3
「……それ、危なくないですか?」
翌朝、ロッキーからの提案と、私の意見を伝えたナディアの第一声はそれだ。
そう、危ない。成功率について考えていなかったわけではないが、私達がロッキーに協力したところで、確実に成せる程度の物事ではない。
何せ相手はチームメイトをこちらの世界に呼び寄せる力を持つ、Eurocorpsだ。いくらロレンソに実力があるとはいえ、あちらの世界のトップチームに居たプレイヤーを相手に無双できるほど彼は強くない。
場所が場所だが、ケニーと一対一で重傷を負うほどなのだ。銃というのはこの世界の先祖還りにも通用する武器であり、それを無数に所持しているEurocorpsが生半可な相手ではないのは容易に想像がつく。
そんなチームを相手にして、無傷で勝利できるとは到底思えない。私もEurocorpsのように自身のチームを集めることができれば別だが、それでも、一度も戦ったことのない相手にまともな勝負ができるとは思えないのだ。
「そうなんだよね。対価が魅力的ってのはあるけど、それでも受けるのは大分危ない」
「ですね。野盗が相手ならロレンソ一人で充分ですが、銃を持った複数人には流石に挑ませたくないです。銃を持っただけの素人ならともかく、熟練の兵士ともなれば当然のこと。それが絶対に必要なら勝てる方法を考えたいですが、現状では難しそうですね。……返事、どうしたんですか?」
「一応保留で。一か月後に王都で返答ってことになってるけど、ちょっと、微妙な感じだね」
「……ええ。私も、安易に乗るのはオススメできません」
最近のお気に入りである瓶詰のレモンジュースをコクリと飲んで、ナディアはそう結論づける。
この場にオトカワとロレンソは居ない。ロレンソが銃をどこまで扱えるのかを見るということでオトカワと町の外に出かけており、帰ってくるのは夕方になる予定だ。
「それで、これからの話なんだけど」
「ロッキーさんに会うために王都に向かうか、Eurocorpsの方へ会いにファラに向かうか、ですよね。ロレンソも完治が近いようですし、そろそろ出発しても良い頃合いです。お待たせしてしまいましたが、ロッキーさんと会えたのは行幸でしたね」
「うん。――すぐ出発してたら入れ違いになってたろうし、怪我の功名ってところかな」
「ええ、幸いリカさんは軽傷でしたし、ロレンソも治りましたし、情報も整いました。これからどうするかを、決めやすくはなりましたね」
どうするか。ナディアに話したのは、別に決断して欲しかったからではないし、どちらにつくかを決めたかったからではない。
考えたかったのだ。話すことで客観的に見、判断することができる。一人で悩むより、そちらの方が大分有意義に思考ができるのだ。
「とりあえず、Eurocorpsの方を調べたいかな。ロッキーさんに聞いても良いけど、あんまり客観的な情報は貰えそうにないし。となると行先はファラになりそうだけど、ここからどのくらいかかるかな?」
「そうですね……この町からなら一週間程度の距離ですが、あの馬車にはそこまで荷物積み込めませんから、二度ほどどこかの町で補給が必要になると思います。なので、10日はかかるでしょうか。ところで、その……」
ナディアが言いづらそうにする。そう、行先を決めたところで、ファラへの移動には足りないものがある。
御者だ。アダリナからフェムに来るだけで精一杯だったナディアは、流石に王都やフェムまで馬を走らせることはできない。安全な道を知らないし、体力的なものもある。
町に滞在している期間で業者はいくつも当たっておいた。そのほとんどが“傭兵を雇うなら”という条件を出してきたが、それは私の銃や、ロレンソの実力を知れば断らない程度の条件だ。
「御者の件は、任せてくれて大丈夫。いくつか当たっておいたからね」
「……ありがとうございます。長距離移動、想像以上に辛かったので……助かります」
ぺこりと頭を下げてくるナディアに、以前のような申し訳なさは感じない。表情から感じ取れるのは、単純な感謝の気持ちだ。
彼女はもう、自分を邪魔者とは思っていない。戦力的な面ではなく、私には相談すべき人間が必要なのだと、気付いたのだ。その役目を成せるのは自分しか居ないと分かれば、彼女が自信を持てるのも頷ける。実際、私一人で決められたことなどほとんどないのだから。
「ところで、オトカワさんはどうするんでしょう」
「……聞いてなかった」
「……ですよね。帰ってきたら、一度相談してみることにしましょう」
正直、馬車に3人乗るのはほぼ不可能だ。それなりに広いとはいえ、1人はどうしても御者席に座ることになる。
御者席は1人分しかないし、仮にオトカワが着いてくるとしたら別個に馬を用意してもらうか、最悪馬車を新調するしかなくなる。無駄な出費は避けたいから、彼の返答次第で考えよう。
別に、着いてきてもらう必要などないわけだし。
◇
「御者って大層な名前ついてるが、ようは馬車走らせるだけだろ? 余裕でできるが」
「……え?」
「俺、この町に来るまでは馬車の護衛とかしてたからな、王都までは10往復くらい経験あるぞ。ちなみにあっちの世界では長距離トラックの運転手してっから、10日くらい余裕だぜ」
「え、ええーと」
「そんなんで人雇うくらいなら俺雇ってくれよ、アンタら金持ってんだし、俺金欲しいし」
「正直すぎる……」
「アンタらの目的はどうあれ、俺もうこの町居づれえし、町出る丁度いい機会だしな」
「それじゃあ……お、お願いします……」
「おう! これで当分の食い扶持には困らなそうだな」
戻ってきたオトカワに先の話を振ると、流れるように話が決まってしまった。
というわけで御者はオトカワに決まる。まさか、強盗崩れがここまでこの世界に馴染んでいるとは思わず、大分動揺してしまったが、これはこれで助かることだ。
人数を増やさずに行動できるし、そこまで信頼できているわけではないが、少なくともロレンソが居る間はオトカワは変な気を起こすことなどないだろう。
ナディアと私の次くらいにはロレンソの戦闘能力を知っている彼は、少なくともロレンソが預かってる宝石類や金品を奪うことなど絶対にしないし、金を払っている間は私達に着いてきてくれる。
まだ仲間と言えるほど親密にしたつもりはないが、同行者として見れば十分合格ラインだ。
一度私達を襲撃してきた人間と行動を共にすることになるとは、一月ほど前は思ってもいなかった。
嬉しそうにケラケラと笑うオトカワは、雇用先が見つかったことに本心で喜んでいるように思える。
襲われた時にも思ったことだが、彼はやはり町で強盗をしているタチではなかったのだろう。働かずに得る金より、働いて得る金の方が尊く思えるタイプの日本人だ。
「大物とは思ってたが、まさかEurocorpsとおっぱじめるとは思わなかったぜ」
「い、いえ、まだ戦うと決まったわけじゃ……」
「どっちにしろだ。ケニーを殺した情報が伝わってないにせよ、荒っぽいことになるのは確定だろ? こっちに来てるプレイヤーが少ないならともかく、奴らにとって俺達は珍しくもなんともねえ一般プレイヤーだ。そう簡単に協力してくれるとは思えねえしな」
「まぁ、それはそうですが」
実際、私達はEurocorpsにとって、さして重要ではないプレイヤーだ。
彼らにつくにせよ敵対するにせよ、自分たちの価値を彼らに知らしめないといけない。チームで固まって行動するのなら、不確定要素である日本人プレイヤーを仲間にする必要はないし、恐らくロッキーもそれで事を運べていないのだろう。
彼らは自分たち以外を信用していない。それどころか、自分たちすら信用していない節がある。ケニーの件がそうだ。銃を運ぶ人間すら理由を知らされていないでは、末端には情報が伝わっていない可能性が大きい。何故自分たちがこの世界に来たのかくらいは知っているかもしれないが、それでも、完全な情報の共有は行われていないはずだ。
そんな状態で、突然現れた日本人プレイヤーが仲間になると言ったところで信じてもらえなくて当然、むしろ、どこかのスパイかと怪しまれるのが自然だ。彼らが何を求め、何をしようとしているのか、それを調べ、私に有益なのか不利益をもたらすのかはっきりさせた上で行動しなければならない。
この情報戦は、一人で戦う必要はないのだ。ナディアが居る。ロレンソも、オトカワも居る。あまり頼りたくはないがロッキーも居るし、依頼をしたハントだって居る。だから、一人で戦う必要などない。一人で銃を持って戦う必要など、ないのだ。
いつもと同じことを、いつもと違う場所で行うだけだ。私の戦争を、私が終わらせるために。
「そういえばオトカワさん、ロレンソの様子はどうだったんですか?」
「どうもこうも、こいつぁ中々だぜ。ただ……」
「ただ?」
オトカワが言い淀む。ケニーの一件では、あれほどの射撃技術を見せたのだ。回避機動に動体視力、どれをとっても、一対一ではあちらの人間が勝てないほどの戦闘能力。
それなのに、言い淀むのは何故だろう。最初に褒めておきながら、こうも苦虫を噛んだような顔をされると、状況が掴めない。
「すみません、やっぱ、あんま向いてないみたいです」
ロレンソが言葉を引き継いだ。
彼はいつもの無表情で、特に悔しさは感じない。ケニーを仕留め損ねたと知った時のような表情が、全く浮かばないのだ。
「銃撃つより、ナイフ投げた方が速いんだよ、こいつ……」
「はい?」
「いやだから、銃を向けて撃つより、ナイフ抜いて投げる方が速いし正確なんだ。いや、正直俺も全く意味は分からねえが、実際に見たら明らかだよ。――ナイフ抜いたと思ったらもう的に刺さってんだから、あんなん目にしちゃ銃を勧める気にはなれねえな……」
悲しそうに説明するオトカワには申し訳ないが、なんか、ロレンソの異常スペックからすると容易に想像できるのが辛い。
「えっと、ロレンソって弓しか使えなかったんじゃ……?」
一応聞いておく。銃よりナイフ投げの方が速いと聞いてナディアも少しは驚いていたようなので、彼のそのスキルは普段から見せているものではないはずだ。
「あ、はい。ただ、昔ダーツやってたんで……」
「ダーツ感覚でナイフ投げてんのかお前!? 銃の早打ちみたいなことになってただろあれ! こっちのダーツって投げる速度でも競ってんのか!?」
「いや、まぁ、速く投げないと急かされたので……」
「マジで趣味の延長かよ……つーわけで嬢ちゃん、こいつに銃はあんまり向いてねぇな」
そういえば突っ込み役が不在なグループだったからオトカワがロレンソの性能に驚くのを新鮮に思っていると、そう結論付けられた。
それを見たオトカワだけでなく、多少なりとも銃を触ったロレンソもそう思っているということは、実際にそうなのだろう。意味は分からないが、ある程度の距離では銃より役に立つスキルがあるということだけは分かった。
「えっと、飛距離ってどのくらい?」
「精々50mくらいだと思いますが」
「……それ以上だと?」
「銃より弓のが速い、ですね」
「そっか……」
結論、ロレンソに銃は要らない。
あの時のように、50m以上離れたところから無防備な状態で撃たれたなら分からないが、彼が必要に感じていないということは、つまりそういうことなのだろう。
元々、弓の技術だけで同行が決まった彼だ。不得手な銃で戦わせるより、得意分野を生かして動いてもらった方が良い。そう何度も町中で襲われることはないはずだ。――はずだ。既に2回そういう場面に立ち会ってしまった私では全く説得力はないが、まあきっと、大丈夫。大丈夫。
「じゃあ、私が……」
ナディアが、そう言ってロレンソの置いた銃に手を出す。瞬間、私の「ナディアは持たなくていいから」と、ロレンソの「お嬢は持たないで下さい」が被る。
シュンとして手を出した手を引っ込めるナディア。少し可愛いと思ってしまって駄目だ。彼女に自衛の手段として銃を渡すのはなくはないかもしれないが、正直、彼女だけは危険な目に合わせたくないという気持ちが強い。
自衛など、させたくない。それに関してはロレンソと意見が一致したようで幸いだ。
「……私が持つのは諦めるので、皆さんにお願いします。ところでオトカワさんは、銃の扱い、上手いんでしょうか?」
ナディアがそう質問する。
確かに、それについては私も知らないことだ。一度避けたとはいえ、あれは私の行動が速かったというか譲治が先走ったというか、様々な要因が絡んだ上で回避できたものだ。
二発目以降撃ててないのはロレンソの動きがあまりに速かったからだし、あれだけでオトカワのプレイヤースキルが低いと決めつけることはできない。
「あー、それなんだが……」
オトカワが再び言いづらそうな表情をし、頭をポリポリと掻く。この反応、そこまで上手くないのだろうか。ちょっとだけ親近感を覚えるが、これからのことを考えると、なるべくなら彼も戦力に組み込みたいという感情のせめぎ合いが行われる。
「crossroadっつーチームで、散弾だけ使ってたんだよ、俺。散弾はほとんど全部使ったことあるんだが、それ以外はさっぱりでな……」
「あー……」
ガリルによる射撃が回避できたのは、つまりそういうことだ。
彼は元来アサルトライフルを使うプレイヤーではない。散弾銃による超至近距離での遭遇戦を得意とするプレイヤーであり、待ち撃ち、狙撃などできるはずもないのだ。彼の反応からして、その他の銃の技術については全く自信がないのだろう。
「そういうわけだ。だから正直、散弾無かったらそこらの一般プレイヤー以下だな」
「……crossroadって日本サーバー1位のチームですよね」
一度も対戦したことはないが、それは対戦を断られているからだ。チームとして実力がなかったら1位など維持できるはずもないし、そこで散弾銃を握っていたプレイヤーなら、それこそオトカワ自身もトッププレイヤーの腕前があると言える。
ただし散弾銃は持っていない。ケニーの持っている銃にも散弾の類はなかったし、この場にある唯一の散弾は、私の持っているタウルスジャッジだけだ。
オトカワも私がこれを持っていることは知っているはずだが、特に何かを言われたことはない。というより、散弾の話はしないようにしていたのではないだろうか。
「まぁな。――だから言いたくなかったんだよ、これ……」
珍しく落ち込んでいるオトカワを慰める言葉が全く浮かばない。
散弾を持たない散弾銃手など、機関銃を持ってない機関銃手並みに役に立たないプレイヤーだ。私ははなから自信の技術をアテにしていなかったからアルフレドの工房に置いていく選択ができたが、オトカワは違うのだろう。
「その、散弾というのは……?」
オトカワの落ち込みが理解できなかったようで、ナディアがそう呟いた。
追い打ちのような気もするが、それはまぁ、仕方のないことだ。
「あれだよ、嬢ちゃんのタウルスジャッジみてえな、一回撃つだけで大量に弾が出るヤツ。……もう2年以上も触ってねえが、あれの扱いだけなら上手かった……はずなんだが……」
「…………それは残念です」
話題を出してしまったこと自体を申し訳なく思ってるのか、ナディアまでしょぼくれてしまう。
まぁ確かに、結論を言えば、聞いたことが申し訳ないほどの空気になってしまった。もし散弾銃が手に入ることがあれば、オトカワに流すのが良いだろう。というか、そうしないとあまりに不憫だ。
「いや、まあ、俺の話は良いんだよ、そこまで戦力として見ないでくれ。御者だよ御者。馬車の操縦すりゃいいんだろ? 得意だよ俺、それ得意だから。だからそんな憐れむような眼はやめてくれ……頼むから……」
「…………」
あまりにも哀れで誰も返事ができなかった。この話は、当分避けた方が良いだろう。
オトカワのキャラがよくない方向に定着した気もするが、それは仕方のないことだ。
私も状況が状況なら同じ立場になっていたことを思うと、全く笑えないのだが。




