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夢想の形は銃弾で  作者: 衣太
世界
23/35

1

まとまった時間が取れず、更新止まってました。多少区切りがついたので投稿再開。

予約投稿では間に合いそうにないので、2,3日に1回ペースで続けれたらと思います。

 アラタに言われた療養期間の1か月を待たず、ロレンソが一人で自由に歩けるようになるのにかかった期間は、たったの2週間だった。

 まだ戦闘行動には差し障りがあり、体力が回復し切ってないことから長距離の移動は行えないので、1週間ほどフェムに残り、様子を見ることに決まった。

 馬車の中で休憩していられる私と違い、ロレンソは自分で馬に乗って馬車の周囲を見張るのだ。彼の体力が万全でないのなら、最悪のケースも考えられる。


 町にも慣れ、ナディアと買い出しに行っていると、ある少女に出会った。



「お姉ちゃん、何?」


 紙袋を小脇に抱えた、買い物帰りと見られる少女は、私の服の裾を掴んでそう言った。

 少女に浮かぶ表情は疑問、恐怖、驚愕。初めて会う少女がする表情として、適切とは言い難い。

 この10歳にも満たない少女は、私に聞いているのか、それが全く分からなかった。



「どういうことでしょう?」



 口を開けないでいる私に、助け船を出したのはナディアだ。

 話の流れに不自然さを感じたのは私だけではなかった。

 ナディアに対してそのような疑問はなかったようで、ナディアに振り返ると、少女らしいあどけない表情で返す。



「このお姉ちゃん、なんか変なの」



 本人が居るところで変とは何事か。陰口なんてレベルではない。

 子供故の悪気のなさにダメージを食らってる場合でもないので、無理矢理笑顔を作りながら少女に問う。



「私、何かおかしいところがあるかな?」


「ううん、わかんない。お姉ちゃんとか、そこのお兄ちゃんとか、町の人とは、なんか違うの」



 ナディアとロレンソを指差してそう言う。



「なんか、おばあちゃんみたい。ううん、やっぱりおばあちゃんみたいでもない……」



 どっちだろう。そんな歳とって見えるなんてことはないはずだ。まだ20にもなってない。

 小学生くらいの子供は高校生でも大人に見えるというのはあるが、これはそういう意味でもないように思える。

 私からしてもナディアは明らかに年下だが、ロレンソはそうでもない。仏頂面から老けて見えるし。



「目、変じゃないですか」



 気づくと後ろに居たロレンソが、そう呟く。

 少女には聞こえないギリギリの音量。つまり、これは少女へのツッコミなどではない。

 私への忠告だ。


 落ち着いて少女と瞳を合わせる。相変わらず私を見る時だけ恐怖に震えるのは悲しい気持ちにはなるが、逃げ出そうとはしないので構わない。

 少女の瞳を数秒眺めたところで異変に気がついた。

 色だ。

 僅かだが、虹彩に“うねり”のようなものを感じる。

 動いているのだ。瞳孔ではなく虹彩が、動いている。幾条もの線が複雑に絡み合ったような不規則な動き。

 瞳孔の拡張などではなく、虹彩のうねり。色からして分かりづらいが、恐らく、このうねりは瞳孔にも続いている。

 少女の藍色がかかった瞳が、人間としては考えられない動きをしている。間違いなく、異常だ。



「ロレンソ、知ってる?」


「いえ、特には」


「……何かありました?」



 話に乗れなかったナディアが問うてくる。ナディアを見る時は年相応のあどけなさを感じさせるのに、私だけ明らかに怖がられてる。ロレンソのことも別に気にはしていないようなのに、私だけ不審者のような目で見られるのは、正直悲しい。



「戻ってますね」


 ロレンソが小さな声でそう呟いた。彼の言ったのは、瞳のことだ。

 ナディアを見た瞬間、少女の瞳にあった“うねり”が消えた。

 有る方が異常なことなので無ければすぐに気がつく。角度などではなく、確かに異常がなくなっている。

 これは一体どういうことか。



「なんですか二人とも、この子の目をジロジロ見て内緒話して……私にも分かるように教えてくれないと、のけものにされたみたいで悲しいです」


「それはごめん……この子、私を見る時だけ瞳の動きがおかしいんだよね」



 私の返答に、キョトンとした顔を返したのはナディアだけではない。

 少女もだ。

 私とナディアをキョロキョロと見比べるが、本人には何も分からないようで、首をかしげるばかり。

 つまりこの瞳の異常は、少女が意図的に起こしている現象ではなく、無意識化の現象というわけだ。

 そこまで分かっても、やはり少女の言葉の意味は分からない。


 情報を整理しよう。私とナディア達が、明らかに違うところ。その違いは、普段感じるものではないこと。私と彼女の“おばあちゃん”――つまり祖母だろうか――の共通点。

 最後の一つは不確かだが、前二つは明確だ。

 出身の世界。それならば、明らかに違う。私とナディアは生まれた世界が違うし、私と同じように日本に生まれた人間がこちらに来ている数を思うと、少女の生きた数年では一度も遭遇していなくとも不思議ではない。

 彼女の祖母を除いて、だが。



「おばあちゃんは、何をしてる人なのかな?」



 子供に話しかける時に敬語を使うと怖がられると、昔看護師に聞いたことがある。

 腰を屈めて視線を合わせ、なるべく同じ立場で話をする。既に怖がられている現状あまり意味はないかもしれないが、気休めにはなる。



「占い師!すごい人気なんだよ!」



 祖母の話を聞かれ少しは恐怖が薄れたのか、元気にそう返してくれる。

 占い師。その職業は、少女の瞳と何か繋がりがあるように思える。仮に、異なる世界の人間を見分けることができる目ならば、その原理を知りたい。目が欲しいわけではなく、この世界の異常を知りたいのだ。


 基本的に、この世界の人間は視力や運動能力など、物理的な戦闘に関わるスペックが明らかに高い。それでも、魔法があったり、未知の能力があるというわけではない。

 あくまで“あちらの世界の人間に比べて”という話だ。銃を撃たれてから避けるとか数百m離れたところに弓を射るとかの異常スペックを多少と言って良いのかは分からないが、その程度。

 銃で撃たれれば死ぬのだ。不死身などではないし、銃弾を跳ね返す体を持っているわけでもない。それは、最初の町で嫌というほど実感した。

 相澤の薬学知識が役に立つことから考えて、体の構造が全く違うというわけでもないだろう。限りなく等くなければ、あちらの世界の薬学知識が役に立つとは思えない。


 視力については説明できないが、運動能力だけなら多少想像はつく。

 通常、人間の筋力は、自壊しないよう2割程度までしか力を出せないと聞いたことがある。そのリミットの位置が違う、例えば5割だったり、8割だったりすれば、それは明らかな“異常”と成り得る。

 見た目が筋肉質ではないロレンソが異常な膂力を誇るのも、銃弾を見てから避けることができるというのも、それなら納得できないこともないのだ。


 そう、たかがその程度。筋力のリミットが違うだけなら、まだ想像できる範囲内だ。

 だが、この少女は何だ。

 この瞳は何だ。

 異世界人を見分けることができる瞳、異常に“うねる”瞳。どちらも明らかな異常。

 リミットなどという問題ではない。瞳孔のサイズが変動するという問題ではない。

 瞳の中で線がうねる現象など、聞いたこともない。病気か、寄生虫とかでないと説明がつかない現象だ。

 もしくは、人間の瞳には元からそのような機能があり、その“リミット”が外れているという説も考えられる。ただし、それを証明する手段は現状存在しない。


 そもそも、少女は自分が何を見ているのか分かっていないのだ。ナディアやロレンソならともかく、この世界の人間が私を日本人を見分けるのはほとんど不可能に近い。日本のように島国で他国から独立して数千年を生きてきたならともかく、この世界の人間はあまりに国が混じりすぎているからだ。

 アジア系のような顔をしている者も居れば、西洋の顔立ちをしている者も多い。どちらかと言えば後者が多いが、それらが複雑に混じり合っていれば、顔立ちだけで血の混ざりを認識することなど不可能だろう。

 出身によって、差別を受けている者が居るという風潮もない。

 ハントくらい意識していれば違うかもしれないが、普通の人間は会話に複数言語を織り交ぜることなんてしないし、黒髪黒目や日本人的なモンゴロイドが極端に少ないというわけではない。

 顔だけで日本人と分かるのは、日本人だけのはずだ。日本人は中国人、韓国人の見分けがしづらいが、 中国、韓国人からしたら当然分かるのと同じように。逆に言えば、彼らは他国民と日本人を顔だけで 見分けることはできない。

 自国民を見分けることができる理由。それは、これまで見てきた大量の人間から類似点を探し、自国民と他国民の違いを見つけ、それらを無意識で判別することができるからだ。


 そう思えば、少女の瞳は、この世界で初めて出会った“ファンタジー”と言える。

 その謎を解明するのは、私がこの世界に来た理由と、何か関わりがあるかもしれない。もしなくとも、数十年この世界に住んでいる、明らかな異常を持つ占い師から、聞けることはあるはずだ。


 祖母の話を聞かれてから、少女は明らかに明るくなっている。私を見る恐怖心も大分薄れているようで、何よりだ。

 祖母がよほど好きなのだろう。今は話についてこれなかったナディアが屋台で買ってきたクレープのようなものを頬張っているが、頼めば祖母のところまで連れて行ってくれる気もする。



「この街で有名な占い師って、知ってる?」



 手持無沙汰になったナディアにそう問いかける。なんとなく、彼女ならそういうことにも詳しそうだ。

 ガイドブックもなければ観光案内もない、インターネットもないこの世界でナディアがどうやって世界の情報を得ているのかは分からないが、明らかに彼女は世俗に詳しい。年頃の少女ならそんな程度、を明らかに超えている。人間ホットペッパーか何かだろうか。



「そうですね、確か3件ほどあったはずです。行ったことはないので場所までは分かりませんが……『マドル・マンティケー』というお店が、一番人気だったと思います。確か、未来が読めるとか、そんな謳い文句だったような……」


「それ、おばあちゃんのお店!」



 口の周りをクリームでべたべたにしながら、少女が元気にそう言った。

 ナディアも知っていたとなると、少女の祖母のお店はよほど人気店と思われる。

 予約無しで入れるだろうか。孫がついていれば大丈夫か、などと思考を巡らせていると、少女が続ける。



「今日はお店お休みだから、おばあちゃんもおうちにいると思うよ?」



 あ、良かった。定休日。いや、良かったのかは分からないが。



「案内してもらっても、良いかな?ちょっとおばあちゃんに聞きたいことがあるんだけど……」


「うーん……」


 少女がクレープを食べる手を止め、少し悩む。知らない人を家に連れていくのはいかがなものかと考えているのだろうか。

 既にナディアには餌付けされて、異常に懐いているように思えるが。



「おばあちゃんのおうちすぐそばだから、連れてくる!」



 それが少女の出した答えだった。

 まあ、妥当なラインか。








「これはこれは、また奇妙な子ねえ」


 少女に手を引かれて来た祖母……いや、祖母ではない。

 これは断じて祖母ではない、しかし少女に連れられてきた以上祖母のはずの女性は、到着するやいなやそう呟いた。


 藍色がかった長い髪、寝巻のようにも見える黒いドレスを着た女性は、どう見ても祖母といった歳ではない。

 むしろ、“お姉ちゃん”の方が近いだろう。紫色のベールのような布で目元を覆っては居るが、ドレスから浮かぶ胸のラインや出た腕、姿勢や身長からは、老いというものを全く感じさせない。卑猥さというよりは、妖艶さ、だろうか。

 夕方の今ならギリギリ占い師に見えなくもないが、夜に会ったら確実に風俗関係の店を思い浮かべる。

 見た目から判断する年齢は多めに見積もっても20前半程度であり、祖母どころか経産婦にすら見えない。


「お姉ちゃんのことおばあちゃんに言ったらね、きがえるって言ってきかなくて……おそくなって、ごめんね」



 少女は申し訳なさそうにそう言う。

 近くと言ったわりに30分以上も戻ってこなかったのは、そういうことか。

 “おばあちゃん”と呼ばれた女性は、やはり少女の言っていた占い師なのだ。どこがおばあちゃんであるかは別として。



「ふふ、仕事柄ね、目を見られたら困るのよ?」


「さっきまでシャツ一枚でねてたのに……」


「……それは言わない約束よぉ?」



 若いとはいっても少女と比べると3倍程は歳を取ってそうだが、あまり威厳があるわけではないらしい。



「何か疑われてるようだけど、私は確かにこの子の祖母よ? え? 若く見える? そうねえ、アンチエイジングってやつかしら?」



 何も言ってないのに言葉を続けられる。独身というか、自慢というか、予想できていたからというか。

 むしろ、明らかに日本で使われていたであろう“アンチエイジング”という言葉が出た方に驚いた。自動翻訳機能の賜物だろうか。いや、この身で本当に祖母というのも大概だが。



「こう見えて子供は4人産んでるし、孫は12人。ちゃんと、お腹痛めて産んだんだからね?」


「失礼ですが、おいくつですか……?」



 流石に彼女の容姿を異常と思ったのは私だけではないようで、恐る恐るナディアが問う。年齢は関係ないはずなのに、今はそれを聞かないといけない気がしてならない。



「今年で78よ? どう? 見える? 見える? いくつくらいに見えたかしら?」


「ええっと……20くらいかと……」


「そう?うっれしいわぁ~」



 嘘だ……絶対に嘘だ……。と言わんばかりの表情で、ナディアがガクリと頭を落とす。

 年を取らない秘法とか、そういうのがあるに違いない。そうでなければ説明ができないほどに、彼女の若造りは凄まじい。



「ううん、若造りの秘訣が聞きたかったわけじゃあないのよね?ええっと……リカさん、かしら?」


「はい?」



 彼女は、明らかに私の方を向いてそう言った。

 リカさん、と。


 記憶違いでなければ、彼女が居るところでも、少女が居るところでも私の名前は呼ばれていない。

 ナディアと少女が話していたところで話題に出ていた可能性は0ではないが、名前のことなど、少女が言うだろうか。



「なんで私の名前を、かしらね?」


「……はい。まだ、名乗ってないと思うんですが」


「名乗られてはないわねえ、別に、孫に聞いたわけでもないわよ?」


「じゃあ」


「どうして。その問いに答えても良いけれど、きっと信じてはくれないでしょうね」



 私が信じない理由、それは、何故だろう。

 ゲーム内の銃を持って異世界にやってきたこと。あちらの世界で二度と動かないと言われた両足が動いていること。余命も近かった私が、こちらに来てから何不自由なく過ごせてること。言語が翻訳されることも、触ったことのない銃を動かせることも、説明できないことばかりだ。

 今さら何が信じられないのだろう。何を、信じることができないのだろう。


「あなたの景色は少ないわね。白い部屋、白いベッド、花は誰が持ってきたのかしら?あなたはそれを、趣味が悪いと思っていた。折角景色が見える部屋なのに、カーテンはいつも閉じていたから、誰かが置いてくれたんでしょうね。あなたは花が嫌いだった。いいえ、花じゃない。生き物全般が、かしら。勿論、自分のことも」


「……」


「ここに来るまで、あなたの景色はそれだけだった。白い部屋、白いベッド、それに一つのディスプレイ。あなたにとって、世界はそこだけだったのね。そこだけで、充分だった。あなたはそこで、世界を知れたのだから」


「…………」


 口を挟もうと思っても、彼女の言葉を止めることができない。何故だろう。

 最後まで聞かないといけない。そういう強制力を、彼女は言葉に乗せている。

 占い師としての話術か、それとも、その内容を聞くために、止めるわけにはいかないからか。



「あなたは、扉が開くのが嫌いだった。嫌な顔を見るから。できるだけ、自分の寝てる時に来てほしかった。それでもどうしてか、いつもあなたの起きてる時間に人は来た。どうしてでしょうねぇ。あなたには、最後までそれが分からなかった。あなたの起きてる時間にしか来ない来客。あなたの起きてる時間にしか来ない、嫌な人」



 嫌だったのだ。両親が来るたびに。

 治りもしない私の容態を聞くために医師を呼びつけ、無駄な話をさせるあの人達が。何度も何度も同じことを聞き、その度にまるで自分が被害者かのように振舞う彼らのことが。

 嫌いだったのだ。


「自分のことを知っている人より、知らない人と過ごす時間が好きだった。あなたは二度目の生を受け、そこで新たな世界を知る。これまでにないくらい充実した毎日だった。本当に? わからない。あなたは、充実した生活を知らなかったから。だから毎回、これこそが充実した生活なんだと、自分に言い聞かせた」



 私のことを知り、何かを隠したまま心配するクラスメイトより、親より、医者より、看護師より。

 私のことを何も知らず、何も問わない、チームメイトが好きだったのだ。彼らと過ごす時間が一番有意義で充実した時間なんだと、私はずっと考えていた。



「このくらいで、どうかしら?あなた目線で語ったつもりなのだけれど……」


「……今の話は」


「あなただけに分かれば、充分よぉ? 別に、同情するつもりも、されるつもりもないみたいだから。分かりやすく言えば、読心術、かしら? ううん、全然違うのだけれども。あなたという生命の記憶で、一番長くて、波が激しいところを抜き出しただけ。それが過去なのか未来なのかは分からないけれど、あなたの表情からすると、過去で合ってたみたいね。どう? これで、信じてもらえたかしら?」



 信じるも何も、彼女のしたことがさっぱり分からない。彼女の語ったのは確かに私の記憶だ。私の主観を加えた、私自身の記憶だ。

 嫌だったこと、好きだったこと、その全てが見られたのは、言い難い気持ち悪さを感じる。



「どうして、分かったんですか?」


「言ったでしょう? 読心術よ。……うそうそ、そんな目で見ないで頂戴。やっぱり、外だと調子が出ないわねぇ……」



 そう言って空を仰ぐ。彼女のベール越しの視界には、何が映っているのだろう。

 人の記憶を見ることができる彼女の瞳には、私と同じ空が映っているのだろうか。



「なんでそんなことができるんだ、って? そんなこと、分かったら苦労してないわよ。あなただって、どうして銃を持って来たのか、知らないんでしょう?」


「あなたの“それ”も、同じことなんですか?」


「似たようなもの、ね。ほぅら」



 彼女はベールを少しだけ持ち上げ、私だけに中が見えるようにする。

 ほんの一瞬、彼女と目が合った。いや、目が、合ったはずだった。

 何故目が合ったことすら認識できなかったかと言うと、そこにあったのは――彼女の顔、両の目の位置に付いていたものは、私の知っている“目”ではなかったから。

 虹彩もない。瞳孔もない。黒いところも、白いところもない。まるで地球儀を力いっぱい回したかのように、複雑な模様が回転している。どちらに回転しているのかすら分からない。複雑に動き回るその模様は、眼球自体が回転しているのかと思うほどに高速で動きまわっている。

 一体それは、何なのだろう。彼女の眼に宿るそれは、何なのか。彼女はそれで、世界を見ているというのか。



「ところで、立ってるの疲れてきたから、お店入ってもいいかしら」


「おばあちゃん、ひよわ~」



見た目とは裏腹な後期高齢者のような発言で、私の思考は打ち切られた。

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