2、百年前にやって来ました(2)
だいたい一話2000~3,000文字程度。
壁は、やはり町を囲う壁だった。
近づいてみれば、そこそこ大きな町のようだ。まあ、壁で囲ってある時点である程度以上の大きさの町だとはわかるが。村とかは木の柵だったしねえ。
問題は今がいつか、ということだ。この天候、まったく災害の気配がないことから少なくとも魔王を討伐する以前まで時間が巻き戻っていることは確かなのだが。
歩きながら裕は考える。
そもそもが、やつらは裕が召喚される約百五十年ほど前にどこからともなく突然現れたらしい。唯一神であるメリナスという、今まで誰も聞いたことのない神をかかげ、あっという間に大陸全土の布教に成功したのだとか。やつらを危険視していたものはいつの間にか姿を消し、気がつけばそれなりに共存していた魔物は悪であり、それまで特に敵対しているわけでなく、貿易すらしている国もあった魔族の国は、魔物より危険な世界の敵と認識が広まってしまっていたらしい。といっても、これらの情報はすべて、魔王を打ち倒したあとに魔王の記憶より読んだものであり、すべては遅すぎたのであるが。
魔族も魔王もだいたい人間族の三倍近い寿命のため、人々が世代を重ね忘れ去ってしまったこともよく知っていたのだ。
ともあれ、いつの間にか人々の間に浸透したメリナス教会は、気がつけば大陸でもっとも大きな三つの国々の国教にすらなっていた。そうしてやつらは「勇者」を次々に召喚し、魔王の討伐へと向かわせたのである。
今までを振り返っているうちに、裕は町を囲む壁へとたどり着いた。出入口のところに四組ほど商人や冒険者らしき人々が並んでいたので、最後尾に並びながら前にいる商人らしき男に話しかけてみる。
「あの~」
「んん、なんだ、兄ちゃん」
「商人さんですか」
「おお、そうだ。こないだでっかい竜がグリアで暴れて町が半壊したからな」
今が商売のとき、と資材を仕入れにきたと笑うおっちゃん。
裕は少し考えてあんぐりと口を開けた。
「グリアが竜に襲われた?」
「おうよ。ちまたはこの話題で持ちきりじゃねえか。まさか知らねえのか」
訝しげな顔をしたおっちゃんに、まさか、と首をふる。
もちろん、知っている。有名なおとぎ話として。
そう、それは裕が召喚されるよりも百年も前の出来事だ。
港町グリアは、交易で有名な町だったが、ある時一匹の竜が飛来し町を攻撃してきた。人々は逃げ惑い、或いは神に祈りをささげる。そこに一人の姫が現れて歌を歌い始めた。竜は姫の歌声にうっとりと耳を傾け、歌が終わると姫をさらって去っていった。この三年後、初めて召喚された勇者が竜を倒し、さらわれた姫を助けるのだ。何度も劇や紙芝居で語られる人気の演目である。
......ちょっとまて。裕はしばし考えて、ぽん、とてをうつ。つまり、百年も時間が戻ったわけですね!ってふざけんな!
「いやいや、ありえんだろ」
ないわあ、冗談にしてもたちわるいわあ、と思ったが、よくよく考えてみれば悪くない。まさにこれからやつらが人々を言いくるめ、勇者を召喚しまくり、世界を破滅に導くのである。ということは、召喚された勇者にそれとなく真実をつたえ、陰ながら支援すればどうだろう。やつらが力をつける前に、倒せるのではないか。裕には呪いの影響で自ら戦う力があまりない。ステータスの低下はやはり戦いにおいてはかなり不利であるし、やつらに正面からぶつかってもさくっと潰されて終わりだろう。まあ、不死の呪いもあるから死にはしないかもしれないが。
だが、目をつけられれば動きにくくなるし、勇者に接触できなくなる。幸い、というか裕には腐るほど時間がある。うでに変なヤモリがいる限りは。呪いを解くためのレシピを探しつつ、拠点を築き、気づかれないよう勇者を支援しやつらを倒すのだ。それはとてもいい考えのように裕には思われた。
「どうした、兄ちゃん」
百面相をしている裕をおっちゃんが変な顔で見ているが、キニシナイ。
とにかく今後の方針としては、まずは拠点を築くことからだ。だいたいのプランはすでに浮かんでいる。あとは実行あるのみである。しかも、アイテムやお金は「リセット」を使用する前に持っていたものすべてを持ったままだったので、拠点を作るに当たっての資金面はそこまで気にしなくてもいい。この世界、二百年前から大陸全土で共通貨幣を使用していて、二百年間変わっていないのだ。驚くよね!
「はははは、ありがとう、おっちゃん」
「あ、ああ。なんかよくわからんが」
戸惑っているおっちゃんに、裕は小首を傾げてもうひとつ重要なことを聞くことにした。
「ところでここは何て言う町だ?」
「おいおい、ここまで来ておいてこれから入ろうってえ町の名前を知らないとかありえんだろう」
呆れたように言われてしまった。裕も自分でもそう思うが、聞いておかないといけないので仕方がない。もしここがやつらの活動拠点たる町であれば、速攻退却しなくてはならない。なるべくなら、ある程度地盤を固めるまではやつらに存在を知られたくないのである。
「あー、まあいいわ。人にはいろんな事情ってもんがあるからな。兄ちゃんは冒険者にはみえないが、かといって旅人って言うには荷物もねえしなあ」
言われて、裕は自分の格好を改めて見てみる。
服は召喚されたときのTシャツにジーンズ。荷物は黒くてちょっとお洒落だが、小振りのリュック一つだけ。とはいえ、このリュック、実はスキル『構築』で作製したもので、いわゆるアイテムボックスのようなものだ。容量無視で無限にものが入る。もっとも無生物だけだが。いや、植物はオッケーだけどね!旅をするときは非常にお役だちな一品である。ただし、レシピは残っているが、ものすごくSP消費が大きいので、呪いを受けている今はレベルを百くらいまであげないと作ることはできないだろう。
だがしかし。ぶっちゃけ今はもう世界に一つだけのお宝であるので、まさかこのおっちゃんに軽々しく打ち明けるわけにもいかない。しかし確かに荷物がこれだけの上、装備も何もないのでは旅人にすら見えないだろう。これは町に無事には入れたら一通り揃えないといけないな。
考え込んでしまった裕を見て、おっちゃんは困ったように頭をかくと、苦笑いをした。
「すまんすまん。まあ、悪いやつには見えないしな。ここはフェリカという町だ。このイースト王国でも三番目に大きい町だ」
それを聞いて裕は目をぱちくりさせた。イースト王国は三大国の一つであり、多量の鉱石がとれることで百年後も存続していた国だ。そして、フェリカは百年後は王国の王都の名前だった。かつて裕はその王都フェリカの近くの草原へと召喚されたのだから、間違いようもない。
改めて町の門から中を覗き込むが、百年後の王都との共通点はさっぱり分からなかった。