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夢想の形は銃弾で  作者: 衣太
策略
34/35

2

 「GO!GO!GO!」私の声が木霊する。初めて入る王城。ただし、廊下の歩数から階段の段数まで頭に入っている建物は、城として見ると、かなり頼りない構造をしている。

 攻め入られる、守り抜くといった発想が全くない城だ。ここを外敵から攻められたことが、歴史上に全くないのだろう。だからここまで手の抜いた構造の場所に住めるんだ。

 私なら御免だ。仮にこの城を取ったとしても、普段は地下室とかで暮らしたい。



 「正面外敵3!構え!」今私の居るグループで、声を出すのは私だけだ。

 この世界にはゲーム内で当然のように存在していた無線機器がない。オリヴィエはこちらに来てから、様々な道具を作りあげたようだが、それでも無線機を実用化するには至らなかった。

 だから指揮者が声を上げるのは当然だ。この声を、隠す必要などない。銃を撃つ中、騒音の中で指揮をするには、声を出すしかないのだ。

 私が文字チャットを使っていた理由の一つに、“声と音が混ざる”という問題がある。今がまさにそれだ。文字チャットが懐かしい。今すぐキーボードで文字打って後方から指揮したい。



 「てー!」騒音の中声を上げるときは、一文字だけを強調すれば伝わるのだ。自身は文字チャットしか使わなくとも、他のチームがどのように指揮をしているかを知るのは重要な情報であり、それを知ることで“どういう情報が伝わりやすく”“どういう情報が伝わりづらいか”が分かるのだ。その研究中、大規模チーム戦を指揮するプレイヤー視点の動画で、学んだことである。

 私の周囲に居たEurocorpsのプレイヤーが、構えた銃を一斉に撃つ。回避位置、軌道を読んで、あえて時間差を強調した射撃。こんな技術は、皆プレイヤー時代にはなかったものだ。

 王都で知り合った先祖還りやロレンソも交えた射撃訓練は、“銃を知っている先祖還りに銃弾を当てる”という前提の訓練だった。その成果は、射撃から2秒もすれば現れる。



 「クリア!」3人撃破。現状、グループ8名は全員無傷だ。

 今私は、グループを6つに分けて行動している。別行動する狙撃班の他5班は一定の間隔を開け、各班のカバーができるよう遠すぎず、仲間の射撃に巻き込まない程度に近すぎない距離を保って進撃中だ。

 その中でも私の居る班は突撃班。どの班よりも先行し突出し的となることで他班に援護されやすい位置を陣取り、自ら圧倒的火力で攻撃の要となるポジションだ。



 「次の角は右!お前ら弾は!?」曲がり角の少し前で立ち止まり、グループの男共に問い掛ける。「大丈夫です!」と返答を聞き「DE!左見てろ!カウントは321!」と叫ぶ。

 DとEのアルファベットが降られた2名が、曲がる先の角とは逆に銃を向け、ピタリと壁に張り付く。

 全員に見えるよう左手を大きく開く。勿論、立った指は5本だ。

 「3!」1本下ろし、残りは4本。

 「2!」1本下ろし、残りは3本。

 「1!」1本下ろし、残りは2本。

 「0!」1本下ろし、残りは1本。

 「てー!!」グループは“誰も曲がらず”曲がり角から現われた2人を撃ち抜く。

 至極単純な、声によるフェイクだ。現われた2人を一瞬にして撃ち抜くと立てていた指の最後の1本を下ろし、DとEは右、残りの5人は左の角へ入り、銃を向ける。

 「クリア!」声と動作によるフェイクは、どんな緊張状態でも仲間が間違えていては話にならない。その点、軍人であるEurocorpsの面子の対応は、十分満足のいくものだった。


 「次!」人差し指で右を差し、DとEの2名を先頭に進む。ここまでは、上手く運べている。

 綺麗すぎるほどだ。銃口を見て弾丸を回避する先祖還りに対し、あらかじめ“回避する位置”に弾を置いておく撃ち方は、予想していた以上に有効弾となる。結果的に無駄弾が多発してしまうその撃ち方は、普通の人間には撃つには、全く意味のない撃ち方だ。

 身体能力の強化された先祖還りは、飛翔する弾丸を見て回避しているわけではない。弾の殺気を感じるわけでも、撃たれてから回避できるほどの運動能力があるわけではない。

 あくまで銃口を見て、そこと自分を繋ぐ線を外していく、といった避け方をするのだ。だから戦法として“銃口のいくつかを相手の視線から外し、避ける先に弾を置く”作戦は成功している。だが、この射撃方法が通じる相手は一般的な強度の先祖還りだけであり、もしも弾を見てから避けられるほどの反射神経を誇る先祖還りが居たならば、一瞬で壊滅しかねない綱渡りにすぎない。



「射撃警戒!!」この号令は、王城に入って二度目だ。

 すぐさま全身を対弾性のボディアーマーに包んだ男、アルファベットのFとGが振られた2人が前に出、片膝立ちの姿勢を取ると、正面に向けて自身の体を盾にし、残る6名は2人の作ったセーフエリアに隠れる。

 北門派の連中が銃を撃ってきた時の対策で、オリヴィエがこの世界で作り上げたボディアーマーだ。それは拳銃弾くらいなら至近距離でも貫通しない程の防御性を誇り、彼ら2人は、人間盾として活躍してくれる。ちなみに私は、あれを着た状態では動けなかった。というか、立つことすらできなかった。せめてセラミックで作ってくれ。



 「C!決めろ!」2人の盾に隠れながら叫ぶ。バシバシと、盾となる2人に弾の命中する音が聞こえ、猶予はあまりない。アーマー部分に弾が貫通しないだけであり、関節部や頭部は当然のことながらアーマーを抜けてくる。それに、弾が貫通しないだけで、衝撃が殺せるわけではないのだ。

 そう何発も撃たれていると、彼らも行動ができなくなる。そうなってしまえば、先陣を走る私達の役割が遂行できない。だから、すぐに終わらせなければならない。


 アルファベットのCが振られた男は、FA-MASで統一された、他の5人とは違ったポジションの銃を持っている。

 その銃は、ステアーAUG。FPSをプレイしたことある人なら一度は見たことのある、一度見たら忘れられない特徴的な外見をしており、Cはこの銃で突撃班唯一の“選抜射手”の役割を担っているのだ。

 選抜射手の役割は、至近距離での正確な狙撃。ステアーAUGにはそれを行うのに適した低倍率のスコープが標準装備されており、狙撃技術のある者が使えば、有効射程である300m先であろうと、アサルトライフルの連射速度で命中させることができる。


 無論、先祖還りを相手に、一人だけの射撃では圧力に賭ける。それでも一人でそれを補える技能を持ったこの男は、この班の要と言っても過言ではない。

 一人で時間差を作り、銃口を僅かずつ動かし回避の抑制、そして、命中。

 数発の銃弾で3人目及び4人目となる“銃持ち”を仕留めたところで、Cから声がかかる「やっぱり銃持ちは動きが遅いです」と。予想通りではあるが、それを仕留めた彼が言うなら間違いないのだろう。


 北門派において銃を持っている者は、近接戦闘があまり得意ではない。つまり先祖還りとしての強度をほとんど持ち合わせて居ないということでもあり、それは通常の銃弾でも倒せる程度、ということだ。

 もしかしたら、普段は弓など遠距離武器を活用しているのかもしれない。王城は天井がそれなりに高いが弓が使えるほど空間にゆとりがない故に弓を持ち込むのが叶わず、仕方なく銃を使っている可能性だ。

 それにしてもあまり銃の命中率が良くないのは、銃が悪いのかもしれない。最初に遭遇した“銃持ち”が装備していたのはネイビーリボルバー。それは金属薬莢が生まれる前の銃であり、その命中精度は、現代の銃と比べると遙かに劣る。

 金属薬莢がなければシリンダーごとに火薬、弾丸を装填する必要があるが、火薬量が0,1gでも違えば、弾丸がほんの僅かでも歪んでいれば、同じ場所から同じように売っても同じ場所には飛ばないのだ。どれだけ動体視力があったところで、真っ直ぐに飛ばないような銃で現代銃と撃ち合うのは不可能なのだろう。



 一か所、二か所、少しずつ奪還エリアを拡大していく、私率いるEurocorps軍。

 接敵するたびに立ち止まって撃つ必要があり、王城が異常に広いとはいえ、入城から10分もすれば王が死んでいるであろう玉座に到達する計算だった。

 そう、何もなければ。

 このまま何も起きなければ、入城から10分でクーデター認定の条件である、王の死亡確認が行える。

 行える、はずだったのだ。



「やっぱ、後ろを雑魚に任せてたのが間違いだったよ」



 そんな声が聞こえたのは、すぐ後ろからだった。

 班のメンバーからではない。そもそも私のすぐ後ろには、Cが居たはずなのに。それより後ろには、Eが居たはずなのに。

 そのどちらでも、むしろ、班員誰の声でもない。私の背後から聞こえた声は、一体誰の声なのか。


 後ろを振り向いてそれを確認しようとすると、足の力を抜いたわけでもないのに、ガクリと腰が落ちた。

 踏みとどまることもできず尻から床に落下し、腰に付けておいた様々な道具が、ガチャリと大きな音を立てる。

 なんとか横に倒れることは避けられた。まるで、突然腰から下がなくなったかのような感覚。

 何だ。何だ。何だ。何だ。何だ。



「俺が、出ないとさあ」


 

 声がする。上半身だけで振り返ると、そこには床に倒れた7人の姿。

 全て、私の班のメンバー達だ。



「ああああああああああああああああああああああ!!!!!!」



 大きな声。

 誰の声でもない。それは、私の口から出た声だった。



「ほんと雑魚ばっか。あいつらもあんたらも皆雑魚。だから俺が出るとすぐ終わる」



 声の主を、探す。探す。探す。探す。探す。

 どれだけ周りを見渡しても、それらしき人影はない。そう思った瞬間、ストンと上から影が落ちてきた。

 その影は、人の形をしていた。



「何、あんた指揮官? うわっ女かよ」



 黒い影--いや、黒い服に身を包んだ男は、私を見てそう言った。

 確かに、先程まで聞いていた声だ。声の波長は、軽薄そうな若者だろうか。それでも、顔のほとんどを布で隠したその姿では、年齢までも特定できない。



「よく頑張りましたねー。だけど死ね」


「……誰だ、お前」



 男に声を返したのは、間違いなく自分だ。自分の、はずなのに。

 私は、こんな声で喋れたのか。これまでに聞いたことのない低い声で、混乱する頭を無理矢理落ち着かせるかのような、ゆっくりとした喋り方で。

 まるで、私が私自身を落ちつけようとしているかのような、そんな声で。



「ん? 俺? ラウロ君だよ、よろしく。まあもうすぐ死ぬ人に言うことじゃないけど」


「誰が、死ぬって」



 どれだけ力を入れても、足はピクリとも動かない。上半身は動くようだが、その動きはいつにもまして緩慢だ。

 だから、唯一動く口で戦う。元々私は前線に出るプレイヤーではないのだから、最初から武器は脳と、それを伝える文字という媒体だけなのだ。

 それ以外は、不要だ。



「ん? いやその状態で生きられたら困るけど。一人くらい生き残りが居ないと俺の計画にこんな早く対応できた理由が分からないっつーか、いややっぱ、いくらなんでも早すぎでしょ。東門の奴ら、まだ気付いてもないよ? なんでアンタらそんな早く動けたの?」


「……俺の、計画」



 男の言葉を反芻する。ラウロと名乗るこの男は、「俺の計画」と言ったのだ。

 やはり、計算に狂いはなかった。グループ壊滅など多少の誤差があっても、それでも重要なところは繋がっている。

 あえて集団とは違う服を着、先頭を行き、自身を分かりやすい的にした甲斐があったというものだ。



「そうだよ? これは俺の計画。厳密に言えば親父の計画だけど、親父はとっくに死んでるからもう関係ないね」


「あんたが、頭か」



 ゆっくり、ゆっくりと思考が進む。普段のような高速かつ、いくつもの可能性を並列させた思考ではない。

 結論が分かっていれば、決められたルーチンで処理をするだけだ。下半身が動かないことも、グループの全員が倒れたことも、全てを組み込み思考される。



「そうだよ? 何、想像してたより若いって?」


「別に。計算通りすぎるから、笑うとこだったよ」


「……へぇ。それを見ても、そう言うんだ」



 ラウロは顎で、倒れた男達を指す。

 7人は一瞬のうちに、いや、私が知覚できるより前に倒された。きっと、もう全員命はないのだろう。

 外傷は見当たらない。銃声が聞こえたわけでも、剣で斬りかかられたわけでもない。さっきと同じ格好のまま、男は全員死んでいた。

 ここにラウロが居なければ毒ガスか何かを想定しただろう。私だけがまだ動けている理由は分からないが、彼の口ぶりからするに、私だけ“手加減”されたということくらい理解できた。



「別に、名前も知らない人だから」


「へえ……冷たいねあんた。で? これからどうすんの?」



 これから、か。そんなもの決まっている。

 こいつを殺し、王の死亡を確認することでクーデター認定、そこでようやく合図を受けた東門派が入城する。彼らが入ってしまえば、クーデターくらいすぐに片付くことだろう。

 だから、ラウロの質問に応える言葉は、決まっていた。



「お前を殺して、ゲームセットだよ」


「そ。どうやって? あっもしかして後ろの仲間が何かしてくれると思ってる? たぶん皆死んでるよ。ちょっとは腕の立つ雑魚が後ろには行ってるから、あんたら程度の雑魚が生きてるとは思えないし。あんたは一応指揮官っぽいから生かしておいたけど……もう、要らないかな」



 彼は大きく手を広げる。そこでようやく目視する。ラウロが手にしているのは、2本の針のような物だ。

 あれが一体どんな武器なのかは分からない。レイピアにしては短いし、刺繍針にしては太すぎる。一番近いものは、たこやきを回す時の錐だろうか? まあたこやきなんてほとんど食べたことないんだが。

 そんなことを考えていると、彼の両手の錐は姿を消す。消えたかのように見えるが、実際は私の反応速度より速く裾の中にしまったとか、そんな程度のトリックだろう。

 彼の武器が分かったところで、私の行動は変わらない。銃でも剣でも錐でも、変わらない。



「銃のこと、知ってるんだね」


「勿論。親父に散々叩きこまれたからね。いつかあんたらみたいな集団が漁夫の利狙って攻めてくることも聞いてたし、それの対策もばっちり。で、あんたらは? なんで俺の行動読んでたの? どっかから漏れたのかな」


「……さあね」



 もう、時間稼ぎは良いだろう。こんなところで時間を使っている場合ではない。

 彼の言うように、後ろに居た皆はもう死んでいるのかもしれない。それでも、構わないのだ。私としては目的さえ達成できれば、なくしても構わない駒でしかない。



「お前は銃の知識があったところで、プレイヤーじゃない」



 そう言うと、ハァと、大きなため息が聞こえる。

 ラウロのものだ。彼はポリポリと頭を掻きながら、返答をする。



「確かに俺は、これについて、話しか聞いてない」



 そう言うとラウロは、先程まで何も持っていなかった右手に、ネイビーリボルバーを出現させた。

 手品のようなトリックだがどうせ、視線誘導などのトリックではない。ただ単純に、私の目に見えない速度で袖から出したとか、そんな程度。つまらない。つまらない。つまらない。

 彼はネイビーリボルバーの銃口を、をゆっくりとこちらに向ける。それに対して私のできる行動は一つだけ。

 私とラウロの二人では、力の差は圧倒的だ。私がここでタウルスジャッジを彼に向けたところで、彼は容易に回避して見せるのだろう。

 だが私の武器は、銃ではない。私の持つ最強の武器は、この世界に存在しない銃でも弾でもなく、情報だ。彼にない情報で、私は彼に勝たなければならない。



「死なば諸共、よ」



 小さく呟き、腰に吊るしていた一つの手榴弾を手にする。あらかじめ2つだけ持っていたそれの、片方。

 彼は一瞬だけ怪訝な表情をすると、その顔は急激に驚愕へと変わる。



「お前、馬鹿か……!?」


「これが何か知ってるのに、逃げないんだ」



 右手のリボルバーをこちらに向け、彼は私の顔と手榴弾を交互に見やる。手榴弾の外見、効果を知らなければ、この脅しは使えないものだ。彼の反応から、存在だけは聞いていたと知って安堵した。この期に及んで作戦変更など行えない。やはり、分の悪い賭けだった。


 彼の反応から、この作戦は間違っていなかったと確信する。

 ならば十分だ。後は決められたように、体を動かすだけのこと。下半身が動かないことなど、些細な障害に過ぎない。

 これまでは、手しか動かない状況で、私は戦ってきたのだから!



「……避けてやるよ。それで、粉々になったお前の姿を見て笑ってやる」


「そ」



 舌打ちをするラウロは、逃げる素振りを見せない。私にネイビーリボルバーを向けたまま、視線は手元の手榴弾に釘付けだ。

 腰から取った時点で、手榴弾のピンは抜けている。撃発時間は最長の7秒設定。最短の2秒の物も用意してあったが、すぐに撃ってくる性格ではないと分かった時点で、選ぶのは7秒で良かった。

 手にしたそれを、ぽいとラウロに向かって放り投げると、空に舞った手榴弾に向け、彼は瞬時にリボルバーの狙いを定める。しかし、撃たなかった。撃つことで起爆する可能性を思えば、撃たないのも当然だ。

 彼は回避するつもりでいる。手榴弾の破片、爆風を、起爆してから回避するというのだ。それは知識があるからこそ、先祖還りとして最強クラスの反射神経を持っているからこその自信。絶対に自分は避けられると確信しているからこそ、見た瞬間に逃げるという選択を選ばなかったのだ。

 ピンを抜いて7秒。地に落ちる寸前で、手榴弾は起爆する。彼は逃げようとしない。足の動かぬ私は、逃げることなどできない。これが普通の手榴弾なら、ラウロは本当に回避して見せるのだろう。そして、私は破片と爆風で上半身を失う。そう、“普通の手榴弾”なら、そうなるのだ。



 世界から音が消える。世界から光が消える。一瞬にして、私の知覚は、全て消失した。


 手榴弾の名前は、“M84スタングレネード”

 爆風でも破片でもなく、直視すれば失明しかねない100万カンデラを超える発光と、飛行機のエンジン音を遥かに超える爆音を、一瞬にして生み出す兵器。

 スタングレネードを有効に使うには、気取らせてはいけない。私が目や耳を押さえたら、そこへの被害があると教えるようなものだ。彼は回避宣言をした。それなら彼は、起爆する瞬間まで手榴弾を“見”ている。だから、発光の瞬間に目を逸らした私と違い、彼はその発光を直視してしまったはずだ。


 やはり分が悪く、普段なら絶対に選ばないほどに勝ち目の低い賭けだ。スタングレネードの光と音の中で銃を撃つ前提など、ゲームだとどうしても組み込めない。

 この世界では一度も使ったことないスタングレネードを直接喰らっても、私が行動できるかの賭け。私が自身を作戦に組み込むということは、つまり“そう”いうことだ。自身をただの駒として考え、敵の頭を釣り、一対一の状況に持っていくこと。それに成功したならば、自身が失敗することなど考えない、粗末な作戦。


 けれど、けれど、これしかないと分かっていたから。

 ラウロが私の元へ来た時。いや、東門派が初動戦闘には加勢しないと分かった時。その時点で、駒として自分を組み込むことを決めた時。


 「避けてみろ」その呟きは、きっと彼には届かない。光も音もない世界では、その言葉を私ですら聞き取れない。

 今、私は、真っ直ぐに座っているのかもわからない。平衡感覚もなく、光も音もなく、感覚すら消し飛んだ一瞬の世界。

 右手に握っているタウルスジャッジを前に向け、ハンマーを下ろし、引き金を引く。一発、二発、三発、四発、五発。目も耳も感覚すらも快復していない今の状態では、この動作が正常に行えたかは分からない。それでも私は1年間、弾も撃たずにこの動作を繰り返し、手に覚えさせたのだ。自身を戦力としてカウントする以上、これを撃つことになるのは、必然なのだから。

 それでもスタングレネードの数に限りがある以上、スタングレネードの起爆を食らった影響下では一度も練習していない。実際にスタングレネードを防護無しの生身で食らった場合、どこまで体を動かせるかは分からなかったのだ。だからこれはぶっつけ本番でしかない。


 圧倒的な身体能力を誇るこの世界の人間を相手に、生身の人間である私が勝つには、こうするしかなかったのだ。


 弾を撃ち尽くしたタウルスジャッジを、今も握ってる感覚はない。体が何かに当たったような感じがしたが、まだ感覚は戻らない。

 ああ、駄目だ。頭が回らない。まだ倒れるわけにはいかない。ラウロに弾が当たったかも分からない。それなのに、私の体は限界を迎える。駄目だ。駄目だ。駄目だ。意識を保て。まだ、この戦場は終わっていない。仮にラウロに弾が当たったとしても、仮にラウロが死んでいたとしても、この戦場はまだ終わっていない。私の役目はまだ残っている。私が今回相手しないといけないのは、ラウロだけではないのだから。



「よくやったよ、嬢ちゃん」



 そんな声が聞こえた気がする。一瞬、いや、しばらく、意識が飛んでいたのかもしれない。

 聞き慣れた声で、覚醒する。



「作戦成功だ」



 少しずつ、感覚が戻っていく。まず聴覚が。次に視覚が、ゆっくりと戻る。

 けれど、まだ足らない。下半身の感覚がないのは変わらないし、思考速度も普段の数分の一にしかならない。後者に関しては、スタングレネードの影響なのだろう。

 1m未満の距離で起爆したそれは、軽度の見当識を起こさせる。聴覚と視覚がない状態で銃を撃つ訓練はしてきたからそれを行うことはできたが、食らってから快復する訓練なんてしていない。この程度で済んで、良かったのだ。



「……オトカワ、さん」


「そうだ。乙川さんだ。分かるか? というか、立てるか?」



 彼の問に、首を横に振って応える。

 目の前には、先程まで話していたラウロが穴だらけになって倒れている姿が見て取れた。タウルスジャッジによる散弾は、彼に命中していたのだ。そして、命を奪っていた。成功しなければ意味のない作戦ではあったが、後ろの班も“私と同じように”外敵の始末をしていたことだろう。

 どれだけ戦力が残っているか分からない。北門派の人員はまだ残っているはずだが、それらを撃退するだけの力は私達にはない。

 それでもオトカワがここに来たということは、作戦終了の合図なのだ。私達の役目はまもなく終わる。あと少しで、終わるのだ。


 コツコツと、誰かがこちらに向かって歩いてくる音が聞こえる。



「君がそっちに着くことは、予想しなかったわけじゃないけど、やっぱりこうなるか」



そんな声が聞こえる。正面から靴の音を立てて歩いてくるのは、顔見知りの男だ。

外見からは"男"と呼ぶのは間違いだろう。彼は私より歳上であり、現在この世界で生きている、最も古い部類に入るプレイヤーである彼は、私とは別の方法でこの世界を攻略しようとしている男だ。



「あなたはそちらに着くと思ってましたよ……ロッキーさん」



あれ以来一度も会うことのなかった、彼の名前を呼ぶ。

意見の相違だ。ユーロを潰すことを決めた彼とは、初めて会ったあそこが決別の場となったのだ。



「ああ……ここを最後にしようか。君が死ねば、この戦いは終わる」



彼はそんな言葉を残し、こちらに銃を向ける。

彼だけが持つリボルビングライフル、コルトM1855を。

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