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夢想の形は銃弾で  作者: 衣太
脅威
20/35

5

「アンタから言ってこないようだから、一応言っておくが」



 階段を上っている時、後ろから男が声を掛けてくる。



「俺は、ケニーの死体を確認したら、充分だ。別に、アンタらがこれから何をしようが関係ねェ」


「……そうですか」


「俺の持ってる物を全て寄越せって言われたらそうするつもりだが……」


「とりあえず、後で話を聞かせてください。……それだけで充分です」


「あァ、――アンタも大概分からねェな」



 失敬な。私は、これでも充分強欲だと思っている。

 それを口に出しては言うことはないが。

 欲しいのは、物より情報。それに物が付いてくるなら万々歳だが、今は使いきれない銃器より、頭に入る情報が欲しい。

 まだ、やりたいことが決まっただけで、それを成すための手段が全く見つかっていないからだ。銃が必要になったら、その時に集めれば良い。

 今成すべきことを十全にする。それが強欲でなくてなんと言う。



「ここまで居なかったから、そこしかねえな。そこ、突き当り右の部屋だよ」



 3階は、廊下の脇に二つずつ部屋がある構造になっていた。どこから開けようか悩んだところで、階段を上りきった男から声がかかる。

 息が荒くなっているのは、流石に体力がなくなっているのだろう。鎮静剤を打ったとは言え、血も減ってれば体力も削られている。ここまで着いてこれただけで凄いことだ。


 扉に手をかけ、開けようとしたところで、ロレンソに遮られる。

 彼はこちらに手のひらを向け、次いで自分を指す。自分が開けるから離れてろ、というジェスチャーだ。

 どんな罠を仕掛けられているかもわからない。男と一緒に階段まで下がり、ロレンソの動向を見守る。


 扉に手を当て数拍置くと、彼は扉に銃を向ける。

 残り何発残っているかも分からないジェリコだが、まだ数発は残っているだろう。


 撃った。一発、二発、続くかと思った三発目は放たれない。

 しかし彼の動作はそれで終わらない。スライドが後退していないので弾は残っているはずだが、彼は撃つのをやめると、ジェリコをこちらに放り投げた。

 顔面向かって直撃コース。



「ちょっ」



 なんとか回避したが、位置が悪かった。丁度私の後ろに居た男の顔面にジェリコは直撃。男がバランスを崩して階段下へ――私の服を掴んでなければ、男は一人で落ちたことだろう。



「まって!!」



 男に巻き込まれ、階段を転げ落ちる。

 木製とはいえ角ばった階段だ。一言で言うととても固い。全身を強打しながらもなんとか意識を保ったまま階下へ辿り着くと、音が聞こえた。

 幻聴などではない。心地よく感じるほどに聞き慣れたその音は、今や私に不安を与える音でしかない。



「ペカー!?」



 自分の愛銃、“PKM”の名前を叫ぶ。

 聞き間違えるはずがない。

 この世界で試射したことすらなくとも、何千、何万、何十万発と撃ったその銃の音を、聞き間違える私ではない。


 “PK機関銃”

 通称でペカーと呼ばれる場合、あのゲーム内では派生形であるPKMを指すことが多い。

 イヤホン越しに何度も聞いたその音を、今、この世界で聞いている。

 最初は、自分の持ってきた銃が盗まれたのかと思った。しかし、一体どのタイミングで、盗まれたというのだ。

 銃はアルフレドの工房に置いてある。それが盗まれた、もしくは奪われた可能性が0とは言い切れないが、それを成し遂げ、私達に追いつけたとは思えない。

 男の話なら、ケニー含め3人は元からこの町に住んでいたはずなのだ。そんな長期間出ていたなら、それを男が知らないはずはない。


 ならば、この音は私の持ってきたPKMではない。



「ロレンソ!」



 2階に残った彼の名前を呼ぶ。銃声は途切れなく続いており、彼からの返事はない。

 それでも銃声が続いている以上、確信できることがあった。



「100発!」



 そう叫ぶ。銃声響く中、それをロレンソが聞きとれたのか、それとも、もう聞くことができない状態なのかは分からない。

 だが、今の私にできるのはそれだけだ。無様に階段を転げ落ち、衝撃により正常思考を保てないながらも、精一杯頭を回し、得た答え。


 ゲーム内で私が使っていたPKMと同じなら、それの弾薬箱は100発入り以外は存在しないはずだ。

 ベルト給弾式、それも幅広く使われている7.62x54mmR弾ならば、この世界に来てから100発以上に伸ばすことは不可能ではないはずだが、乱射の必要がない世界で、ただでさえ嵩張る100発入り弾薬箱を更に拡張する意味はあるのだろうか。

 分からない。

 それでも、私の知識を伝える必要があった。私と男を巻き込まないように手持ちの武器を失ったロレンソに、唯一私のできること。


 1秒で約11発、トリガーを引きっぱなしなら、9,2秒でリロードが必要になる。

 マガジン式ではないPKMでは、リロードの時間は致命的な隙になる。それを撃ち尽くすということは自分自身が死ぬことに繋がり、機関銃手であるならば、敵と撃ち合ってる時に弾切れまで撃つことはありえない。

 銃の仕様上、汎用機関銃は敵と撃ち合う銃ではないのだ。射撃は常に一方的に、自分が狙われているならばすぐさま逃亡を、仲間を逃がすためならあえてその場で撃ち尽くすこともあるが、それでも“撃ち合い”は極力避ける。

 一発あたりの威力や命中精度ではライフルに、携帯しやすさや連射速度ではマシンガンに適わない汎用機関銃は、ゲーム上ではあまり人気のある銃種ではない。

 「機関銃手はチーム戦でも10人に1人居れば充分、別に居なくとも構わない」とまで言われるほどだ。


 それでも、汎用機関銃にしかできない仕事はあった。

 100発使ってもたった9秒しか稼げないその時間は、何よりも重要な時間なのだ。

 マガジンを用いないベルト給弾によって、リロード無しでライフルの3倍以上の時間撃ち続けることが可能であり、一方的に撃つ場合、それの時間は、味方にとって何よりのアドバンテージになる。


 自身が活躍することは稀。サポート専用であり、お零れでたまにキルを稼ぐ程度の銃が、今まさに火を吹いている。

 「ロレンソは生きているだろうか」と考えたところで、そろそろ9秒が経つということに気がついた。

 撃ち始めから数えていたわけではないが、これまで数えきれないほどに撃ち尽くした感覚の賜物だろう。


 撃ち尽くすのが早いか、それとも別の原因で撃つことができなくなったのか。

 凡そ9秒のタイミングで銃声は鳴りやみ、その後何度か何かがぶつかるような音がしたが、動けない。


 次のアクションが浮かばず、上半身を起こした姿勢で静止した時間はどれだけだったろうか。

 5秒か、10秒か、もしかしたら、1分以上だったかもしれない。



「……俺が行く」



 落下の際、そこらに中にぶつけたからだろう。閉じかけていた傷口が開き、顔の半分を血に染めた男が、ふらふらと立ち上がる。

 足取りは、まるでゾンビのようだ。

 拾ったジェリコを握りしめ、手すりに寄りかかりながらも階段を一段、また一段を登っていく男を無言で見守ることしかできない私は、まさに、この場で一番の役立たずだ。


 大見得切って乗り込んでおきながら、反撃をされればこれだ。

 自身がいかに無力なのか、そして、勇気がないのかを思い知る。

 この場から走って逃げることすらできない行動力のなさに呆れながらも、座ったまま、服の下に入れていたタウルスジャッジを手に取る。

 こんなもので機関銃に勝てるとは思っていないが、何も持たずに待つよりはマシだ。


 しばらく待っていると、金属質の何かが落ちたガチャリとした音が聞こえ、慌てた様子で男が戻ってくる。

 ジェリコは手にしていない。恐らく、先ほど落としたのだろう。

 男の形相に、思わず緊張して身構える。



「と、とと、とりあえず、来い」



 命令口調なのが少し気になったが、銃を構えたまま、ゆっくりと階段を上る。

 ある程度休んだからか、頭痛以外で階段を転げ落ちた後遺症は残っていない。頭をさすると、たんこぶができているのが分かった。

 その程度でPKMの連射を回避できたのだから、ロレンソには感謝しかない。

 感謝すべき対象が生きていればの話だが。


 階段を上り、男に続いてゆっくりと廊下を歩く。

 物音らしい物音は全くない。どちらかが動いていれば音がしてもいいものなのに、そのどちらもしないのだ。

 二階は散々な有様だった。PKMによる射撃は部屋の中からよほど広範囲に向けて放たれたのか、向かいの部屋だけではなく、隣の部屋の扉、廊下の壁に至るまで大量の穴が空いている。


 そして、件の部屋だ。元々そこにあったはずの扉は銃撃を食らって木片しか残っていないが、見ると部屋の前にジェリコが落ちている。

 男は、部屋まで行ったのだ。そして、私に伝えに戻ってきた。


 既に部屋の中を見たはずの男も緊張した面持ちを崩さないのは、よほど衝撃的な光景を見たからなのだろう。

 正直、あまり想像したくはないが、ロレンソが無事ともあまり思えない。


 100発。

 100発だ。例え9秒程度の射撃とはいえこの有様。後数秒あればフロアごと倒壊してもおかしくないほどに穴まみれになった廊下を見て、それを喰らったものが五体満足でいられると、誰が思うだろう。

 銃弾が貫通しないほどのコンクリート壁だったら遮蔽物もあったろうが、建物内がほぼ木製のこの家では、遮蔽物などあってないようなものだ。


 部屋の中が見える一歩手前で立ち止まり、少し呼吸を落ち着ける。

 ドクンドクンと、普段の数倍の速度で心臓が脈打ってるのを感じる。銃声を聞いてからか、3階に上がってからかは分からない。



「もーいーよ」



 部屋の中から声がした。

 ロレンソの声ではない。聞いたことのない男の声だ。心臓は更に一層早鐘を打ち、手にした銃を落としかねないほどに震える右手を、左手で強く抑える。


 しかし、その声に私より大きな動揺をしたのは、間違いなく前に居た男だった。



「ってめぇ?!」



 男は私を突き飛ばすようにしてジェリコを拾い、部屋の中に銃を向けた。

 しかし、それを撃つことはなかった。

 横から見ている私には、部屋の状況はまだ分からない。それでも憤怒の顔に染まっていた男は突然憐れむような表情へと変わり、そして、銃を下げる。


 男に遅れて部屋を見る。

 そこに居たのは二人の人間。

 部屋の隅、脇を抱えて座り込むロレンソ。入口から真正面、窓の前に両手をダラリと下げたまま、全身から血を流す金髪の男。


 息は荒いが、ロレンソはまだ生きている。右脇腹からは血が流れ、シャツを血に染めているが、彼はまだ生きている。

 PKMの連射を、どうやって回避したのだろう。いいや、回避しきれていないから被弾しているのだろうが、どう見ても、この状況はロレンソの勝利だ。


 窓の前に居る金髪の男は、誰が見ても瀕死と言える状態だった。

 首から下は、余すことなく血にまみれている。それはロレンソの血などではなく、間違いなく男の血だ。全身に切り傷があり、右の手首など反対側に向かって折れている。両の膝は確実に砕けているし、腹の傷に至っては、シャツをどければ内臓が溢れてくるのが明確なほど、強引に裂けていた。

 この状態でどうやって声を発したのかと疑うほどの惨状だ。今生きているのが不思議に思える。



「そこに居るのは、オトか」



 口から血の塊を吐き出しながら、金髪の男は声をあげる。

 オト、という名前に聞き覚えはないが、隣にいた男が応える。



「……あァ、そうだよ」


「そうかぁ……オレぁ、負けたんだなあ」


「そうだ、お前は負けたんだよ」


「クッソ、悔しいなぁ……」


 金髪の男、ケニーの目から涙が零れる。いや、涙なのか血なのか汗なのかも分からない赤い液体が、床に垂れる。

 男は頭を上げようとしない。こちらを見ても居ないし、恐らく、そんな動作ができる状態ではないのだろう。



「……俺に手を出さなきゃ、こいつらが出張ってくることもなかったんだがな」


「いやぁ……あそこでお前撃たなきゃ、な」


「あァ、お前の情報吐いてたかもな」



 あの家で、オトという男に向けた狙撃がなければ、少なくとも私は、もう一人の狙撃手は始末できたと思ったはずだ。

 しかし、オトと呼ばれた男は生きていた。オトが生きている以上、いつ自分の情報を吐かれるかは分からない。命乞いの為に口を回し、首謀者に仕立て上げられたら、ケニーも無事では済まないだろう。

 それを先んじる形で、自らの命の為に、ケニーは仲間を撃ったのだ。結果的に外してしまったが、彼のその行動は、間違ってはいない。


 二人の話に耳を傾けながら、ロレンソの方に向かう。

 近づくと、ロレンソは薄目を開いたまま「大丈夫です」とだけ呟いた。この状況の腹部からの出血は間違いなく銃弾によるものだが、それが大丈夫とは何事か。

 大丈夫なはずはない。今は意識を保っていられているが、彼はこの状況の報告をすることもできなかったのだ。ここに座り込んで、意識を保つので精一杯だったのだ。

 それでもロレンソは「あと10分もすれば動けます」と続ける。彼を外へ運ぶことができないわけでもないが、今は彼を信じるしかないだろう。


 男の会話がしばらく続いた後、銃声が聞こえた。

 振り返ると、ジェリコを握ったオトが立っており、その銃口からは煙が上がっている。

 二人の会話は終わったのだ。そして、二人の関係もここに終了した。


 銃声からしばらくすると、オトは座り込んで口を開く。



「通りの向かいにアラタ医院ってのがあるから、そこの先生呼んでやれ。俺はたぶん大丈夫だが、そっちのは大丈夫じゃねェだろ、たぶん」


「……知ってる人、なんですか?」



 アラタという名前は、日本人名と似たものを感じる。それに気付かない彼ではないだろう。



「多少はな。この町で有名なお医者さんだよ。たぶんアノ人なら、この状況見ても黙って治療してくれるだろうよ」


「分かりました。ちょっと、待っててください」


「あァ……俺も流石に、もう動ける気がしねえわ」



 そう言うとオトは体を横に倒し、残った左目を瞑った。

 ここまで着いてきた彼も、全く無事ではない。遭遇時点で片目が潰れているし、右目から耳まで抜ける裂傷は、血が止まった後で階段を転げ落ちた影響か、ゆっくりと赤黒い血が流れている。

 血の流れる勢いはそこまででもないが、既に、意識を保っていられないほどに血が流れた後なのだろう。


 ロレンソに振り向くと、彼はコクリと頷く。まだ意識はあるようだ。

 どう考えてもこの状況で動けるのは私だけなので、彼らを全て放置して、私が行くしかなかった。

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