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夢想の形は銃弾で  作者: 衣太
脅威
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7

「……そうですか、そんなことがあったんですね」


 ロレンソを医院のベッドまで運び、宿屋で待っていたナディアを呼びに行った頃には、夜店も閉まり、町が暗くなった後だった。

 状況が心配で、一睡もできなかったという。



「ロレンソは、治りそうなんですか?」


「お医者さんが言うには、一か月も安静にすれば完治するみたい。不思議だよね、お腹に穴空いてるのに……」



 アラタの説明によると腹部への被弾は3発。至近距離、ほぼ同じ位置に撃たれており、治療は然程難しくないらしい。

 ただそれは、彼が“還って”いるから治るのであって、普通の人間なら被弾によるショック死もしくは失血死してもおかしくないと言っていた。結局“還る”という言葉の意味を聞くことはできなかったが、明日にでも聞けばいいだろう。



「ロレンソは昔からそうなんです。腕が折れても一週間で治ったり、指が折れても翌日には治ってたり。銃で撃たれたのは初めてだと思いますが、やっぱりすぐに治るんですね」


「……前からなんだ」


「ええ。ちなみに言いますが、ロレンソ以外の兵はそんなことないですからね。大怪我したら兵士を引退する人も居ます。理由は分かりませんが、彼が特別なだけです。だから、リカさんに怪我がないようで、良かったです」



 彼女は、そう言って私を抱き締める。

 私の方が身長が高い以上、抱きしめられるというより、抱き締める形になる。

 「心配かけてごめん」と呟くと、彼女は震えて、嗚咽を漏らす。


 1分ほど抱き締めていると、ナディアは普段の様子に戻る。

 気持ちの切り替えが上手い子だ。毎回思うが、彼女の精神の強さは何なのだろう。

 無謀にも私に着いてきた人間な以上、普通ではないだろうが、思春期特有の病だけとも思えない。



「今後のことなんだけど」


「……はい。一ヶ月安静にしておけば治るとは言っても、そんな長期間の足止めは予想していませんでしたよね。リカさんは、どうしたいですか?」



 どうしたいか。勿論、先に行きたい。一ヶ月の足止めを食らうにはまだ情報が足りなすぎる。

 そう言っても、この国に詳しいナディア、こと戦闘能力においては右に出るものは居ないロレンソを置いて行くのも問題だ。

 今回の一件で、ロレンソは銃に対するアドバンテージを得られることが判明した。ただの弓の上手い兵士ではなく、今回のように、あちらの世界の住人と邂逅において、それはかなり有利なカードと成り得る。

 安全策を取るならば、ロレンソの回復を待つべきだ。目的を思うならば、リスクを冒してでも先に進むべきだ。



「申し訳ないとか思わないで下さい。元はと言えば私が着いてきた形ですし。私は流石にロレンソをこの町に置いて行くわけにはいきませんから、リカさんが先に行きたいんでしたら、私達のことは置いて頂いて構いません。置いていかれる覚悟はできています。けれど」



 けれど。彼女はそこで一度口を閉じる。何を言うべきか、どう言うべきか。それに対して、どう返すべきか。



「絶対、王都で追いつきます」



 そう続けた、彼女の眼は真剣だ。決して、冗談で言っているわけではない。

 置いていかれても絶対に追いつくと、彼女は言っている。土地勘のない私が蛇行して行くのも含め、ひと月程度では目的の達成には程遠いのを含め、彼女は絶対に追いつくと言っているのだ。

 それだけの覚悟を込められたら、こちらも本気で考え、本気で応えなければならない。

 彼女の期待に、応えなければならない。



「残るよ、一ヶ月」


「……本当ですか?」


「うん。やりたいこともあるし、時間余ったら最初の町に行くのもいいし。町まで直線距離だと、どのくらい?」


「ロレンソは早馬で1日と言っていましたが、荷物が多かったら変わってくると思います。行商の馬車に乗せてもらえば4日程度でしょうか? ただ、定期便はひと月に1回だけですから、しばらく待つことにはなると思います」


「そっか……それなら、町に戻るのはよしとこうかな。ここから荷物だけ運んでもらうとか、できるかな?」


「ええ、ひと月も滞在していれば定期便の行商が間違いなく来ますから、積んでもらうことはできるはずです。勿論有料ですが、お金に余裕はありますからね」


「ならそっちで。じゃあ一ヶ月、よろしくね」


「こちらこそ。朝になったらロレンソの様子を見に行きましょう。私、もう眠くて……」


「そう言われると、眠くなってきたような……あ、でもシャワーは浴びたいかな。確かこの宿、あるんだよね」



 フェムやアダリナのように、国の北側、どちらかといえばカラっとした気候の地域では、毎日入浴したり、シャワーに浴びるという人はあまり多くはない。

 それでも、余所から来る人が多いこのような町では、様々なニーズに応えるためにシャワー室のある宿もある。

 アダリナで温泉に入って以来3日ほど体を洗う機会はなく、それが年ごろのナディアに耐えられなかったのだろう。フェムに着いて宿を探す段階になると、「絶対シャワーのあるところ」と要望を出し、ロレンソに探させていたのだ。



「あちらの扉です。私は先に失礼しますね」



 そう言うとナディアはふらふらとした足取りでベッドの前まで辿り着くと、そのまま倒れこんだ。

 一瞬そのまま寝てしまったのかと思う勢いだったが、そのままもぞもぞと掛け布団に包まれていくのを見るに、多少の意識は残っていたのだろう。

 少し寝たとはいえ、ナディアにはここまで馬を走らせてきた疲労が残っている。そんな中でここまでの精神的疲労を与えてしまえば、こうなるのも当然だ。

 一ヶ月の間に、絶対御者を見つけようと、心に誓った。







 翌日、軽く朝食を済ますと、ナディアを連れて医院に向かう。容体を聞き、ナディアをロレンソの病室に送り届けた後、ずっと聞きたかった質問をした。



「ああ、還ってるの意味? 彼みたいに肉体強度が異常に高い人をそう言うんだよ。そういう学問には詳しくないから、一体どんな先祖還りをしてるのかは知らないんだけど」


「それ、どのくらいの割合で居るんですか?」


「……うーん。正直僕みたいな医者のところに来るのは訳ありばっかりだからね。結構な数見てきてる。彼、ロレンソ君? ここまでの人は1万人に1人も居ないと思うけど、僕らより肉体強度が優れてるってだけなら、兵士やってる10人中3人くらいかな」


「結構居るんですね。例えば、銃弾を避けられるくらいの運動能力がある人で言えば、どのくらいになるんでしょうか」



 そんなこと、アラタに分かるのだろうか。ただ、銃弾を避けられると言ったところでも、彼の表情に変動はない。少し思案する程度だ。



「距離にもよるだろうから、それはちょっと分からないな。僕、別に間近で兵士見てるわけじゃないからね。僕が見る時には、どうせいつも怪我した後だし」



 それもそうだ。彼のような仕事をしているなら、被弾前や回避中の姿ではなく、被弾後の姿しか見ていない。

 それならば、銃弾を回避できるロレンソほど強い者でも、アラタの前が治療する段階においては既に被弾した後だ。

 これはきっと銃弾だけではなく、この世界において基本とされる弓や剣、槍の傷においても同じだろう。

 アラタが見ているのは完璧なスペックで動けている兵士ではなく、もれなく負傷した兵士なのだ。



「変なこと聞いてすみません。その、“還る”という言葉を初めて聞いたもので、気になったんです。詳しそうな人に心当たりとかありますか?」


「そうだなあ。たぶん、教会の人とかじゃないかな?」


「教会、ですか。そういえば、この町にもあるんでしたよね」


「うん。まあ、何も知らないって言われたらごめんね」


「いえ、参考になりました。ありがとうございます。ところで治療費のことなんですが……」



 アラタから聞けることは粗方聞けた。

 彼に切り出されるより前に、こちらから治療費の交渉に入る。本来ならばナディアのが得意とする交渉だが、ナディアはすぐに病室に行ってしまったし、今回の一件は私がロレンソを巻き込むことになってしまったので、ここは私が支払うべきだろう。



「うん、僕みたいなとこだとちゃんとしたレートがないからね。割と医師の独断で決まっちゃうんだけど大丈夫? まあ、吹っ掛けたりはしないけど」


「大丈夫、です。ある程度はあるので」


「えっと、まず単純な処置費ね。あと人件費と、薬代は良いや。ほとんど使ってないし、むしろ、痛み止め以外は効かなかったしね。もしかしたらそれも聞いてなかったかもしれないけど……入院費は、どうだろ、たぶん1週間もしないで動けるようになると思うから、そのくらいかな? 合計50万くらい。別に、分割でもいいけど」


「そのくらいなら、すぐに換金してきます。……入院、たった1週間ですか?」



 腹に穴が開いているのに、入院が1週間? 昨日の時点では1か月かかると言っていたが、それも、彼が“還って”いるのが大きいのだろうか。

 いやしかし、信じられない。なにせ、腹に銃弾の通った穴が開いているのだ。内臓に傷がほとんどなかったとはいえ、人間は、そうも頑丈にできていない……はずだ。



「うん。1週間もあれば、普段通りの生活くらいはできるはずだよ。言ったでしょ? 彼、1万人に1人も居ないくらいの強度の先祖還りだから、肉体の自然治癒力が強すぎるんだよ。たぶん既に、重要な器官は全部元通りになってるんじゃないかな」


「1か月って言ってたのは……」


「完全に元通りの行動ができるようになるのに、そのくらいはかかると思うって話だよ。むしろ、一夜見た感じ、それより大分速くなるような気もするけど」



 彼が言うのだから、事実なのだろう。

 先祖還りの強度。それは銃弾すら避けられるほどに肉体のスペックを上げ、自然治癒力を高め、視力や瞬発力においても影響する。

 そんな世界の住人を相手に、銃弾はどこまで機能するのだろうか。そう考えてしまう。

 超至近距離、遮蔽物もなければ回避できるほどの距離がないところで機関銃を撃ってようやく当たったのだ。

 きっと、場所が家の中ではなく外ならば、ロレンソはPKMの射撃を避け切ったのだろう。100発中3発被弾しただけで済む彼の回避能力なら、想像に難くない。



「そんなに凄いんですね、彼。ところで、オトカワさんの容体はどうなんですか?」


「ああ、彼? 縫合だけして薬渡して昨日のうちに帰ったよ。家、知ってる?」


「たぶん、分かると思います」


「リカ君は襲われた方だからね。結局撃退できたけど、何か交渉があるなら、彼に言うと良いよ。3人の中で一番話通じるの、オトカワ君だしね」


「……そんな気はしてました」



 アラタにつられて少し笑ってしまう。

 確かに、突然襲い掛かってくる人とか、突然乱射してくる人に比べたら、会話ができただけマシだ。

 あの時、最初にオトカワのところではなく、ケニーのところに行っていたら、私も無事では済まなかったかもしれない。あのPKMの乱射は、ロレンソだけを狙ったわけもないのだ。ロレンソが私とオトカワを庇ったから無事だったのであって、私だけで行っていたら、何も知らないうちにハチの巣になっていたかもしれない。



「ケニーさんについて、先生が知ってることを聞きたいんですが……」


「うーん、僕もそこまで交流長いわけじゃないけどね。確か、ファラって町から来たとか言ってたかな? そこの人と、たまに取引してたのは知ってるよ。そのくらいならオトカワ君も知ってるかもしれないけど……」


「後で聞いてみます。ファラはここから近いんですか?」


「ううん、遠いよ。僕は地理には詳しくないけど、王都の手前あたりだったかな? どうしてそんなところからここまで来て、3年くらい居座ってるのかまでは聞いてないけど……」


「ありがとうございます。その町の人が、ここに?」


「うん、何せウチから見えるからね、ケニー君の家。家の前に馬車止めてるとこよく見たし、彼に聞いたら同郷だって言ってたから、嘘じゃないならそうだと思うよ。まあ、死人に口なしだね。あの家自体はケニー君が買ったものだから、あれだけ穴まみれになって住人が死んだとしても、当分は問題にならないと思うよ。勝手に調べて良いんじゃないかな? 何せリカ君、被害者なわけだし」



 アラタは、被害者というとき、かなり言葉を強調しているように思える。

 実際被害者なのだが、私は階段から転げ落ちてたんこぶができた以外は無傷だ。ロレンソは重症だが、一月で元の生活に戻ることができる程度。

 それに対し、オトカワ達は3人中2人が死亡、どう考えても被害が釣り合っていない。


 ゲーム内にあったチーム戦、“テロリスト戦”を思い出す。

 その対戦において、保安側のチームがテロリストを殲滅するか目標物の破壊などをすることが勝利条件になるのに対し、テロリスト側は物品を守ったり一定数のプレイヤーが生き残ることが勝利条件となる。

 敵チームの殲滅が勝利条件に入っているのは攻め手側、つまり保安側のチームだけなのだ。

 それでも、稀にこの対戦においては逆転現象が起きる。テロリスト側が保安側を全滅させることによっての、タイムアップ勝利。

 今の状況は、それに近い。受け手である私達が敵を行動不能にして勝利をした形。

 最も私達はテロリストではなく強盗被害者だが、ゲーム内でもあの対戦は“明らかにテロリスト側が被害者”と言われていた。殲滅を考えた場合、拠点防衛が必要なテロリスト側は、圧倒的に不利になってしまうからだ。

 テロリスト側が勝利する場合、大抵は時間を稼いで逃げ切りに成功する形となる。受け手が逆殲滅に成功するなど、少なくとも私のチームでは一度もなかったことだ。逆に攻め手となった場合も、殲滅されることは一度としてなかった。それほどまでに、少ないこと。


 今回は、ロレンソが異常にスペックの高い“先祖還り”だったから、銃弾を回避し1人で敵を3人とも行動不能にできたのであって、それはロレンソが居なくてできたことでは断じてない。

 銃弾に対して異常な回避性能を持ったロレンソが居なかったら、間違いなくオトカワ達の勝利となっていた。

 偶然の勝利。今回の一件で、よほどの飽和射撃以外ならロレンソは回避しうることを、私は知ることができた。今後の行動において、その情報は重要だ。

 今後何が起きるか分からない道中なら尚更だ。今回のように銃を持った強盗に襲われることはないかもしれないが、攻撃時のカードとして彼のスペックは十分に活用できる。

 選択肢が広がったのだ。この情報は、大事に使わなければならない。



「ありがとうございます。退院まで、ロレンソをよろしくお願いします」


「うん。僕はお金が貰えれば被害者の素性は気にしないからね。勿論、加害者についても」



 アラタに礼を言うと、治療費を支払う為に一度宿に戻る。

 宿の金庫に保管されていた宝石を換金し、医院に戻ってきたところでナディアとどちらが払うかの口論になりかけたが、最終的にナディアが折れ、なんとか納得してもらえた。


 あと1か月弱、この町で生活するのだ。無駄にはしないよう、できることを考えなければならない。

 まずはオトカワの下へ。それから、ケニーの家を調べる。ケニーが取引していたファラの町の人についての情報が得られれば、この世界で作られた暗視装置などについても分かるかもしれない。彼の銃器の入手経路についてもだ。

 調べることは山ほどある。最終的に時間が足りないなんてことにならないよう、時間の使い方を考えよう。

 まだ、目標に向けて一歩踏み出したばかりなのだから。

間に合いそうにないので、章区切りの今回で一旦書き貯めに入ります。更新止まりますが、ご容赦下さい。

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