからないよ。けれどね、silfをこの世界に呼べた時点で――いや、君に言わせると僕が呼んだわけではないんだろうが、それでも言わせてくれ。君を、この世界に呼べた時点で、そして、君に協力を承諾された時点で、僕の、Eurocorpsのオリヴィエの役割は終わったんだ。残る僕は、ただの狙撃手でしかない。Eurocorpsに所属する、ただの一人の狙撃手だ」
「……」
「協力、感謝する。君が居て、負けるはずがないんだ。存分に使ってくれ。僕を、そして、Eurocorpsを」
彼からの信頼は、私の知らない私が得た信頼だ。
それでも彼はその幻影に縋り、この世界に来た私に、全てを捧げた。仲間も、指揮も、作戦も。もう彼は、Eurocorpsの指揮官などではないのだ。
普段の私なら、「役割押し付けるな」と怒ることだろう。いや、一度は彼にそのことで怒ったのだから二度目となるが、そう、思っていたのだ。
それでも、彼は覚悟している。自身が死ぬ前提の作戦を組むことを、ガヴィーノ氏を狙撃した後は、他のプレイヤーに殺されることも。全てを覚悟し、後を私に任せたのだ。
そんな彼に、無責任なんて言葉は言えない。彼は自分の命を持って、十分すぎるほど、責任を負うのだから。
「絶対に、なんとしてでも、僕は役割を全うする。もしも生きて終わりを迎えることができたなら、その時は祝ってくれ」
「……ええ。約束します」
涙など、この場にふさわしくない。笑顔で笑って死にに往く彼に、涙は相応しくない。
だから笑って、見送るのだ。
「私は、絶対に勝ちますから」
◇
「狙撃手班は、一人くらい生き残ったんでしょうか」
「さぁな。正直、狙撃手があのロッキーに勝てるとは思えねえ。一対一なら最強だろ、アイツ」
「……ええ、でしょうね」
動けない私の側を動こうとはせず、オトカワは隣に座って話をしてくれる。
私が動けないことを、追求しようとはしない。
「ん、生き残りが来たみたいだぜ」
オトカワは私の背後を仰ぎ見ると、大きく手を降る。
首だけで後ろを向くと、壁伝いにゆっくりと歩くEurocorpsメンバーの姿があった。銃を杖に歩く者、足を引きずりながら歩く者、腕がダラリと下がり、仲間に背負われている者。その姿には、無事とはとても言えないような、痛々しさがある。
「生き残りは、7人か」
「あとは、東門と共同してる数人くらいですかね」
「ああ……随分、減っちまったな」
「……ですね」
Eurocorpsの他にも、この作戦に協力してくれた者は居たのだ。ケニーのようにEurocorpsに賛同するこちらの世界の人間がほとんどであり、Eurocorps以外のプレイヤーは、私とオトカワの二人しか居ないが。
彼らはこちらの世界の人間だが、プレイヤーの次くらいには銃を扱うスキルがあった。足りない経験を自身の能力で補っていた彼らには、後方支援を担当してもらっていた。
王城に侵攻するグループは経験、協力が不可欠であり、そこに異物を混ぜ込むのは不可能だったのだ。だから現地人は銃で武装しながら、東門派と協力して北門派掃討の役割を担ってもらっている。
彼らにも犠牲は出たろうが、それでも、負けることはないだろう。北門派の最強戦力は私の指揮する突撃侵攻数班の始末に動いたはずだし、東門派にも強力な先祖返りが何人も居る。東門派はこれまで実力で負けているから北門派と争わなかったのではなく、まだ口実がないから争わなかっただけなのだ。きっと、彼らの掃討は成功する。ここに居る満身創痍のプレイヤーが協力しなくとも、それは成せるはずなのだ。
「つーかあの砲撃、やっぱ凄かったな」
「ええ。構造だけで見て壁抜き狙撃とか、プレイヤーにはできませんよ」
最後の狙撃をしたのは、プレイヤーではない。
砲撃ともいえる三発の銃弾。それを成したのは対物ライフル、ダネルによる狙撃であり、煉瓦造りの壁など豆腐のように砕きながら、ライフルと、隠れ潜む二人に命中させた。
「全部ロレンソに任せときゃ、もっと楽に終わったんじゃねえか?」
オトカワが彼の名を呼ぶ。
ダネルを持った狙撃手、私とずっと行動を共にしてきた、弓使いの名を。
「彼を、使い潰すわけにはいきませんから」
「……まあ、それもそうか」
ロレンソが最初から戦線に参加していれば、被害はもっと小さくなったかもしれない。
なにせ彼、東門派の誰よりも弓が上手いということが分かったのだ。それはつまり、この国において、彼の右に出る狙撃技術を持つ人間は、限りなく0に近いと見て間違いはない。
それでも、彼を、ロッキー戦によるピンポイント起用したのは、今後を思ってのことである。
彼を最初から使っていれば、もっと被害が少なくなった可能性はある。それでも、もしそれを選んだなら、ロレンソはロッキーと戦うことになってしまうのだ。近距離戦闘になってしまえば、ロッキーに勝つことなどできないだろう。彼の実力は、並大抵のプレイヤーではないのだ。こちらの世界でどこまで動けるかは分からないが、それでも、近距離戦闘能力に乏しいロレンソでは、無傷で逃げることなど不可能と確信していた。
もしも最強戦力がここで失われることになれば、北門派を潰したところで、何も残らない。全員を犠牲にして残ったのが結果だけでは、別の勢力にすぐ潰されてしまう。
だから、ロレンソを最初から使うわけにはいかなかった。ロレンソの役目はロッキーを私が引き付けてからであり、狙撃手を狙うプレイヤーが居なくなってはじめて、彼は狙撃位置についたのだ。
そうして対戦車ライフルよりも大口径の弾丸を装填されたダネルは王城の外壁を豆腐のように砕き、マガジンに入った3発の銃弾だけで、状況を変えた。やはり、最後だけのピンポイント起用で十分だったのだ。
「お疲れ様です、腕、貸しましょうか」
後ろから来たメンバーのうち一人、一番被害の少なそうなEurocorpsの男が、私にそう声をかける。
「あー、嬢ちゃんな」
オトカワがそれを止めようとするが、今更、隠す必要などないだろう。
「ごめん。腰から下――もう動かないんだ」
私の下半身は、感覚すらない。それは何故か。
考えるまでもない。ラウロが、それを成したのだ。話をするために下半身だけを動かなくしたが、彼はきっと、周りに倒れる他の男と同じように、知覚するより前に私を殺すこともできた。
それでも、彼はそうしなかった。だから私は生きたのだ。
気付かぬうちに、ラウロに針を刺されていたのだろう。痛みすら感じる間もなく私は倒れたが、今になって腰を触ると、べったりと血が付いているのが分かる。今でも痛みは感じないが、この足は、二度と動くことはない。何故かそう確信できる。
「……わかりました。では、応援が来るまで、私達が命に替えても守ります」
「無理、しないでね」
無事なEurocorpsの男が数人、周囲に銃を向ける。それらは今拾ったFA-MASだったり、元から持っていた銃だったり様々だ。
皆、沢山のメンバーを犠牲にしながら生き残ったのだ。私のようにスタングレネードを使った者も居れば、破片手榴弾を用いて仲間ごと敵を殺した者も居るだろう。それでも、彼らは生き残った。
生き残ったのだ。
◇
この日、Eurocorpsは事実上の解散となった。生き残った者達は「終わっても生きていたら、やりたいことをやれ」というオリヴィエの遺言に従い、その全員が、私の下に残ることを選んだ。
後に、北門によるクーデターを鎮圧したこのグループは王国内で「軍」と呼ばれる組織になり、そして、戦争を終わらせるための行動を始めることとなる。
ここまで読んでくれた方が居ましたら、感謝を。
この作品は、前作『その銃弾1発で』のスピンオフという立ち位置の小説でした。結果的に2倍を超える分量になってしまいましたが、大体予想通りでした。主人公より話の長いヒロイン(?)とはいかに。
前作を投稿したのは2年ほど前なので当時読んでくださった方はいないと思いますが、これを更新してる最中、これより、『その銃弾1発で』のアクセス数の方が多かったんですよね。あらすじでシリーズ物感出していたので見てくださった方が多かったんだと思います。
実は、私は前作全く読みなおしてません。記憶だけで書いてます。辻褄が合わないことがあったらすみません、指摘されたら直します。
前作でも書きましたが、私は物語を終わらせるのが苦手で、中々小説を投稿できないでいました。特に30万字超えたらそれが顕著になり、終着点が見つからなくなるんです。
その点、既に終着点が見つかっている『その銃弾1発で』の過去編である今作は、かなり楽に書けました。リアルの事情で途中更新が止まってしまいましたが、8月末からの更新はなんとか途切れることなく書き終わることができました。
一応、この二人について書きたいことは書ききったので、続編は計画していません。
むしろ、これを書いてる最中他に書きたいネタがいくつか浮かんだので、そちらに手を付けることになるかと思います。またミリタリーモノです、たぶん。異世界転移はないはず……。
『その銃弾1発で』と『夢想の形は銃弾で』の二作、書かせていただき、ありがとうございました。読む側のことを何も考えない20時更新でしたが、次作を投稿するときも、同じような形式で投稿すると思います。
それでは2016年9月8日14時30分、この更新を持ちまして、この作品を終わらせていただきます。
ありがとうございました。




