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アダリナを出て2日半。フェムという町に到着した時には、夕方を超えて、夜になろうとしている時間だった。
3日かける予定だったのを限界まで繰り上げた結果だ。元から急いでいたわけではなかったが、ナディアの体力的に、遅くなっても2日目のうちに着いておきたかったのだ。
馬車を預け宿屋で手続きを行うと、ナディアは食事も取らずにベッドに倒れこんでしまった。
ナディアを放っておくのは心配だったが、ロレンソがその役を担うとのことで暇になり、夜店を見物することにした。
行商の中間地点という情報通り、町は夜になってもかなり賑わっていた。
地元の人が集まって酒を飲んでいたアダリナとは随分雰囲気が違う。夜店は食事以外を並べているところも多く、様々な地方の食材、書物や反物、果ては武器などが並んでいる。
昼間には町人への商売、夜になると行商同士での取引が行われているらしい。昼夜で分けているのは、並べる商品を変えるためだろう。
様々な品が並ぶ夜店を眺めていると、後ろから声がかかる。
「嬢ちゃん、麦のジュースはいかがかな?」
振り返ると、顔の赤くなった男がジョッキを両手に歩いている。
ジュースというか、確実に酒だ。顔赤いし、なんか酒臭いし、足元もおぼつかないし、確実に酔ってるし。
男はサングラスをしており見ることはできないが、恐らく目も泳いでることだろう。
「いえ、未成年なので、やめておきます」
「んんん?そうか、すまんなあ。こんな時間に出歩いてるもんだから、とっくに成人してるかと思ってたぜ」
「今、そんな遅いですか?」
時間ならば、まだ夕飯時のはずだ。確かに一人で出歩くには遅いかもしれないが、夜中に言われるならともかく、今言われる言葉ではなかったように思える。
「まあ、この町の住人は、こんな時間にゃ外には出ないからな。嬢ちゃん行商ってナリでもないが、旅行者かな?」
「旅行といえば、旅行です。目的地がちゃんと決まってるわけでもないですが……」
「んーー青春だねぇ、アテもない旅、良いじゃないか。暇ならオッチャンに5分くらい付き合ってくれないかな?」
「え? まあ、別に良いですけど……」
怪しいというかただの酔っ払いとしか思えないが、一応、背中側のポーチに入れた銃を確認する。
うん、ある。大丈夫。最悪撃てる。
彼に着いていくと、通りがかりの屋台で買った串を手渡してくる。どうやら奢りらしいので、ありがたく頂戴する。
川魚の串焼きだ。内臓とかは抜いてあるのだろうか。確か、昔見た鮎の串焼きがこんな見た目だったような気がする。
こちらの世界に来てからほとんどの食事が肉類だったので、久しぶりの魚だ。
塩以外もかかっているのだろうか、ほのかに柑橘系の香りを漂わすそれは、今すぐ齧り付きたいほどの香りを漂わせている。
夜店の並ぶ通りを少し進んだところに噴水があり、その縁に腰を掛け、魚を頬張る。
うん、美味しい。あちらの世界でこんな風に魚を食べることはなかったが、これは大変良いものだ。
内臓は抜いてあるが骨はそのままある。同じ串を食べる男を見ると骨ごと食べてるようで、恐る恐る真似をしてみると案外食べることができた。少し気になるが、しっかり噛めば砕けるし、喉に刺さることはないだろう。
骨に手こずりながらも5分もしないで食べきることができ、ようやく話が始まった。
「嬢ちゃん、こっちに来てどのくらい経ったんだ?」
近くのゴミ箱に串を捨ててきた男が、そう口を開く。
“こっち”その言葉の解釈に、少し時間を要す。先ほど私のことを旅行者と言ったが、この場合の“こっち”はこの町のことなのか、それとも地域、国のことか、どう解釈すればいいのか分からないのだ。
「この町に来たのは今日ですよ。たぶん、数日で出ると思います」
「あー、いや、そういう意味じゃなくてな……いや、まあいいか。目的地が決まってないなら、もう少し滞在してもいいんじゃないか? この町は特に何かがあるわけでもないが、情報なりを集めるには便利だと思うが」
一瞬、男が怪訝な顔をするのを見逃さなかった。反応といい、先ほどの声かけといい、この男には何か違和感がある。
この距離ならば、サングラス越しでもかろうじて瞳を捉えることができる。私のことを観察するような目つき、下心とは違う、何かを探そうとしている、そんな目だ。
サングラスで瞳を覆っているのはそういうことだろう。この男の仕事柄だろうか。
「そうですね。少しだけ調べたいこともありますし、探したいものもあります」
「それは何かな?オッチャンでよければ力になるが」
そう口にした男は、私の口元を見ている。瞳ではなく、だ。
「いえ、見ず知らずの人に頼むようなことでもありませんので、自分で探します」
「んー、そうか、力になれると思ったんだが……オッチャン、こう見えて情報通なんだぜ?」
こんな見るからに怪しい男が口にする怪しい台詞を、そのまま信じることはできない。
だが、悪意を感じるわけではない。悪意や無関心に敏感な私が感じ取ることがないのなら、男は何か別の目的で声をかけてきているということになる。
ただ話し相手がほしかった、そんな理由なら、私に声をかける理由はどこにもない。明らかに旅行者全とした目で夜店を物色している人は他にも沢山いたし、この男は、明らかに私に狙いをつけて声をかけてきていた。
「そうですか、じゃあ聞かせてください。――この国で一番銃を作ってるのは、どこですか?」
純粋な疑問だが、知っていても知らなくても構わない、そんな程度の無難な質問を選んだつもりだ。
「また物騒なもんを探してるな……。生産量だけなら、メレドにあるアイレニオ工廠だろうな。メレドってどこか、知ってるか?」
考えるような素振りも見せず、男は即答する。
聞き逃すほどの即答だ。まるで、答えを最初から準備していたような、そんな違和感。
「いえ、あまり土地には詳しくなくて、すみません。どこにあるんでしょうか?」
「王都の南の方に大きな鉱山があってな、そこにある町だ。銃だけじゃなくて、金属製の武器、剣なり槍なりの生産で有名な町だよ。まあ生産量が多いだけで、どれも品質が良いって話はそう聞かねえが……」
「品質が良いところとかもあるってことですか?」
「うーん、俺は銃を触ったことないから人聞きでしか知らねえが、メレドにはオーダーメイドで銃を作ってるところもあるって聞くな。普通の銃より二桁は高い値段出さないと買えねえらしいから、金持ち用に金ぴかの銃を作ってるとか、ヘンテコな銃を作ってるとかって噂しか聞かねえな。なんでそんなことが知りたいんだ?」
「まあ、護身用に使いたかったので、知りたかっただけです。……どうかしましたか?」
一目で分かるほど、男の眉間に皺が寄っている。話し方に違和感はなかったが、どうやら、すぐ顔に出る体質らしい。
サングラスで隠すのも当然だ。むしろ、マスクなりでもっと顔を隠した方が良いかもしれない。
「まさかとは思ったが……」
男はそう言うとサングラスを外す。もう隠す必要もない、ということだろうか。
見覚えがある顔ではない。“あちらの世界の”知り合いでは、断じてない。
「なんで嬢ちゃん、今普通に話せてんだ?」
その言葉を聞いた瞬間、冷や汗が出るのを感じた。
ナディア達と話したばかりだ。気を付けようと、思っていたそばから。
「……どういう、意味でしょう」
「俺が聞きたいね。いやまさかとは思ったが……嬢ちゃん、日本人ってヤツだろ?」
日本人。聞き間違えではない。男は確かに、そう言った。
「なんの、ことでしょう」
「俺の仕事は、人身売買でね。ああ勘違いしてもらっちゃ困るが、昔の奴隷商人とかとは違うぜ。ちゃんと互いの同意を得てる仕事だ。仕事を探してる人間に、労働者を求めてる人間を紹介して、仲介手数料を貰うって仕事だよ。で、まあその仕事柄国中を回ってるから言葉も色々覚える必要があるし、ついでに副業を受けることもある。その副業ってのが――今はこれだ」
「これ、とは」
「“日本人を探せ”って仕事をな、3年位前から受けてる。まあ探せって言ったって、見つけたら連れてこいとかって話じゃなくて、純粋に“探す”だけだな」
日本人を探せ、男は確かにそう言った。それを行うのが敵対者なのか、味方なのかは分からない。
きっと聞いても答えないだろう。彼は彼の仕事をしているだけなのだから。少なくとも一人以上の日本人と遭遇しているなら、彼が日本人を判断できた理由も簡単だ。
そう、言葉の問題。
この国の言語が自動的に翻訳されて私たちの耳に伝わってしまう以上、私たち日本人は、対面している現地人が、何語を話しているか全く分からない。それを知ってさえいれば、複数言語を織り交ぜて話しかけるだけで十分だ。
言葉を知らない人間は知らない言語に反応ができないし、自動翻訳が機能する日本人は、それに対して一つの言語で応対してくる。
男はそうしていたのだ。私と話している時、一つや二つの言語しか使わない人間なら絶対に会話が成り立たないような言語、単語、文法を用いて、私に話しかけていた。今ならそうと分かるし、夜店の近くにあったベンチなどではなく、人目につきにくい、夜店から離れた噴水まで移動したのもそれで納得できる。
「正解です。それで、どうするんですか?」
今更弁明しても遅い。確信に至ってしまえば、それを覆すことなどできないのだ。
私がどれだけ言葉を重ねても、「今は何語で話しかけられてる?」とでも聞かれてしまえば、それに答えることができないのだから。
ならば、最善を尽くす。取られただけ、情報を取り返す。
「どうもしないよ。さっきも言ったが、俺の仕事は探すことだけ。まあ一応聞いておきたいこともあるが、別に答えないでも良い」
「一応、聞かれておきます」
男はポケットから小さなメモを取り出す。ボロボロになった小さなメモには、いくつかの質問が書かれている。それが何語で書かれているかは知らないが、日本語として読めてしまう私には、何が書いてあるかすぐに分かった。
「持ってる銃、プレイ期間、ここに来てどれだけ経ったか、これからの目的――そんなとこだな。どれか、答える気になるものはあるか? これまで見つけた日本人はほとんど答えようとしなかったから、答えたくないなら別に良いぞ」
男はそう聞いてくる。メモを覗き見ると、プレイ期間のところにだけ頭に二重丸が書かれている。この情報を集めている者からすると、そこが重要ということだろうか。
「プレイ期間は3年程度。ここに来てから、まだひと月も経ってません。答えられるのはそんな程度ですね」
「そうか、協力感謝するよ。まったく、あの人は何を考えてこんな情報を集めてるのかね……」
消え入りそうな声で言った“あの人は”から先も、聞き逃さなかった。
この男は情報屋などではない。情報の売買をして儲けている人間なら、聞き取れるかもしれない声で、そんなことを口走ったりはしない。
あくまで副業として仕事を受けているだけだ。ならば、付け入る隙がそこにある。
「あなたの依頼主について、質問してもいいですか?」
「あー、いや、それは一応答えるなって言われてるんだが」
予想通りの答え。ならば、こちらも決まっていた問いを投げる。
「いくらで、ですか?」
「ん?」
「あなたは、いくらで雇われてるんですか?」
私にはある程度の資金力がある。あの村で得た、宝石類。
売れば相当な金になる。嵩張るからとほぼ換金せず、一番強いロレンソに持ってもらっているが、あれはナディアから渡された、私の金だ。
それを使うことに、ナディアの了承を得る必要はない。
「それは別に口止めされてるわけじゃないから答えるが、そんな安い金じゃないぞ? 一人見つけたら100万だ。例え相手が特に何も喋らなくても、な」
「ああ、そんな程度ですか」
この国の金銭価値は、日本とそこまで変わらない。レートが存在するわけではないが、通貨単位が違えど感覚が日本円のままで構わないのはありがたい。
「いや、そんな程度って……副業っつっても、正直本業より儲けさせてもらってるんだぞ? そんな金、嬢ちゃん持ってないだろ」
「ありますよ。まあ、現金ではないんですが」
そう言って、首に下げていたネックレスを外す。
宝石部分を服の中に入れ、外からは見えないようにしていたものだ。同じようなものが沢山あったので、何かあった時の為に、一つだけ装着して行動していた。
「確かこれ、400万くらいにはなると思います」
普段使いに選んだルビーのような赤い宝石がついたネックレスだが、何の気なしにナディアに価値を聞いたら三回ほど聞き返す羽目になった代物だ。。
親指ほどの大きさがある宝石が、銀色のシンプルな台座に付けられたネックレス。
そこいらのカラーストーンとは違う、本物の宝石の価値は、一定のサイズを超えるととんでもない値段になるらしい。赤いのが可愛いと思って選んだだけだったのに、単価ではかなり高いものを選んでしまったことに若干の後悔をしたが、他の宝石類も似たよう価値らしく、諦めてこれをそのまま着けていた。
それを彼に見せると、どこからともなく虫眼鏡を取り出し、私の掌の宝石を凝視する。
様々な角度から見ると、男は大きく息を吐く。
「こんな上等なモンを嬢ちゃんみたいな年の娘が着けてることにも驚きだが、400万ってのはあながち嘘でもなさそうだな。で、オッチャンからどんな情報を買いたいんだ?」
話すつもりはなさそうだった彼も、依頼金より遥かに価値のある物を見せられたら態度も変わって当然だ。
「いえ、大したことじゃありません。あなたが誰に雇われてるのか、どんな理由で雇われてるのか、そんな程度のことを聞ければ十分ですが、足りませんか?」
400万に釣り合う情報なのか、それは分からない。彼の受けている仕事は日本人を一人見つけるだけで100万が貰えるのだから、ここで喋ったことで今後の報酬が貰えなくなる可能性を考えれば、400万では断ってくる可能性もある。
彼への依頼次第だ。どこまで許され、どこまで許されないのか、その線引きを、彼はしなければならない。
「そんな程度なら、400万も要らねえよ。むしろ、100万も貰えれば十分すぎるくらいだな。元々、金積まれたら話して良いとは言われてたからな」
「それは……」
依頼主は、随分不用心のように思える。それとも、このサングラスの男もただの駒の一人であり、様々な手を駆使して情報を集めているのだろうか。
それならば、身の回りの安全は確保した上で依頼しているに違いない。漏らされたところで命に危機が訪れないよう、複数のセーフラインを置いているというならば、彼への依頼も納得だ。
「依頼主はロクスケって日本人だよ。王都で情報屋のワトソン商会ってのを仕切ってる怖い人だ。で、理由だが……」
王都の情報屋、相澤の言っていた、ロッキーの情報と酷似している。
恐らく同一人物だ。日本人を探しているのはロッキーであり、働いているのではなく、情報屋を仕切っているという点で差異はあるが、相澤の受け取り方の問題だった可能性もある。
「理由は、よく分からねえな。聞いてもうまいことはぐらかされちまったし、探す意味もよくわからねえ。馬鹿正直に依頼通り探して報告してるのは少ないんじゃねえか? オッチャンみたいに雇われてるのは他にも居るだろうが、適当なこと報告して金貰ってるヤツも居ると思うぜ」
「ですよね。質問が少なすぎるし、これだけの情報で分かるのは――いや、これだけで、充分なのかな」
「ん? 嬢ちゃん、充分ってどういうことだ?」
少しだけ、思い当たる節がある。
彼の謎の依頼。探して報告するだけで100万。決して安くない金を払ってまで手に入る情報は、ほとんどない。
この世界に来た日本人には、回答しない権利があるからだ。事実を喋らない権利もある。金があるなら大量に人を雇って力づくで聞き出すなり、力づくで銃を奪うなりもできるはずなのに、ロッキーの依頼は、日本人を探して、持ってる銃、プレイした期間、この世界に来てどれだけ経ったか、これからの目的を聞くだけ。断る権利もあるならば、この質問でロッキーが収集できる主な情報は一つに絞られる。
数、だ。
日本人の数。主にそれを調べているなら、4つの質問はフェイクに過ぎない。いや、多少は意味があるかもしれないが、日本人が嘘をついても依頼された人間が見抜くことはできないのだから、その情報の信憑性は然程高くはない。
むしろ、質問に含まれない“数”という一点においては、完璧に近い信憑性を得ることができる。依頼されたこの男は日本人の嘘を見抜けなくとも、ロッキーは、依頼した人間の嘘を見破ることができる。だからこの依頼だ。
集まった情報を精査すれば同一人物を洗い出すこともできるし、それにより、日本人の大よその数を掴むことができる。
それによって何ができるかは分からないが、ロッキーにとっては、それが金よりも重要な情報なのだ。
そう、分からない。ロッキーが何を考えているのか今の情報では全く分からない以上、それは恐怖に成り得る。彼は想像以上に手ごわい相手かもしれない。できることなら敵には回したくないと、そう思える。
「いえ、まだ確証はありませんので、話すのはやめておきます。ありがとうございます。今の情報の報酬ですが……」
赤い宝石を渡そうとすると、彼は掌をこちらに向けてくる。紛れもなく、拒否の姿勢だ。
先ほどの彼の話からすると、この宝石は情報の対価として十分すぎる価値がある。それでも彼が断る理由は、一つだけ。
「まだ受け取れねえな。嬢ちゃん、俺はこれでも商売をしてるモンだ。代金以上の品を渡されるなら、それなりの理由がないと受け取れねえ。で、相談なんだが……嬢ちゃん、ついでに俺を雇う気はないか?」
「あなたを? いえ、今は間に合ってますが……」
「なんでもいい。どんなしょうもない依頼でも、使い走りでも構わねえ。特に徒党を組んで仕事してるわけじゃねえオッチャンみたいな奴は、大抵の専門職の真似事ならできるはずだぜ。なんか、ねえか?」
「そうですね……」
彼の要求は単純で、300万相当の仕事をくれ、というものだ。
ただし、それは私には全く見当がつかない。日本基準で考えると一人を1年間雇えるほどの金額だし、“依頼主の情報を喋らせる”といった明らかに仕事上のタブーに近い内容でも、100万で済んだのだ。
それの3倍。そこまで来ると、自分でやるつもりだった内容を彼に任せるのが良いかもしれない。
彼のことを、どのくらい信用できるか分からない。それでも任せられること。
「では、依頼します。この国で銃と、雷管を扱ってる人を調べてください」
「銃? 雷管ってのは、あれだよな、火薬が入った金属のパーツ。それは猟師のオッサンも含めてか? それとも……」
「日本人――いえ、日本人以外も、普通の銃でも、変わった銃でも、なんでもいいです。銃についてと、持ち主について。雷管に関しては、流通経路から製作者まで。元々は自分で調べるつもりだったんですが、この内容で依頼したいと思います」
「ロクスケさんと似たような内容だが……情報を横流しするって意味じゃないんだよな?」
「違います。私は別に、日本人だけに絞ってるわけじゃありません。この世界に元から居た人でも、あちらから来た日本人でも、誰でも良いんです。銃に密接に関わってる人、製造者でも、設計者でも、誰でも。今銃に関わってる人を、調べてもらいたいんです。ちょっと抽象的すぎますかね」
ロッキーの集めている情報は、彼にとっては重要な情報なのだろう。
それでも、私にとってそれはあまり重要ではない。銃を扱うのは、別に日本人でなくてもいいのだから。
彼がどんな理由で日本人の数を調べているかは分からない。もしかしたら、何か理由があってのことではなく、ただの興味本位なのかもしれない。
それでいい。彼の目的が分からなくても、私の目的が彼に知られても構わない。障害になるなら排除するし、利用できるなら利用する。別に日本人同士だからといって、仲良くする必要があるわけではないのだ。
「いや、大体は分かった。だが、その依頼はどうなったら完遂なんだ? まさか、国中全ての情報が揃うまで、なんてことになったら、流石に300万じゃ受けれねえぞ」
「300万分の仕事をしたと思ったら適当にやめてもらって構いません。ところで集めてもらうのは良いんですが……」
「ん? なんだ?」
「その情報、どこで受け取れば良いんでしょう」
依頼しておいて、重大な問題にぶつかる。彼と行動を共にするわけではないのだから、調べてもらった情報を受け取る術がないのだ。
まさかメールなどができるわけでもない。どこかに定住しているなら手紙なり交流手段はあるだろうが、生憎定住している場所はないし、今後の定住予定地が決まっているわけでもない。
困った。どうすればいいのか。
「それなら、王都にある私の銀行口座を使ってはいかがでしょう?」
そんな声を発したのは、私でも、サングラスの男でもない。
この世界に来てから、きっと一番話したであろう人間。私の目的を知っている、数少ない人間。
知人、いや、友人と言ってもいいだろう。あちらの世界で友人を作れなかった私に、着いてきてくれた人だ。




